第12話 ノーリッジ図書館




王立エスカドル学院の代名詞ともいえる施設、【ノーリッジ図書館】。

王国が長い歴史の中で培われた知識の全てが集約されたこの世に二つとない施設であるが、この施設は表立った場所には存在しない。

その場所を知るのは学院に籍を置く者だけであり、誓約によって場所は他人に漏らせないようになっているため、外部に漏れる事はない。それだけ、図書館には重要な知識が詰まっているのだ。


この図書館に訪れる事を待ちわびていたミトスは興奮状態のまま、ゲートを開けた。

そして、そこに広がっていた光景に固まった。


「……本が1冊も置いておらんのじゃが?」


図書館のゲートを潜り抜けた先に広がっていたのは鋼鉄の壁に囲まれた広間。

ミトスが目的としては本の姿は何処にもなく、中央に大きな穴が開いているだけ。

戸惑いを隠せないミトスに他の2人は苦笑いを浮かべながら、ある一点を指さす。


「ここはまだ入り口。図書館本体はそこだよ。」


「そうは言うが……あるのは大穴だけじゃぞ?」


「その大穴を覗いてみたら、ミトスが望んでいた光景が広がっているよ。」


2人の言葉に怪訝な表情を浮かべながらミトスは大穴を覗きこむ。

そして、穴に広がっていた光景に目を見開いた。


大きく口を広げた穴。

その先には薄暗い空間が広がって、壁一面には無数の本棚。

隙間なく並べられた事でもはや本棚が壁の代わりになっているような状態だ。


もちろん、無数に存在する本棚にはびっしりと本が詰め込まれている。

さらには本棚の壁はずっと下の方まで続いているので、途方もない蔵書数を誇っている事が一目でわかる。


「……」


予想以上の蔵書数にミトスは空いた口が塞がらなかった。

「【ノーリッジ図書館】を超える図書館はこの世に存在しない」という噂は度々耳にしたが、この光景を見せられたらそんな感想を抱かずにはいられないだろう。

そのくらいエスカドル学院の図書館の内装は圧巻だ。


「ミトスさん、閉館までそれほど時間も残っていないので、早く行きますよ。」


「はっ!! あまりの光景に茫然としてしまったのじゃ。」


「まあ、初めて見るとそうなるよ。アタシも師匠に初めて連れて貰ってきた時は同じ反応だった。」


「私も同じ。驚きの余り、しばらく固まっていたわ。」


「この光景を見せられたら、それが当然の反応じゃろ。しかし、あそこまでどうやって行くのじゃ?」


次にミトスが疑問に思ったのは本がある場所までどうやって行くか。

ゲートを潜った先の最上階には大きな穴以外に下に降りる場所は見当たらない。さらに言えば、大穴の下には足場もないのでどうやって本を手に取るのか予想できない。


先に図書館を利用している生徒は本棚の縁に腰掛けて読書に熱中しているが、そもそもどうやってそこにたどり着いたのか分からない。


「もちろん、この大穴から降りる。」


「ちょっと待つのじゃ。この大穴、下が見えん位に深いぞ? 下手をすれば、命がないと思うぞ?」


「それが大丈夫なんだな~————よっと。」


警戒する編入生を余所にカティアとフェルノールの2人が続けざまに飛び込む。

そのまま星の引力に従って奈落の底まで落ちていくのかと思いきや、2人の身体は底に吸い込まれる事なく、留まっている。


「図書館内部は不思議な力で浮かぶようになってるんだ。だから、飛び降りても大丈夫だ。」


「いざとなれば、私とカティアで引っ張り上げるから安心して大丈夫ですよ。」


「う、うむ……」


戸惑いながらもミトスは2人を信じて、飛び込む。

普通ならそのまま真っ逆さまに落下していくが、ミトスの全身をゆったりとした浮遊感が包み込み、まるで水の中に居るかのように徐々に高度を下げていく。


少し足を動かせば、落下は止まる。止まれば、再びゆっくりと落下していく。

恐る恐るといった雰囲気で高度を下げていき、カティアたちの居る場所までたどり着くのに倍以上の時間が掛かってしまった。


「変な感覚じゃのう……」


「早めに慣れた方が良いよ。この図書館で移動する時はこの状態だから。」


「階段とかは一切ないのか?」


「見つけたっていう報告は無いですね。この状態で特に問題もないから、特に探していないと思いますよ?」


