第十四話「ツキアカリのミチシルベ」

                  ◇


 びりびりと、脳まで痺れるようなビブラートが俺の鼓膜を揺さぶっている。

 マイクを握るのは姫路。歌っているのはAngelaの『Shangri-La』――蒼穹のファフナーというアニメのOP主題歌、らしい。初めて聞く曲だけど、少し聞いただけで難しい曲だというのはすぐに分かった。単純に音域が広く、地声と裏声の切り替わりが激しい。ちゃんと歌いこなすには、相当の練習が必要になりそうな曲だ。


「……ああ! 91点か……」


 モニターに表示された点数を見て、姫路は悔しそうに肩を落とす。

 金曜日の放課後。俺は姫路、響、五十嵐の三人でカラオケ店にやってきていた。

 本来ならいつも通り、俺一人で歌の自主練をする日のはずだったのだが。ホームルームが終わるなり急にやってきた姫路が俺にカラオケバトルをしようなどと宣戦布告してきやがり、他の2人は面白がってそれについてきた形である。


「やっぱり難しいなぁ、この曲。もっと練習しとこ」

「いやでも、上手ですよ姫路先輩。カッコよかったです」

「え。そんな事ないよ全然。反省点とかまだまだ無限に出てくるし」

「とか言いつつ、昨日は赤星先輩に勝ったんだろお前? どんだけだよ」

「はっはっは。まぁ、あれは結構接戦だったけどね?」


 響と五十嵐の惜しみない賛美に、姫路は不遜な笑みを浮かべる。

 そして椅子の端で腕を組む俺を見つけると、にやけ顔で隣に座ってきた。


「お? どしたどした? 高宮くん。さっきからずっと死にそうな顔してるけど。そんなに負けたのが悔しかったのかな~? うりうり」

「ッ……ぐ、んぬぬぬ!」


 俺のほっぺにマイクをぐりぐりと押し付けてくる姫路。悔しいが何も言い返せねえ。ルールは交互に点数を競う7本先取、結果は2-7で俺の惨敗だった。正直勝つ気満々だっただけにショックが大きい。まさかここまで水をあけられるとは。


