第十三話「ワンダー・ウォール」

                 ◆


 ストーカー被害に悩まされている。

 あの日から、ずっとだ。


「おはようございます先輩! 今日もいい天気ですね!」


 朝も。


「こんにちは先輩! パンとか買ってきたんですけどよかったら要ります!?」


 昼も。


「あ、もう帰るんですか先輩! 今日もお疲れ様さまでした!!」


 夕方も。


『夜分遅くに失礼いたします。拝啓、行く春を惜しむ間もなく、音無様におかれましては日々ご多忙のことと存じます。そのような中、大変恐縮ではございますが不肖わたくしどもバンド一同は音無様にご指導を賜りたく――」


 夜でさえも。


 ……。いい加減頭がおかしくなりそうだ。新手のスパムメールか?

 そもそも何であいつ私のアドレス知ってるんだ。響の仕業か。くそ。


 本当に、ここ最近、朝から晩まであのアホ(と響)はこの調子だった。いくら無視してもついてきて、聞いてもないことをベラベラしゃべりだしてその場に居座る。好きなバンドがエフェクターがどうとか、どうでもいいことばかり聞いてくる。

 

 地獄のような一週間だった。

 ようやく金曜日の朝に辿り着く。今日さえ乗り越えれば、あとは休み。


「あ、音無先輩! おはようございます! お疲れ様です!!」

「……」


 ああ。ほら。また来た。無視する。目も合わせないで早足で歩く。


「やー今日もいい天気ですね! でも午後は雨が降るとか降らないとか!? どうだったっけ響!」

「予報だと雨みたいですね。傘持ってきた方がよかったかな」


 無視して歩く。居ないものとして扱う。三年教室に着くと、一ノ瀬が出迎えた。


「あ、音無さんおはよう。高宮くんと響くんも、おはよう」

「あ、一ノ瀬先輩おはようございます! 今日も小っちゃくてかわいいっすね!」

「急に何言ってるの? 足踏んづけるよ」

「すみませんでした……」


 遠慮しないで踏みつけてやれそんな奴。厄介なことに、こいつらはもう一ノ瀬と打ち解け始めている。何だか外堀を埋められてるみたいでぞっとしない。


「ところで、どうですかね。そろそろ俺にギターを教えて」

「いやだ」

「じゃあ姉貴、もう逆にバンドに入っちゃうとか」

「断る」


 あの時、はっきりと私は自分の意志を示したはずだ。あの時だけじゃない。昨日も、一昨日も、その前の日も。なのに、何でこいつらは私に付き纏うんだ。


「……トイレ行ってくる」


 流石にこいつらも女子トイレまでは追ってこない。だから撒くにはこの手に限る。


「あ、ま、待ってください!」


 しかし今日に限っては違った。教室を出たところで呼びかけてくる。


「せめて、……その。やりたくない理由だけでも教えてもらえませんか」


 理由なんてもうさんざん言ったはずだ。

 ――いや、まだ言ってなかったことが一つあったか。


「おまえと、音楽が、嫌いだから」

「あ、――」


 視線を切って歩き出す。これで、いくら馬鹿でも思い知っただろう。


                ◇


「うーん……」


 金曜日の昼休み。俺は自分の机で項垂れていた。死ねとかキモいとか水性ペンで書かれた文字は日に日に増えていく。まあそれは今更別にどうでもいいんだけど。頭を悩ませてるのは別の事。


「高宮」

「ん? ああ五十嵐か。おはよ」

「……おはよう」

「どした急に。そっちから会いに来るのすげえ珍しくない?」

「別にいいだろ。……それよりも、お前、それ」


 五十嵐が俺の机の落書きを見ながら言う。


「ん、ああ。ベタだよなこういうの。まあ俺は慣れっこだからいんだけど。そっちは大丈夫?」

「変な噂流されてるけど、こっちは普通に友達いるし。別に何の問題もねえよ」


 先週、響と初めて音合わせしたあの部室での一件がデカかったのか。あれから根も葉もない噂が他の二人にもつくようになった。響は腹黒だとか、五十嵐は煙草を吸ってるとか、しょうもない事ばかり。この落書きといい、坂上グループの仕業だろう。