「そうか……」


「まずは、この空間に慣れましょうか。とりあえず、一番下まで降りてみましょう」


「で、できればゆっくりで頼む。」


「分かりました。カティア、私が先導するから、ミトスさんに付いて貰ってもいい?」


「お任せあれ♪ ミトス、アタシの手をしっかり掴んでてくれ。」


「う、うむ……(子供に手を引かれるのは恥ずかしいのう)」


少し恥ずかしがりながらカティアの手を掴む。

そして、彼女に牽引されるような形でミトスはドンドン下層へと進んでいく。


ずっと本棚に囲まれた代り映えしない光景が続く図書館だが、頭上に開いた大穴がどんどん小さくなっている事から、下層に向かって進んでいる事が分かる。

頭上にあった大穴が分からなくなるぐらいに下に降りて行った所で、図書館の景色に変化が生じた。


「むっ、ここで行き止まりなのか?」


1人でもこの不思議な無重力空間で動けるようになったミトスの視線の先には、行く手を塞ぐ巨大な魔法陣が存在している。

隙間から見る限り、図書館はまだ続いているようだが、魔法陣によって奥へと進む事を禁じられているようだ。


「此処から先は神代の時代の書物が収蔵されていると言われています。一般の生徒はこの先には入る事はできません」


「ふむ……」


試しに魔法陣に触れてみる。

すると、指先が触れた途端にバチバチと火花が散り、反射的に手を放す。


(攻勢の結界……見た事がない術式じゃな。神代の技術で張られたものか?)


「噂だと、この防壁も神代の魔法を再現した一端とも言われているわ。先代の学院長が張ったモノで、通り抜ける方法は学院長しか知らないらしいわ。」


「これだけの防壁を張るんじゃから、相当貴重なモノが収められているんじゃろうな。」


しかし、この防壁を突破する事はできない。

心苦しいが、魔法陣の向こう側にある書物は諦めるしか無かった。


「———という訳で、此処までが私たちが入れる限界ですね。改めての説明になるけど、ミトスさんは本を借りる事はできませんので閲覧のみになります。」


「まあ、規則じゃから仕方ないのう。閲覧できるだけありがたいとするか。」


「ちなみに、私が探した限りにはなりますが、上層には私たちが目的とする本はありませんでした。あるとすれば、まだ整理がされていないエリアになりますね。」


「つまり、一冊一冊確認していかなければならないと。途方もない話じゃのう。」


ミトスはげんなりとした表情を浮かべた。


【ノーリッジ図書館】が稼働を開始したのは数百年前。

これだけ立派な図書館なのだから、稼働当初からきっちり整理整頓されている……かと思いきや、そういう訳ではない。


きちんと整理が行われるようになったのは十数年前から。

それまで本棚の空いた所に適当に本を収めておく運用だったため、本の並びは途中から無秩序になっている。そのため、一冊一冊本の中身を一々確認する必要があるのだ。


彼女の反応も無理が無い。


「まあ、私も手伝うから。」


「お主が同じ悩みを抱える同志で助かった。1人なら心がとっくに折れておったわ。」


「アタシも空いてるときは手伝うよ。」


「おおっ、ありがたいのじゃ!!」


今日は特に予定もないという事でカティアも加えた3人で文献探しに取り掛かるのだった。



・・・



・・・・・・



・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・



「————あら、もうこんな時間。」


気が付けば、時間は過ぎ去って【ノーリッジ図書館】に閉館のベルが鳴り響く。

フェルノールの周囲には読み漁った10を超える書物が浮かび上がっている。これだけ目を通したが、彼女が求めている情報は一切手に入らなかった。


「ミトスさんとカティアは……あらら。」


フェルノールとは別行動を取っていたミトスとカティアの2人は少し下の下層を根城にしていた。

フェルノールと同様にその周囲には何冊もの本が浮かんでおり、本の城壁を作り上げた本人は閉館時間などお構いなしに未だに本を読んでいる。なお、付き添いのカティアは「すぴー、すぴー」と完全に寝てしまっている。