「ハッ……ま、ままま、まあ? カラオケの採点なんざ、しょせん音程を測るだけのお遊びだろ? そもそも機械如きに? 俺の歌の何が分かるんだっつう……?」

「何かクソだせー事言い出してるぞあいつ」

「完膚なきまでに壊されてますね」

「おォ!? なんだテメーら! お前らも敵か!? 人の心とかない機械か!?」

「あっはは。別にさぁ、高宮もあたしの真似してアニソン縛りなんかしなくてもよかったんだよ? 何ならもう一回やる? 今度は逆にアニソン禁止で」 

「え? ん、んー。いや、でも。今日ちょっともう喉の調子が良くないっていうか……? 今からだと、時間延長しなくちゃなんないし……?」

「あ。逃げるんだ? ま、高宮がそれでいいなら、あたしも別にいいけど?」

「…………。上ッ等だ! やってやろうじゃねーか! もしもし!? すみません時間延長お願いします!」

「マジかよこいつら」「オレもう帰ろうかな」


 うんざりした様子で、五十嵐と響はジュースの入ったコップを傾ける。

 そんなのお構いなしに、俺と姫路は時間いっぱいまで歌い続けた。


                  ◇


「はー、歌った歌った。やっぱ歌った後は栄養補給に限るね」


 駅近くのコンビニ前。買ったばかりの熱々の肉まんを頬張りながら姫路は言う。


「もう19時か。そりゃアイツらも途中で帰るよな」

「高宮くんがしつこいのが悪いんじゃん。二回目の延長は流石にあたしもどうかと思ったよ? 何、そんなにあたしに勝ちたかった?」

「……まあな」


 ピザまんを頬張りながら、俺はビルの向こうに浮かぶ月を見上げる。

 正直言って、完敗だった。全力を出し切った分、いっそ清々しい。


「ま、そんな落ち込まなくていいって。あんなのどうせカラオケの採点だしさ。実はあれって、高得点出すにはそれ用のコツがあったりするんだよ? 知ってた?」

「知ってるよ。しかし既に、俺がそのコツを使っていたんだとしたら……?」

「え? ……ぷ、あっはは。やば。あたしラスボスみたいじゃん」


 けらけらと笑いながら、姫路は二個目の肉まんをレジ袋から出す。

 実際の所、俺は特に採点なんか気にしてなかった。気にしていたのは、単純に姫路の歌声だけ。発声、音程、細かいニュアンスの出し方――そのどれもが、計算し尽された研鑽の塊。俺よりよっぽど長い時間を歌に費やしてきたんだと分かった。

 

「でもさ、高宮くんの歌。あたし凄い良いと思うよ。普通に上手だし、喋ってる時と全然雰囲気変わるとこ、めっちゃ好き。男子でここまで歌える子初めて見た」

「……何だ? 急に褒めてくるじゃねえか」

「あっはは。ま、勝者の余裕ってやつ? でも細かい所は結構まだまだだね。肺活量の割に、息の使い方に無駄が多いっていうか。他にも、ここ変えればもっと良くなるのにってのが多くて、もったいないなーって思った」

「息の使い方か。……その、もったいないって、具体的には?」

「え? んー、……それは話すと、たぶん長くなっちゃうしなぁ。っていうか高宮、あたしの口からそれ聞きたい? 敵に教えを乞うようなもんだと思うけど?」

「聞きたい」

「え?」


 食い終えたピザまんの、残った紙を握りしめながら俺は言う。


「……真面目に、教えてくれ姫路。今の俺の歌に何が足りないのか」


 最初に姫路の歌を聞いたあの時から、本当は気づいていた。

 姫路は、今の俺より先の所に居る。

 だからこそ今日、全力でぶつかって、その距離を確かめてみたかった。


 歌だけは、誰にも負けない

 負けるわけには、いかない。


 あの三人とバンドを組んでから、絶対に譲らないと決めた俺の矜持プライド

 今、先に居るのは姫路の方だとしても。それは今日負けたってだけの話だ。

 どんな手を使ってでも、最短距離で追いついて、追い抜いてやる。

 それが――どんなに醜くて、浅ましい姿だとしても。


「……、」


 姫路は肉まんを食べる手を止め、真剣な顔で俺の顔をじっと見つめる。

 そして視線を外すと、またもぐもぐと食べ始めた。


「……なんか。何かにつけて、”教えて”ばっかだね。高宮くんは」

「……まあな」

「……あたし、そうやってなんでもかんでも人に聞く奴ってどうかと思うよ? 怠惰っていうか、図々しいっていうか。そういう自覚、ちゃんとある?」

「……自覚はあるし、俺もどうかとは思ってる。けど」


 息を詰まらせながら、俺は吐くべき言葉を絞り出す。

 

「それでも教えてくれ姫路。……俺は、なりふり構ってる場合じゃないんだ」


 俺は天才じゃない。あの女の言う通り、たまたま運が良かっただけの凡才だ。

 だから、いま自分が出来る事はなんだってやる。少しでも早く前に進むために。

 利用できるものは、なんだって利用する。


「……なりふり構ってる場合じゃない、か」


 姫路は夜空の月を見上げて呟くと、水の入ったペットボトルに口をつける。

 そして蓋を閉め、俺の方に向き直ると、にやっと笑いながら言った。 


「……いいよ? どうせバス乗ってる間ヒマだし、後でLINEで送ったげる」

「……、いいのか?」

「ん。ま、どうせアニソン教えてるついでだし? その情けなさに免じて――」

「ありがとう」

「え? ちょ、ちょちょ……!? 人目! 人目があるから!」


 俺が思い切り頭を下げると、姫路はわたわたと狼狽える。

 そういやここ、コンビニ前だった。うっかり。


「ったく、本当いちいち大げさなんだから。香月ちゃんが愚痴ってた理由わかるよ」


 溜息がちにそう言うと、姫路は手に持ったレジ袋からメロンパンを取り出す。


「悪い。いやでもマジでありがたくて……、ん?」

「ん?」

 

