第20話 討伐演習・後



討伐演習が行われる王都近郊の森。

そのちょうど中央に位置する領域で、ミトス率いるチームがトカゲ型モンスターのサラノスと闘いを繰り広げていた。


「はぁぁぁぁ!!!」


気合を入れた一閃がサラノスの首を切り裂く。

遠心力を乗せた一撃は骨すらも切り裂き、頭を吹き飛ばす。


「ライトニング・ボルテックス!!」「フリーズランサー!!」


さらに、ポルックス姉妹が魔法による援護を行い、3人はかなり善戦していた。


サラノスは集団で行動するモンスターである。

斥候を務める個体が獲物を発見すると、斥候は時間稼ぎを行い、本隊の到着を待つ。

姉妹が協力して倒したのはその斥候の個体であり、闘っている間に本隊がもう近くまで来ていたのだ。


(まだ小規模な群れじゃな。これくらいなら儂らでも十分に対処できそうじゃ)


刀を振るいながらミトスは胸を撫で下ろした。

サラノスの群れの規模は非常にマチマチ。単騎で対応できる小規模から軍隊が出撃する大規模まで様々。今回、事前に生態系の調整が行われていたおかげか、それほど大きな群れではなかった。

ミトス単騎では難しいが、ポルックス姉妹と協力すれば十分に対応できる規模だ。


「ふっ!!」


銀色の閃光が煌めく。

しかし、間合いが少し足りず、ミトスの一撃は空振りに終わってしまう。


「新技じゃ!!」


刹那、サラノスの横腹に一文字の裂傷が刻まれる。

それもミトスが振るった刀の軌跡をなぞるように、その一撃は刻まれた。


「おまけじゃ!!」


さらに刀を振るい、敵の身体を縦一文字に切り裂く。

銀の刃がめり込み、肉を裂いていくが、それとは別の……目に見えない刃がより一層深く肉を切り裂いてサラノスの身体を真っ二つに切り裂いた。


(ふふ♪ この術、思ったより便利じゃな。遅れてやってくる見えない霊素の刃、遅延斬撃ディレイ・エッジとでも名付けようか。)


ミトスが編み出した【霊術】。その名は遅延斬撃ディレイ・エッジ

虚空に霊素の刃を創り出して、刀の動きを連動させることによって不可視の斬撃を実現した術である。射程を自由に変える事が出来る反面、刀に追従するようにしか動かせない欠点は存在するが、便利な術であるのは間違いない。


また、霊素の刃は目に見えないため、仲間を巻き込んでしまう可能性もある。

今回のように自分のみが前衛を務める場合は問題がないが、他に前衛の居る場合は同士討ちが発生する原因となってしまう。


「ふっ!! はっ!!」


「「てぇぇい!!」」


ミトスの刃とポルックス姉妹の魔法が森の中で舞う。

雷に、氷に、銀色の閃光に襲われたサラノスは1体また1体と森の中に骸の山を築いていく。3人によって、出くわしたサラノスの群れは壊滅状態と陥り、戦闘開始からそう時間も経たない間にサラノスは最後の1体を残すだけとなった。


そして、遺された最後の1体が採った行動は————


「ギャギャッ!!」


3人の悪鬼の前から逃げる事だった。


「逃さんのじゃ!!」


しかし、悪鬼からは逃げられない。

狐のビーストであるミトスは腕力こそ見た目相応だが、脚力に関しては獣並み。

すぐさま地面を蹴り、猛スピードで最後の生き残りを追撃する。しかし、サラノスのスピードも彼女と同じぐらいなので差は縮まらない。


「それならば……」


サラノスを追跡しながら、ミトスは刀に炎を纏わせる。

轟々と燃え盛る炎が纏わりついたソレを振り下ろせば、炎が地面を走る。そして、終着点で大きな爆発を起こすのだが、サラノスまで届かなかった。


逆に、刀を振り下ろすために足を止めてしまったため、サラノスには逃げられてしまった。


(むっ、飛距離が足りんかったか……)


