第41話:【アーシェ】思い思われ─2

「大地の鏡。生命を真似る者。あたしの呼びかけに答えなさい。自分はここに居ると、たしかな声を聞かせなさい!」


 鉱石を探す時の魔法を使った。見張り塔の四、五倍の高さから見える全ての範囲へ。それは街だけでなく、近くの森くらいまでも。降り注ぐ魔力が、真っ青な光の雨として目に映る。


「百、は無いか。ガーネットで良かった」


 大小さまざまに、橙色の光が突き上がった。これが水晶なら、夜空の星を数えるほうが早い。

 この中から、お守りを捜す。ガーネット自体の魔力と、あたしの魔力とが溶け合っているもの。


「黒い糸、黒い糸」


 こういうとき。その石がなんだろうと、立ち昇る光の中心に黒い筋が入る。ちょうどいい茹で加減のパスタみたいに。数えると、全部で二十とちょっと。


 町の北側、金持ちばかりの区画には見えなかった。意外だったのは、中央にある神殿に幾つかあったこと。

 その周りの中流層の家々に、また五個くらい。墓場に十個以上あった。完全に町の外へあるのは、たった一つ。


「あそこね」


 目標を定め、箒に喝を入れようとした。その時聞こえたのは、耳障りな風鳴り音。細い弦が空気を弾き、先を尖らせた棒が風を穿つ。

 誰かが矢を放っている。目を向けると、崩れかけた木造の屋根に突き刺さった。


「あれだ! 放て! 放てぇっ!」


 大きな通りを駆ける兵士たち。下町のすぐ外にある、警戒櫓に登るのも何人か。いずれも弓を持ち、届くはずもない矢を放つ。


「危ないじゃない!」


 風に頼んで、上向きの突風を吹かせた。宙にあった全ての矢が、つむじに巻かれる。そのまま町の外まで運んでくれたはずだ。


「やはり魔女だ! 魔法の追いつかぬほど射掛け続けよ!」


 箒で空へ止まっているのに、魔女以外の候補があったの? なんて、益体もない皮肉を言いたくなる。しかしその間にも、兵士は増え続けた。それはもちろん、放たれる矢も増えるということ。


「危ないからやめろと言っているの!」


 二度。三度。絶対に当たらない矢を、風に運ばせ続けた。それをどう勘違いしたのか、指揮官らしき兵士が笑う。

 

「はっ、怯んでいるぞ! 投石機カタパルトを急がせろ!」

「石を投げるですって?」


 投石機は、城や砦の壁を壊す為の攻城兵器だ。石の大きさと角度を調節すれば、この高さにも届くのかもしれない。

 でもそんな物を、こんなところで使うの? なぜあたしが、わざわざ矢を吹き飛ばすのか分からないの?


「下町に住む人たちは、人間じゃないってわけね」


 魔女に向けたつもりでも、放っておけば必ずどこかへ矢は落ちる。現に最初の十数本は、下町の路地や屋根に刺さった。

 ぴりっと、憤りに魔力が爆ぜる。恐れを知らない勇敢な兵士たちに、鉄槌を落としたい欲求が甚だしい。


「ダメよ――」


 ぐっと、強く拳を握る。爪の食い込む感触を、自制に使った。


「なにしてるの、急いで」


 指示していないのだから、箒のせいじゃない。でも八つ当たりに柄を叩き、正真正銘の真っ直ぐに飛ぶ。唯一、町の外にある橙色の光へ。

 追え。なんて声が当たり前に上がるけど、もちろん無視した。街を囲む塀をぎりぎりで飛び越え、地面に突き刺さる勢いで突っ込む。止まりきらないうちに箒を降りて、足に痛みが奔る。