 もぐもぐとメロンパンを咀嚼する姫路と顔を見合わせる。


「……。お前さっきから、やたらなんか食べてない?」

「え? いやべ、別に。そんなに食べてないよ? 気のせい気のせい」

「そ、そっか。まあ確かに歌う奴って、多少肉ついてた方声出るっていうもんな」

「……。何だァ? てめぇ……。あたしがデブだとでも言いてぇのか……?」

「い、いや、そんなことは一言も言ってませんけど!?」


 何か物凄い地雷を踏み抜いてしまったらしい。凄まじい殺気を感じるッ……!

 でも実際、ひょろっひょろな音無さんとか五十嵐に比べると姫路はだいぶ強そうというか、質量が全体的に……、これ以上はマジで失礼だからやめておこう。


「…………、ってか真面目な話すると。これほとんど夜ご飯だし。今から家帰ると、あたし9時過ぎとかになっちゃうから」

「え、そうなの? 姫路ってそんな家遠いのか」

「うん。まあ、片道一時間半くらい」

「一時間半……。は? 一時間半!?」


 計三回、同じワードを聞いても言葉の意味がよくわからなかった。


「え? 一体それ、どこから通って来てんだ。山奥から徒歩とかじゃねえよな」

「山奥ってのは当たってるかもね。実際山超えてきてるし、隣の県だし」

「隣の県……? マジか。なんでそんな遠いとこからわざわざ?」

「……まぁ、地元離れてみたかったっていうのもあるけど。うちの県って、軽音楽部とか全然ないんだよね。大会なんて、勿論あるわけないし。あたしからしたらこの街って結構大都会なんだ。だから、そういう憧れもあったっていうか」

「ああ……」


 東京とか、本物の都会に比べたら、鼻で笑われるレベルなんだろうけど。

 確かに、この東谷あずまやの街はこの地方じゃ断トツで最大の都市だ。

 秋に有名な路上音楽フェスがあるくらいには音楽文化が盛んな場所だし、軽音の全国大会も、別に48都道府県全部から集まってるわけじゃない。多分全国的に見ればそもそも軽音学部なんてある学校のほうが珍しいんだろう。


(……そういや)


 一人で、って事に。姫路はやたらとこだわっていたけれど。

 今の話を聞くと、アレはコイツなりの覚悟の現れという気がしてくる。

 知らない街で、一人で生きてやろうという気概。実際に姫路は選抜ライブで一人でステージに立ち、軽音の大会にも一人で出ようとしている。


「……なんか。改めてすげえな、姫路って」

「うぇ? きゅ、急に何?」

「いや、だって。一人で隣の県まで乗り込んできてさ。俺みたいに誰かに助けてーとか、情けなく言ったりしないわけだろ。そのなんでも一人でやろうって姿勢、マジでカッコいいと思う。普通に尊敬できるっつうか」

「ああ。まぁ……あたしボイストレーニングの先生に歌は教えて貰ってたけどね? ピアノも小っちゃいころからずっと教室に通ってたし」

「おォい! しっかり教えて貰ってんじゃねえか!」

「あっはっは。まぁそれは昔の話だから。今はもう完全に我流だし」

「我流ねえ。……そういや姫路って、やっぱり何かプロとか目指してんの?」

「ん? プロ? プロって、何のプロ?」

「いや、それは知らんけど。……だって、わざわざ隣の県まで来て、自分で曲作って、昔ボイトレとか通ってたわけだろ。それって何か、すげえプロ志向って感じがするじゃん。だから本気で歌手とか目指してんのかなって」

