第八話「TRY AGAIN」
◇
「おーす姫路! 俺らと一緒に昼飯食おうぜ!」
昼休み。俺と五十嵐は意気揚々と二年A組の教室に乗り込んでいた。
窓際の隅に座った姫路は、信じられないアホを見るような顔で、口元に運んでいた箸の動きを止める。
「いや、普通に嫌なんですけど……お引き取り願えます?」
「えぇ? マジかよ。仕方ねえ。じゃあちょっとこの前の席で勝手に食うか」
「は? ちょ、……香月ちゃん。こいつなんとかしてよ」
「悪い、姫路。これに関してはアタシが言い出しっぺだから」
「え?」
姫路の横の席に座りながら、五十嵐は持ってきた弁当箱を机に置く。
「コイツから大体事情は聞いた。昨日、何があったのか。……大変だったな」
一瞬、手に持った箸をぴくりと震わせて。姫路は小さく溜息を吐く。
「……別に。あんなの大した事じゃないよ。いい加減ずるずる引きずるの面倒だったから。むしろ、丁度よかったっていうか」
「……そっか。それより、神崎だっけ? お前のことぶったって奴。まさか朝のアレも、そいつがやったんじゃ――」
「それは絶対違う」
語気を強くして、姫路は五十嵐の言葉を遮った。
「神崎だったら、あんな面倒なことしない。言いたい事は直接言いに来るタイプだし。他の三人は、……ちょっとお花畑っていうか。そんな発想自体まったくない子たちだから。別に全然、関係ないよ」
皮肉っぽい口調に反して、その言葉には信頼のようなものが見て取れた。
的外れな事を言われて怒っているかのような、そんな圧も感じる。
「ごめん、姫路。アタシ――」
「いいよ、謝らなくて。気ぃ遣って聞いてくれたんでしょ? 心配性だもんね、香月ちゃんは」
姫路が柔らかにそう言うと、五十嵐はばつの悪い表情で俯き、苦々しく呟く。
「……でも。じゃあ、一体誰が――」
「……ま。おおかた、あん時の野次馬とか、無関係な連中だろ」
ペットボトルの水を一口飲んで、蓋を閉めながら俺は言う。
「居るんだよなー。人の悪い噂にかこつけて、大喜びで石を投げに来る奴ら。俺も昔から何も悪い事してねえのに、ほんっと無駄に超叩かれるしよ。いやー人気者は辛いよなぁ全く! 有名税ってやつかなぁ!? ぬゃっははは! は!」
「高宮くんの場合、シンプルにそのキャラがウザがられてるだけだと思うよ」
「アタシもそう思う」
「…………。」
ぐうの音も出ない程へこまされてしまった。えぇ……? そんなにダメなのかな俺のこのキャラ……。俺はただ、たまに哀れなピエロを演じて皆に笑顔になって貰いたいだけなんだが? 本当に哀れみの目を向けられると泣きたくなるやめろ。
悲しみに暮れる俺に目もくれず、姫路は食べ終えた弁当箱を布で包みなおすと、気怠げに頬杖をつきながら、窓の外に視線を移す。
「……香月ちゃんさ。朝も言ったけど、あたしの事なんか気にしなくていいよ。一人で大丈夫っていうか、一人の方が気楽なんだよね、あたしの場合。むしろそれを誇りにしてるまであるっていうか。だから、邪魔しないでほしいかなって」
「……姫路」
突き放すような物言いに、五十嵐は言葉を詰まらせる。
「高宮くんもさ。こんな頭おかしい女に絡んでると、また無駄に敵作っちゃうよ? そういうのよくないんじゃない? バンドのリーダー的にさ」
「姫路……」
悪戯っぽく笑う姫路の言葉に、俺は――
「? いやお前何言ってんだ? 大丈夫か?」
「……え?」
全力で首を傾げた。
姫路も、きょとんと首を傾げる。
「いや、だって。俺とお前だったら確実に俺の方が頭おかしいし評判悪いだろうが! 俺が何て呼ばれてっか知ってんのか? ゲロライダーに高校再デビュー野郎だぞ! うちのメンバーなんざとっくにそれを承知の上で付き合ってんだよ!」
「えひっ!? あ、そ、そう。そうなん……」
「大体な、こちとらお前のバンドのゴタゴタとか正直毛ほども興味ねぇんだよ! そもそも全く関係ねえからなァ! あんま舐めんなよな俺の世間体の悪さを!」
「え、えええええ!?」
姫路がドン引きしながら口を開け、隣に居る五十嵐が噴き出したように笑う。
「ッ……ぷ、ふふ」
「おい五十嵐。何笑ってんだ。笑いごとじゃねえぞ」