 でもそんなこと、どうでもいい。それにあたしのせいで怖い目に遭っている、ショタァを思えば。

 その場所は、特にどうということもない平地だった。近くに畑があって、たまには荷車くらい通すらしいガタガタ道もある。

 その脇の、雑草が茂る中にガーネットがあった。でも指輪で、ショタァにあげたのとは違う。


「くぅっ、ハズレだわ」


 ゴミだと思って捨てたか、うっかり落としたか。理由なんてどうでもいいけど、そんなところだろう。

 あたしも持ち主の意向に沿って、元の茂みに放った。


「これが違うとなると……」


 街を振り返る。開いたままの門から、兵士が群れになって出てくるところだ。反対の、遠く連なる山も眺めた。もう遠くへ移動させられているなら、探しようがない。


 どっちよ。

 悩んでも、あたしに選択権はないのだ。まだ町へ居るものとして、残る光を一つずつ当たるしか出来ることがなかった。

 もしもそれが違っていたら……その時に考える。


「ごめん、ショタァ。少しだけ待たせるわ」


 すぐに実行するのは難しい。兵士を薙ぎ払いながらというのも、出来なくはないけど。そんなことをすれば、あたしはあの時の奴らと同類になってしまう。箒を低く飛ばし、近場では大きな森の反対まで離れることにした。


 そんな距離からも、魔法を使えば町の様子を見ることが出来る。仮にここまで兵士がやってきても、簡単に追い払うことが出来る。

 高い木の枝に腰かけたあたしは、じっと自分の手を見つめた。


「ショタァに出来て、あたしに出来ないこと。なにかあったかな」


 兵士が警戒を緩め、街が普段に戻る。それまで待つしかないと言え、なんで急にこんなことを考えたのか。我ながらよく分からない。


「お茶も料理も、自分でやれるんだよ?」


 家事に関して、彼はなんでも出来る。当然に知らないことはあるけど、教えればすぐに呑み込む。苦手なことだって、いつまでも放ってはおかない。だからたとえば剣を使わせれば、屈強な戦士になれると思う。森のことを教えれば、優秀な守り手も兼ねた狩人になれるはず。


 ショタァには、どんな未来も考えられた。この世界でも、十分に独りで生き抜ける。どちらも可能性だけれど、しょせん確約された行き先なんて存在しない。

 それなのに当人は、たった今を悔いていた。役に立てていないと。

 たしかに空を飛んでの偵察や捜し物をさせられない。泥棒猫のふりをして、こっそり忍び込むことも出来ない。あたしを運ぶことも、護衛にもならない。


「でもあんた、可愛いじゃない。あたしにはそれだけで十分なんだよ」


 見てくれだけかと不満が聞こえそうだ。でも本当にそれだけだったとして、なにも持っていないよりいいに決まっている。そして実際のところは、やることなすこと何もかもが可愛い。


「可愛さってね、ずっと一緒に居る相手には頼もしさになるんだよ? 知らないと思うけどさ」


 妄想のショタァに語りかけるふりをして、これが答えだと自分に言い聞かせた。どんな代償を払っても、彼を傍に置く意味はあると。




 それから兵士たちは、あたしを追っては来なかった。しかし諦めたわけでなく、見失っただけだ。夜になっても、町が煌々と明るかった。普段の百倍も、篝火が焚かれていて。


「魔女は帰ってこないわ。だから寝ちゃいなさい」


 待ちきれずに枝を揺すっても、独り言で諭しても、状況は変わらない。朝になってさすがに火は消されたけど、見回りの重武装がため息を誘う。


「仕方ない、潜り込むか」


 町の近くまで舞い戻り、目印になる箒を隠した。ローブは裾を腰下で切り、シャツの形に。重ねていたレース編みも置いて行く。これでちょっと見るだけなら、男っぽくなったはず。商人の列に紛れ、門をやり過ごした。


 魔力の光は、まだ残っている。人間には見えないから、怪しまれてもいない。あたしは一軒ずつ、その家の扉を叩いて回る。


「ああ、ごめんなさい。知り合いがこの辺りに住んでると聞いたんだけど、違ったみたい」


 扉さえ開けてもらえば、中の様子を探れる。魔女や魔法に関わるなにかが、あるか無いかくらいは。

 でもとうとう。そうやって回り尽くしても、ショタァを見付けることが出来なかった。残るは教会と、墓地だけだ。


「教会に逃げ込むなんて、あり得る?」


 高い尖塔を見上げ、まさかねと首を振る。聖職者を信用するしないでなく、魔女に縁の何者かが選択肢とするはずがない。

 すると残るは、墓地。


「お願いだから居てよ」


 町の南へ向かう通りを、自分の足で歩いた。いつかショタァと歩いたのと、同じ道を。首をもたげるたくさんの気持ちを押さえつけ、いつも通りの歩調で。

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