ピアノの日
~ 七月六日(火) ピアノの日 ~
※
ぐちゃぐちゃに入り乱れて大混乱
「バロック音楽の重要な作曲家の一人で、音楽の父と呼ばれる作曲家は?」
「ヘモグロビン」
「墾田永年私財法」
「
「目も当てられんな……」
昨日の試験が。
散々だったらしい軍団員。
その理由に何となく気づいた俺は。
諸悪の根源を縛って転がした後。
こうして確認しているんだが。
「
「ダームスタチウム」
「
「高地地中海性気候」
「ほんとに全部DSでどうする」
なんでぐちゃぐちゃに覚えちまったのか。
その理由を説明するのは。
ちょっとだけめんどくさい。
めんどくさいから。
最近の流行りに乗って。
推理してくれると助かる。
「だから言ったんだ。単語帳の使い方、違うって」
「だってパラガスが……」
「だって
「左右に同じ……」
単語帳なんて。
テスト本番までテストし続けるようなもの。
だったら。
ビジュアルで丸暗記した方が効率がいい。
そんな悪魔のささやきを真に受けて。
単語帳を見開きにして。
右に単語、左に意味というセットを書いた舞浜軍団の底辺四人。
「ひょっほっほ~! みんな揃って地獄に落ちようぜ~?」
「それでてめえは毎日ゲームばっかやってたのか!」
「一人で地獄に落ちるがいいのよん!」
「ガ、ガムテープ、口にも貼っとく?」
「やめて~!!! 舞浜ちゃん、よく見て~? もう鼻にもガムテ……、むぐぐぐぐ」
昔から。
パラガスに対してはホント容赦のないこいつ。
地上に顕現した悪の結晶体は葬られたわけなんだが。
数十分後に始まる今日のテスト。
若干二名は絶望的。
「どどど、どうすればいいのよ、団長!」
「いい手はねえのか、団長!」
「いますぐ秋乃に団長の座を譲ってくれたらいいアイデアひねり出してやる」
……秋乃は。
単語帳二割。
俺からの直接レッスン八割という勉強時間。
単語帳からの記憶を完全に無視すれば。
赤点はなんとか回避できそうなんだが。
甲斐ときけ子は。
どうしたもんか。
「くそっ! なんで出来上がった単語帳貸せって言われた時に気が付かなかったんだ!?」
「ピザおごってくれるなんて、怪しいって思わなかったあたしのバカ……っ!」
こいつら。
勉強しないってだけで、そこまでバカじゃないはず。
運も勘もいいし。
一つだけアドバイスできるかも。
「よし、良い手を思い付いた」
「すぐ教えろ!」
「いま教えろ!」
「山ほど単語は記憶したろ? その中から答えを探し出せばいい」
こらこら。
途端に眉根寄せるんじゃねえよ。
結構いい手だと思うぜ?
「信用してねえようだな。じゃあ、テストだ。文政六年七月六日、シーボルトの手により初めて日本に持ち込まれた楽器は?」
「楽器なんていくつあると思ってんの? ヒント貰わなきゃ分かるわけ無いのよん!」
「まったくだ。前後の文脈も無しにどう答えろってんだ?」
ヒント。
文脈。
あるわけねえだろ。
腹立たしいが。
記憶したことは無駄じゃなかったと自信を付けさせねえと始まらねえ。
「じゃあ、ヒント。白と黒と言ったら……」
「オセロなのよん!」
「単語帳にねえだろそんな言葉」
「分かった。パンダだ」
「楽器って言ってんだろ」
「あたしは完璧に分かる……」
「ああ、昨日直接教えてやったからな」
「スタンダール」
「うはははははははははははは!!!」
赤なっとる半分!!
だめだ、もうこりゃ無理かもしれん!
「やれやれ、早朝集合しといてよかったな。俺の単語帳貸してやるから、試験始まるまであがけおまえらは」
「くそう! パラガスめ!」
「くそう! 拳斗め!」
「早く来たから、飲み物忘れた……」
おいおい。
なに余裕ぶってんだよスタンダール。
でも、飲み物無しじゃちょっと辛いか。
「しょうがねえな、買ってきてやるよ。レモンティーでいいか?」
「うん……。冷たい方……、ね?」
「財布探してんじゃねえよ。金も後でいいから、お前もあがけ」
「了解……」
テスト当日ともなると。
早めに登校してくる連中がそれなりに見受けられて。
そんな連中の苦笑いに見送られながら。
俺は廊下から一階へと向かった。
えっと、購買行くより体育館前の自販機の方が近いよな。
すれ違う連中、誰もが携帯やら単語帳やらとにらめっこしてるから。
ぶつからないように注意して。
昇降口の前を抜けて、ようやく廊下が貸し切りになったところで早足に。
そして体育館への連絡通路へ飛び出すと。
なんで俺は。
最後まで気を張って歩かなかったのかと。
後悔することになった。
――勢いよく開け放った鉄扉の先に見えたもの。
それは、自販機の前で。
慌てて俺に振り返った乙女くんの驚き顔。
そして。
「…………自動販売機の下に、小銭が入ってしまったんだけど。諦めることにするわ」
ウソをついたメイジは。
明らかに、乙女くんへ向けて土下座していた。
「あ……、そうなんだ。俺が拾おうか?」
「いいえ。……じゃあ、行こうかしら」
「飲み物、買わないの?」
「ええ」
いつもより硬い表情を浮かべたメイジが。
半ば強引に、乙女くんの腕をひいて校舎へと姿を消す。
俺は、疑念を確実なものとするために。
時間を置いてから自動販売機の下を覗き込んでみたが。
「やっぱり、ねえよな」
パフェの店で話してたし。
メイジは、小銭持ち歩かないって。
「だったら…………、どういうことだ?」
メイジがあんな重たい謝罪をする理由。
説明を何もしてくれなかった乙女くん。
二人の隠し事とは。
いったい…………。
「パンツを覗くつもりなのだろう?」
「なに言ってんだ、バカなのか? どうしてそんな頭の悪い発想に行きつごきげんよう」
今だけは清楚なお嬢様。
完璧な挨拶と共に、怯える女子二人を背に隠した先生に朝の挨拶をしながら逃げようとした俺の足が宙に浮く。
「くるし……! 腕一本で持ち上げ……!」
「五十嵐から、貴様が小銭を探すふりをしていかがわしいことをしていると聞いてな。まさかと思って来てみたら……」
「あいつ! さすがマーダーミステリの名マスター!」
なんという知能!
ちょっと間に合わなかったとは言え。
俺の小銭探しを止める手を打ってくるなんて……!
「貴様には、長野への苛めについての密告もある」
「そんなことしてねえよ!」
「まあ、そうだな。さすがにそっちは疑っていないのだが、念のためこのまま教室を確認しに行こう」
「げ」
……こうして俺は。
生徒指導室で、おもりを背負わされたまま。
足つぼマットに正座というスタイルで試験を受けることになったわけだ。
「いででででで! まったく集中できん!」
「重みを感じないのだろう? やましいことが無ければ」
「ほいほいもって来るんじゃねえよ、お稲荷さん!!!」
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