第十九話「日曜日よりの使者」

                  ◆


 七月初週の日曜日。舞子たちからメールで誘いが来て、今日は一緒に昼食に行くことになっていた。東谷駅の東口は、西口に比べて人の数が少なく、ベンチもあるからゆっくり待つには便利がいい。最近はずっと工事をしていて騒がしいけれど、昔から私達の待ち合わせ場所といえばここだった。

 

「あ、居た居た」


 そんな声がして前を向くと、涼し気な格好をした見慣れない顔の女が歩いてくる。茶色のウェーブがかかった髪といい、いかにも量産型の大学生って感じだ。


「アンタにしては来るの早いじゃん、楓。待ち合わせとかいつも最後に来るのに」

「…………? 誰?」

「いや、どう見たってあたしだろうが! 見せたろかこの赤縁メガネ!」

「なんだ舞子おまえか。眼鏡キャラのくせに本体外すなよ。紛らわしい」

「だ、か、ら、あたしの本体は眼鏡じゃねえッ……って。アンタその弄りほんっと飽きないわよね……。まあ、そういうあたしも反応が自動で染み付いてんだけど」

「気持ち悪いシステムだな」

「何か言った?」

「何も」


 ついと視線を逸らす。今日の天気は快晴。実に夏らしい行楽日和だ。

 緩んできたヘアゴムを外して、私はもう一度暑苦しい後ろ髪を括り直す。

 

「……。ってか楓。なんでアンタ制服着てんの? 今日休みの日でしょ」

「ん? まあ別にどうでもいいだろ」

「いやいやいやいや。確かに昔からアンタって、休みの日も制服だったりしたけどさ。留年してもそれって、大分度胸いるっつーか……いい歳して制服着るのきついとか言ってたくせに、一体どういうことなのよ?」

「喉元過ぎればなんとやら」

「真顔で言うな!」


 まぁ、ほんとは私服で来るつもりだったんだけど。前の家から移ってくる時に殆ど捨てたから、ろくなのが残ってなかったんだよな。部屋着のダサいTシャツとジャージを着て出歩くくらいなら、制服着た方が涼しそうだと思っただけ。


「あ! 楓せんぱぁぁぁあああい!! う、うおおおお!!!」


 私を見つけるなり、一直線に突っ込んできたハルの頭を鷲掴みにして食い止める。

 相変わらず元気がよすぎるなこいつ。いい歳なんだからそろそろ落ち着け。


「楓先輩、こんにちは。ごめんなさいお姉ちゃんが」

「うん」


 妹のアキの方も相変わらず。突っ走る姉に振り回されてよくよく頭を下げる。


「あれ!? 先輩先輩! なんで今日制服姿なんですか!? 私の為に着てくれたんですか!?」

「いや、なんか面倒だから」

「どんだけ面倒くさがりなのよ……女子として色々失格すぎるわー」

「いちいちうるさい奴だな……。別に誰が何着たって自由だろ」

「あらあら。ずいぶん聞き捨てならないことを言うじゃない」


 不意に、寒気のする声が響く。嫌な気配を感じながら視線を向けると、カツカツとヒールを鳴らし、ファッションショーのような歩き方で近づいて来る女が一人。


「いい? 音無さん。女の子は誰でも、オシャレをしなければならない生き物なの。年齢や美醜に関わらずに、ね。できないのならともかく、できることをやらないのはただの無精者だわ? 美しい者はより美しくあらねばならない――そう、この私のようにね」


 そして真行寺は、サングラスを外しながらキメ顔でそう言った。

 一瞬の間が空いた後、私はスッと視線を逸らし、ベンチから立ち上がる。

 