獲物を逃してしまった事にミトスは肩を落とした。

彼女の予想では地面を走る炎がサラノスの足元まで届いて、大きな爆発と火柱が発生。それによってサラノスの脚を止めて、追い付く予定だったのだ。

しかし、イメージが足りなかったのか目的地まで到着する前にフィニッシュが発動してしまったのが先ほどの光景だ。


「すまぬ、逃がしてしまったのじゃ。」


「いえいえ、謝る事などございません。」


「そうでございます。むしろ、私たちが援護すべき場面でしたのに……」


「魔法は射程距離が長くなる程難易度が上がるからのう。あの状況で魔法による追撃が出来たら、凄腕じゃよ。」


姉妹を励ましながら、ミトスは刀に着いた返り血を拭う。


「ところで、お主たち。剥ぎ取りはできるか?」


「「剝ぎ取り?」」


「そうじゃ。モンスターの遺体は専門の場所に持ち込めば買い取ってくれるのじゃが、こんな大きな荷物を持ち運ぶのは大変じゃろ?」


サラノスの遺体を指させば、2人はコクコクと頷いた。


比較的小型なモンスターに分類されるサラノスでも、その大きさは3人の背丈を軽く超える。そんな大荷物を持って、街まで戻るとなると非常に労力が掛かってしまう。

そのため、多くの人は倒したモンスターの遺体を持ち運びしやすいように解体したり、素材として使える部分だけを持ち帰る事は往々にしてある。


そんな時に必要となるのが剥ぎ取りの知識と経験なのだ。


「そういう訳で、コヤツらの処理をしなければならんのじゃが……無理そうじゃな。」


「「ご、ごめんなさいでございます……」」


「気にする事はない。剥ぎ取りの授業は未だじゃから、できなくて当然じゃよ。」


「「お、教えていただければ私たちも……」」


「そうじゃな……これだけの量を妾一人で解体するのは大変じゃ。基礎は教えるから、手伝ってもらえるか?」


「「はい!!」」


こうして、ミトスによる特別授業が始まった。

ますは見本と言う事でサラノスを手際よく解体していく。

鱗を剥ぎ、爪や牙を切り離す。肉はあまり食用に向かないため、細かく切り刻んで廃棄。

最後は骨から丁寧に肉をそぎ落としていけば、サラノスの解体は終了だ。


「まあ、こんな所じゃな。サラノスは食用に向かんから、肉は廃棄じゃ。」


「「……」」


「どうした? そのような間抜けな顔をして」


「い、いえ……本当に手際が良くて驚いていたのございます。」


「昔、一緒にパーティーを組んでいたヤツらが解体を嫌がってな。全部妾がやる羽目になってせいで自然に上達したんじゃよ。」


「「昔……?」」


「な、何でもないのじゃ。さぁ、妾はこっちの方を解体していくのじゃ。」


「「それでは、私たちはあっちの方をやってみます」」


「うむ。何か分からない事があれば、妾に聞いてくれ。」


手分けして討伐したサラノスの解体に取り掛かる3人。

遺体に刃を入れながらミトスは勇者パーティーに居た頃の事を思い返していた。


(ラグナもへカティアも魔物の死体に触るのを酷く嫌がったものじゃ。)


当時、2人に魔物の解体を手伝わそうとした時の事を思い出して、ミトスは破顔する。

魔物と戦う事を怖がらなかったラグナとへカティアの2人だが、死体となった魔物に触るのは心底嫌がり、その拒否っぷりは今思い出しても笑える光景だった。

一方でセリアスは死体に触る事に特に忌避感はなかったため、よくミトスの解体の手伝いをしていた。


(ガレスが加わるまでは本当に大変じゃったのう……)


当時の事も思い出し、もの悲しそうな様子で空を見上げるミトス。

例え拒絶されたとしても、ミトスの仲間思う気持ちが変わる事はない。


「アヤツらは今頃何をしているのじゃろうな……」


サラノスの躯の傍らで呟くミトス。

その様子を魔鳥が静かに見守っている事など彼女は気づく事もなかった……。




・・・



・・・・・・



・・・・・・・・・



そして、日没。

魔法で作られた照明が周囲を照らす中、今回の討伐演習に参加した生徒全員が集められていた。

多少手傷を負った生徒は居るが、大怪我を負った生徒は居ない。

欠けている生徒も居らず、初めての魔物討伐演習は無事に終了となった。


「さて、今回の討伐演習の結果は後日張り出すから確認しておくように。この場では、最高成績者のみを発表して、授業終了とする。」


「先生!! ちなみに、何か商品とかあるんですか!?」


「ある訳ないだろ……と言いたい所だが、こんな物を用意した。」


そう言って、教員が提示した商品はチェーン付の鉛色の小さな板。

見慣れない生徒は単なるアクセサリーにしか見えない商品に首を傾げるが、一部の生徒はその装飾品の意味を知っているのか驚愕の表情を浮かべていた。そして、ミトスも驚いている生徒の一人だった。