「歌手? ……、まあ歌手っちゃ歌手の要素も含まれるかもだけど」

「なんだその曖昧な答えは」

「いや、だって。別に高宮くんに教える義理はないよなーって……」


 ちまちまとメロンパンを齧りながら、姫路はジト目でそっぽを向く。


「……ま、確かに俺に教える義理はねえだろうけど。姫路大先生ともあろうお方が、そこ躊躇っちゃうのはけっこう意外だな? てっきりもっと堂々と何でも言い切っちゃう剛の者かと思ってたぜ」

「うわ。そのやっすい挑発ほんと好きだねー。まさかまた乗ると思ってる?」

「いや、別に」


 ペットボトルの水を一口飲んで、俺は蓋を閉める。


「……実際、本気でやるって決めた事なんて、わざわざ誰かに語る必要ねえだろ。自分がやるって決めてんだったら、アピールもポーズも余計っつうか……まぁ、確かにヤボな質問だったかもな。俺もあんま自分の夢とか人に言いたくねえ気するし」

「へー? 高宮は言いたくないんだ。んじゃ、あたし逆に言おっかな」

「は? ちょ後出しジャンケンだろそれ! まるで俺がヘタレみてぇじゃねぇか!」

「あっはは。まーまー。そんな恥ずかしがんなって。怖いよねー、自分の夢とか笑われるの。わかるわかる~」

「クッソ、弄り方が悪辣だこいつ……! てかせめて自分の夢言ってから言えや!」

「わかったって。ちょっと水飲んでからね」

 

 言うと姫路は余裕そうに、ペットボトルの水をゴクゴクと飲む。

 しかしキャップを閉めた後、急に表情が強張って黙り込んでしまう。


「……? どうした? 腹でも壊したか?」

「……あのさ。絶対に笑わないって約束できる?」

「ん、あぁ」

「あたしが言ったら、高宮も言うよね?」

「まぁ、そりゃもちろん……」


 なんかずいぶん、前置きするな。さっきは余裕ぶってたくせに。

 やがて姫路は意を決したように拳を握り、ぼそりと口を開く。


「……声優」

「……声優?」


 それはいわゆる、ナレーションとか。

 アニメのキャラとかに声をつけたりする、あの職業の事か。

 

「声優か。なるほど……、」

「……ッ今、ぜってぇ痛いオタク女だと思っただろ……?」

「いや別に何も思ってねぇよ!? ってかそんな意外でもねぇし!」


 物凄い顔で睨まれたので、慌てて両手を挙げる。

 しかし実際の所、盲点ではあった。てっきりアニソン歌う人の方目指してるのかと思ってたけど、そっちの方を目指してたのか。

 言われてみると姫路の歌って、何か演じてるみたいなダイナミックさがあるし、色んな声使い分けられるのもそれっぽい。最初のあのやたら明るいキャラもその延長と考えると、凄く腑に落ちる所はある。


「……ま、今のところ選択肢の一つってだけだけどね。それ一本夢見て生きていこうなんて甘い事考えてないし。曲作ったり、絵描いたりしてんのも。自分の可能性広げるためっていうか。どんな道行くにしても、若いうちから色んな経験積んどけって、ボイトレの先生に言われてたから」

「へえ。……何か着実に目標を見据えてるって感じだな。すげーじゃん」

「全然凄くないよ。……結局、あたし。人付き合いとかクソ下手だからさ。現にあんなことになっちゃったし。ほんとは声優とか、全然向いてないのかもね」


 どこか不貞腐れたように、姫路は肩をすくめる。


「まぁ、それは俺にはよくわからんけど。姫路の場合、人付き合いが下手っつうか、単に慣れてないだけな気もするけどな」

「……。それシンプルに馬鹿にしてない?」

「いや、だって。お前、なんか妙に悪ぶってるけど、実は結構優しいだろ? 俺が鬱陶しく絡んでんのに何だかんだ付き合ってくれてるし。元のバンドの奴らの事も、むしろ庇ってたりしてたじゃねえか。……だからアレも、単なるボタンの掛け違いっつうか。別にそこまで大した事じゃねえ気がすんだよな、俺」


