第11話 同志


放課後。

寮へ帰る生徒、友人と和気あいあいと世間話を楽しむ生徒などなど。

生徒たちが好きなように時間を潰す中、ミトスはフェルノールの案内で学院長室を目指していた。


初等部、中等部の校舎の他に研究用の施設も併設されている王立エスカドル学院の敷地は広大。こうやって、構内の地図が頭の中に入っているフェルノールの案内が無ければたどり着けなかっただろう。


「離れておるのう。結構、歩いたと思うんじゃが……」


「中等部の校舎が学院長室の反対側に建っていますからね。おまけに、学院長室がある建物まで一直線に迎えませんし。」


ちょうど学院の敷地の端と端に建っている中等部の校舎と学院長室がある建物。

その間には研究棟が聳え立っているため、一直線に向かう事はできず、わざわざ遠回りする必要がある。カティアとミトスのビーストの身体能力であれば、屋根を使って一直線に向かう事もできるが、そうなるとフェルノールが付いてくる事ができない。


カティアが学院長室の場所を知っているのなら、早い話だったのだが……



「それにしても、意外だわ。カティア、貴女学院長室の場所知らなかったのね。何時も学院長直々に手ほどきして貰ってるから知ってると思っていたわ。」


「ほら、師匠って空間魔法の達人だろ? だから、いつも空間魔法で迎え来てくれるから、こうやって歩いて行くのは初めてなんだ。」


———っと、彼女も学院長室の場所を知らないらしい。

そういう訳で、時間が掛かってもフェルノールの案内に従って進むしかないのだ。


「フェルノールよ。ちなみに、図書館は何処にあるのじゃ? 此処に来るまでにそれらしい建物は見当たらなかったのじゃが……」


此処に来るまでにミトスが見た建物は全部4つ。

中等部の校舎と初等部の校舎。この二つの校舎の上から顔を覗かせる研究棟。

そして、今ミトスたちが居る学院長室が設けられている時計塔の4つだけ。


知識の宝庫と呼ばれるエスカドル学院の代名詞——ノーリッジ図書館らしき施設は何処にも見当たらない。


「ああ。見えなくて当然ですよ。ノーリッジ図書館が存在するのは学院の地下ですから。」


「地下、じゃと? この学院、地下も作ってあるのか!?」


「いえ、作ったというよりも利用した、という方が正しいですね。」


「??」


フェルノールの言い回しに、あまり学院の事を知らないミトスは首を傾げた。


湖の一部を埋め立てて、築き上げられた王立エスカドル学院。

その事実に間違いはないのだが、より正確に表現するならば、“水中にあった遺跡を埋め立てた場所に築き上げられ学院”という方が正しい。


元々、学院を建てる前から水中には謎の遺跡が存在していた。

調査隊が遺跡の内部を調べると、水中遺跡の内部は本棚が壁となった円柱形の書庫のような内装になっていた。

しかも、遺跡の下層には神代の時代に使われていた失われた言語ミスティック・ワードで記された書物も発見された事で大慌て。これを外部に漏れる事を危険に思った当時の王様は遺跡を埋め立てて、その上に学院を作るように命令したと言われている。

もちろん、完全に埋め立てた訳ではなく、入り口は残してある。上層の本棚は空洞になっていたので、そこに貴重な書物を納めていくようになり、【ノーリッジ図書館】が誕生したのだと言う。


「ほう……有名な図書館にそのような裏話があったとは驚きじゃ。」


「まあ、図書館の存在は広く知られてるけど、所在まで知られてないからね。」


「確か、契約魔法で所在を喋れないようにしているんだっけか。」


「その通り。」


「厳重じゃのう……まあ、ノーリッジ図書館に秘められておる希少価値を考えれば当然じゃな。」


神代の時代に記された書物もさることながら、建国から蓄積されてきた知識は重要な宝だ。何せ、“魔法王国”という別名があるほどに人々の生活に魔法が密着した国の研究資料など他の国から見れば、喉から手が出る程欲しいモノ。


