第2話 夫婦はいい気がするけどもう一声

「夫婦、とか?」

「!?」


 和樹に言われて、瞬間、何かが噛み合った。

 そう。恋人は納得行かなかった。

 でも、今更相棒というのも、子どもに戻ったようで違う。


「ふうふ……いいよね……」


 現実に結婚しているかどうかは問題じゃない。

 夫婦的な関係というのが、色々いい気がしてしまった。


「桃、にやけてるぞ」


 笑いながら、頬をつんつんと突かれる。


「和樹もだよ」


 夫婦、なんとも甘美な響き。

 でも……


「皆に言っても、きっと相手にしてもらえないよね」


 その問題があったのだ。


「夫婦的な関係と言っても、寝言言ってんなーが関の山だろうな」

「夫婦はいいんだけど、もう一声かー」


 傍から見ると、きっと、何馬鹿なことを話し合っているんだと言われそうだ。

 しかし、ふつーの恋人、とは違う、ユニークな関係名が欲しい。

 この思考回路は、いわゆる中二病という奴かもしれない。


「愛妾さんとか」

「浮気してるの!?」


 わざとらしく大げさなリアクションをしてみる。


「じゃあ、二号さん?」

「なんで、さっきから、浮気前提の関係性!?」


 和樹のネタ振りはどうかと思う。


「内縁の妻」

「一生、私、結婚出来ないの?」


 でも、そういうのも少しいいかも。


「ソウルフレンド」

「嬉しいけど、何か違う……」


 いけない、いけない。完全に大喜利になってる。

 延々と脱線して、数時間話すのがパターン。


「と、漫才はおいといて……ん?」


 手をぱちんと叩いて、和樹は何やらひらめいた様子。

 わくわくとしながら、次の言葉を待つ。


「相方、はどうだ?いいと思うんだけど」


 相方。恋人や夫婦のことをそう称することがあるらしい。

 元々は、漫才の相方から派生したとかしてないとか。

 相方という言葉の響きは、何か私達にとってもあっている。


「うん。すごくいい!相方!それに決定!」

「自分で言っといてなんだが、いいのか?」


 念の為、とでも言うように確認してくるけど、わかってる癖に。


「だって、私たちは、やっぱりコンビだと思うし。足りなかったのはそれだよ!」

「相棒だと男女関係含なさそうだし、ちょうどいいか」

「ノリが悪いんだけどー」


 でも、付き合いは長い。照れているのは仕草を見ればわかる。


「でも、相方です、なんて言って皆どういう反応するかな?」

「ツッコミの嵐なことは予想がつくけどな」


 でも、そんなちょっと馬鹿らしい関係こそが私達にきっとぴったりだ。

 元々は、相棒ごっこ、なんて馬鹿げた遊びから始まった関係なのだから。


「よし!じゃあ、コンビ名決めようぜ」

「さんせーい!」


 というわけで、放課後、和樹の家に集まって、コンビ名を決める流れに。


「とりあえず、ひねりのないところから。カズ&モモ」


 本当にひねりがない。


「10点」

「ひねりがないのは認めるけど、辛すぎないか?」

「こう、わびさびが足りないんだよ!」

「わびさびって何だよ。言いたいことはわかるけどな」

「そうそう。直接表現は情緒がないと思うの」


 と言いつつ、良いコンビ名を考えてみる。


「あかつき、ってどうかな?」

「ん?ひょっとして、桃に関連する何かか?」

「そうそう。日本の桃の品種名」


 和樹の和、と桃を合わせての名前ということで思いついた。

 以前、果物の通販サイトを見ていた時に見つけた品種名だ。


「あかつきってなんかいいな。漢字であかつきとも書けそうだし」

「漢字にしちゃうと堅いよー」

「それもそっか。じゃあ、第一候補、あかつきで」


 というわけで、他の候補も考えてみる流れに。


「じゃあ、和樹と愉快な仲間たち、とか?」

「それ、コンビ名じゃなくて、ユニット名だよー」

「まあ、それもそうか」


 とどうでもいいアイデアをどんどん出し合っていく。


「うーん、これ以上はネタ切れか」

「そうだねー。もうちょっと、何か、何か……」


 お馬鹿なこと程、真剣に。

