幕間 賢者の居ない勇者パーティー



ミトスが学院生活を始めた頃。



場所は【闇の勢力】のトップ、魔王との闘いの最前線。

そこにはついに魔王軍幹部の一角、【呪法のルナール】を討伐した勇者パーティーが滞在していた。


【賢者】という仲間を失った彼らだが、立ち止まる事はできない。

ラグナ率いる勇者パーティーは宛がわれた拠点で会議を開いていた。


「さて、それでは各々の報告を聞かせてもらおうか。」


「じゃあ、最初はわたしから。」


そう言って、へカティアが立ち上がる。


彼女の役目は魔王軍最前線の調査である。

賢者ミトスの一番弟子である彼女の武器は豊潤な魔力から放たれる多種多様な魔法の数々。さらには、師であるミトスも使えなかった飛行魔法や隠形魔法も扱えるため、偵察には最適な人材である。


「最前線の様子を見てきたけど、新しい幹部が派遣された気配はなかった。向こうもオロオロしてたし、しばらくはこっちに攻めてくる事はないと思う。」


「ミトスの不在は伝わっているか?」


「さすがにそこまでは……でも、ルナールの呪いの事は誰も知らない感じだった。」


「———となると、こっちの戦力ダウンの事まで知られないと考えて大丈夫そうだな。」


「私からの報告は以上。」


「それじゃあ、次は俺だな。」


へカティアと入れ替わるようにガレスが立ち上がる。


ガレスの担当は【呪法のルナール】が拠点にしていた屋敷の調査だ。


四幹部の一人を倒したと言っても、以前戦況は魔王軍の方が有利。

何せ、敵は一丸となって襲い掛かってくるのに対し、魔王軍と戦闘を繰り広げているのはエスペランザ王国のみ。

魔王軍の支配域と面しているのがエスペランザ王国だけなので、他の国は対岸の火事状態なのだ。参戦を訴えかけているものの、一向に動く気配もない。


個々の戦闘力は魔王軍の方が圧倒的に有利。それを物量でカバーするのが定石であるが、参加しているのがエスペランザ王国のみなので物量も拮抗している。

だからこそ、少しでも有利な状況を作るために念入りな調査が行われているのだ。


「屋敷の地下には転移用の魔法陣があった。利用したかったが、逆にそこから増援を送られてしまうリスクを考えて、これは破壊した。」


「ナイスな判断だ、ガレス。それで他には?」


「ああ。賢者の言う通り、屋敷の地下に大きな魔力炉があった。それでこれはかん口令が敷かれたんだが……」


何やら歯切れが悪いガレス。

少し迷って、一部にしか共有されていない最悪な情報を公開した。


「その魔力炉、神代の時代の産物……つまり、“神遺物アーティファクト”の可能性が高い。」


「「「っ!?」」」


ガレスの報告によって、会議室に激震が走った。


神遺物アーティファクト

その名の通り、神々がまだ人々と共に暮らしていた時代のオーバーテクノロジーによって作り上げられた遺物の総称である。

それを敵側が保有していたというのは只でさえ、劣勢な王国側が聞きたくない情報だ。


「出力は王国が保有している最高品質の魔力炉の約4倍。できれば、向こうが保有しているのがこの1個だけである事を願いたいが……」


「そう都合良くいかないだろうね。」


「だよなぁ。へカティア、お前の方で何か神遺物アーティファクトの情報とか入ってないか?」


「残念だけど、それらしい話はなかった。でも、そんな貴重なモノが獲られたのに、まだ何もアクションを起こしてこないのは……」


「同じヤツを懐に抱えてる、ってことだな。」


会議室に重苦しい雰囲気が漂う。


「ガレス、見つかった魔力炉はどうなった?」


「もちろん、回収して何か細工がされていないか確認している最中だ。」


「そうか……何か活用する方法があれば良いが……」


「まあ、その辺りは専門家に任せるしかねえな。俺からの報告は以上だ。」


「それでは次は私ですね。」


そう言って、今度はセリアスが立ち上がる。



セリアスの担当はこの前線基地で負傷した人々の治療だ。

【呪法のルナール】を倒したことで襲撃は一先ず収まったものの、連日襲撃があったため、治療が追い付いていなかった。さらには、【呪法のルナール】との闘いに横やりを入れさえないために闘い、負傷した者も居たのでセリアスが治療して回っていた。


「負傷兵の治療は全て終わりました。しばらく襲撃が止んだおかげですね。」


「セリアスもしばらく休んでてくれ。連日、遅くまで治癒魔法を掛けていたんだ。」


「はい、そうさせていただきます。」


「さて、最後は僕の方からだが……フィディス様に援軍を要請した。」


「受け入れてもらえたか?」


「ああ。実を言うと、この会議が始まるちょっと前に到着されたんだ。」


そう前置きしてラグナが入室を促すと、フィディスから派遣された援軍が顔を出した。


女性かと思う程に伸びた長髪は軽くパーマが掛かり、少し眠そうにも見える細い目が会議室に集まった勇者パーティーの面々を捉える。

身長はガレスと同じぐらいだが、ガッシリとした体格のガレスに対し、ラグナ寄りのほっそりとした体格だ。


「紹介しよう、王立エスカドル学院の学院長を務めていらっしゃるアスラさんだ。」


「どうも、紹介に預かったアスラ・エスカドルだ。フィディスの知り合い、かつすぐに動くことができる人材という事で勇者パーティーの援軍として派遣された。よろしく頼む。」


