七夕


 ~ 七月七日(水) 七夕 ~

 ※人事を尽くして天命を待つ

  その言葉を口にする余裕があるやつは、

  最後まであがいてるやつに必ず負ける。




 定期テストってやつは。

 授業でやった範囲を全部覚えれば。

 七割は得点できるようになってるもんだ。


 だから。

 今、お前らがやるべきは。


「よろしくお願いします! よろしくお願いします!」

「なにとぞ明日の英語だけは! 覚えた単語だけ問題に出してください!」

「一問くらいしか正解する自信ねえから! それだけ配点が六十点でありますように……!」

「短冊に願い事書いてる暇あったら勉強しろ勉強」


 今日のテストは終わったばかり。

 明日まで、時間はたっぷりあるだろうに。

 すでに始まる神頼み。



 必死になる方向、間違ってる。



 先生曰く、自分が担当してるこのクラスで。

 英語の赤点を見たその暁には。


 夏休み。

 クラス全員を、旅行に連れて行ってくれるとのことだ。


「行き先はアルカトラズかバスティーユか……!」

「サハラ砂漠か北極海か……!」

「戦犯になるわけにはいかないわ……!」

「ほんとだよ! このクラスの連中が一級戦犯をどう扱うかなんて火を見るより明らか!」

「まあ、旅行先はこの教室だろうけど。戦犯になったやつはキラウェアの火口に捨てられる方がちょっとましって思うほどの目に遭うだろうな」


 戦々恐々とする、誰も帰ろうとしない教室の後ろ。


 今日の試験、二限目と三限目の間。

 突如生まれた風物詩。


 これでもかと短冊を括りつけられた笹竹が。

 わっさわさと、枝を揺らしているせいで。


「儲かる~」

「短冊売るな」


 始まったのは勉強会じゃなく。

 神頼み大会となったのだ。



 ……ちなみに、この笹。

 誰に聞いても分からないんだが。


「誰がどこから持ってきたんだ?」


 そんな俺のつぶやきに。


「謎?」


 いそいそとハンチングを取り出しながら。

 俺の様子を窺うこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「こっち来るな、勉強してろ。じゃないと、エンジェルフォールで滝登りさせられることになるぞ」


 テストは半分終わったが。

 まだあと二日残ってる。


 しかも明日は。

 たった五十分で地獄への片道切符を手に入れることができるスペシャルチャンスがある。


 気を抜いてる場合じゃない。


「……ねえ、謎?」

「無い無い。誰がこいつを持ってきたのか探してるだけだ」

「ご馳走様ですっ!!!」

「こらやめんか!!」


 推理でも何でもねえのに。

 この食いつきよう。


 もう、探偵じゃなくて。

 ただのもめごと大好きおばさんだ。


「なんだなんだ?」

「また舞浜所長の名推理か?」

「今度はどんな事件なんだ?」


 それでも、秋乃がちょっと騒いだだけで。

 クラスの皆が寄って来る。


 なんでそうなんだよお前ら。

 こいつが調子に乗っちまうだろやめねえか。


 そんな俺の気持ちも柳に風。

 所長は鞄からパイプを取り出しておもむろに口に咥え。


 みんなの前を右に左にゆっくり往復しながら。

 シャボン玉を吹き続ける。


 そしてぴたりと足を止めると。

 居並ぶ全員を指で舐め。


「犯人は…………、この中にいる!」

「ああ、はいはい。溜めはいいから犯人教えろ。誰が持ってきたんだ?」

「何を?」

「…………は?」

「何を持ってきた犯人を捜してるのか、聞いてない……」

「うはははははははははははは!!!」


 まあ、確かに犯人はこの中にいるわけだから。

 間違ってはいないんだが。


「誰か一人を当てんでどうする!」

「じゃあ、当てるから、何を持って来たのか教えて……」

「この笹だよ」

「…………へ? これ持って来た人?」


 おいこら。

 なんで目をバタフライさせる。


 べつに、お前が持って来たんなら。

 それで何も問題は…………。



 いや?



「ちょっと待て。お前、これ、どこからもって来たんだ?」

「あた、あたしじゃない、はず、よ?」

「普通、名探偵は犯罪も上手いはずなんだがな」


 バレてねえとでも思ってんのか?

 今この瞬間、クラスで分かってないやつなんかいやしねえ。


 せーので言ってもらおうか、犯人はこの中にいるって。

 

 そんな、おかしな空気になった教室に。

 いつものだみ声が飛び込んで来る。


「こら! 舞浜! 一年の教室から笹を盗み出すとは。それでも先輩か!」

「ひう!」

「代わりに保坂が立っていろ! まったく、ろくなことをせん奴だ……」


 そして、みんなの願い事を書いた笹が。

 先生の手によって運び出されると。


 全員のジト目を浴びながら。

 秋乃は、ハンチングを被り直して……。


「犯人は、先生!」

「うはははははははははははは!!!」


 下らないオチと共に。

 額から盛大な音を立てて。


 茶番の幕を閉じたのだった。





「酷い、立哉君……。おでこ、痛い……」

「デコピン食らって当然のことしやがったんだ。グダグダ言わずに勉強しろ」


 ようやく目を覚ましたみんなが。

 黙って机に向かう中。


 最後までぐずっていた秋乃が。

 一枚の短冊を俺に差し出してきた。


「あ、あたしの代わりに立たされたお詫び……」

「詫びはいいから勉強しろって。いつも俺に罪を擦り付ける大罪人はあいつなんだから」


 ここまで言えば勉強を始めるだろう。

 そう思っていたんだが、秋乃はじっと俺を見つめたまま。


 なんだよ。

 この短冊に、なにか深い意味でもあるのか?


 俺は、半信半疑で短冊を見つめると…………。



「うん、さすが所長。よく確保したな」

「あとは、助手くんに全部任せる……、ね?」



 そこに書かれていた願い事が。

 全ての点を繋ぎ合わせる。



 この事件は。

 つまり……。




 赤い糸、結ばれますように

          五十嵐芽衣




 俺は、委員長とお互いに問題を出し合うミステリアスな後ろ姿を見つめながら。


 長きに亘る物語の幕を。

 どう下ろしたものか、それだけを。



 ずっと考え続けた。


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