「……よし。そろそろ行くか」

「あら? 無視? 無視するの音無さん? いいのかしらね、私に放置プレイなんてして。興奮するわよ?」


 どういう脅しだそれ。……というか。


「何でお前もここに居るんだ? 来るとか一言も聞いてないぞ」

「何でとは失礼ね。私は別にいつも通り貴女の後を尾けていただけよ」

「は?」

「真行寺、あんた用事あるから今日出かけるとか言ってたわよね。まさか……」

「ふふふ――そのまさかよ!!」

「頭おかしいのか?」


 一体どういう休日の使い方してるんだ。プロのストーカーか。


「まーまーいいじゃないですか舞子先輩! せっかくだし奏恵ちゃんも一緒に!」

「いや、あたしは別にいいんだけど……」

「さっさと帰れこの変態女」

「意地でも帰らないわ? ふふふふふ」

「ふ、二人とも落ち着いてください……」


 アキの静止で我に返る。

 ……。まあ何となくこんな気はしてたから諦めるしかないか。


「ま、とりあえず行こ。さっさとしないと混んじゃうし」

「そうですそうです行きましょ行きましょ! あ、そうだ! ご飯の後みんなでお洋服買いに行きませんか!? 私、楓せんぱいのお洋服選んであげたい!」

「あら。それはいい提案ね、ハル。私がとびっきり素敵なコーディネートを見繕ってあげるわよ、音無さん」

「余計なお世話だ」

「あ、楓先輩。その後みんなで、楽器屋寄って行きませんか。私ちょっと気になるエフェクターがあって――」


                 ◇


「おっ。こんな所に楽器屋ができてる。興奮してきたな」

「ちょっと入ってみようかな」

「お前らそれ何回言や気が済むんだ?」

「でもこんなところに楽器屋あったんですね。オレも初めて見た」


 日曜日の昼下がり。勉強会組でひとしきり東谷の街を遊びまわった後、俺達はいつもの四人(俺、姫路、五十嵐、響)で楽器屋巡りの旅をしていた。

 屋根付きアーケードの雑多な建物の間には、「伊藤楽器」という全く見覚えのない店がひっそりと鎮座している。個人経営の店なのだろうか? こういうところにこそ、掘り出し物がありそうな気がする。


「いらっしゃいませこんにちはいらっしゃいませこんにちはー!」


 店の中に入るなり、太っちょで厳つい店員二人が元気よく駆け寄ってくる。

 え、楽器屋でそのスタイルの接客あんの? 個人経営とはいえ流石に?


「どうも。店長の伊藤です」

「副店長の富田です。そしてー?」

「アルバイトの三好です」

「あ、ああ。どうも……って、あれ!? 三好先輩!? 何でここに!?」

「何でと言われても困るが……まぁ、一年生の時から働かせてもらってる」

「そ、そうなんスか」「びっくりした……」


 不意打ちの登場すぎて鼻水が吹き出そうになった。

 てか、この人クラスでもアルバイトとかするのかよ。チケットもCDも売れてんだろ。まぁ単純に仕事に楽しさを見出してるのかもしれないが。


「では、何かご用がありましたらお気軽にお申しつけ下さいませー」

「ごゆっくりどうぞー」


 そして何事もなかったかのように、三人の店員は元居た位置に戻っていった。

 何だこの店。斬新な営業スタイルすぎるだろ。クレームきたりしねえのかな。


「お。でもすげえ。この店結構いろんなのがあるな」

「ほんとだ。なんか全然数も違うね」

 

 さっき立ち寄ってきた楽器屋はどれも、ビルの一角を借りている小さな店ばかりだった。しかしここは足元から天井までズラリと色とりどり様々な形のボディが並び、見たことのないメーカーのロゴが散見する。割と本気で興奮する光景だった。