 一人の人間が生きている以上、気分の上下や、周りと噛み合わない時というのはどうしてもある。なんていられない。

 現に、数か月前の俺だってそうだった。悪い事が重なったり、ひどいすれ違いが起きた末に、危うく人間関係を台無しにしてしまう所だった。

 姫路の身に起きた事は、あれと同じ程度の事に過ぎない気がしている。


「……本気でそう思ってんなら。それはあたしじゃなくて、高宮が優しいんだよ」「……? え?」


 何でもない。姫路はぼそりと呟くと、またいつもの勝気な笑みを作って見せる。


「……っていうか。あたしちゃんと言ったんだから、次高宮の番だよね? ほらほら。恥ずかしがらずに言ってみ? おばちゃん笑ったりせーへんからさ~」

「っ……何だ急にその鬱陶しいキャラは。お前ほんとだんだん調子乗ってきてるよな。ほんとなんで去年あんなめちゃくちゃ大人しかったんだよ」

「あっはは。それはお互い様じゃん? それで? 早く教えてよ」


 姫路は俺の顔を真っ直ぐに見て、朗らかな笑みを作りながら言う。



「高宮くんの夢は、何?」



 ふと一瞬。時が止まったかのような錯覚を覚えた。

 俺の夢。――俺の、夢? それって、


「? どした? やっぱ言うの恥ずかしい?」

「え? ああ。いや。別に――まあ。夢は普通にバンドとか、音楽で食ってく事っつうか、ロックミュージシャン的な……何だそのシケた顔!」

「いや、だって。あまりにも予想通りすぎてつまんないし。そこはせめて、武道館行くぜ! しかも今年中に! とか言っとくべきじゃない?」

「いや武道館はベタすぎんだろ……。そしてお前は俺を馬鹿にしすぎだろ」

「あっははは。……あ。そろそろバスの時間だ。あたしもう行かなきゃ」

「おう。わりーな、家遠いのに。こんな時間まで」

「別にいいよ。去年なんて、あたし家に直帰するだけで。何の為にこんなとこ来たのかわけわかんなかったし。割と最近楽しいんだよね、誰かさんのおかげでさ」

「ふーん。そりゃどうも。んじゃま、気ィつけて帰れよ」

「うん。じゃ、またね」


 軽く手を振って、姫路は夜の街中に消えていく。

 俺も空のペットボトルをゴミ箱に放り込み、家路につく。


『高宮くんの夢は、何?』 


 人混みの中を歩きながら、さっき言われた一言が頭の中を巡った。

 咄嗟に返したあの言葉は、別に一つも嘘じゃない。

 だけど。俺は無意識に目を逸らしていた、ある事に気が付いてしまった。


(――俺は、)


 今のバンドで。ロックスタディで。一体どこまで行くつもりだったんだ?

 選抜ライブ。デモテープ作り。県大会。目の前の事ばかりに気を取られて、その先の事を真剣に考えていなかったんじゃないか?

 同じ学年の五十嵐と、一年後輩の響はまだいい。

 だけど音無先輩は。今年で学校を卒業してしまう。

 進路調査票なんて、とっくに配られている時期のはずだ。

 なのに俺は、そんな大事な話をまだあの人と一度もしていない。


(――なら)


 次に会った時話せばいい。当然で、簡単なこと。

 だけど一体何を話す? あの人の望みは何だ? 俺の望みは、なんだ。

 あの人が選ぶなら何でもいい。だけどもし、あの人が選ばなかったら。

 俺は一体、何を選ぶんだ?


『ねえ音無さん? わたしと来ない? 貴女に相応しい場所に導いてあげるわ』


 あの女の言っていた言葉が脳裏を過ぎる。

 その時だった。


(――え?)


 駅の西口。高架型の歩道橋ペデストリアンデッキの上に辿り着いたところで、並んで歩く二人の姿が目に入る。一人はあの時の、背の高い金髪の女。その横に居るのは、


「……」


 月明りの下。焼けつくような焦燥が、狂おしい程に心を焦がす。

 拳を握り締めて、俺は帰路を急いだ。

 

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