「わりい。でも、ほんと。それはお前の言う通りだわ」
五十嵐はずっと曇っていた表情を明るくさせ、姫路の方に向き直る。
「ってわけでだ。もう諦めろよ姫路。アタシはお前と話したいし、コイツもどうせお前に付き纏う。頭のおかしいアタシらに、目ぇつけられたのが運の尽きだ」
「そうそう。ちょっとでも俺らに隙を見せたお前が悪い。残念だったな」
「……っ何それ。やり口がもう完全にヤクザじゃん」
姫路は呆れたように笑うと、またわざとらしく頬杖をつく。
「……でもさぁ、それ。あたしが本気で迷惑って言ったら? 例えばあたし、アイツあんな事しといて誰かとつるんでる~とか言われるかもしれないんだけど?」
「あー。その発想はなかった。けど姫路も意外に、そういうの気にするんだな」
「は? それどういう意味?」
「いやぁ、だって。そんな事言ってくる奴らなんて、どうせクソしょうもない奴らだろ? 一人でいるって所を誇りに思ってる割にゃ、お可愛い発想だなって思って」
俺が煽り気味にそう言うと、姫路は一瞬、目をぱちくりさせる。
「……確かに。それはその通りかもね」
そして肩の力を抜きながらそう言うと、悪戯っぽくニヤニヤと笑う。
「……で? 香月ちゃんはいいけどさ。高宮くんはあたしに何か用なの? まさか本気で気ぃあるとか?」
「いや、んなわけねーだろ……。あそこにあったのは木だけだろ」
「そっか。それならいいけど。で?」
「ああ。お前ほら、アニソン好きって言ってただろ? 俺、最近ちょっと色々アニソン聞いてみてーなって思っててさ。でも俺、アニメって、ガキの頃見てたやつとか昔のやつとかちょっと知ってるくらいで、最近のアニメって全然知らねえんだよな。だから何か、お勧めのアニメとかアニソン、姫路に教えて欲しいなーって」
「おすすめの、アニメぇ……?」
一転、姫路はものすごく面倒くさそうに表情を歪める。
「な、何だよ。そんな嫌そうな顔しなくたっていいじゃん……?」
「……だって別に、あたしがお勧めとかしなくてもさぁ。ちょっとネットとかで調べれば最近流行りのとかいっぱい出てくんじゃん。あたしに聞く必要なくない?」
「いや、そりゃそうかもしれねえけど。最近のアニメとかマジで数多いだろ? どれから手ぇつけたらいいかとか全然わかんねぇんだよな」
「……。まぁ確かにそれはあるけどさ。あたし、誰かにアニメ勧めるの嫌いなんだよね。だいたい途中で投げ出すし、露骨に熱量違うのが、なんか虚しくてさ」
「あーそれわかるわ。俺も五十嵐にお勧めのCD持ってって感想聞いたら、んー……まあ、普通。とか返されてよくブチ切れるし、あるあるだよな!」
「ああ。たしかに香月ちゃんって結構そういうタイプだよね……あたしも去年貸した円盤そんな風に返されたな……」
「は!? い、いや、ああアタシは別に、語彙力がねーだけっつうか!」
狼狽える五十嵐を横目にしながら、俺はいつも使ってるメモ帳のページを千切る。
「ま、俺はそんなことねーから安心しろよ姫路。むしろそんなだから誰かにおすすめされんのに飢えてんだよね。だからちょっとこれに、何個か書いてくれよ」
机に置いたメモの切れ端を、姫路は面倒くさそうに手元に引き寄せる。
「……って言ってもなぁ。どういうの見たいとか、そういうのある?」
「んー、そうだな。じゃあとりあえず、曲が良いアニメとか?」
「曲が良くないアニメなんて存在しねぇよ。なめてんの?」
「アッ、ハイ。すみません。……じゃあなんか、ロックを感じるっていうか、とにかく熱いアニメがいいな。マクロスみたいな」
「マクロス? ふーん。まあ確かに歌といえばって感じのアニメだけど」
「ああ。マジで超カッコいいよな。熱気バサラ」
「え、ま、まさかのセブンのほう……!?」
マジかよコイツって感じに、姫路は引き気味の表情になる。
「え? 逆にマクロスってセブン以外なんかあんの? 五十嵐も当然知ってるよな、銀河系最高のロックバンド、FIRE BOMBER!!」
「いや、悪いけど全然知らねえ。フロンティアは知ってるけど」
「ごめん、あたしもセブンはちょっと、名前しか知らない……」
は……? 何言ってんだこいつら? マクロス7を知らねえだと? 正気か?
