第2話 契約精霊ってなんだっけ?

 突然の呼び出しから婚約破棄の通知、そして私と妹の独立宣言。

 一瞬の間に人生を狂わすほどの出来事があったというのに、何処となく他人ごとに思えてしまうのは、おそらく私の中に突如蘇ってしまった前世の記憶のせい。

 だけど目の前でスヤスヤと眠るエリスの姿と、そこから伝わる暖かな手の感触、そして夜の窓に映る銀髪の絶世の美少女が、これは現実だと私に教えてくれる。

 そこ! さりげなく自分の事を美少女とか言ってるのと言うなかれ、世界一可愛い妹の姉である私が、美少女じゃないわけがないじゃない。(言い切った)


 それにしてもまさか自分に前世の記憶が戻るとか何処の携帯小説よ。

 前世ではよく転生物の小説を読んでいたが、実際自分の身に起きるとなんとも複雑な気持ちが湧いてくる。

 一時は体も声も違う感覚に戸惑いさえ感じていたが、徐々に時間が経つにつれ、この世界で過ごした16年間の記憶と混じり合い、色んな事を鮮明に思い出す事が出来た。ただ、先ほどまでハッキリとしていた前世の記憶が、今度は逆に朧げになってきているのだから不思議なものだ。

 いったい何が原因で、どんな風に命を失ったかまではもう思い出す事は出来ないけれど、かすかに浮かぶ両親の悲しむ顔と、私が実家のケーキ屋を継ぐと言った時の喜んだ顔が、時折私の胸を苦しめる。

 ただ今ハッキリと言えるのは、私は今世で可愛い妹を守らなければいけないという現実。

 今世のお父様は二人の妻を亡くした関係ですっかり痩せ細ってしまわれたし、頼れる二人の異母兄と想い出に残る優しい義姉はこの家には居らず、唯一頼れるオーグストは引退間際のご高齢。そんな中で長男であるがゆえで残った一人の異母兄が、腹違いの私と妹を嫌っているのだからどうしようもない。とにかく今は異母兄が爵位を継ぐ前にこの家を出なければ、本気で娼婦の館へと売られるとも限らないので、少々無謀ではあるが王都に行って妹を養える仕事を見つけなければならないのだ。


「エリス、あなただけは絶対に私が守って見せる」

 私には亡くなった母との記憶が残っているが、妹のエリスの中にはたった1年という想い出しか刻まれていない。

 そんなエリスは私を母親と照らし合わせているし、私も時折エリスの母親代わりとしても接してきた。

 もともと私とエリスには6歳という年齢差があり、時には姉として、時には母親代わりとして頑張ってきたので、今更私以外の人間に大切な妹を託すなど考えることなど出来ない。

 それにエリスだって私が居ない生活など、望んではいないだろう。


 コンコン

 こんな夜分に誰かしら?

「どうぞ」

 これがアインス異母兄様なら大声を叫んで助けを呼ぶのだが、幸い部屋を訪ねて来たのはクリス義姉様。

 この家で最も私たち姉妹を嫌う異母兄のお嫁さんなのだが、バカ異母兄にはもったいないほどの出来た方で、血の繋がらない私たち姉妹にもとても良くしてくれるのが、残念な事にその発言はバカ異母兄には全く届かないのが実情だ。

 たしか実家は辛うじて貴族の端くれにひかかっているという家柄で、家計もデュランタン家と同じく貧乏一族。異母兄とは親同士が決めた結婚らしく、せめて騎士爵家を継ぐことになるアインス異母兄様には、同じく貴族の女性がいいということでお父様が見つけてこられたらしい。


「夜分にごめんなさい」

「気になさらないでください義姉様」

 いままで座っていた椅子を義姉様に差し出し、私はエリスが眠るベッド端へと腰掛ける。生憎この二人部屋には机も椅子も一脚づつしかなく、ベッドも私とエリスが辛うじて一緒に眠ることができる程の大きさ。独立した異母兄様達の部屋と家具は残ってはいるのだが、なにせ築100年以上のボロボロボなお屋敷なので、据え置きの家具は劣化し、冬には隙間風が吹くわ、夏には見たこともないような虫が入ってくるわで、年頃の女性には少々厳しい環境となってしまっている。


