第3話 いきなりピンチなんですが!

 王都へと向かう乗合馬車、この国では国王様の采配で、成人前の男女……つまり14歳以下の若者達に限り、搭乗する乗合馬車に空席があるときは無料で利用できるという、何ともありがたい制度が存在する。

 これは若者達が自由に仕事を選べるようにとの理由で作られたらしいのが、実際は肝心の仕事の方が圧倒的に少なく、誰の紹介もないような貧乏人には大変厳しいこの世界。

 それでもまだ男性ならば、荷運びや土木作業といった力仕事が見つかる場合もあるが、力仕事が全く出来ず、若くて何の専門知識も無いような女性は、その持てるピチピチの体を売るしか仕事に有り付けない。

 そう、例えば絶世の美少女でもある私のように。


 ガタガタガタガタ。

「初めて乗合馬車というのに乗ったけれど、結構退屈なものね」

 実家の騎士爵領を出てから早3日目。本来順調に乗り継ぎが出来れば王都まで2日の道のりなのだが、歳をごまかしながら国の無料制度にあやかっている為、多少遅れてようやく王都行きの乗り合い馬車まで漕ぎ着けた。

 これで親しい友人でもいればいくらか旅行気分に浸れるのかもしれないが、生憎知り合いと言えば妹のエリスと契約精霊のフィーの二人のみ。だけどフィーは人前には出られないし、唯一の話し相手であるエリスは、たまたま一緒に搭乗したユミナちゃんとという同世代の女の子と、現在楽しくお話し中。

 お蔭で私は一人さみしく過ごしており、今もこうして楽しそうに笑う妹を見守りながら、暇を持て余している。


「それにしてもエリスちゃんの髪色、すっごく綺麗」

「ユミナちゃんのブロンドだってすごく綺麗だよ」

 エリスの髪色は私と同じく銀髪。亡くなったお母さんが他国の生まれだったとかで、娘である私たちはその血を色濃く受け継ぎ、姉妹揃って綺麗な銀髪として生まれてしまった。義兄曰く、この国ではあまり好まれない色なのだという。


「いい子ね、エリスちゃん。ユミナがあんなに楽しそうに笑っている姿は久しぶりなのよ」

 突然私にし話かけてくださったのは、偶然隣り合わせになったユミナちゃんのお母さん。よく見ればすっぽりと被ったフードからは貴族特有のブロンドが覗き、その隣には付き人とおぼしき若い女性が一人。目の前でエリスと遊んでいるユミナちゃんがブロンドなので、当然と言えば当然なのだが、あえてその髪を隠しているというのは、恐らく一族が没落したか私の実家のように貧乏なのかのどちらかであろう。

 貴族特有のブロンドも、こういう時には不便なのよね。


「ユミナちゃんもいい子ですよね。私はエリスのお姉ちゃんなのに苦労ばかり掛けちゃって、同じ年ごろの友達なんて全くいなかったんですよ」

「あら、そうなのね。ユミナは今年で10歳なのだけど、エリスちゃんも同じぐらいなのかしら?」

「あ、はい。エリスも今年でちょうど10歳なんですよ。それじゃユミナちゃんと同じ歳ですね」

 もしエリスが学校に通えており、ユミナちゃんと一緒に学ぶことができれば、二人の学園生活はさぞ楽しいものになったのではないだろうか。

 まぁ、彼方も貧乏そうなので、共に学校へと通わすなど夢のまた夢なのだろうが。


「そういえばまだお名前を聞いていなかったわね。私はフローラ、こちらはカナリアと言うのよ」

「あ、私はアリスといいます。年齢はその……14歳です」

 神様ごめんなさい、今だけ2歳サバをよませてください!


「14歳?」

 フローラ様はそう言うと、私を上から下へと、下から上へと視線を動かし、最後は私の胸元をじっくりと観察し。

「うふふ、そうなのね」

 と、一言。

 くっ、こんなところまで来て義姉様と同じ反応をされるとは……出来ればもう少し疑ってくれた方が私へのダメージが。

 まさかこの世界の年齢基準で胸の大きさとかじゃないわよね。しくしく。


「そういえばフローラ様も王都に?」

「えぇ、これでも一応帰り道なの」

「あ、そうなのですね」

 私はてっきり王都へ出稼ぎかなにかだと思ったが、どうやら里帰りでもされて来たのだろう。お金持ちの貴族なら自家用馬車移動するのだろうが、私たちのような貧乏貴族では乗合馬車が精一杯。勿論臨時に雇える馬車もあるのだが、こういう時は下手に背伸びをせず、身の丈にあった生活をするのが一番だと、実家にいるお父様がいつも口癖にしていた。