「!? おい見ろよ響! サイクロンⅡあるぜ! やべー初めて見た!」

「先輩、こっちにはフライングV-IIがありますよ」

「うおお! なんだこの謎の試作機感! たまんねえなオイ!」

「ねえ香月ちゃん。さっきからあいつらあたしのギター選ぶ気全くないよね?」

「それはアタシも思ってた」


 女子二人が後ろから冷たい視線を送ってくる。おっしゃる通り、今日の目的はそちらの方なので、店員の三好先輩を呼んで相談することにした。


「あ。三好くん。その子たち君の後輩でしょ? 別に普通に話していいからね」

「はい。すみません」

「えーと姫路が買いたいのはエレキで、予算は大体五万って事でよかったっけ」

「あ、うん。一応」

「三好先輩。そんくらいあれば結構良いギター買えますよね」

「ああ。五万もあれば廉価ローブランドの中でも質のいいものに手が届くはずだ」

「高宮先輩が使ってるのも、確かそれくらいの奴ですよね」

「うん。ちなみに俺のは中古でそれぞれ三万と五万のやつ」

「あ。へー。あれでそんなもんなんだ。もっとお高いのかと思ってた」

「まぁ言うてコイツのギター、値段相応の音しかしてねえけどな」

「い、いやいや。何言ってんだ五十嵐先生! 響とか音無先輩が弾いたらすげー良い音してただろうが! 俺がまだ真価を引き出せてねえだけだから!」


 実際の所、電気を通すエレキギターはアンプやエフェクターの設定――いわゆる『音作り』次第でかなり出音が変わってくる上、『使える音』かどうかは楽曲や個人の感性に寄るところもあるので何ともいえない。もちろん明らかに『良くない』ってラインは存在するから、そこは避けなければならないんだけど。


「とりあえず最初の楽器で大事なのは、まず音がちゃんと鳴るかって所っスよね」

「ああ。安いものは特に、ネックが曲がってたり、パーツの取り付けが甘かったり、作りがよくないものも多いからな」

「そうなると、練習の妨げになっちゃったりするのがきついんですよね。特に初心者の内だと、何がダメなのかって基準も全然わからないですし」

「成程……。じゃあやっぱり、出来るだけ高いギターの方が良いって事なのかな」

「ああ。勿論、高価格帯ハイブランドの方が基本的には安定している。しかし」

「ピンキリ、ってやつですよね。木材である以上、例えば同じスペックの機体でも、どうしても個体差とか当たり外れが出てくるっていうか」

「そうなると完全な初心者がいきなり10万とか20万のギターに手出すのっても、結構リスキーだよなー。もし続かなかったら、かなりきつい出費だし」

「逆に高いの買って逃げ道なくせって言う人も居ますけど、どうなんでしょうね」

「いやー、でもそれって高い金出した分もったいないから練習するってことだろ? それで続く人は続くのかもしらんけど、目的がすりかわってねーかな?」

「な、成程? ん? 結局どういうこと? 香月ちゃん、あたしどうすれば??」

「お前らさっきからゴチャゴチャ喋りすぎだろ。姫路が混乱してるじゃねーか」

「ごめん」「すみません」「申し訳ない……」

「あ、いや別に、三好先輩には言ってないですよ!?」


 俺達につられて三好先輩が頭を下げると、五十嵐が慌てた様子でわたわたする。


「ま、そう焦んなよお二方。こんなこともあろうかと、俺と響が超オススメでシンプルなギターの選び方を用意してきた」

「超オススメで、シンプルなギターの選び方?」

「また無駄に仰々しい事を……。三好先輩の前でも言えんのか、それ?」

「おうよもちろん言えるね。でも何か怖くなってきたから確認させてもらうね? すみません三好先輩実は俺らこうこうこういう考えがあって……はい……ッスよね」

「めちゃくちゃ予防線貼ってる……」


 こればっかりは人によって賛否が分かれる話題だから仕方ない。

 三好先輩に確認を取った後、俺は咳払いをして向き直る。


「よしOK。姫路。聞く準備はいいか」

「え? う、うん」

「俺達が提唱する最初のギターの選び方。それは――」


 十分にタメを作った後、俺は姫路に指を突き付けながら言う。


「――!!」


 ぽかーんと姫路は口を開け、五十嵐は砂漠のように乾いた眼つきで俺を見る。


「どれでも好きなの買えって……え? それざっくりしすぎじゃない?」

「さっきあんだけ並べてた御託は何だったんだよ」

「まあ、どれでもいいってのは正直言い過ぎたわ。正確には買える範囲で好きなの買っちゃえって感じッスよね、三好先輩」

「ああ。実際初心者にとって、楽器を続ける為のモチベーションは楽器の出来以上に重要だからな。好みじゃないものを買うというのは、俺はあまりお勧めしない」

「特に最初の一本なら、高い楽器を買う為にお金を貯める時間とか逆にもったいないですもんね。それならもう、見た目でとりあえず選んじゃうのはいいと思います」

「え。見た目で選んじゃっていいの? 音とか、そういうのは関係なく?」

「音はまぁ、一応それぞれに特徴はあるけど、ぶっちゃけ最初の内とか音にこだわる段階じゃねえからなぁ。俺も最初何が違うのかとか全然わかんなかったし」

「逆にある程度楽器に慣れてくると、どういう音を出したいとか、自分の中で明確な基準が生まれてきますからね。音で楽器を選ぶのはその段階からでいいかと」


 姫路は口元に手を当ててムムムと考えこむと、閉じていた目をぱっと見開く。


「……なるほど。じゃあさっきの話を踏まえると。あたしの予算は五万円だから……その中からまず見た目で好きなの選んで、それがちゃんとしたものか、お店の人にチェックしてもらってから買う――! って感じでいい、のかな?」

