第21話 未だ越えられぬ壁

初めての討伐演習を終えた次の日。

通常ならば授業が行われる日なのだが、初めての討伐を終えた生徒たちを労うために休日となった。突発的に発生した休日に生徒たちは喜び、思い思いの休日を過ごしている中、ミトスは何をしているかと言うと……王都の自然区画を訪れていた。


「ふっ、はっ!!」


「ほっ、ほっ。」


自然豊かな森の中で木刀がぶつかり合い、乾いた音を響かせる。

刀を打ち合うのはミトスと【霊術】の師匠であるセイランの2人組。

しかし、圧倒的に優勢なのはセイランの方で彼女が振るう刀はあっさりと受け流されてしまう。これが実戦なら、そのままカウンターを食らっている事だろう。


(やはり、剣術で全く敵わんか……じゃが!!)


ニヤリと口元を歪めて、【霊術】を行使する。

霊素で作り上げた不可視の刃で少し遅れて攻撃を仕掛ける【遅延斬撃ディレイ・エッジ】。

もちろん、模擬戦なので相手を傷つけないように配慮はしてある。


「はっ!!」


「—————っ!!」


今まで受け流していたセイランが今度は避ける事を選んだ。

遅延斬撃ディレイ・エッジ】によって発生する霊波を読み取って警戒したのだろう。

そう考えたミトスは果敢に攻め立てる。


「はっ!!」


もう一度、【遅延斬撃ディレイ・エッジ】を維持したまま木刀を振るう。

やはりセイランは受け流しではなく、回避を選択する。だが、セイランの動きは必要最低限。

遅延斬撃ディレイ・エッジ】は木刀よりも少し射程が長くなるようになっており、木刀の軸線上に避けるのは得策ではないのだが、彼はそれをやり遂げて見せる。


「せいっ!!」


「ほい。」


「やぁぁ!!」


「ほい。」


「はぁぁ!!」


「ほい。」


(ど、どういう事じゃ!? この刃は見えん筈なのに、どうして刀身が見ているように避けれるのじゃ!?)


遅延斬撃ディレイ・エッジ】の刀身の長さを不規則に変えても、セイランは容易く避けて見せる。本来、不可視である筈の刀身が見えているかのように……。


(こ、こうなったら……!!)


ミトスはその場で【遅延斬撃ディレイ・エッジ】に改良を施した。

不可視の斬撃は彼女の行動に付随するように放たれる。その斬撃をもう一枚重ねて、2連続の斬撃が襲い掛かるように即席の変更を行ったのだ。


「これなら、どうじゃ!!」


渾身の術を師であるセイランにぶつける。

大きく振り上げられた木刀が彼に迫る―――


『“雪花”』


短い単語が霊波通話でミトスに届く。

次の瞬間にはミトスの木刀ははるか後方に弾き飛ばされて、地面に突き刺さる。

さらに、触媒を失ったために操って霊素は四方八方に飛び散り、彼女の渾身の【霊術】は失敗に終わった。


「な、何が起こったのじゃ……?」


本当に何が起こったのか分からず茫然するミトス。

そして、その細い首筋に宛がわれるセイランの木刀。武器を失った彼女は大人しく両手を挙げて、降参の意思を示した。


『いや~、驚いた。まさか、霊素の遠隔操作が出来るようになってると思わなかったよ。』


『初見で対処していたくせに……あれだけ容易く回避されると流石にショックじゃ。』


『まあ、見えてる・・・・攻撃だからね。避けるのは難しくないよ。』


「……はっ?」


聞き捨てならない言葉にミトスは素っ頓狂な声を漏らした。

そして、問いただすためにセイランへ掴みかかる。


『ど、どういう事じゃ!! お主、霊素で作った剣が見えていたのか!?』


『うん。そもそも霊術を使う人は基本的に見えるよ?』


『それはおかしい!! 妾の眼には霊素の剣は見えておらんぞ!?』


そう、実を言うと【遅延斬撃ディレイ・エッジ】の刀身はミトスには見えていない。

感覚で大雑把な射程を把握しているだけで、追随して振るわれる刀身の長さは一切見えない。そのため、集団戦の際に危険極まりないために使う事はできず、昨日の討伐演習の時もポルックス姉妹を魔法での援護に専念させたのだ。