「そっか。無事ならよかったけど。なんかごめんな。俺のせいで」

「……何でお前が謝んだよ」

「え? いや。だって、それは」


 気まずい沈黙が流れる。と、そこに響も姿を現す。


「お疲れ様です、高宮先輩。五十嵐先輩も」

「おー、お疲れ。どうする、昼。また音無さんのとこ行く?」

「いや、……今日はだいぶ機嫌悪かったし、やめとこうかなと」

「ん、そっか。つーか悪いな、響。せっかく頼ってくれてんのに。なんか俺じゃことごとく、逆効果みてえだ」


 先週の初顔合わせの後、俺は響に音無さんを一緒にバンドに誘ってほしいと頼まれていた。多少強引な手を使ってくれてもいいというお墨付きで。 


「……いや、そんな。謝らないでください。オレのわがままを、先輩に押し付けてしまってるだけなので。こちらこそ、すみません」


 粛々と響は頭を下げる。こいつって、控えめで大人しい奴なのにあの姉さんのことになると結構強引になるんだよな。……いい機会だから少し事情を聞いてみるか。


「……響。よかったらあの人のこと教えてくれないか。もちろん、プライベートな事だろうし、話したくなかったらいいんだけど。ただ、俺どうしても――」

「高宮、それに響」


 五十嵐が俺と響の間に割って入る。


「……お前らがあの人にこだわる理由はわかるよ。アタシだって、楓先輩と組んでみたい。あんな演奏見せられたら誰だって普通にそう思う。だけどやりたくない、って突っぱねてるのを無理やり誘ったって迷惑なだけだろ」

「それは、そうだけど。やっぱり俺、一つだけ納得いかないことがあってさ」

「……それは?」


 低い声で響が尋ねる。


「何であの人、――あんなにすげえギター弾けるのに。それをゴミだなんて、音楽が嫌いだなんて、そんなこと言うんだ」


 音無さんのギターを聞いた時、俺は本当に衝撃を受けた。アレは一朝一夕、数年やそこらで身に着くものじゃない。……努力したはずだ。そう。あの人はきっと、とてつもない努力を重ねてきたはずなのだ。なのに、なぜそれを。意味のないモノだなんて言うのか。握りしめた拳が熱くなって、なんだか無性に、――腹が立つ。


「……そこなんですよ。オレが姉貴にこだわる理由は。あの人は自分がずっと積み重ねてきたものを否定してる。それがオレは凄くもどかしくて。我慢ならないんです」


 どうやら響も俺と同じ思いをあの人に抱いていたらしい。――惜しいという気持ち。それは、大好きだったバンドが解散してしまったかのような。そのメンバーが音楽をやらないでサラリーマンでもしてるところを見るような、そんな心境。


「話させてください。姉貴のこと」

「……いいのか?」

「はい。……もう、本当に。オレ一人の力じゃどうにもならないから」


 校舎の裏、人目に付かないところに移動した後、響は話し始めた。二人の苗字が違う理由、父親の死。母親との確執。音無さんは小学校高学年の頃から人間関係が上手くいかず、ずっと不登校気味だったこと。そして二年前まではあの「ヴィクトリカ」のギタリストとしてバンド活動していたこと。


「……ヴィクトリカって、……あのすげーバンドだよな。なんでやめちまったんだ? 見てる限りじゃめっちゃ格好良かったし、人気もあったのに」

「ヴィクトリカは、新しいボーカルの人が入ってから、今ぐらいの人気になったんですけど。姉貴がやってた頃は本当に人気がなかったんです。曲も今よりもっとハードで、暗い感じで。オレは結構好きだったんですけど、全然、客呼べてなくて。姉貴も作曲行き詰まってるみたいで、かなり辛い状況だったみたいです」

「ああ……そういや気になってたんだけどあの人も昔、あんな服着てたの?」

「いや。姉貴が居た頃はみんな普通の格好してました。というよりそれも多分、姉貴がバンドやめた理由の一つで。ドラムの、国枝舞子って人が居るんですけど。その人がこのままじゃダメだから色々変えていこうって提案をして、姉貴はそれに反対して。仲間割れ、みたいな」