「そう! それだよ姫路! 俺らが言いたかったことは! 全員拍手!」

「え、合ってんの? や、やったぁ!」

「騙されんな姫路。最終的にすげー普通の答えに辿り着いてるだけだぞ」

「言われてみると確かに」

「五十嵐――やはり天才か?」

「お前らが無駄に遠回りしてるだけだろ」


 人にモノを簡潔に教えるって大変だ。五十嵐先生はその点流石といえる。


「でも見た目かぁ。……見た目だとあたし、ネットで欲しいの見つけたんだよね」

「ネットで? へー。ちなみにそれってどんなやつ?」

「えっと、これ」

「お、ジャズマスターか。かっこいいじゃん」


 姫路のスマホの画面には、鋭角なブルーのボディにホワイトパールのピックガード、白いコンペティションラインの入った美しいギターが表示されている。


「三好先輩。このギターってこのお店にあったりしないっすか」

「フェンダージャパンの限定モデルか。店長に確認してくる」


 言うと三好先輩は、店の奥に引っ込んでいく。


「ああ、これ。ANGEL BEATS!のコラボ商品ですよね」

「響くんほんとよく知ってるね。そうそう。ガルデモのひさ子が使ってる奴」

「へー。でも確かに良いなこのギター。もうこれに決めちゃえよ姫路」

「お前、人に買わせて自分も触りたいだけだろ」

「え? さて……何のことやら……」


 そんなやり取りを交わしていると、青いギターを抱えた三好先輩が戻ってくる。


「わ、すごい! 本物だ! かっこいい!」

「うおお。ほんとだ。実物はすげーなやっぱ」

「少し試奏してみるか」

「はい! あ、でも。あたしまだ全然弾けないんだけど……」

「じゃあ代わりに三好先輩に弾いて貰おうぜ。お願いします先輩!」

「分かった」


 涼し気にそう言うと、三好先輩は俺達を試奏スペースまで案内し、アンプにエレキギターを接続する。そして丁寧に低音部から高音部、歪みとクリーントーンを使い分けながら一通りの音を鳴らした後――、


「あ、この曲! Clow Song! え、すご! Alchemyも!?」


 三好先輩が鳴らすギターフレーズに、やたら姫路のテンションがブチ上がる。


「何だ? さっきから何の曲弾いてんだ?」

「このギターが出てくるアニメの、劇中バンドの曲ですね」

「ガールズ・デッド・モンスターだっけ? 結構アレも去年人気だったよな」

「へー。そういうバンドが出てくんのか。俺も今度見てみようかな」


 しかし響にしてもそうだけど、三好先輩も色んな曲知ってんな。

 つーかお客さんの趣味を察して弾くとか神店員すぎるだろ。何この人。


「ちなみにこれ、いくらするんですか三好先輩」

「新品で7万9800円だ」

「お、おおう。普通に予算オーバー……」

「フェンダージャパンの新品だとやっぱりそのくらいしますよね」

「どうする姫路。諦めてやっぱ他のにしとくか」


 姫路はじーっとギターを見つめた後、意を決したように目を見開く。


「……いや、買う。やっぱりあたし、この子がいい! この子欲しい!」

「おお」

「あ。も、もちろん今は買えないけど。次のバイト代が入れば何とか……。三好先輩、この子取り置きとかって出来たりします?」

「ああ。多少の前金が必要だが、一か月程度なら預かれたはずだ」

「じゃ、じゃあそれでお願いします!」


 どうやら取引が成立したらしい。二人は一度レジの方に移動して、やがて浮ついた足取りの姫路が俺達の所に戻ってくる。

 

