第35話:【アーシェ】行き違う心─4
「そのネックレスは、あたしがあげたの。守りたい相手が居れば、渡しなさいと言ってね」
「守りたい相手……。エルゼはそんな物を、貰ってすぐ私にくれたことになります」
石を握り、見つめるエトヴィン。
自分はエルゼを愛しているけれど、相手がどうかは分からない。たしか似たようなことを、レオナルトも言っていた。
でも似ているだけで、全く違う。ネックレスのことを教えて、少しは理解したのかもしれないけど。
「アーシェさん。私は彼女に会いたい。もしも私が嫌われているならそれでもいい。しかしきっと、エルゼは待っている。見つけ出す方法はありませんか」
無茶を言う。いかに魔女でも、なんの手がかりもなく誰か一人を探し出すなんて不可能に近い。ましてやエトヴィンは、あたしを魔女だとは知らないのに、大真面目で言っている。
良くも悪くも。いやだいたい悪いけど、この男は思い込みが激しい。だけどエルゼが自分から姿を消した可能性に気付いたのは、合格点だ。
「さあ。あたしは待ってない可能性が、半分くらいと思うけど」
「構いません。エルゼが危険な目に遭っていないと知れれば、それ以上のことは無い」
ネックレスに使ったオーソクレスという石は、持ち主の感情に敏感だ。あたしの魔法によって、恐怖とか悲しみとかに反応するようにもした。
だから今エルゼが、自分の望まない状況にある可能性は高い。
「分かった。一つ心当たりがあるわ、違っていればいいんだけど。もしもそれが原因なら、あたしのせいでもある」
「どうかお願いします。お礼は出来る限り、どんな形でだってしますから!」
ギルバルトとザビネの顔を思い浮かべながら、考える。四日が経っているなら、既に手遅れということもあり得た。
身の安全を考えれば、すぐに行かなきゃいけない。しかしニーアまでは、馬車でも一日かかる。その上、次に乗り合い馬車の通る予定は明日だったはず。
「仕方ないか。やっぱり引っ越せってことね」
「え、なんのことでしょう?」
「なんでもないわ。外で待ってて」
怪訝に首を捻りながら、エトヴィンは外へ出た。きっちり閉まるのを見届けて、振り返る。
気付いていた。階段に通じる扉の所で、ずっとショタァが見ているのを。
「聞いての通りよ」
「はい」
「ショタァも行ってくれるでしょ?」
「はい」
一瞬の間もなく、返事がある。彼は自分を使い魔と思っているから、役割りとしてそれ以外の答えを用意していないんだろう。
もし、ここへ居るのがつらいのなら。別の道を考えてあげる、頃合いなのかも。ショタァの満足する道がどんなものか、想像もつかないけど。
「たぶん、ギルバルトが関わってると思う。だとしたらあたしにも、ほんの少しくらいは責任があるのかも。だからエトを連れて、ニーアまで飛ぶわ」
「ここに住めなくなるってことですね。僕はアーシェさんの使い魔ですから、どこへでも着いていきますよ」
聞こえた言葉のまま。額面通りなら、どんなに嬉しいことか。だってこんなに可愛らしい子が、あたしの傍へ居ることに理由を求めないんだから。
しかし実際には、選択肢がないだけだ。もしも他に行く当てがあれば、ショタァはそちらを選ぶ気がする。
そういう妄想をして希望を抱かない為に、さっさと答えているんじゃないか。そう思えてならない。
「ありがと。でもよく考えて? 今はなにも考えず、ただ着いてくるでいいけど。これからどうしたいのか。どこへ居たいのか。あんた自身の気持ちを、聞いてみなさいよ」
「自分の気持ちを聞く、ですか」
素直にうんうんと頷いていた首が、横に傾いた。眉と眉の間の狭い空間を、ほとんどゼロにもする。
はっきりした答えを決められなくてもいい。存分に考えたら、どんな言葉が出てくるのか知りたかった。
「期限は、この事件が片付くまで。エルゼを見つけたら引っ越すから、その時までよ」
「……分かりました」
即答ではなかった。あたしの声を聞き、答えるまでに十を数えられた。この間にどんな意味があったのかも、後で聞けたらいいな。
「じゃあ行きましょう。箒を持って来て」
階段へ向かう背中を見送り、表に出る。エトヴィンは街道の左右を繰り返し、忙しく見渡していた。
「なにしてるの」
「ニーアに戻るんでしょう? 馬車が通るようなら、無理にでも乗せてもらわないと」
「そんな都合良く、通りかかるわけないでしょ。必要ないわ」
とは言え釣られて、あたしも目を凝らす。自然の凹凸に道が揺れ、やがて見えなくなるまで。馬車はおろか、狐の一匹さえ見えない。
「必要ないって、じゃあ歩くんですか。ああ、歩きながら馬車を探すってことですね」
「違う。いいから黙って聞きなさい」
「はあ――」
この大陸の人間に、魔女の存在を明かす。二百年が経っても、魔女狩りは続いている。この男は、どんな反応をするだろう。
当面を割り切ってくれるなら、それでいい。エルゼの危機も忘れて騒ぎ立て、会話にならないようなら。
あの気立てのいい娘には悪いけど、この話は聞かなかったことにしよう。
「これからあたしのすることに、あんたは驚くと思う。でもエルゼを救いたいなら、見てみぬふりでいなさい。終わった後まで、ずっと黙っていろとは言わないわ。人間にそんな辛抱が無いことは知っているから」
頭を掻いて、なんのことやらという顔。でも言われた通り、黙ったまま頷いた。ショタァがこんな大人にならないことを、祈るばかりだ。
「アーシェさん、持って来ました」
「ありがと、ショタァ。さあエト、あたしの背中につかまって。もう喋っていいから」
そこへ乗るのか、自分が? と、エトの指が動く。もう箒に跨っているのに、魔女と察しがついていないらしい。
「あの、僕はどこへ」
「ショタァはあたしの前。でも前向きじゃ危ないから、抱きついて」
大きいのと小さいの。二人の男は、言われた通りに箒を跨いだ。背中の側からようやく、「あれ、これって」と呟く声が聞こえた。
いちいち説明するのは面倒臭い。まずはニーアに着いてからだ。
「箒よ箒。大地の鎖を切り払う者。あたしを意のままに、空を舞わす風になりなさい。そして飛べ、お前の持つ力の限り!」
箒の柄を撫で、地面を蹴る。ほんの数拍で、遠かった雲が触れられる距離になった。
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