「……なるほど、ね。方向性の違いってやつか」


 五十嵐が、納得したように頷く。


「……なら、なおさら。このバンドに誘うのは無理じゃねえか? 聞いてた感じじゃ音無先輩って、八十年代のメタルが好きなんだろ? 響やアタシはともかく、オルタナパンク一直線のコイツと相性が悪すぎるだろ」

「失敬だな五十嵐さん。俺は何もそんな一直線じゃねえよ? ポップ、ロック、アニソンにヒップホップに歌謡曲……メタル以外ならバッチ来いよ!」

「決定的にダメじゃねえか」

「ま、でもそういう事情があったんなら確かに俺みたいなのと絶対バンドなんか組みたかねえだろうな。何も知らないでさんざん付き纏っちまったし、今度ちゃんと謝らねえと。響、悪いけどやっぱ俺達には――」

「諦めて、欲しくないんです」


 唇を噛みしめて、響はそう零した。


「姉貴は、オレの目標だった。ずっと前を走ってる存在だった。朝から晩まで、夜中までギター弾いて。毎日必死で頑張って来たのに。なんであんな風にしか生きられないんだ。好きだったものを、嫌いだとか――自分を傷つけるような事ばっかり、」

 

 拳を硬く握り締めて。ここには居ないその人を睨みつけるように響は言う。

 険しくした瞳には、すがるような思いが見てとれた。


「……好きだったもの、か」


 何かを、好きという気持ち。すべてはそこから始まる。それがあるから頑張れる。

 誰にだってある最初の気持ち。それをあの人はもう忘れてしまったのだろうか。

 ――違う。あのガレージで、ギターを弾いていたあの人は確かにずっとつまらそうな顔をしていたけれど。俺の目にはあの瞬間、ずっと死人のようだったあの人が生き生きとしているように見えた。あんな音を出しておいて、楽しくないわけがないとそう思う。だって、そうだろ。俺みたいな端くれが言うのもなんだけど。ギタリストって、ギター弾いてる時が一番輝くんだ。あの音を鳴らす時にだけ、この息苦しい世界から解き放たれるんだ。これがなくちゃやってられねえって。これが自分なんだって。堂々としていられるんだ。


「……響。どうしても諦めたくないんだな」

「……はい」

「……俺も同じ意見だ。あの人には、なんか、諦めてほしくない」

「……おい、お前ら、まさかまた」

「分かってる。でも、これが最後だから。……五十嵐も。協力してくれ。頼む」


                 ◆


 はっきり言ってやったはずだ。今度こそ、はっきりと。

 なのに、何故。


「五十嵐さんのお弁当、かわいいね。自分で作ったの?」

「あ、はい一応。先輩も自作ですか」

「えへへ。まあね」

「は、ちょっと先輩! それオレのウインナー!」

「ふはははは馬鹿め! 俺の前で余所見をするからだ!」


 昼休みの三年教室。トイレから戻ってきたらこの有様だった。最初は一ノ瀬しか居なかったはずだけど、そこに高宮、響、五十嵐の三人が増えている。どうしてこうなる。もしかしてこいつら、全員バカなのか?


「あ、先輩! おかえりなさい! ささどうぞお席に! 適当にパン買ってきたんでどれでもお好きに! なんつって! ぎゃああああああああ!」


 寄ってきたアホの足を思い切り踏みつける。そろそろ本気で警察に通報しようかな。……こんなので動いてくれるのかわからないけれど。


「い、いや。分かりますよ。先輩の言いたい事は。もう来んなって話ですよね。わかってますよ。でも今日はその、今週ずっとつきまとってしまったことに対するお詫びをね、申し上げたいなと思って」

 

 高宮は改まった様子で頭を下げる。


「すいませんでした。無理やりバンドに誘ったりして。もうこれっきり、付き纏ったりしないんで。どうか、許してください」


 謝るくらいなら最初からしなければいい。……そんなことを思っていても、いつまで経っても顔を上げないから、周りの視線が気まずかった。

 無視するわけにも、いかないか。


「……わかったから、もういいよ。座れ」

「! ……は、はい!」


 響の方に視線を投げる。素知らぬ顔で、また何か企んでそうな、そんな顔つきだった。――今、冷静に考えれば。高宮は響にけしかけられただけなんじゃないのかと思う。昔からこいつは、外面を取り繕って他人に取り入るのが上手い。恐らく高宮を利用して、私が音楽に触れるきっかけでも作りたかったんだろう。