「あー、やば。ほんとに取り置きしちゃった。なんかドキドキする……」

「買ったからには続けなくっちゃな。頑張れよ、姫路」

「言われなくても頑張るけど。ちょ、ちょっとくらい教えてよ?」

「やめとけ姫路。コイツに教わると下手になるぞ」

「勝手に決めつけんじゃねえよ! むしろ下手だからこそ下手の視点でだな!」


 そんなやり取りを交わしていると、何か入口の方が騒がしい事に気づく。


「……あら? 昨日まで何もなかったのに急にこんなところに楽器屋ができてるじゃない。興奮してきたわ。ちょっと入ってみようかしら?」

「おおっ! 本当だ! 私も興奮してきました! のりこめー! わーい!」

「ちょ、アンタらねえ! さっきからフラフラしすぎでしょ! ったくもう!」

「あ、でもお店の中凄く綺麗ですね」


 そして何やらワラワラと、どこかで見覚えのある四人組が店の中に入ってくる。

 いや、よく見ればその後ろにもう一人。あれは――、


「あれ? 音無先輩?」

「……ん?」


 やっぱり音無先輩だった。普段の制服姿とは全然違う、ファッション雑誌の表紙でも飾ってそうなスタイリッシュな私服姿のせいで誰かと思ったけど。なら一緒にいるのはヴィクトリカの人達で間違いないだろう。


「あ、響くん」「おお! 響くんだ! いえぇーい久しぶり!」

「どうも、アキさん、ハルさん。お久しぶりです」

「何やってるんだお前ら。こんなところで」

「ああ。姫路がギター買いたいっていうから今みんなで楽器屋巡ってて」

「おー。楓の後輩勢ぞろいじゃん。すごい偶然ね」

「お久しぶりです、舞子さん」

「え? あっ……ひ、響くん。久しぶり!」

「舞子、お前さっきと何か顔違くないか?」

「は? いや別に。今の一瞬で、化粧直したりとかしてないわよ?」

「語るに落ちてます、舞子先輩……」

「あ、ハルくんだ! ハルくううううん!!」


 銀髪ツインテールの人が、何故か三好先輩の方に突っ込んでいく。


「やあやあ元気にしてたかいハルくん!」

「……すみません。叩かないでもらえますか金子先輩」

「あれ、三好くんじゃん。ここでバイトしてんの?」

「ええ、まあ。お久しぶりです」

「あら? 誰かと思えば晴臣じゃない。奇遇ねこんなところで」

「え? 何? 真行寺、三好くんと知り合いなの?」

「ええ。私のパパの妹の息子が晴臣。つまり私達はいとこ同士ってわけ。小さい頃はよく一緒に仲良く遊んだわ? ねえ?」

「…………そうですね」


 どことなく嫌そうに顔を背ける三好先輩。ってか待て。何か急に情報量が多くて混乱してきた。とりあえず、いい機会だし挨拶しとくか。


「あ、どうも! こんちわっす! 俺、音無先輩と同じ学校で一緒にバンドやらせてもらってます! 高宮です!」

「ちわす。五十嵐です」

「えっと。姫路です! こんにちわ!」


 俺達が挨拶をすると、ヴィクトリカの面々も元気に挨拶を返してくれる。


「と、ところで高宮くん。あのお姉さま方はどなたさまで……?」

「え? ああ姫路は知らねえのか。ヴィクトリカっていう音無先輩の前のバンドで」

「あ、そうだ楓。いい機会だし、あたし達の事紹介してよ」

「おまえらが自己紹介した方が早いだろ」

「アンタねえ……まぁそれもそっか。高宮くん、でいいんだよね?」

「あ、はい!」

「あたし、国枝舞子。楓とは高校の時一緒にバンドやってて、今はここの四人でヴィクトリカってバンドやってます。こんなもんでいいかな。はい次アキ」

「金子アキです。先輩達とは一つ下で、今はベースをやってます」

「金子ハルでーす!! 双子だけどアキのお姉ちゃん! パートはボーカルとギター! 去年まで軽音部の部長もやってたよ! まあハルくんに全部ぶん投げてたけどね! ほらほら! ハルくんも自己紹介して!」

