エピローグ  プロジェクトは踊り続ける

「ローザ、なんでもっと早く起こすことができないの?」

「なんどもアラートを鳴らしましたよ」

「もう! 今日は、実体での会議に呼ばれているんですからね。これから大急ぎで準備しなきゃですよ」

「自業自得です」


 よく晴れた月曜日。


 世界は何事もなかったかのように日常を取り戻している。

 こういうところはある意味素晴らしいと、リカコは思っている。希望と元気に満ちた世界。慌ててマンションの玄関を掛け出すと、見たことないリムジンが横付けされていて、ドアが開き白手袋にスーツ姿の運転手がリカコにお辞儀をする。

「お迎えにあがるようにいわれています」と、運転手。

「いやいやいやいや、何かの間違いですよね。とりあえず、駅まで急いでいるので」

「いえ、リカコ・スミタニ博士。あなたは、昨日付けで我が社の取締役になりました」黒服の運転手は、ディラック社の所属を記した名刺をおもむろに差し出す。「三日前の株主総会で選任されたんです。メッセージが行ってるはずですが」

「えっ? いやいやいやいや、なにかの間違いですよ。そんな初耳……」

「いえ、株主総会の報告と、選任の公示をお送りしてあります。弊社常務取締役兼エグゼクティブフェロー兼CTO。就任にあたっての諸手続きはすべて済んでいますが……」

「……ローザっ!」

「はーい」

「あんた、ずいぶんと勝手な真似をしてくれたわね。いい加減にしないとスクラップにするわよっ!」

「いえ、それほどでも」

「こんなの受けてたら、いろいろやりにくくなるじゃないのよ」

「まあ、良かれと思ってやったことですけど。ほらディラックの重役になれば、あなたの借金も十年くらいで完済できますし」

「バッカじゃないの? 私の能力は、現場で生かしてこそなのよ。こんな大会社の経営に入ってどうすんのよ!」

「なるほど。みすみす大きなチャンスをドブに捨てることを選択する人もいるってことですね〜。ホント『人それぞれ』ですね」

「まあ、ローザってば……」


「えーと……あのう……。そろそろ出発いたしますが……」黒服の運転手は、まるで独り言をいっているように見えるリカコに、恐る恐る話しかけた。

「あ、いえ、そんな、私、取締役とか遠慮しておきます。いま、私の支援AIが御社にメッセージ飛ばしたところです。ホントすいません」

「……はあ」呆然とする運転手の横をするりと抜け、リカコは駅に向かって走りだす。


「本日の予定ですが、これからヒサモトコンサルティングでプロジェクトの進行報告とプレゼンテーション。簡単なスタッフミーティングのあと、午後は十四時まで倉田人工身体工業の設計支援AIのデザインプロジェクト、そのあとは東工大でのバーチャル講義が二コマというところですね。必要な資料はすべてワークスペースに展開してあります」

「それ全部受注してるの? 忙しすぎない? 」

「プロジェクトへのスカウトがひっきりなしなんですから仕方ないと思いますよ。評価がずいぶん高くなってますから。なんと前人未到の『AAAA+++』ですよ」

「うーん。ちょっとは楽できると思ったのになぁ」

「なら、取締役の話、受けときます? 相当楽になりますよ」

「って、ローザあなたほんとに意地悪ねっ」

「いえいえ、それほどでも」

「経営にまわって現場を離れるくらいなら……」

「なら?」


「さっさと仮想世界に行っちゃったほうが、マシよっ」


 乾いた空気のなか、三郷研究学園都市の道にリカコの靴音が響く。(了)

 


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プロジェクトは華麗に踊る 仲根 工機 @shigeru1965

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