「アリスちゃんは王都に何しに?」

「あー、えっと、一応仕事を探しに……」

「まぁ、それはごめんなさい」

 私の服装から大体の予想は付くと思うのだが、妹を連れていることで疑問を持たれたのだろう。

 私の言いにくそうな一言で、どうやらこちらの事情をご理解いただけたようだ。


「でも妹さんは……」

「あっ、大丈夫です、気にしないでください。一応王都には義兄様達が居るらしいので、場合によっては預かってもらおうかと」

 実際それが出来れば一番なのだが、生憎私は義兄様達が暮らしている家を知らないし、彼方も私たち姉妹が王都に向かっているとう事も知らないだろう。

 本当は手紙だ何だと連絡が取れれば良かったのだけど、紙は貧乏貴族にとって大変貴重な物だし、手紙を出すのだって高くは無いが無一文では届けてくれない。

 それに義兄様達だって生活が苦しいだろうし、そこに二人、もしくはい一人でも駆け込めば、その経済的負担は決して楽なものではないだろう。


「そう、それならいいのだけど。でも住んでらっしゃる場所は知っているの? 王都は広いわよ。その中からひと一人を探そうとすれば、かなり大変よ」

「で、ですよねー。あは、あははは」

 フローラさんに安心してもらうよう適当なことを言ってしまったが、これじゃ返って逆効果。

 果たして王都がどれほどの規模なのかは知らないが、まったく土地勘がない私ではおそらく見つけることは難しいだろう。


「ねぇ、あな達さえよければ……」

「奥様」

 別にそんなつもりはなかったのだが、フローラさんは私たち姉妹を見て同情してしまったのだろう。

 救いらしき言葉を発する途中で、付き人の女性に止められる。


 この世界じゃ私たちみたいな境遇の女の子はいっぱいいるだろうし、可哀想な子供を全員救えるかといえばそうではない。

 彼方も彼方で経済事情というものも存在するので、私たちだけ甘える事はゆるされないだろう。

 恐らくその当たりを踏まえて付き人さんは止められたのだと思う。


「あ、あの。本当に大丈夫ですので。変に心配させるような事言っちゃってすみません」

「でも……」

「奥様!」

 ん?

 この時の私はなぜか付き人さんが発した言葉に疑問が湧く。

 普通考えれば尚も心配するフローラさんを、付き人さんが強く制したと考えるのが普通なのだろうが、どことなくそんな雰囲気じゃなく、例えるなら何かを警戒するような、そんな言葉の様子を感じる。直後……


 ヒヒーーン

「うわ、何だお前ら!」

 急に馬車が停まったと思えば御者台ぎょしゃだいの方から男性の驚きの声。

 この乗り合い馬車は全体が幌で纏われているので外の様子が見えず、急な馬車の停止で乗客が全員横波に倒れ込んでしまう。

 とっさにエリスとユミナちゃんを庇ったのは我ながらに褒めてやりたい。


「ねぇ、これってもしかして」

「しー、声を出すな!」

 倒れた体を起こしながら、徐々に乗客達から不安の声が漏れ出す。恐らく停まった馬車と御者の声から、全員が今自分たちが置かれた状況を理解してしまったのだろう。

 地方の山道ならいざ知らず、王都へと直せつ繋がる街道では滅多に出ないと聞いていたが、まさかこのタイミングで出くわすとか予想すらしていなかった。

 やがて外のざわめきが落ち着くと、開くタイミングでないのに幌の入り口から光が差し込む。


「おい、テメェら全員動くんじゃねぇぞ」

「さ、山賊!?」

 見た目から山賊のお頭とおぼしき筋肉マッチョが姿を現し、その恐怖からか乗客の誰かが思わず叫ぶ。

 今までの人生の中で盗賊だの乱暴者だのに出会った経験がないので、正直あまり現実味がわかないのだが、テカテカに光るスキンヘッドに、いかにも山賊が好みそうな皮を剥いだベスト、当然胸元は裸だし、その手に持つのは弓なり状に反った一本の剣。

 せめてそのスキンヘッドにギトギトの油が乗っていなければまだ良かったのだが、人を見下すような目とキラリと光る剣が、乗合馬車の乗客達をより一層怖がらせる。


 それにしても一体なんでこんな状況に。

 あちら側の都合など知ったこっちゃないが、こんな真昼間で時折馬車がすれ違うような街道で、いったい誰が山賊と出会うと思うだろうか。

 しかも運んでいるのはなんの変哲もない貧乏人のみ。一瞬元貴族である私が狙された? とも考えるが、実家を脅したとこで出てくるのは精々味のないスープぐらいのもの。

 そもそも私の身なりはツギハギだらけのワンピースだし、妹のエリスも私お手製の質素な服。これで実は貴族なんです! と言ったところで誰も信じてはもらえないだろう。

 ということは、目的はやはり……美少女の私なのね!