 そう考えると、まあ。ぎりぎり。なんとか許せそうな――


「よし。そんじゃこの辺で仲直りのしるしに俺が一曲……」

 

 前言撤回だ。やっぱりこいつ、何の反省もしてない。

 どこから取り出したんだそのギター。


 やめろと言う間もなく高宮はアコギを奏で始める。2フレットにカポタスト。コードはE、G、D、A。ニ弦と一弦を抑えっぱなしで弾いている。だからか妙に綺麗な響きだった。歌詞は英語。辛うじて聞き取れたのは、「ユア・マイ・ワンダー・ウォール」。意味はさっぱりわからない。

 だけど、普通に。悪くない演奏だと思った。

 いつも喋るときはやかましいだけのくせに、歌になった途端、高宮の声は別人になる。歌い口は涼やかに、繊細で、時に儚げで。言葉の一つ一つに感情が籠っている。


(……こいつ)


 こんな歌い方もできるのか。このあいだ三人でやっていた時とは全然印象が違う。あの時にやっていた曲はいかにもロックバンドのボーカルらしい、荒々しく張り上げるような歌声だったのに――この、振れ幅は。


「……すごい。高宮くん、歌上手だったんだね」

「え? そうすか。うえへへへ。ありがとうございます」

 

 演奏が終わる。気づけばクラス中の視線が高宮に集中していた。一ノ瀬の他にも、何人かの女子が小さく拍手をしている。だからどうにも、私の感覚がズレてるわけじゃないらしい。

 

 こいつには、ボーカリストとしての素質がある。

 その性格も含めて、良くも悪くも人を惹きつける才能がある。

 だから結局、そういうことなんだろう。

 響や五十嵐が、わざわざこいつに付き合う理由は。

 

 歌なんて誰にでも歌えるというけれど、ステージの中央に立つだけの器という話なら他のどんな楽器よりもハードルが高いと私は思う。極論、根気と時間さえあれば楽器なんて誰でも上手くなれる。私みたいに。

 でも、歌は。声は。性格は。――才能だ。その人間が生まれ持った性質だ。

 もちろん努力次第でどうにかできる部分もあるだろうけれど。個性という概念は容易に技術を凌駕する。楽器だってそうだ。上手いだけならいくらでもいる。問題は、だ。

 ずっとこいつが気に食わない一番の理由が、ようやくわかった。

 こいつは、子供の頃から私がずっと欲しかったモノを持っている。

 話す為の大きな声。歌う為の綺麗な声。

 根拠のない自信に満ちた、堂々とした性格。

 代えの利かない、オリジナル。

 そのくせにこいつは、私のギターを羨ましがったのだ。こんな、いくらでも替えの利くような代替品を。だから、……どうしようもなくむかつくんだ。


「あ、そうだ。そういや音無先輩って、アコギも弾けるんですか? せっかくだからちょっと弾いてみたりとか――」

「高宮くん、それはちょっと図々しいんじゃない? さっき謝ったばっかりでしょ」

「ぐッ……いやでも一ノ瀬先輩も、聞いて見たくないですか。音無先輩のギター」

「それは、聞いて見たいけど……それとこれとは話が別だよ。ね、音無さん」


 一ノ瀬と眼が合う。言われないでも、弾く気なんか一ミリもなかったけれど。

 そんな助け舟を出されると――不思議と逆に、気が変わってくる。


「一曲くらいなら、弾いてもいい」

「え、ほ、ほんとですか!? じゃあ、是非。どうぞ!」


 高宮にアコギを手渡されると、今度はクラス中の視線が私に集中した。好奇に満ちた、あるいは訝しむような、不快な視線。懐かしいそんな感覚に、冷めた思いを抱きながら――私の指はその曲を爪弾き始めた。


「お、これって」


 気づいた高宮が手拍子を始める。

 MR.BIG『To Be With You』。あの時代のHR/HMバンドはなぜかこういう、アコースティックなヒットソングを一個は作る。ギターを始めた小学生の頃、父さんとよく一緒に弾いた思い出の曲だ。

