第14話小津安二郎
きりきりきり。
僕と仁は今映画館にいる。そこで小津安二郎の映画を今見ている。『東京物語』は終わって昼食を取ったあと、今は『晩春』を見るところだ。
きりきりきり。
その『晩春』が始まる。二人して何も食べ物とか持たずただただ、画面を見ていた。
「うーん!よかった!」
2本立て続けて映画を見た感想がそれだった。
それに仁も頷く(うなずく)。
「ああ、よかったな」
今の時刻は5時。俺は仁と目を合わせて行った。
「どっか喫茶店でも入ろうか?」
「それがいい。どこかいい場所はあるか?」
「うーん」
俺は少し思案した後言った。
「是枝の働いている喫茶店に行かないか?」
「ああ、あそこね。ちょっとおしゃれなところの」
「そう、そこ」
それで二人でその喫茶店に入って行った。
「いらっしゃいませー」
扉を開けると、ウェイトレス、是枝はこれ以上ないパーフェクトの営業スマイルで出迎えてくれた。喫茶店も木造の腰掛けに椅子とテーブル、暖色色の照明、オレンジ色のカバー、観葉植物が建物の隅に2個ほどおかれている、とても雰囲気のある喫茶店だった。
「お客様2名ですか?」
「普通、そうだと思うけど?」
それに是枝は菜の花のような笑顔を見せた。
「ごめん。これはマニュアルなの、マニュアル。どんな顔馴染みでも聞いておかなきゃ。それに二人は今喧嘩中で店内に入ってきたかもしれないでしょ?」
「喧嘩中に二人して同じ店の中にはいらないと思うが・・・・」
「ま、2名様でいいよね。どうぞ、テーブルに移動いたします」
そう言うと軽やかなステップで僕らをテーブルに移動させた。僕らはそこに座る。
「ご注文はお決まりですか?」
「俺はホットコーヒーを」
これは仁。
「俺も同じものを」
「はい!ホット二つ!」
ポニーテールの髪型が揺れて(ゆれて)去って行った。
「さて」
俺は仁に向き直る。
「映画どうだった?」
「小津安二郎の映画を全て見たわけではないが」
「うん」
「『東京物語』、『晩春』は非常にキリスト教的な考え方がバックグラウンドにあると思う。日本風と言うよりも、ヨーロッパ風だ。その欧米風のストーリーを、日本流の演出をしていると言うのが二つの映画を見た感想だ」
「そうか」
俺は一呼吸して言った。
「実は、俺も同じ考えを持っていたんだ。もちろん、2つだけで、小津安二郎の全てを語えるわけではないが、この二つのテーマは無私の愛がテーマだったと思う」
「そうだな。それでいて、日本的な贈与(ぞうよ)の風習(ふうしゅう)を暗(あん)に批判していると思うんだ。その日本的なものの象徴(しょうちょう)の役をやったのが原節子だと思う」
「全く、同感だ。それで、オズが批判したかった役、つまり原節子のやっていた役はストーリー上悪役だったわけだが、その原節子が昭和の日本で大女優と囁かれて(ささやかれて)いるのはやはり、本当に原節子が日本的なものを演じきったわけだよな。
しかも、それが本来の小津安二郎の伝えたかったメッセージとは全く正反対になってしまったわけだが、なんか、それもとても皮肉だな」
「確かに。小津安二郎の伝えたかったメッセージはただ、家族として生活していることは真の家族ではない。
家族に見返りを求めない愛を与えてこそ、本当の家族になることができるのだ、と言うメッセージだと思うが、なかなか当時も今もそのメッセージは理解されているとは言い難いな」
「その通りだな」
「ホットコーヒーお待たせしました」
是枝がコーヒーを持ってきた。
「お、ありがとう。ウェイトレスさん」
「もう、何、他人行儀なのよ」
それで三人して笑う。
「それで世界のオズの話題をしてたわけ?」
「そう言うこと。見て損はないよ」
それに是枝は渋い表情をする。
「でも、お金がねー」
『あ〜』
「まあ、レンタルショップで見かけたら借りてみるわ」
「うん。それがいい」
しばらく、コーヒーを俺たちは黙念(もくねん)と飲む。そこまでおしゃべりじゃないんだ俺たちは。
「なあ、これからどうする?」
「悪い」
いきなり仁が頭を下げた。
「な、何?」
「夕食は夕菜の実家で食べることになっているんだ」
「へー。親、公認なの?」
ちくりと胸が痛んだ。
「ああ、外食はお金の問題でできないと言ったら、夕菜がうちにおいでよ、と誘ってくれたんだ」
「へー」
コーヒーを一口飲む。
「いい彼女さんだね」
「いやー、俺にはもったいないやつだよ」
「いや、仁も十分彼女に見合う人だと思うけど?」
「そう言ってくれると助かる」
それから二人して他愛(たあい)のないことを言って別れた。
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