第22話 ギルド

時刻はちょうどお昼時。

セイランと別れたミトスの姿は練習場となっている自然区画を出て、メルクリウス横丁の奥にある大きなお屋敷——冒険者ハンター統括協会こと、ギルドの本部を訪れていた。

正確に言うと、ギルドそのものに用事があった訳ではなく、そこが発行する情報誌に用事があったのだ。


「もぐもぐ……」


フライドチキン片手に新聞という名の情報誌に目を通すミトス。

各地に居る冒険者ハンターから送られてくる情報を編纂したソレはいち早く王都外の情報を知る事ができる貴重なツールである。彼女が選んだのは中でもエスペランザ王国の国境付近の情報を主に取り扱っているバージョンだ。


(“賢者ミトス、死す”、“呪法のルナール討伐”……あれから結構経っている筈じゃが、ラグナたちの動向は入っておらぬのか)


そう、ミトスが気になったのは勇者パーティーの動向である。

彼女が王都に到着してから、すでに1か月近い時間が経過している。

パーティーメンバーが一人欠けた彼らが何か危なっかしい事をしていないのか心配になり、この場所を訪れたのだが、そこまでの情報は入っていないらしい。


(目立った動きを起こしておらんのか、それともタイムラグが大きいのか。恐らく後者じゃろうな。何も行動していないとは思えん。)


元勇者パーティーの一員だった彼女は確信していた。

彼らは無鉄砲という訳ではないが、あまり大人しくしていられないタイプであり、大なり小なり敵に対して何かしら行動を起こしているだろう、と。


(ガレスの奴が居るから、大丈夫だと思うが……)


新聞の隅から隅まで隈なく探すが、何処にも勇者パーティーの動向は記されていない。

こうなると、最年長のガレスがパーティーの手綱を握ってくれていると信じるしかない。


「はぁ……こういう時、情報通な知り合いが居れば助かるのじゃが……」


ミトスは己の出不精をこの時ばかりは呪った。

【賢者】と持て囃される彼女だが、本質は引きこもり気味の研究者である。

そのため、交友関係は狭く、物語に出てくるような情報の裏ルートなどは持っていないのだ。


———と、過去の自分を呪っていると……


「「あら、ミトス様ではございませんか?」」


「むっ、ポルックス姉妹か。此処で会うとは奇遇じゃな。」


声を掛けてきたのは昨日の討伐演習で一緒にチームを組んだポルックス姉妹。

休日なので身に纏っているのは学院の制服ではなく、私服。それも荒事を想定したように金属製の胸当てや脛当てなどが付属している。


「随分と物々しい恰好のようじゃが……」


「これから日課の鍛錬に行くつもりだったのでございます。」


「その前に、ギルドでどんな依頼が出されているのか拝見するために参ったのでございます。」


「「ミトス様はどうしてこちらへ?」」


「外の情報が欲しくてな。王都に居ると、中々入ってこないからのう。」


「そうでございますか……」


それを聞いたティルとティナは互いに顔を見合わせて、彼女にある提案を持ちかけた。


「ミトス様。もしよろしければ……」


「これから一緒に依頼クエストに行きませんか?」


「ふむ……構わんぞ。妾も正式な認定票は欲しいからのう。」


ミトスは2人からの申し出を快諾した。


実を言うと、姉妹からの申し出はミトスにとっても望ましいモノだった。

何せ、正式な冒険者ハンターになるためにはギルド斡旋の依頼クエストを一定回数こなす必要がある。しかし、ミトスが依頼を受けるためにはポルックス姉妹が一緒でないといけない。

昨日の今日で依頼クエストで受けるのは負担が大きいと思い、今日は誘いを掛けなかったのだ。


「では、早速行くでございますよ!!」


「レッツゴー、でございます!!」


(ふふっ♪ こういう騒がしいパーティーも悪くないな。)


