第23話 遭遇



初めての依頼クエストを無事に受領したミトス一行。

達成するには回復薬の原料となるテレサリーフを協会に納品しなければならない。ミトスがその群生地を知っているという事で3人は王都を出立し、彼女の案内で群生地を目指す。


「テレサリーフは回復薬の他にも解毒剤などにも用いられる万能な薬草じゃ。」


群生地を目指す道中、暇つぶしもかねてミトス先生による講義が行われていた。


「その反面、ヒトの手を借りる事を極端に嫌う気難しい薬草でもある。噂によれば、ヒトの手で水や栄養を与えてしまうと、その瞬間には枯れてしまうという。」


「だからこそ、こうやって定期的に依頼が発生する訳でございますね。」


「その通りじゃ。回復薬の原料だから、需要が途切れる事もないからのう。」


「それで、ミトス様。何処に向かっておられるのですか? 街道からは外れておりますが……」


3人が歩いているのは、王都からほど近く草原。

しかし、王都と他の街を繋ぐ街道からは外れており、道なき道を進んでいるような状態である。辺りに広がるのは背の低い雑草が生い茂る草原ばかりで目的のテレサリーフは見当たらない。


「先も言ったように、テレサリーフはヒトの手を嫌がる。じゃから、ヒトがよく来る場所で見かける事はない。」


「それは分かりますが、一面草原ばかりで特にそれらしき場所は……」


「ふむ、そろそろ見えてくる筈じゃが……ああ、見えてきたのじゃ。」


そう言って、進行方向を指さすミトス。

その先あるのは雲も貫く程高い山。王都の西側に聳え立つ山でその向こう側は別の国の領地となっているため、王国の国境を示すシンボルにもなっている。


ティルとティナは戦慄した。

王都から国境に聳え立つ山まで徒歩で向かうとなれば、かなりの時間を要する。

目的地の選定を間違えているとしか思えない。


「み、ミトスさま? まさかとは思いますが、目的地があの山だったりは……」


「そんな訳なかろう。妾たちの目的地はその手前じゃよ」


「ですが、それ以外には草原しか見えませんが……」


「ああ、そう見えるだけ、じゃ!!」


ピョンとジャンプした瞬間、ミトスの姿が忽然と消えた。


「「えええっ!?!?」」


突然姿を消した仲間に心底驚愕するティルとティナ。

急いで駆け寄ってみれば、下の方向から「止まれ!!」という強い声が聞こえてきた。

慌てて足を止めると、ひょこと姿を消した筈のミトスが地面から顔を出す。


「ど、どういう事でございますか……?」


「単純な事じゃ。此処までゆっくり近づいて、地面を見下ろしてみよ。」


ミトスの言葉に訝しく思いながらも言われた通りに従う2人。

彼女が顔を出している位置ギリギリまで近づいて見下ろしてみれば、そのカラクリが分かった。


どこまでも続くように見えた草原。

しかし、草原はずっと繋がっている訳ではなく、途中で途切れている。つまり、草原の途中で切り立った崖が挟まっているのだ。崖の下にも草原が続いているので遠目に見ると、草原が続いているように錯覚を起こすような地形になっている。