「おい、そこのお前。何をこそこそしてやがる。ちょっとこっちに来やがれ!」

 えっ、もしかして私の考えが口に出ちゃってた? と思うも、スキンヘッドのお頭さんは、事もあろうか可愛いエリスの腕を掴むと、そのまま馬車の外へと連れ出してしまう。


「エリス!」

「エリスちゃん!」

「きゃっ」

 慌ててエリスの逆の腕を掴むも、いつの間にか馬車に乗り込まれていた手下Aに強引に引き裂かれ、エリスはお頭さんに、私は手下Aに拘束されてしまう。


「ちっ、なんだペチャパイのガキじゃねぇかよ。期待して損したぜ」

 ムカッ!

 耳元で聞こえる手下Aの呟きに、思わず足を振り上げ相手の脛へと強烈な一撃。

 手下Aが痛みから一瞬ゆるんだ腕を振り払い、唯一の持ち物である袋を手に取り、振り返りざまに回転レシーブ。

 若干カコーンと威勢のいい音が鳴り響くが、私はその勢いのまま荷物の入った袋をお頭めがけて投げつけるも、これはあっさりと躱され、中身を撒き散らしながら遥か後方へと飛んでいく。


「テメェ、ふざけたまねをしやがって!」

「うっさい、黙れ! 妹を返しなさい!」

 人間というのは死ぬ気になれば少々無茶な事を平然と出来るというが、私が今正にその時なのではないだろうか。

 大切な妹がスキンヘッドに捕まり、恐怖よりも怒りが私の体を突き動かす。

 一瞬後ろの誰かが『ダメッ』っと叫ぶが、既に私は馬車から飛び出し、お頭さんに向かって飛び蹴りを一つ。だけどその飛び蹴りすらあっさり躱されてしまい、私は再び外で待ち受けていた手下Bに拘束される。


「放せ! 放せって言ってるのよ! エリスに手を出したら承知しないわよ!」

 なんなのよ、なんで私はこんなに弱いのよ。

 物語なら突如力に目覚めるとか、チートスキルでバッサバッサと無双の場面だというのに、現実は抵抗らしい抵抗もできないまま、手下Bの腕すら払いのけられない。

 この国じゃ奴隷制度は認められていないが、遠い島国では未だ子供が売り買いされる言われているとも聞くし、生憎と私は誰もが認める美少女だ。

 もしこのまま山賊に捕まり、あれよあれよと押し倒されれば、か弱い私は抵抗すら出来ずに蹂躙されてしまうだろう。そんな事になればエリスだって、ユミナちゃんだって守りきれない。

 悔しい、せっかく自分の身を犠牲にしてもエリスだけは守ろうと決めたのというのに、私はこんなところで終わっちゃうの? 悔しい、悔しい、悔しい。


 暴れるように必死に抵抗するも、今度はキツく首元を締め上げられ、悔しさと苦しさから私の目から涙が溢れ出る。

 

「あなた達、そんな小さな子達を捕まえて恥ずかしくないの!」

 辛うじて動く顔をひねり、声がした方へと視線を移す。


「ふ、ふろーらさん、でちゃ……だめ……」

 首元を締め付けられているのでまともに声が出せないが、なんとか声が届いたようで、私を安心させるよう笑顔をこちらに送ってくる。


「その子達は関係ないでしょ」

「ふん、わかってるじゃねぇか」

 苦しくて何の会話をしているかが理解できないが、フローラさんが私とエリスを助け、自分を犠牲にしようとしていることだけはなんとなくわかる。

 現に付き人さんの後ろに隠れているユミナちゃんの表情が、なんとも不安と恐怖が溢れでてしまっている。


 助けなきゃ、母親がいない子供の苦しみを味わうのは私たちだけで十分だ。

 だけどどうする? 魔法を使うにも精々不意打ち程度にしか役立たないし、人を傷つけたことがない私には、氷の刃で切り裂くなんて度胸はこれっぽっちも存在しない。そもそも魔法を便利アイテム程度にしか使っていない私には、氷を刃状に精製するなんて出来ないのだ。

 出来ることがあるとすれば、頑張って足止め用の氷の壁を作るぐらい。それも所詮は氷なので山賊が持つ剣やナイフで簡単に壊されるだろうし、自分でもどれだけの範囲を囲めるかすら分かっていない。そもそも壁をつくっても助けが来なければ意味がない。

 それでも皆んなを逃すことぐらいなら……


「ぐあぁ」

 私がある種の覚悟を決めた時、フローラ様を拘束しようと近づく山賊Cが、突如なんの前触れもなく苦しみの声をあげるのだった。

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