「先ほどはごめんなさい、結局私はあの人を止めることができなかった。そのせいでアリスちゃんが……」

 たぶん義姉様なりに必死に止めようとしてくれていたのだろう。だけど先ほども言った通り、この世界では権力的に女性の力は非常に弱く、またあのバカ異母兄には人の話を聞くというほど人間が出来ていないので、たとえあの場で誰が叫んだとしても結果は変わらなかったのではないか。

 王都では女性の扱いにも多少は緩和していると聞くが、地方へ行けば行くほど昔ながらの考えが強く、異母兄のように自分がすべて正しいという男性が多いのが現状。

 だから例え妻である義姉様があそこで必死に抵抗したとしても、おそらくあのバカ異母兄には一切言葉が届かなかっただろう。


「お気持ちありがとうございます。まぁ、なんとかやっていきます」

「でもアリスちゃん……」

 安心させるように今できる精一杯の笑顔で応えるも、不安と泣き顔で上手く笑顔が作れず返って義姉様を不安がらせてしまう。

「やっぱりもう一度あの人を説得してくるわ」

 あぁ、やっぱそうなるよね。

 私が義姉様と慕うように、義姉様もまた私達姉妹を妹のように可愛がってくれている。でも……だからこそ、私は義姉様にまで迷惑をかけたくないのだ。

 もしこのまま義姉様が逆らったとすれば、異母兄様は間違いなく義姉様を糾弾するだろう。

 お二人の間にはすでに一人の男児が誕生しているわけだし、子供だけ奪い義姉様を追い出すなんて暴挙に出るとも限らない。今はまだお父様やオーグストが居てくれるが、家督が譲られオーグストが引退すれば、異母兄を止められる者はもう誰もいなくなってしまう。そんな時に一人残された義姉様のことを思うと、ここは私絡みで争うのは私の本意ではない。


「お待ちください義姉様! どうせここに残っていてもいずれ娼婦の館へと売られるだけですし、例えお父様達に守られていたとしても、待っているのは辛く苦しいだけの日々です。それならば僅かな望みを抱いて、このまま旅立った方がまだ可能性があると思うのです」

 それに都合よく前世の記憶があるのでと、心の中で付け加えておく。

「そう……そうよね。ここに残っていても辛いだけよね」

「はい」

 どうやら私の言葉に義姉様なりに納得がいただけたようだ。


「うん、アリスちゃんならきっと大丈夫よね。若いのに私よりもしっかりしているし、お掃除やお料理なんかも得意だし、なにせフィーちゃんもいるんだし」

「ですです。私にはフィーが……」

 ん? フィー?

「………………あぁーーーー!! そうだフィーだ!」

「ど、どうしたの? 急に大声を出したりななんかしちゃって」

 忘れていた……というか、なぜ忘れていた?

 前世の記憶が戻ってから何かが抜けていると思っていたが、私には契約した精霊、フィーがいたんだった。


 えっと、私の記憶が確かなら(ここはあのお方の声で再生してね)この世界には精霊と呼ばれる生き物が存在しており、精霊契約という契約を結ぶ事で、その子が持つ属性の魔法がつかえるんだったかしら。

 ただこの世界でも精霊は非常に貴重な生物?らしく、野良で出会えれば奇跡、見つかっても見世物小屋か、どこぞの成金貴族へと売られてしまうのだという。

 今じゃ言葉を話す精霊の売買は人道に反するという声が高まり、表立っての取引は禁止されているのだが、それでも闇市などでは高値で取引されているのだと、オーグストが教えてくれた。


 その出会えれば奇跡と言われている精霊なのだが、実は今もこの部屋の中で寝息を立てている。もう少し詳しくいうとこの部屋に一つだけある机の引き出しの中。

 うん、すっかり忘れていたわ。


 なぜそのような場所に隠れているかというと、ズバリご名答。あのお金にガメつい異母兄の目から隠すため。

 もともと森の中で偶然出会ったフィーなのだが、すっかり私と意気投合してしまい、その場で考えもなしに精霊契約。そのあとこっそりお屋敷に連れ帰ったのだが、私が調子に乗って氷だ水だのを出していたところを、クリス義姉様とオーグストにバレてしまい、現在はエリスを含む4人だけの秘密とされている。

