第4話 切り札は美少女のパンツ(前編)
えっ、一体何が?
首元を手下Bの腕で締め上げられているせいで、詳しい状況が入ってこないが、悲鳴と共に手下Cがその場で崩れ苦しみだす。
「テメェ、こいつの護衛か!」
護衛?
私の位置からは何が起こっているかはわからないが、山賊達が動揺し、一瞬浮き足立ったことは理解できた。
私はこの隙を利用し、ポッケに隠れているフィーにある仕事をお願いする。
私とフィーは精霊契約と言う名の契りを交わしている関係、半径10m程度なら言葉を交わさずとも意思疎通することができ、先ほど襲われた時から今までずっと、隠れているようにと伝えつづけていた。
本当はフィーの姿を山賊達には見せたくなかったのだが、ここまでくればもう出し惜しみなんてしてられない。それに例えフィーが山賊達に捕まったとしても、私と契約を結んでいる限り見えない力で結ばれているし、一時的だが私の魔力を使って自分の姿を消すことだってできる。
これはすべて精霊契約があっての前提なのだが、例え強引に精霊契約を破棄させようとしても、この世界にはそんな呪術は存在しないし、第三者が関わろうとしても、本人達の同意がない限り契約を破棄することは出来ないと言われている。
まぁ、『エリスの命と引き換えに』とかで脅されれば、私にはどうすることもできないのだが、オツムの中が花火のような山賊達には、そこまでの知識は持ち合わせていないだろう。
(了解ですアリスちゃん!)
(ごめんね、危ない事をお願いしちゃって)
(大丈夫です、必ずエリスちゃんを助けてみせます!)
直後ポッケに感じてた膨らみが消え、フィーが所定の位置へと向かってくれた事を理解する。
たぶん一時的に姿を消す魔法で飛び去っていったのだろう。姿を消せるとはいっても物理的な壁は越せないし、障害物があれば当然避けなければ目的の場所までたどり着けない。
あとは不意が付けるタイミングなのが、その前に私がこの拘束から抜け出さなければ話にならないだろう。
山賊の目的はあくまでも可憐で麗しの美少女である私。あちらも売り物の私を傷つけたくはないだろうし、死なせるなんて一金貨にもならないのでもってのほか。
だから私は手下Bの油断を誘うため、ワザとその抗いをなくしていくのだった。
「カナリア!」
「お下がりください奥様」
私は由緒あるハルジオン……家にお使えするプロのメイド。今回わけあって奥様とお嬢様のお世話役 兼 護衛として付き従ったが、まさか本命であるこの乗り合い馬車が襲われるとは思ってもみなかった。
それはどうやら奥様も同じだったようで、偶然一緒に乗り合わせた姉妹と他愛もない会話に花を咲かせていた。
最初はその少女達の髪色から警戒すらしていたが、よく見れば姉妹の両手は水仕事で荒れており、鮮やかな銀髪でさえ本来のツヤをなくしている様子から、次第に少女の言葉に偽りがないことを理解していく。
だけど今は緊急を要する非常事態。この少女達の境遇には同じ女性としても同情するが、世の中にはもっと理不尽な思いを抱きながら死んでいく子供達も大勢いる。
そういった子供達を救うために奥様や旦那様達は動いておられるが、それらすべてを救えるかといえばそうではない。例え一時目の前の姉妹を助けたとしても、その後ろに彼女達を手放した親がいる。
もしこの姉妹に救いの手を差し伸べたとしても、次に待ち受けるのはそれ以上に厳しい環境。もともと生活の苦しさから手放したのだろうが、親としては一度突き放した罪悪感から、再び追い出されるか育児を放棄されるかのどちらか一つ。
例え姉妹に仕事を提供しても、仕送りを強制されたり無理やり名も知らぬ男に売られる姿は多く見てきた。
だから私は……。
「ちっ、付き人が女一人だからと放置してたが、まさか護衛も兼ねていたとはな。だがな、たった一人で何ができるってんだ? こっちは多勢、そっちはお荷物を抱えながら、勝敗は初めっから見えてんだよ!」
「カナリア、危ないわ下がって」
「いいえ奥様、私はこういう事態の為にここにいるのです」
正直私一人ではこの人数は苦しい。
いくら訓練しているとは言え、私が持つのはナイフが一本。スカートの下には投擲用のナイフが数本あるが、あれは牽制程度しか使えず、とても目の前の男どもにトドメをさすことなんてできないだろう。