 親指で低音弦を弾きながら、他の指で歌のメロディを弾く。ソロギターは、ピアノの演奏と同じ。伴奏とメロディーを同時に奏でるから楽器ひとつで曲を再現できる。だから私はソロギターを弾くのが一番好きだったりする。これなら、歌えない私でもギターで歌を歌えるから。

 サビに入る――と。高宮が私の弾くメロディに被せて歌ってきた。いや、高宮だけじゃない。五十嵐と響もおぼろげにメロディーを口ずさみ、遠巻きにしていた他の生徒まで手拍子を始めだす。廊下には何事かと野次馬が集まってきて、最後まで演奏をやり切ると、教室中に冷やかすような口笛と沢山の拍手が鳴り響いた。

 

(なんだ、これ)


 こんなことになるのは予想外だった。まさか、ミュージカル映画でもあるまいし。

 だけど妙に納得できるような実感もあった。私のギターと、こいつらの音が重なったその時――ずっと欠けていた何かが、満たされるような、


「……音無さん」


 いきなり、一ノ瀬が私の手をぎゅっと握りこんでくる。


「やっぱり、すごい。すっごく、かっこ良かったよ! 私、感動しちゃった……」

「あ、私もわたしも!」

「音無さんって、ギター弾けたんだ!」

「めっちゃ怖い人かと思ってた~!」


 一ノ瀬の言葉を皮切りに、話したことも無いクラスの女子達が次々に押し寄せてくる。――なんだ、これ? 私は、別に。そんなつもりでやったんじゃ。


「音無先輩」

 

 女子の間を掻き分けて高宮が進み出る。


「俺のことは、別にゴミでもなんとでも言ってくれていいんですけど。……だけどあなたのギターを。音楽を、ゴミだなんて言わないでください。……だって、ほら。見てくださいよ。こんなにいっぱいの人を感動させられるんですよ?」

「……何を、言ってる?」

「えーと……上手く言えないけど。俺、音無先輩には、ギター弾いててほしいって思うんですよ。だから先輩、もっとギター弾きませんか? バンドに入れとかそういうんじゃなくて、ほら。こないだみたいに俺抜きで、三人で音合わせたらいいじゃないですか。できれば俺も見学させてほしいですけど、……それもダメならまぁ、家で独りで自主練でも何でもしてるんで、へへへ」


 へらへらと高宮は笑う。

 言ってる意味も、理由も。理解できなくて気持ちが悪かった。


「……何でだ?」

「え?」

「何でお前は、そこまでする。たかが、こんな――」

「たかが、なんかじゃない」


 響が私の言葉を遮る。


「姉貴のギターは、姉貴自身だ。昔のオレが、世界で一番憧れたモノだ。それを馬鹿にするのは、たとえ姉貴本人でも、オレは許さない」

「……、」


 さっきから、なんなんだ? どいつもこいつも、聞く方が恥ずかしい台詞ばかり。私は一体どんな言葉を返せばいい。私はそんな尊敬されるような奴じゃない。お前らが思ってるような奴じゃないのに。あんな演奏くらいで私の何を分かった気でいる? どうせ最後にはあいつらのように――疎ましく思うだけのくせに。


「私は――」


 否定の言葉を口にしようとした、その瞬間だった。

 歌詞の無いピアノの曲を流していた校内放送が突然妙な曲を鳴らし始める。 

 そして、誰もがその奇怪な音に眉を顰めた。 

 潰れきったディストーションサウンド、ペラペラのクリーンサウンド。

 ハロー、ハローと低く囁く気色の悪い男の声。そして、


『――■■■■! ――■■■■!』


 何を言っているのかわからないくらいに、音の割れた汚い叫び声。


「な、なにこのキモい曲!」

「ふざけんな! 誰の歌だよ!」

 

 確かに、酷い演奏だ。

 音質の悪さからいってアマチュアの音源か。でも、なんでこんなものを。


「すい、ません――俺、ちょっと、トイ、レ」

「……先輩?」

「ッ……高宮!」 


 青ざめた顔で教室を飛び出していった高宮を、五十嵐と響が追って消える。

 奇妙な曲が鳴りやまない中、私はずっと立ち尽くしたままだった。



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