 いやぁ、夏の暑い日にやっぱ氷って必要じゃない? 悪いのは私じゃなく、夏の暑さと水汲みの労働だと思うわけよ。決して私が楽しようと思っていただけではないとご理解いただきたい。


 そんな私の大声に反応したのか、机の引き出しがゴトゴトと動き出し、そこからひょこっと顔を出したのは、背中にトンボの様な羽を生やし精霊特有と言われる緑の髪色をした精霊のフィー。

 そのサイズは手のひらに乗る程度の大きさで、見た目の幼さからもわかる様に、生まれてまだ1年足らずしか経っていない。

 そんな精霊のフィーは氷と水を司り、精霊契約なるものを交わした私には、フィーと同じく氷と水の魔法が使えてしまう。

 とは言え、これで身を守るとか、悪者をバッサバッサと倒せるわけでもなく、あくまで日常の生活がちょっぴり楽になる程度しか役立たない。


 えっ、魔法が使えるのなら訓練すればいいんじゃないかって? バカを言いなさんな、私は見た目も体もか弱い絶世の美少女。自慢じゃないが前世も今世も運動らしい運動はした事もなく、力は精々バケツ1杯分の水を運ぶのがやっとの状態。当然剣や槍などといったものは振ったこともなく、とてもじゃないが山賊の雑魚その1でさえ、簡単にノックアウトされてしまうと自負できる。

 早い話がいくら魔法が使えたとして、扱う私が弱すぎてまったく使いものならないと言うこと。まぁ、喧嘩だとか争いごととか関わる気はさらさらないのだけれど。


 ゴソゴソ、むにゃぁ〜。

「何ですかぁ〜、ふわぁー」

 私が思わず名前を呼んだせいで、自分が呼ばれていると勘違いしてしまったのだろう。眠たそうにあくびをしながら、引き出しの中からフィーが話しかけてくる。 


「ごめんごめん、起こしちゃったわね」

 普段のフィーは見つからないよう私やエリスのポッケに隠しているが、寝ている時はさすがにそうはいかない。ベットで一緒に寝ていて寝返りでプチッ、なんて事になれば目覚めが悪いし、カゴをベット代わりにしていてうっかり見つかった、なんて事になればそれこそ大騒ぎ。

 なのでフィーには肩身の狭い思いをさせているが、寝ている時は机の引き出し中で休んでもらっている。


「どうかしたんですか?」

 私と義姉様の表情を見て不審に感じたのだろう、心配そうにこちらの様子を伺ってくる。

「ちょっとね、このお屋敷を出ていく事が決まったのよ」

「ふぇ?」

 状況が状況だけに隠し事なんて出気ないしね。フィーは私にとっては娘の様なものだし、フィーも私と契約している関係、別れるなんてことは考えもしていないだろう。


「詳しくは明日説明するわ。今日はもう遅いから寝ておきなさい、明日も早いのだから」

「ふぁーい。それじゃおやすみにゃさい、むにゃむにゃ」

「もう、相変わらず寝相が悪いんだから」

 フィー様に作ったお手製の布団に寝かせつけ、再び見つからない様にそっと引き出しを閉める。

 明日は朝からお屋敷の仕事を済ませ、日中は食べ物の仕込みに、夜は旅立つ準備をしなければならない。二日という期間は十分な時間とは言えないけれど、いつ異母兄の気分が変わるかわからない状況では、一刻も早くここから旅立つほうが賢明だ。