だけど完全に勝機がないといえばそうではない。
囮の用の馬車が襲われないとなれば、護衛の騎士達は慌ててこちらに駆けつけてくれるはず。いかに筋肉マッチョの山賊達でも、正規の訓練を受けた騎士達には敵わないだろうし、頭目を生け捕りにさえできれば、あとは黒幕を吐かせて一連の騒動も落ち着くだろう。
そのためにも何としてでもここで時間を稼がないと。
私は改めて今の状況を確認する。
まず目の前の山賊は私の一撃で戦闘不能。致命傷ではないが、とても動ける状態ではないだろう。先ほど馬車に乗り込んで来た山賊も、どうやら少女が振り回した荷物で当たりどころが悪かったのか、未だに馬車の中で伸びてる状態。おそらく散らばっている少女の荷物の中に、フライパンがあったので運悪くクリーンヒットでもしてしまったのだろう。
それに例え目覚めたとしても私がロープで縛り付けておいたので、戦線に復帰することはまず不可能。あとは目に見える範囲の山賊の数は全部で12名で、その内の頭目と思しきスキンヘッド手に姉妹の妹が捕らえられ、少し離れた場所に同じく捕ってしまった姉の姿。
一見非常に気にしい状況ではあるが、幸いお嬢様は他の乗客と共に馬車の中だし、奥様も飛び出してしまわれたとはいえ、馬車との距離はそれほど遠くない。
正直こちらの事情で巻き込んでしまった姉妹には申し訳ないが、人質として利用されれば私は容赦なく山賊達を斬りつける。例え奥様とお嬢様に恨まれたとしても。
私は奥様を庇いながら背後から近づく山賊へと襲い掛かる。
「うぐっ」
「やべぇ、こいつ強いぞ!」
剣や棍棒を持っているといっても、所詮はなんの訓練も受けていなゴロツキ風情。一対一なら負けるつもりはないが、心臓を突かない限りトドメはさせないし、一斉に襲われたら幾ら訓練を受けていたとしても対処のしようがない。
幸い彼方は無力な人間しか相手にしてこなかったのか、私の動きを警戒しているようで、完全に浮き足立ってしまっている。
この調子で時間を稼ぎならが少しづつ無力化していけば助かる可能性も……。
「テメェ、動くんじゃねぇ! このガキがどうなってもいいってのかよ!」
山賊の頭目が妹の首に剣の刃を押し付けるが、私は敢えて視界から隠し、逆側で完全に油断していた山賊に襲い掛かる。これで残り10。
「テメェ、無視してんじゃねぇ! 俺様が手ェ出さねぇと思いやがって。どうせこの場にいる人間は皆殺しにしろって言われてんだ、ガキの一人や二人の命なんぞ俺様には関係ねぇんだよ!」
山賊の頭目が動きを止めない私に再び警告してくる。奥様とお嬢様からも同様の声が聞こえるが、私が今ここで動きを止めてしまえば、待ち受けているのはこの場にいる全員の死。
先ほどのセリフからもわかるように、依頼者は目撃者を誰一人として残したくないのだろう。
だったら姉妹には申し訳ないが、その命を犠牲にしてもらうしか全員が生き延びる方法がない。せめて償いとして、姉の散らばった荷物を二人の両親に届けることで、無力で薄情な私の行動を許してもらいたい。
私は意を決して奥様を無理やり馬車の方へと連れ戻すが、背後から聞こえる悲痛な姉妹の叫びに、ほんの僅かな隙を生じさせてしまう。
ドゴッ
「くっ」
背後から貰った鈍器による一撃。
結局姉妹への後ろめたさから動きが止まってしまい、私はその場で膝を折るように倒れこむ。
辛うじて奥様を馬車の方へと突き飛ばしたおかげで、男の魔の手からは救い出せたが、私の行動に山賊の頭目は頭にきたのか、ついに妹に向けてその剣の刃を振り下ろす。
「もう許さねぇ! 恨むんならその女を恨むんだな!」
こんな事になるなら先に姉妹を助けておけばと思っても後の祭り。その後に続く妹の悲惨な光景に、私なただなす術もなく見つめるのみ。
せめて私に出来るのは、妹の命の灯火が消える一瞬まで、顔を背ける事なく己の責任を刻み付けよう。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
「パンツ、それ私のパンツ!!」
えっ、パンツ?
私は不覚にも今置かれた状況をすっかり忘れ、声が聞こえた方へと顔を向けるのだった。
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