残ったフライドチキンを口の中へ放り込むと、意気揚々とギルドへ入って行く2人を追い掛ける。



そして、分厚い木製の扉を開けば、その先に広がるのは異界のような光景。

タイルが敷き詰められた外とは違い、中は床から壁まで全てが木製。広い内部には飲食を提供するスペースや依頼を受領するためのカウンターが設けられており、十人十色な見た目の人々が各々の時間を過ごしている。


「な、何か……すごく場違いな感じがするのでございます」


「ど、同感でございます」


(まあ、この歳で冒険者ハンターになる者は少ないからのう。)


この協会を訪れる者は成人した大人ばかり。

冒険者ハンターという職業に憧れる者は基本的に親の保護下で知識と力を蓄えて成人を迎えてから、命の危険と隣り合わせな世界に飛び込む者が圧倒的に多い。

そのため、仮とは言え、ポルックス姉妹のような年代の子供が冒険者ハンターとして協会を訪れるのは珍しい事だったりする。


もちろん、珍しいだけで前例が全くないと言う訳ではなく、ポルックス姉妹よりも年下でありながら大人顔負けの偉業を成し遂げた冒険者ハンターも居る。


「よおっ、お前たち。早速来たようだな。」


「むっ、お主は……」


初めて訪れたギルドの雰囲気に呑み込まれていた彼女らに声を掛けてきたのは若い男性。

精悍な顔つきで吊り上がった目尻とその身に纏う雰囲気が目線を合わせるだけで相手を威圧する。その背中には巨大な大剣が背負われており、露出した肌からは長い年月を掛けて鍛え上げられた事が伺える。


ポルックス姉妹の方は彼の放つ威圧感にビビっているが、ミトスは平然と彼に目線を合わせて彼の正体を見抜いた。


「お主、昨日の討伐演習を担当した教員ではないか。」


「ああ、その通り。お前たちにその鉛色の認定票を授けた張本人だ。」


「てっきり学院の教員かと思っておったのじゃが、どうやら違うようじゃな。」


「俺の本業は協会こっちの方だ。学院の方は副業のようなものでな、討伐演習の時だけ教鞭を振るうのさ。」


「なるほど…‥」


「さて、クエストを受けに来たのだろう? 付いて来い、案内してやろう。」


「よろしく頼む。ほれ、お主たちも行くぞ。」


「「ま、待ってください~」」



・・・



・・・・・・



・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・



そして、数分後。

協会内部の施設を粗方巡った後、3人は本日のメインディッシュとなる【依頼クエスト掲示板】に案内された。

施設の西側の壁一面を使って設けられた掲示板には討伐の依頼から採取の依頼。はたまた家庭教師の依頼なども張り出されている。多くの冒険者ハンターが今も押しかけており、受領する依頼を吟味している。


「此処が依頼クエスト掲示板だ。基本的に、此処に寄せられたモノはこうして張り出されている。」


「基本的に、という事は張り出されていない依頼もあるのか?」


「ああ。“指名依頼クエスト”という受領者を指定する依頼は直接本人に通知する

事になっている。だから、こうやって掲示板に張り出される事はない。」


「私たちが受領できる依頼はどんな依頼になるのでございますか?」


案内される内にすっかり慣れてしまったティルが質問を投げかける。

すると、教員は掲示板の一番端の方を指さした。


「仮認定票の段階で受領できる依頼はFランクになる。比較的王都近郊で達成できる依頼だが、中には討伐の依頼も混じっている。次いでだ、ランクの説明もしておこう。」


そう言って、彼は丁寧に依頼クエストのランクについて説明してくれた。


それぞれの依頼クエストには協会からランクが設定されている。

一番下のFランクから始まり、一番上はEXランクまで。もっともEXランクとなると国家の存亡に関わるレベルになるので、もはや形骸化しているが……。

また、Sランク以上の依頼は基本的に指名依頼となるので、掲示板に張り出される事は無い。


ミトスたちが受領できるFランクは王都近郊で達成できる危険度の低い、もしくは失敗しても問題がないと判断されて依頼である。もちろん、ランクが低い=命の危険が無いという訳ではなく、突発的に強力な魔物が乱入してくる事があるため、油断はできない。