マクロス7は90年代ど真ん中に放送されてたアニメで、主人公の熱気バサラは『
「ま、まあでも。今ので高宮の好きな傾向は割と掴めたかな……あと他に、なんか見てたアニメとかある?」
「んー、ほんとにガキの頃見てたのは、デジモンとか。小学生ん時は、ワンピースとかナルトとかボーボボとか。あ、鋼の錬金術師も見てたかも」
「ふーん。じゃあ深夜アニメは全然触れてないって感じかな。あとは?」
「あとは、まぁ、フリクリとか?」
「フリクリ……え、ごめん。フリクリって何?」
眉を顰めながら放った姫路の言葉に、今度は俺が絶句した。
「え? 嘘だろ姫路……お前、フリクリを……実質the pillowsのMVみたいになってるあの神アニメをご存じでない? さてはお前、モグリか?」
「え、なに? ぴ、ぴろうず? ごめんちょっと待って、調べるから」
姫路はバッグからスマホを取り出して、何度か画面をタッチする。
「2000年の、ガイナックスのOVAか……え? 高宮くん逆になんでこんなの知ってるの? マクロス7といい」
「こんなのってなんだこんなのって! フリクリもマクロス7も超名作だろうが!」
ちなみにフリクリってのは、言ってる通りOVAと言う奴で、地上波とかでは放送されてないビデオ媒体での作品だ。内容は一見奇天烈なのだが、そこはかとなく青春の香りがあり、よくわからんスピード感と熱量に溢れたロックな作品だ。
「多分あれじゃね? コイツ90年代バカだから。音楽の好みもそのへんだし、自分の趣味が人と違う事に酔ってんだよ」
「ふーん。いわゆるあれだね。サブカル廚とか懐古厨ってやつだね」
「い、いやいや……別に俺、有名なやつとか最近の作品もめっちゃ好きだし。つーかどんなジャンルも、ある程度のとこから古い作品をディグんのは当然だろうが!」
「分かったからでけー声出すなよ、みっともない」
「まぁ、あたしも好きだけどね90年代。魔法騎士レイアースとか……」
「へー。何かオタクっぽいタイトルだな」
「香月ちゃん。コイツちょっとぶっ飛ばしていい……?」
「アタシはいいと思う」
その時、ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴り響く。教室に居る生徒たちがバタバタと立ち上がる中、姫路は俺にメモの切れ端を差し出した。
「はい、これ。とりあえず適当に書いてみたけど」
「お。サンキュー。じゃあお返しに俺のオススメCDリストをお前に授けよう……」
「は? ちょ、なにこれ。いらないんだけど!?」
「まぁまぁ遠慮すんなって、どうせ音無先輩用に書いた奴の使い回しだから」
「いや、全然意味わかんないよ!?」
机に置いたメモの切れ端を、俺は姫路と押し付け合う。
「そういや姫路。放課後ちょっと時間ある?」
「は? 放課後? ……なんで?」
「いやほら、こないだ俺らの練習見たいって言ってただろ。ほんとは今日は休みなんだけど、五十嵐がちょっと遊びで集まんねえかって。な」
「うん。久々にうち来いよ、姫路。猫もたぶん会いたがってるし」
しばし姫路は呆然と立ち尽くし、躊躇いがちに視線を落とす。
「……でも」
「おいおい姫路、そこそんな迷うとこか? あんな変な僕っ子キャラ作ってまで、俺らの練習見たかったんじゃねえのかよ」
「ッわ、わかったよもうその話は! ……行けばいいんでしょ、行けば」
「よし。決まりだな」
「ん。じゃあな姫路。また放課後」
「……あ、でも、ちょっと待って。このメモは持ってっ、て、逃げやがった!?」
ミッション・コンプリート。
心中でそう呟きながら、俺と五十嵐は全力疾走で教室を後にした。
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