「これはギルド公認の冒険者ハンター仮認定票だ。これがあれば、ギルドが出す依頼を条件付きで受ける事ができる。」


教員の言葉に生徒たちがざわめく。


エスペランザ王国各地で活動している冒険者ハンター

この職業、誰でもなれるという訳ではなく、王都にある冒険者ハンター統括協会こと【ギルド】が課す試験を突破しないと正式に認定されない。

だが、その試験は老若男女問わず受ける事ができる反面、難易度は相応に高く受けた人全員が通る訳ではない。むしろ、不合格を言い渡される人の方が多い。


今回、教員が賞品として提示した鉛色の認定票は第1試験を突破した証であり、条件付きで【ギルド】が発行する依頼を受領する事ができるようになる。

さらに、達成した依頼の数や難易度などの評価によっては認定試験をスキップして、正式に冒険者ハンターとして協会に登録される可能性もある優れモノだ。


「まさか、そのような賞品が用意されているとは……もう少し狩った方が良かったか?」


「「勘弁していただきたいのございます!!」」


「冗談じゃ。妾のサラノスの群れを相手にしただけなのに、随分と疲れた。続けてもあまり良い結果にはならなかったじゃろう。」


「そもそもあれだけ狩ったのであれば、私たちが一番でございますよ!!」


「そうに決まっているにございます!!」


「そうじゃな。そうであることを願いたいものじゃ。」


他のチームがどれだけの戦果を挙げたかは残念ながら分からない。

ミトス自身も小規模とは言え、サラノスの群れを壊滅させたので十分にトップを狙えると思っているが、確証はない。


ちなみに、ミトスのチームの戦果はサラノスの群れを壊滅させてから増えていない。

討伐したモンスターの解体が終わり次第、彼女たちは森を脱出して日没を待っていたのだ。


「静粛に!!」


教員の一言でざわめいていた生徒たちが一斉に鎮まる。


「では、発表する。此度の討伐演習成績トップのチームは———」


誰かがゴクッと唾を呑み込む。


「ミトス・ガルディオス及びポルックス姉妹のチームだ。3人は前に出てこい。」


「「……えっ?」」


「ふぅ……ほら、行くぞ。」


呆ける姉妹の手を引っ張り、ミトスは惜しげもなく贈られる拍手の中を進む。


「まさか、初めての討伐演習でサラノスの群れを壊滅させるチームが居るとは思わなかった。文句なしにお前たちがぶっちぎりのトップだ。」


「妾だけの力ではない。チームメンバーの助力あってこその結果じゃ。」


それはミトスの嘘偽りない感想だった。

確かに彼女には【賢者】としての知識はそのまま引き継がれているが、往年の力は振るえず他の生徒と大差はない。そんな状態で、このような戦果を挙げる事ができたのはポルックス姉妹の適切な魔法の援護があったおかげだ。


ミトス一人では、サラノスの群れに囲まれて殴り殺しにされていた可能性も高い。

魔法の援護があったからこそ、その可能性を限りなく減らす事が出来たというのがミトスの感想だ。


「「いえいえ!! 私たちこそ、ミトスさんが居なければこのような戦果は……」」


「ふっ、良いパーティーだな。これからも討伐演習は何回もある。その時はお前たちが他の奴の見本になってくれ。」


そう言って、3人に鉛色のタグが贈呈する。

それぞれに3人の名前がフルネームで刻まれており、協会のシンボルも彫られている。

贋物や偽造などではない、正真正銘の公認の認定票である事を物語っている。


そして、栄光の証明書を受け取った3人に惜しみない拍手が送られ、初めての討伐演習は終了となった。

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