 幸い今の季節は外で野宿をしても問題ないし、貧乏暮らしが長かったお陰で山菜や食べれる野草といった類も熟知している。あとは王都へと向かう移動手段なのだが……。


「そういえばアリスちゃん、食べ物や移動ってどうする気? お金なんて持っていないでしょ?」

「その事なんですが、食べ物は明日山に行って集めてこようかと。それに隣のお婆ちゃんから貰った干し芋と干し柿も残っていますし、飲み水は魔法でなんとかなりますので」

「そうね、飲み水に関しては心配ないわね。でも移動はどうするの?」

「えっと、前にオーグストに聞いたんですが、乗合馬車って空席があれば14歳以下はお金を支払わなくてもいいって。それを利用しようかと」

「14歳以下?」

 そう義姉様は口にすると、私を上から下、下から上へと顔を動かし、最後はあろう事か私の胸元辺りを眺めつつ。うん、行けそうね。と太鼓判を押してくる。

 うぅ、私が一番気にしている部分を……ぐすん。


「それじゃ明日はお屋敷の事は私がやっておくから、アリスちゃん達は準備をしておきなさい」

「えっ、でも流石に一人じゃ。義姉様にはお子様もいらっしゃいますし」

「大丈夫よ、アリスちゃん達がいなくなれば私がやらなくちゃならないんだし、子供の事も近くで寝させておけば問題ないわ。オーグストもいてるれるしね」

「……その、すみません」

 私は自分とエリスの事ばかり考えていたが、よくよく考えれば一人残される義姉様の事がすっぽりと抜け落ちていた。

 義姉様の立場上このお屋敷から逃げる事はできないのだし、今まで私やエリスがやっていた仕事を、今度は義姉様が一人でこなさなければならない。

 いくらオーグストが居てくれるとはいえ、年齢はかなりの高齢だし、お父様や異母兄様の補佐までやってくれている関係、その仕事量は多忙と言わざる得ない。

 せめて一人でも使用人を雇えればいいのだが、この騎士爵家にそんな余裕はないだろうし、異母兄の側室に来てくれるような女神様も、はっきし言って期待出来ない。


「良いのよ、遅かれ早かれいずれはこんな日が来たのでしょうし、私は嫁ぐと決まった時から、ある程度の覚悟はしているのよ。寧ろ旅立つアリスちゃん達の方が心配なぐらいよ」

「ありがとうございます。王都に着いたら手紙を書きますね」

「待っているわ」

 その日は夜が更けるまで義姉様と話し合った。これからの事、今までの事、それは他愛もない世間話だったかもしれないが、不安だった気持ちが少し安らいでいくかのようだった。

 そしていよいよ旅立ちの時。


「エリス、準備はいい? ちゃんと替えのパンツは全部入れた?」

「もともと2枚しか持ってないよ」

「そうだったわね。貴重な替えのパンツ、大事に使わないとね」

 私がエリスとパンツの話で盛り上がっていると、隣で様子をみていた義姉様が……

「アリスちゃん、年頃の女の子がパンツパンツと連呼するのはどうかと思わ」

 なんて、しみじみと言葉の内容を注意してくる。

 し、仕方がないじゃない。もともとパンツが2枚しかないので、昨日お洗濯をしたパンツを入れ忘れでもすれば、私は二日に一度はパンツ無しで過ごさなければいけないのだ。それこそ年頃の女の子にとって致命的でしょ。


 あとは私愛用の焦げ付くフライパンに使い古されてお皿二枚、コップも2つもこっそり拝借。道中の野宿でご飯を作らないといけないしね。

 このぐらいの役得があったとしても許してもらえるだろい。

「お荷物はこれで全部でしょうか?」

「ありがとうオーグスト、それで全部よ」

 一応歩いて宿場町まではキツイだろうと、お屋敷に唯一ある荷馬車でオーグストが送ってくれる事になっている。


「それじゃ行ってきます」

「すまんな、お前達にまでこんな目にあわせて」

「いいえ、お父様。今まで育てて頂いただけでも感謝しております」

「アリスちゃん、大したものじゃないのだけれどこれを。お弁当よ」

「いいんですか? ありがとうございます」

 食卓の事情上、携帯できるお弁当の類は贅沢品。空腹を埋めようと思えばスープの量を増やせばいいが、携帯の食事ではそうはいかない。

 たぶん異母兄様に内緒でこっそり用意してくれたのだろう。異母兄が見送りに来るはずもないので、ありがたくその気持ちごといただく事にする。


「アリスちゃん、エリスちゃん元気でね」

「義姉様もお元気で!」


 やがて私とエリスを乗せた馬車はるか向こうの山へと見えなくなる。

 目指すはレガリア王国、王都レーネス。華の都と歌われる大陸随一の賑やかな街へと向かって。

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