そんなものがギッシリ詰まっている以上、管理が厳重になるのは当然だ。


「————っと、着きましたわ。」


「ようやく着いたのか……結構歩いたのう。」


中等部の校舎を出て、学院の境界線に沿うように歩き続けて、更には階段で5階まで。

学院長の部屋に辿り着くだけで小1時間ほど時間が経過している。

カティアやフェルノールは平気そうだが、ミトスの方は少しばかり疲れたようだ。


「さぁ、こちらへ。」


そう言って、フェルノールは扉を開く。

扉の向こうは何もない密室になっており、壁際に何やら装置が置いてあるだけ。

部屋を間違えているのでは無いかと疑うが、そういう訳ではないらしい。


「此処は学院長室に繋がる昇降機です。学院長室はこの時計塔の最上階にあるので、学院長室まではこれで行きます。」


「ほう……して、この昇降機はどうすれば動くのじゃ?」


「壁際の装置に学生証をかざすだけですよ。」


フェルノールが装置に学生証を翳す。

続いて、カティア、ミトスの順番で同じように学生証を翳せば、扉が自動的に開き、次の瞬間には3人は浮遊感に包まれていた。


浮遊感に包まれる事、数秒。

あっという間に3人を乗せた昇降機は時計塔最上階にある学院長室の前に到着。

昇降機の扉を開ければ、次に待ち構えるのは学院長室の扉なのだが、そこには白い紙で何か張り紙が施されていた。


「えっと……“出張のため、しばらく留守にいたします。帰還時期は未定となっています”?」


「「!?!?!?」」


2人の間に激震が走る。

自分の目で確認してみると、確かに張り紙にはしばらく不在である旨が記されている。

試しにドアノブを回してみても、ガチャガチャと音が鳴るだけで扉は開かない。


「「な、なんということじゃ……」」


学院長不在という現実に崩れ落ちる2人。

しかも、「帰還時期未定」。恐らく、1日2日程度では戻ってこないのは間違いない。

下手をすると年単位で帰ってこない可能性がある。


「と、図書館がぁ……」「あ、アタシの魔法の訓練がぁ……」


「タイミングが悪かったですね。学院長はあまり出張とかされない方なのですが、余程の事があったのでしょうね。」


「アタシ、何も聞かされていなかったんだが……」


「貴女、つい最近学院長から空間魔法の教本を貰ったって言っておりませんでしたか? その時に何か聞かされていませんでしたか?」


「うーん、この教本で自主学習してみなさいとは言われたけど……特に何処かに出張するとか言ってなかったような気がする。」


「出張で面倒を見れないから、その教本を渡したのでしょうね。」


「そういう事かぁ……じゃあ、ちょっと頑張ってみるか。」


「お主はそれで良いが、妾の場合は……」


「それなら、私と一緒であれば問題はありませんよ。」


絶望していたミトスに一筋の光明がもたらされた。


教師陣からの許可が無ければ、利用する事ができない【ノーリッジ図書館】。

しかしながら、これには抜け道があり、すでに利用許可をもらっている生徒の付き添いという形であれば、利用許可が下りてなくても中に入る事が出来るのだ。

本の貸し出しサービスを受ける事はできないが、館内で本を読むぐらいは許可される。


「最も必ず私が同行しないといけないため、私の予定がある時は入れませんが……」


「しかし、それではお主に負担が掛かってしまわないか?」


「大丈夫です。私も図書館で調べたい事がありますので、特に負担にはなりませんよ。」


「そうか? そういう事なら、お願いしてもかまわんか?」


「はい♪」


「フェルが図書館に通ってるなんて、初耳だな。一体、何を調べてるんだ?」


「魔力の少なさを克服する方法よ。」


特に隠す理由も無いので、フェルノールは素直に話してくれた。

そして、彼女が調べているモノは何という偶然か、ミトスが追い求めているモノと同じだったのだ。


「お主も妾と同じモノを探しておるのか!?」


「えっ? という事はミトスさんも?」


「うむ!! 妾も魔力の少なさを克服する術を探しておったのじゃ!!」


「ええっ!? 奇遇ね!!」


同じ悩みを抱えている同志を見つけた事で2人のテンションが急上昇。

カティアそっちのけで2人だけの世界へと入ってしまう。


「お主はどれくらいなのじゃ? 妾は良くて中位魔法が限界と言われたぞ。」


「私も似たようなモノよ。良くて中位魔法が限界。上位魔法は絶望的って言われたわ。」


「そんな所まで似ているとは……お主とは気が合いそうじゃ!!」


「ええ!!」


「あの……えっと……」


「ミトスさん!! この後予定ある? 無いなら是非図書館を案内したいんだけど」


「おお!! こちらこそ、よろしく頼むのじゃ!!」


完全に意気投合したミトスとフェルノールは意気揚々と昇降機に飛び乗る。

「ま、待ってよ!!」と慌てて追いかけてきたカティアを乗せると、昇降機は騒がしい3人を乗せて、時計塔を下っていくのだった。



目指す先は王立エスカドル学院地下に存在する知識の宝庫。



【ノーリッジ図書館】だ。


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