「—————という感じだな。まあ、お前たちなら油断しなければ大丈夫だろう。優秀な頭脳ブレインも居る事だ。」


「???」


「俺は受付のカウンターに居る。受領する依頼が決まったら、来ると良い。」


そう言い残して、教員はマントを翻して立ち去っていく。

そして、3人は早速Fランク依頼の掲示板に移動し、張り出されている依頼に目を通す。


「うーん…‥いろいろとありますね。」


「やっぱり、最初は採取依頼の方がよろしいでしょうか?」


「そう言えば、学院の方は大丈夫なのか? 明日は普通に授業があるじゃろ?」


「「それなら、大丈夫でございます。」」


ミトスの懸念にポルックス姉妹が応える。


「学院に申請しておけば、クエスト受領中は授業が免除されるのでございます。」


「その代わり、報告書を書く義務が発生するのでございますが……」


「なんと!! そのような制度があったとは初耳じゃ。」


「此処に来る直前、フェルノールさんに教えていただいたのでございます。」


「流石はフェルノール。博識じゃのう。これで気にせずに依頼を選べるという訳じゃな。」


「その通りでございます♪」


「しかし、いろんな依頼がございますね……」


掲示板を眺めていたティルが呟く。


確かに、一番低ランクの依頼でもそのレパートリーは多種多様だ。

植物の採取依頼や魔物の討伐依頼のようにメジャーな依頼もあれば、家庭教師や農作業の手伝いなんていう依頼もある。もちろん、報酬も千差万別で金額的に一番大きいのは討伐依頼だ。


「ミトス様、グレイウルフという魔物はご存知ですか?」


「ああ、知っておるぞ。単独行動を好む小型の魔物じゃ。その代わり、警戒心が強く、討伐するのは少々面倒な相手じゃな。複数人で行動していれば、襲ってくる事はない。」


「そうなると、私たちでは難しそうですね。」


「それなら、こちらの依頼はどうでございましょうか?」


そう言って、ティルが取ったのは採取系の依頼。

内容は“テレサリーフ”の納品。納品した量に応じて支払う報酬が変わる依頼で、依頼主は個人ではなく協会になっている。


「テレサリーフか……調合すれば回復薬になる薬草じゃな。群生地には心当たりがある。初めての依頼には最適かもしれんな。」


「それじゃあ、これにするでございます!!」


ミトスからのお墨付きをもらったティルは依頼書をひったくるように引っぺがす。


「ほう、無難な依頼を選んだようだな」


「ひゃっ!?!?」


いつの間にか自分の仕事に戻った筈の男が3人の後ろに立っていた。


「み、見ていたのですか……?」


「ああ。駆け出しの奴は分不相応な依頼を受けて、命を落とす事が多いからな。駆け出しの動向には注意を払っている。」


「大変じゃのう。駆け出しの冒険者ハンターなぞ大勢居るじゃろう?」


「ああ。だが、調子に乗って命を落とされるよりはずっと良い。」


そう言って、教員はティルの手にあった依頼書を奪い取る。


「今日出発するつもりか?」


「は、はい。で、できればそうしたいのでございます……」


「それなら学院の申請も必要になるな。その場合は受領手続きの時に受付係に申請を依頼しておけば、あとは協会側で申請を行う。覚えておくと良い。」


「「は、はいぃぃ!!」」


「受領手続きは依頼書を受付カウンターに持っていくだけだ。後は受付係が全部やってくれる。」


そう言って、教員は腰に巻いたポーチから判子を取り出すと、依頼書に判を押してティルに返却する。


「これで受領手続きは完了だ。武運を祈る。」


それだけ言い残すと、彼は今度こそ立ち去った。


「えっと…‥出発しても良いのですよね?」


「ああ。受領手続きは終わったと言っておったしな。これで冒険者ハンターとしての第1歩を踏み出した事になるようじゃ。」


「じゃあ、早く出発するでございます!! 夜は凶暴な魔物が出やすいと聞いているでありますし。」


「そうじゃな。」


こうして、3人は初めての依頼クエストに出発するのだった。


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