 それは、私達の昔からのポリシー。


「なあ、そもそもコンビ名要るか?」


 無粋なのはわかってるけど、と言いたげな表情。


「なんか、照れくさいじゃん!」

「おまえの気持ちはわかるけどな」


 と言いつつ、髪を優しく撫でてくれる。

 中二の頃だったか。


◆◆◆◆


「和樹。ちょっと迷ってることがあるんだけど」


 お互いにキスするような関係になってから、少しした頃。

 私は、少し、いや、かなり色々考えるようになっていた。

 もっと和樹に見てもらえるにはどうすればいいかとか。

 かわいいと言ってもらうにはどうすればいいかとか。


 想いを告げあったからといって、そこに妥協はしたくなかった。


「言ってみ」

「髪、伸ばしたままと、思い切ってショートにするのと、どっちがいい?」


 この質問をするのはかなり恥ずかしかった。

 だって、あなたの好みの髪型で居たいです、とか、意識し過ぎだし。


「んー。今のままもいいけど、思い切って、ショートにしたのが見たいな」

 

 ニカっと笑って即答してくれたのは、とてもうれしくて。

 だって、好みの髪型を言ってくれるなんて。


「じゃあ、今度、美容院行って、切ってくるね!」


 なんだか、心の中が暖かくて、ルンルン気分になったのだった。


◇◇◇◇


 その後、美容院で、和樹からのリクエストを踏まえて、

 ショートにしてもらって、髪も伸びそうになる度に、切っている。

 やっぱり、和樹の好みの容姿で居たいし。


「和樹と桃」


 気がついたら、口に出していた。


「さっき、カズ&モモがひねりないって言ってた癖に」

「考え直してみたら、ひねるのはかえって、中二ぽくて恥ずかしいかなって」

「俺らの思考が既に中二っぽいしいまさらだろ」

「そーだねー。きっと、私達は永遠の中二なのかもしれない」


 だって、こんなふざけたやり取りがたまらなく好きなのだから。

 大人になっても、こんな関係で居たい。


「ま、いっか。コンビ名「和樹と桃」で」

「うん。芸風はどうしよっか?」


 せっかく、コンビを結成したのだ。

 お互いの役割分担は考えておきたい。


「桃は、ツッコミが合ってるな」

「そうかな。ボケの方があってると思うんだけど」

「今朝の毒舌ツッコミを思い出すとな」

「う……」


 まあ、あれはもちろん冗談だったけど。


「和樹もツッコミは普通にできるよね?ボケ側に回ることが多いだけで」

「必要に応じて、どっちもだな。個人的には、ボケやる方が楽だけど」

 

 なんて、さらにどうでもいいお話を延々と続ける私達。

 

「でも、なんだかんだで皆、いい友達だよね」

「そだな。生暖かく見守ってくれてるだけで恩の字だ」


 めんどくさいと言いつつ、本心では私達も嫌じゃないのだ。

 

「ま、明日が楽しみだ」

「ふふ。私もそれはおんなじ」


 ふと、話し終えて少しの疲れを感じたので、ぎゅっとする。


「あー、カズちゃん成分が充填されてくー」


 ハグにはとても癒やし効果があると断言したい。


「桃も仕方ない奴だな」

「カズちゃんは癒やされていないと?」


 照れてるだけなのはわかってるんだけど。


「わかって言ってるだろ」

「相方としては、たまには正直に言ってほしいのですよ」


 照れくさくて言いづらいのもわかるけど、たまには。


「あー、はいはい。癒やされてますよ。癒やされてます」

「む。投げやりだよ!Try again!」

「勘弁してくれ……桃とこうしてて、凄く癒やされてる」


 やった。小さな声でボソボソと言う様は最高にキュンと来る。


「普段からもっと言ってくれていいんだよ?」

「わかってるだろ。たまにだからいいんだよ」

「そだね。じゃあ、これからもたまにね?」


 こういうやり取りをするたびに、やっぱり好きだな、と思う。

 本当に、いつから、こんなに好きになっちゃったんだろう。

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