そう自己紹介するアスラに、真っ先に反応したのはやはりへカティアだった。


「アスラって、“空撃のアスラ”!?」


「おや、古い呼び名を知ってるね。もうその二つ名で呼ぶ人も少なったのに」


「“空撃”?」


「空間を操って、目に見えない攻撃を繰り出す様子から付けられた称号。この人は空間魔法の扱いに関しては右に出る人は居ないって言われてるから。」


「おいおい、この上ないくらいに頼もしい助っ人じゃねえか!!」


「ははは、ご期待に沿えるように頑張らさせてもらうよ。」


「ガレス。君が破壊した転移用魔法陣、何か記録とか取ってあるかい?」


「おお、もちろんだ。————そうか!!」


ラグナの意図を理解したガレスは一枚の紙をアスラに渡す。

真円の中に緻密な模様が描かれたソレは素人が見れば、何かしらの魔法陣という事しか分からない。ガレスが同行した調査団に詳しい人物が居た事で、ルナールの屋敷に仕掛けられたのが転移用の魔法陣だと判明したが、それ以上の事は分からなかった。


しかし、空間魔法の第一人者であるアスラは更に詳細の情報を魔法陣から読み取った。


「ふむ……かなり遠くから転移してくるための魔法陣だね。方角的には北東の方角かな?」


「魔法陣だけでそこまで分かるものなのか?」


「流石に正確な距離は分からないけど、転移先の方角と大まかな距離程度ぐらいは分かるよ。」


「北東……屋敷より北東と言うと、王国も足を踏み入れた事がない地域になりますね。」


「アスラさん、その魔法陣が何のために設置されたモノなのでしょう?」


「流石にそこまでは分からないかな。どういう理由で設置するかは本人の考え次第だし。」


「そうですか……へカティア。すまないが、北東の方角に何か探りを入れて貰えないか?」


「分かった。アスラさんにも同行してもらっても良い?」


「人選は任せる。それと、決して危険な真似はしないでくれ。“あの人”のような事になるのは絶対に許さない。」


ラグナの真っすぐな視線にへカティアは頷く。


「すみません、アスラさん。到着して早々に申し訳ありませんが……」


「ああ、構わないよ。でも、出発はちょっと待ってもらっても良いかな? この町の何処かに転移用の魔法陣を設置しておきたいからね。」


「それならわたしがちょうどいい場所を知ってる。」


「それは心強い。案内をお願いしても良いかな?」


「分かった。」


へカティアは会議参加者に一礼すると、アスラを連れて退室してしまった。

そして、残された3人は今度の方針と担当について話し合う事になった。


「俺たちはどうするかね。」


「そうですね。私の方も街の人の治療は終わりましたし……」


ガレスもセリアスも担当していた業務は終わり、手持無沙汰な状態。

それなら休憩を取っても良いのだが、大事な仲間であるへカティアがせっせと働いているのにおちおち休んでいられるような人柄ではない。


「それじゃあ、僕の方を手伝ってくれないかい?」


「ん? 何かするつもりなのか?」


「敵軍の最前線に奇襲を仕掛けて、少しでも敵を混乱させる。そうすれば、へカティアとアスラさんが動きやすくなる筈だ。」


「おっ、それは良い考えだな。ジッとしているのは性に合わねえし」


「私もラグナさんに賛成です。」


「そうしてくれると、こっちも動きやすくなるから助かるよ。」


「「「うわっ!?」」」


突然聞こえてきたアスラの声に3人は飛び上がる。

声の発生源の方に目を向けてみると、へカティアと一緒に出て行った筈のアスラが居た。

しかも、虚空に開いた穴から胸から上だけを出すような形で。


これも空間魔法の応用なのだろう。


「フィディスさんから伝言を伝えるのを忘れていたよ。」


「フィディスさんから?」


「“あの人”は慣れない生活に戸惑っているが、元気良くやっているから安心してくれ、だと。私は“あの人”なる人物が誰か分からないが、このまま伝えてくれと頼まれた。」


「そうですか……伝言ありがとうございます。」


アスラ経由でもたらされたフィディスからの伝言にラグナは表情を和らげる。

それはガレスもセリアスも同じで、“ある人”の息災の報告に安堵しているようだ。


「これは頑張って、王都まで僕たちの武勇伝を轟かせる必要があるな。」


「そうだな。心配性な“あの人”のことだから、モタモタしてるとこっちに来てしまうな。」


「私も頑張るよ!!」


そう言って、3人は改めて気を引き締めるのだった。


「まったく……フィディスさんの言う通り、不器用な人たちだ。」


彼らの様子を眺めていたアスラは小さく、そう呟いた。

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