『今のミトスちゃんは見えなくて当然だよ。必要な訓練を積んでいないんだから。』


『必要な訓練……じゃと?』


『そう。普通は霊素の遠隔操作を覚える前に積む訓練なんだけど、この国ではその環境が無いから教えていなかったんだ。』


『そうじゃったのか……』


『というか、そんな状態でよく霊素の遠隔操作なんて思いついたね。』


『ほら、お主が札で霊術を行使した事があったじゃろ? 王国式の魔法でも魔法の遠隔発動は技術として存在するから、霊術でも再現できると考えたのじゃ。』


例えば、ポルックス姉妹の妹の方、ティナが使った【ボルテックス・ランス ケージングシフト】。

発射地点を指定して、雷の槍を射出するあの魔法は組み合わせる術式の中に遠隔発動の術式を組み込む事で成立している。

難易度は高いが、王国式魔法にとって遠隔発動は広く知れ渡っている技術である。


その経験があったから、ミトスは早い段階で霊素の遠隔操作へと行きつく事ができたのだ。


『なるほど……魔法で遠隔発動は当り前の技術なのか。ちなみに、遠隔発動できる範囲は?』


『それは個人の力量次第じゃが、基本的には視界の範囲内じゃな。』


『ふむ、才能には依らず個人の努力次第か……。その辺りも霊術とは違う部分だな。』


『というと?』


『霊素の遠隔操作は才能に依存するんだ。本人の努力次第で多少は伸びるが、劇的に変化する事はない。霊術の場合は生まれながらにして、闘い方が決まるんだ。』


聞くところによると、霊術師には3種類の戦闘スタイルがある。

剣や刀、槍などの触媒に霊素を集束させて戦う前衛タイプ、遠距離から霊術を撃ち続ける後衛タイプ。そして、その両者の中間とも言える中衛タイプ。

大きく分けると、その3タイプが存在し、どれが最適かは誕生時にほぼ確定しているらしい。


『ちなみに、限界の先で霊術を行使しようとした場合はどうなるんじゃ?』


『不発になるか、限界地点で強制発動だね。強制発動になる事が多いかな。』


(となると、あのサラノスとの闘いの時に上手くいかなかったのはそれが原因とみて間違いなさそうじゃな。)


『しかし、どうしようか……』


今後の方針にセイランは頭を悩ませる。

教え子が一足飛びに技術を習得してしまったために彼の準備が間に合わなかったのだ。


『この先は霊素を見る技術が無いとできないからね。』


『参考程度に聞きたいのじゃが、どんな技術があるのじゃ?』


『うーん……霊視無しで分かりやすいのは……あれかな。』


そう言って、セイランは短刀を6つ程取り出して、地面に突き刺す。

何をするのかと見守っていると、6本のソレが勝手に浮かび上がり、彼の周囲を旋回する。もちろん、彼はそこに立っているだけで何もしていない。


『これは確か大道芸で披露していた……やはり霊術の一種じゃったのか。』


『その通り。霊素の遠隔操作の応用で、物質操作っていう技術さ。あまり使う人は少ないけどね。』


『何故じゃ? その技術を使えば、そこら辺にある石ころでも武器に出来そうじゃが……』


ミトスはすぐに有効な活用方法を思いついた。

王国式の魔法に風属性の魔法の一種で、風で物体を持ち上げて加速を加えて撃ちだすという魔法が存在している。消費する魔力が少ない割に高威力を発揮する事ができる魔法だが、【霊術】の物質操作という技術を使えば、まったく同じ事が出来そうだと考えたのだ。


『此処まで縦横無尽に動かそうと思うと、集中力をそっちに持っていかれるからね。僕みたいに大道芸に使うのが精一杯さ。』


『ふむ……確かにその通りじゃな。』


『他にも……いや、これを教えるのは止めておこう。』


『むっ、何か隠しておるな?』


『これを教えちゃうと、実践しちゃいそうだからね。感覚でできない事もない技術だけど、危険だから教えない。』


『むぅ……』


ミトスは小さく頬を膨らまして、むくれる。

そんな中身を知らなければ愛らしい仕草に苦笑いを浮かべながらセイランはポンポンと彼女の頭を撫でる。


『大丈夫。今すぐには無理だけど、きちんと先へ進める環境を整えておくから。』


(ちっ、ハニートラップには引っかかってくれないか。)


『という訳で、僕は早速準備に取り掛かってくるよ。しばらく、練習に付き合えないと思うけど、大丈夫かい?』


『ふむ、問題はない。お主に苦労ばかり掛けて申し訳ないのう。』


『構わないよ。その代わり、今度王国こっちの魔法についても色々教えてくれ。』


『約束するのじゃ。』


『それじゃ!!』


そう言って、セイランは荷物を回収すると、練習場から立ち去っていく。


「さて、妾はもう少し練習するとするか。」


一人残されたミトスは引き続き【霊術】の練習に励むのだった。




・・・



・・・・・・



・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・



ミトスと別れたセイランは宿に戻り、相棒に声を掛けた。


「イナバ。」


『はいはーい、呼ばれて飛び出てきたイナバさんですよ~』


「どう思う?」


『ちょっと異常だよね。“霊視”を会得していないのに霊素の遠隔操作を会得するっていうのは、不可能に近いと思うよ。』


「だよなぁ。」


”霊視”というのは、その名の通り”霊素の流れを見る力”である。

晴嵐をはじめ、【霊術】を修める者は誰もが保有しているスキルだが、これを習得しないと初歩的な【霊術】が使えないという程に重要度が高い技能となっている。


この技能によって霊素を可視化する事で精密な霊素のコントロールを可能にする事で、霊素の遠隔操作やその先にある技術を会得していくのが通常の道筋。そして、その道筋を一足飛びで会得した例は皆無である。


「一瞬、記憶を失っているだけで身体が覚えているのかと思ったが……」


『それだと霊視が出来ない理由が説明できないよね。』


「そうなんだよなぁ……」


『こうなると、依頼主本人に確認してもらうしかないかもしれないね。』


「それしかないか……ちょうど、あの子を秋津洲国に連れて行こうと思っているんだ。」


『ああ、霊視の鍛錬ね。確かに、この国だと相応しい場所は見当たらないものね』


「そういう事。向こうに連絡してもらえないか?」


『りょーかい。』


(さて、問題はあの子を連れ出して問題が発生しないか、だな。)

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