ミトスはその崖から突き出した細い足場に掛けた状態で顔を出しているのだ。


「まさか、このような崖になっていたとは……」


「これは気付かずにミトス様を追い掛けていたら、怪我を負っていた所でございます。」


「そういう事じゃ。そして、目的地はこの崖にある。お主らも降りて来い。」


「「はいでございます。」」


崖に設けられた足場は大人1人が立てる程度の幅しかない。

ミトスのように飛び降りず、崖をゆっくりと滑るようにして降りていく。

再び3人揃った所でミトスを先頭に細い道を歩くと、崖に大きな穴が開いている場所があった。中を覗いてみれば、奥は真っ暗だが通路になっているようだ。


「目的地はこの洞窟の奥じゃ。真っ暗じゃから、足元に気を付けるんじゃぞ。」


「ちょっと待ってくださいまし。すぐ照明の用意をいたします。」


ティルが取り出したのは、オーソドックスなランタン。

しかし、光源をセットする箇所にはロウソクではなく、小指サイズの石が装填されている。

彼女はランタンを開けて、装填されて石に魔力を注ぎ込むと淡い光が放出される。


「ほう、魔石式のランタンじゃな。」


「はい。魔石の寿命が来ない限り、魔力させあれば光を放ち続ける便利道具でございます。」


「そう安いモノではないじゃが、よく持っておったな。」


「これ、お古なんです。だから、そんなに長期間は持たないと思います。」


「でも、今回の依頼クエストは十分持つと思うでございます。」


「さぁ、準備完了でございます。結構魔力を注ぎましたので、数刻は大丈夫だと思われます。」


「感謝するぞ。」


ティルからランタンを受け取ると、一切の迷いなく洞窟の中へ入っていく。

洞窟の中はそれほど広くなく子供も3人なら余裕だが、大人だと少々窮屈という感じの広さだ。おかげで、ミトスも頭頂部の狐耳を気にする事なく歩くことができる。


「ミトス様。このような日の一切当たらないような場所にテレサリーフが生えているのでございますか?」


「うむ。此処は一見普通の洞窟に見えるのじゃが、奥には少々風変わりなモノが置いてあってのう。」


「風変わりなもの、でございますか?」


「口で説明するよりも実際に見た方が早いじゃろ。もうすぐ着く頃じゃ。」


そんな会話を交わしながら、ミトスたちは洞窟を進む。

洞窟は一本道になっており、ひたすら下へ下へと続いている。何処までも続くと思っていた通路だが、3人の進行方向にランタンとは別の灯りが射し込む。


「さぁ、此処が目的地じゃ。」


「「な、何と……」」


洞窟の奥に広がっていた光景に2人は絶句した。


地下だと言うのに天井から燦々と太陽の光が射し込み、その下では青々とした草木が生い茂っている。おまけに、隅には小さな池が存在しており、地上とそう変わらない空間が地下には築かれていた。


「ど、どういう事でございます!? ここ、地下でございますよね!?」


「それなのに水も太陽も……」


「アレのおかげじゃよ。」


そう言って、天井を指さすミトス。

釣られるように仰いでみれば、巨大な半透明の結晶がビッシリと生えていた。

その結晶が本来太陽の恵みが届かない筈の地下空間に日光を運んでいるらしい。


「不思議な光景でございます。あの結晶は何という名前なのでございますか?」


「詳しい事は妾にも分からん。じゃが、あの結晶体がこの地下まで太陽の光を届けてくれているのは間違いない。」


「という事は未知の物質でございますか!?」


「そういう事じゃな。この場所を他の奴に知られるのは嫌じゃから、妾は誰にも話しておらんしな。(そもそも、この場所を見つけたのはへカティアだしのう)」


そう、この不思議な空間を見つけた張本人はミトスではない。その弟子、へカティアである。


師匠であるミトスとは対照的にへカティアはアウトドア派。

頻繁にフィールドワークに出る事が多く、その最中でこの地下空間を見つけたのだ。

この場所の存在を知っているのはへカティアの縁者だけである。


(へカティアはあの結晶を何とか解析しようとしておったが……)


「しかし、ミトス様。そんな秘密の場所に私たちを招いても良かったのでございますか?」


「お主らなら他人の秘密を大ぴろっげにしたりせんじゃろと思うてな。」


「「もちろんでございます!!」


「結構じゃ。さぁ、目的のテレサリーフを採って—————むっ!!」


ミトスの狐耳がこの地下空間を踏む音を捉えた。

地下に築き上げられた空間には植物の楽園となっており、迷い込んだ数種類の虫が生息しているだけ。地上のような生き物は生息していない筈だ。


(何か……居る。儂ら以外にこの場所を見つけた者か? それとも、魔物が迷い込んだか?)