「三好晴臣。アルバイトです」

「副店長の富田です。そしてー!?」

「店長の伊藤です」

「誰この人たち!?」


 ほんとに誰だ。いや店員か。入口が騒がしいから見に来たんだろうか。


「ふうん……」


 意味ありげな微笑を浮かべながら、真行寺さんが俺達の前へにじり寄る。

 そしてまずは姫路の前に立ち、顔を近づけた。


「あなた、確か体育館ライブの時、一人で歌っていた子よね。名前は?」

「えっ、ひ、姫路。姫路瑞希です」

「そう。瑞希。……なかなかよかったわよ? これからも頑張りなさい?」

「ふぇ!? あ、ありがとうございます」

「それにあなたでかくてかわいいわ。私でかい子は結構好きよ」

「で、でか……?」


 呆然とする姫路を無視し、続けて真行寺さんは五十嵐の前に立つ。


「あなたは?」

「……五十嵐香月っス」

「かずき? ふふ。男の子みたいな名前ね。ドラムの音もまるで男の子みたいだったけれど。……何もそんなに睨まなくてもいいじゃない。女の子が眉間に皺ばっかり寄せてちゃ台無しよ」

「……生まれつきこういう顔なんで」

「ふふ。不愛想ね。だけど良いメイクじゃない。努力家は嫌いじゃないわ」


 不機嫌そうな五十嵐を無視し、続けて真行寺さんは響の前に立つ。


「響――改めて見ると音無さんに顔がそっくりね。女装に興味はない?」

「ないです」

「新しいお姉ちゃんが欲しくは?」

「ないです」

「そう。残念だわ」

 

 そして最後に、真行寺さんは俺の方に目を向ける。


「……あら? こんなところに大きなゴミが。いえ人の形をしたカスかしら? 早く店員さんに片づけて貰わないと。すみませーん。ちょっと、ぐげぇ!?」


 舞子さんが真行寺さんの背後から後頭部に強烈なチョップを叩きこむ。


「……いったぁい! なにするのよ舞子!」

「いやアンタが何してんのよアホ! さっきから名乗りもしないで失礼なことばっかり言いくさって! あたしらの人格まで疑われんでしょうが!」

「そうだよお、奏恵ちゃん。みんな仲良くいきましょー!」

「奏恵さん、まずはちゃんと自己紹介から」

「くうう……何よみんなして。音無さん、貴女からも何か言ってやって!」

「はっきり言っておまえは病気だ。人格破綻者だ。金輪際関わり合いたくない」

「誰が私にとどめを刺せと言ったの!?」

「いや皆さんそれちょっと言いすぎっスよ可哀想ですよ」

「貴方にだけはフォローされたくないのだけれど高宮太志!」


 ごほんと真行寺さんは咳ばらいをして俺達の方に向き直る。


「改めて自己紹介させもらうわ。私は真行寺奏恵。ロックスターになる女よ。いえむしろ既にロックスターといっても過言ではないわ。崇め奉りなさい下民共。特に高宮太志!!」

「斬新な自己紹介だな」

「ごめんね、みんな。こいつほんとちょっと残念な子だから。気にしないでね」

「はぁ」「すごい美人さんなのに……」「変な人だな……」


 ドン引きする俺達高校生組の前に、金子ハルさんが一歩前に進み出る。


「ねえねえ! みんな二年生なんだよね! わたしのこと覚えてる!? 去年一応、部長だったんだけど!」

「え? ええっと」

「お姉ちゃん。私達は三年生の時ほとんど部活出てなかったでしょ」

「はっ! そうだった! いっけね! でもせっかくだからさ、みんなでこの後ボウリングとか行かない!? 色々話したい事とかもあるしさ!」

「え? ああ。俺らは全然別にいいですけど」

「あらあら。いいのかしら高宮太志? そんなに安請け合いして。ちなみに負けた方はタマを取るルール無用のデスマッチよ?」

「それ俺と響だけを殺しに来てない!?」

「ハルくんもやろう! バイトが終わったらでいいからさ!」

「はぁ。まぁ、あと一時間で上がるのでその後でなら」

「よし! 決まりぃ! 楓せんぱいはこっちのチームですからね!」


 な、何だか妙なことになってきたな。

 でもたまにはいいか。こんな風に無駄に騒がしい日曜日も。

 

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