「ミトスさ~ん、カティア~。もう閉館時間だから帰りますよ~」


フェルノールが呼びかけるが、ミトスもカティアも何ら反応を示さない。

「仕方ないなぁ」とため息を零しながら、本を元の場所に戻した彼女は2人の下に向かう。


「カティア、カティア。起きなさい、もう閉館時間よ。」


「んっ、んぅ……あれ、フェル? どうしたのさ?」


「どうしたの、じゃない。もう閉館時間よ。」


「そうかぁ……んんっ、すっかり眠ってしまったか。」


「それはもう、ぐっすりと眠っていたわ。次はミトスさんね。」


カティアを起こしたフェルノールはミトスの肩を叩く。

しかし、よほど集中しているのか本から目を離そうとしない。なので、フェルノールはある部位に目を向けた。


それは無意識に動いているモフモフした尻尾。

抱きしめれば、さぞ気持ちがいいだろうその尻尾をフェルノールは思いっきり握りしめた。


「えいっ♪」


「にぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


突然襲い掛かってきた感覚にミトスは大声を挙げて飛び退く。


「な、なんじゃ一体!?」


「もう閉館時間だから知らせに来ましたよ。」


「むっ、もうそんな時間じゃったか。時間が過ぎ去るのは早いのう。」


「早く出ないと罰則受けちゃうから、急がないと!!」


「それを早く言わんか!! じゃが、これだけの本を片付けてる時間は……」


「大丈夫ですよ。」


フェルノールが小さく「アビーテ返却」と呟くと、読んで放置されていた書物たちが勝手に元あった場所へと戻っていく。


「図書館の中では、返却の呪文を唱えれば勝手に元の場所に戻ってくれるんです。」


「なんとっ!! これも遺跡に掛けられた魔法という事か……」


「はい。さぁ、早く戻りますよ。ゲートを閉められる前に退館できなければ罰則になってしまいます。」


そう言って、フェルノールはどんどん高度を上げていく。

ミトスもカティアもその後を追いかける。頭上を仰ぎ見ると、天井にあった大穴が小さくなっている。どうやら時間になると、大穴が閉まってしまうらしい。


「あちゃ~……これはちょっと厳しいかも。」


「アタシに任せな!!」


諦めかけているフェルノールに対して、カティアは自信満々に叫ぶ。

並走していたミトスの手を掴むと同時に彼女はある魔法を発動させた。


「“ディメイション・ラン”!!」


大地を踏みしめるような態勢を取ったかも思うと、虚空を蹴り、まるで流星のような速度で図書館を駆けあがっていく。

途中でフェルノールも回収し、物凄いスピードで図書館を登っていくカティア。

もう大穴は半分のサイズになっているが、3人は間に合った。


「よし、間に合った!!」


「はぁぁぁ……助かったわ、カティア。もう罰則を覚悟したけど、まさか間に合うなんて」


「カティアよ。今のも空間魔法の一種か?」


「そうだよ。何もない空間を足場にする魔法、“ディメイション・ラン”。アタシが最初に会得した空間魔法さ。」


そう言って、カティアは自慢げにカラクリを説明してくれた。



人離れした身体能力を発揮できるビーストだが、それを十全に発揮できるのはしっかりとした足場が存在している事が前提となる。

【ノーリッジ図書館】のような疑似的な無重力空間では意味を為さない。だが、そんな環境下でもビーストの身体能力を発揮できるようにするのが空間魔法の1種、【ディメイション・ラン】という魔法なのだ。


この魔法で足場を作り、カティアはビーストの身体能力を使って駆けあがってきたのだ。


「あそこまで下層に潜った事が無かったから、油断したわ。今度からは時間に気を付けないと……」


「ちなみに、罰則はどんな内容なんじゃ?」


「反省文と図書館の1か月立ち入り禁止。3回目で利用許可のはく奪が待っています。連れ添いの分をカウントされるので、今日間に合わなかったら1発アウトでした。」


「心の底から間に合って良かったのじゃ……!!」


「ミトス、最後の本だけ熱心に読んでたけど、何か気になる内容が書いてあったのか?」


「うむ。妾が読んでおったのは、他の国で使われている魔法について触れた書物じゃ。ももしかすると、他国で使われている魔法なら妾やフェルノールでも十全に使える魔法があるのでは、と思ったんじゃよ。」


「他国の魔法ですか……ですが、この大陸で使われている魔法は王国と同じ魔法の筈では?」


「妾もそう思っておったのじゃが、著者はそうは考えておらんかったようじゃ。」


「では、本当に王国式魔法とは異なる魔法が!?」


ミトスの言葉に瞳を輝かせるフェルノール。

しかし、読み手から伝えられたのは期待外れの解答だった。


「いや、残念ながら見つけられんかったようじゃ。」


「えぇ~……」


「しかし、存在したという痕跡らしきモノは見つけたそうじゃ。最も、肝心の使い手を見つける事はできなかったようじゃが。」


「できれば、使い手まで見つけておいて欲しかったですわ。」


「まあ、全部読み終わった訳ではないからのう。もしかしたら、使い手についても何かしらの手がかりが記されておるかもしれん。」


「そうである事を期待したいですね。」


この時、ミトスはまだ知らなかった。



王国式ではない魔法の手がかりに、すでに接触していた事を……



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