万が一を警戒して、ミトスは刀を抜き、霊力をかき集める。

この地下空間でも霊素は存在しているらしく、彼女の刀は冷気を帯びる。

リーダーであり、索敵範囲に優れるミトスが臨戦態勢に移ったのを見て、2人もチャクラムを構える。



大地を踏みしめる音がどんどん大きくなり、確実に3人の方に近づいている。

そして、その元凶は何の小細工もなしに姿を現した。


「何やら強者の気配がすると思えば……来訪者はちびっ子3人か。」


「「————っ!!」」「なっ!?」


ズシンッ、ズシンッと重い足音と共に姿を現したのは人に近い形をした何か。

引き締まった両足で大地を踏みしめ、黒い甲殻に覆われた腕は全部で4本。その内の2本は腕を組み、残りの2本を自由にさせている。背中にはカブトムシを彷彿させる雄々しい角が付いた甲羅を背負い、赤い目を覗かせる顔は仮面にも見える。


間違いなく魔物——それも、人語を介する事から長い時を生きている事が伺える。

とても王都からそう離れていないこの場所に居るようなレベルの存在ではない。


「な、何故じゃ……何故、お主が此処に居る!?」


「み、ミトス様……? お知り合いなのでございますか?」


「その割はやけに戦意むき出しにございますが……」


「ああ、知っておるよ。奴の名は”烈風王”ビヴァータ。魔皇軍に属する将の1人じゃ。」


「————っ!?」


「ほう? 前線を離れて久しい俺の名前を知っているとは……その気配と良い、期待できるな。」


タラリとミトスの頬を冷や汗が伝う。


【烈風王】ビヴァータ。

【闇の軍勢】を率いるトップ——”魔皇”に仕える将の1人である。

その二つ名が示すように空気や風を操る術に秀でている高位の魔物であり、人語を交わす事ができるくらいに知能が高い。

ミトス自身、相まみえた事はないが、その武勇は王国にも届く程である。


(マズいマズいマズいマズいマズいのじゃ!! かつての儂ならいざ知らず、この身体で2人を守りながら戦うなぞ不可能じゃ!! 何か、何か闘いを避ける方法は……)


武器を構えながらも戦意は完全に消え失せ、ミトスの頭の中は目の前の敵との戦闘をどうすれば回避できるのか。その答えを導き出すのに精いっぱいだった。

かつて伝え聞いた【烈風王】の情報を記憶の引き出しから必死に引っ張り出す。


そして、唯一突破口となりそうな情報を引き当てた。


「お、お主は弱い者イジメを嫌うと聞いたぞ!! 妾たちはまだ駆け出しの冒険者ハンターじゃ!! どうか見逃してはもらえぬだろうか……?」


普通なら容赦なく切り捨てられる懇願。

しかし、ビヴァータは何やら思案するような動きを見せた。


そう、【闇の勢力】に属するビヴァータであるが、その性格はかなり変わっている。

弱者を甚振る事を是とせず、強者との闘いのみを切望する戦闘狂である。

故に、他の者には一切通じない命乞いも彼には効果的だったりするのだ。


(噂で聞いただけで半信半疑じゃったが、この様子なら……)


「ふむ……後ろの2人なら見逃しても良いが、お前はダメだ。」


「何故じゃ!? 妾のような幼子に戦いを挑むなど、お主に主義に反するのではないか!?」


「確かに、普通なら無視するだろうな。だが、お前からは魔力とは違う未知の力を感じる。俺はその力を見たい。故に、逃がす事はできない。」


(未知なる力じゃと? 霊素の事か? じゃが、霊素は体内に取り込む事は困難な筈……)


「さぁ、その未知なる力。この俺にに見せてみろ!!」


そう言って、拳を構えるビヴァータ。

どうやら逃がしてくれる気は一切ないらしい。

逃げようとしても、この地下空間は入ってきた通路しか外に出る方法はない。

残された道は目の前に立ちはだかる強敵を打倒す事のみ


「……やるしかないようじゃな。お主らは手を出すな。大人しくしていれば、奴は何もしてこない筈じゃ。」


「で、ですが!!」


「今回ばかりはお主らを守っていられる余裕はない。じゃから、此処で大人しくしていろ。」


そう命令すると同時にミトスは駆け出した。




秘密の地下空間で絶望的な決闘のゴングが鳴り響いた瞬間だった。


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