第10話妹のカレー
「お先失礼します」
『お疲れでしたー』
そう言って男たちは頭を下げた。
ここはバイト先のラーメン店、今は午後7時。シフトを切り上げた俺は更衣室で制服を脱ぎ始めた。
「彼女ができる、と言われてもな」
そして、自分の服装に着替えた俺は次のシフトを確認して、スマホでメモを入れ、店内から出ていく。
「男だらけの職場で、そんなに彼女ができるわけじゃあないだろ・・・・」
現実は厳しかった。俺に好意を寄せてくれる異性と言えば・・・・・
「美亜ぐらいしか親しくないしな」
まして、美亜は妹であり、そう言うのとはもっとも縁遠いところにいる女性だった。
そして、自転車に乗って15分で自宅のアパートについた。
アパートの自分の家の扉を開ける。
「ただいまー」
「お帰りなさい!お兄ちゃん」
靴を脱いで揃える(そろえる)。一つ乱れた靴もあったがそれも揃えておいた。
「母さんは?」
「今日は遅くなるって」
そして、すぐにいい匂いに気づいた。
「今晩は。カレーか」
それに美亜はパタパタと手を振った。
「うん。カレーよ!いいでしょう!?妹のカレーなんてプレミアもんよ!お兄ちゃんは美少女の妹の手作りカレー食べれるなんてさ、世界一の幸せもんだよね!?」
「あと、鍋とシチューと豚生姜焼きしか作れないけどな」
それに美亜がこっちにきてペチペチ叩いた。
「コノヤロ!余計な情報は言わなくていい!」
「はは、他人には言わないよ」
美亜はむすっとした表情を見せて俺に背中を見せた。
「当然です!人として妹のことを言いふらさないのは当然のことよ」
そうは言いつつ、チラ、チラッと横目でこちらを見ていた。
俺は美亜の頭を撫でた。
「な!?お兄ちゃん!」
「美亜の料理楽しみだな」
それに美亜はくるりと振り返る歯並びの良い歯を見せた。
「とうーぜん!めっちゃおいしいから感涙(かんるい)に咽び(むせび)ながら食べるといいわ!」
「はは、期待しておく」
ぴー。
その時、俺のスマホにメールが来た。見るとお母さんからで、お父さん共々遅くなるから、二人で食べてくれるといい、とのことだった。
「お兄ちゃんだれ?彼女さん?」
美亜は好奇心旺盛(おうせい)な目で聞いてくる。
「ばか、そんなんじゃないよ。お母さんからだよ。今日は遅くなるから二人で早くに食べてくれていい、とさ」
美亜は戯けた(おどけた)口調でいう。
「わかってますよ〜」
それに俺は肩を竦める(すくめる)。
「そうじゃないかと思った」
ふたり合図し合うことなくクスクス笑った。
「じゃ、着替えてくるわ」
「うん。私も温め直しておくね」
それで夕食。俺の前には美亜が作ったカレーが置かれていた。
「いただきます」
「はい、どうそ」
まずは一口。
「ん!」
美亜は猫の目で聞いてくる。
「どう?どう?」
「これは・・・・・・・・」
「うんうん」
「あえてジャガイモをとろけさせることでカレーにまろやかさが生まれる高等テクニック!お前、いつの間にこんなに料理が上手になったんだ?」
それに美亜は顔を真っ赤にして俯いた(うつむいた)。
「・・・・・もしかして、美亜・・・・・」
美亜はガバッと立ち上がって言った。
「そう、これは高等テクニックなんだから、決して誤ってジャガイモをとろけさせたんじゃないよ!」
それに俺は反応が遅れて首を縦にふった。
「そ、そうだよな。そんな初心者みたいなこと美亜がするはずないもんな?」
美亜は上ずった声で言った。
「そ、そう!だから早く食べて」
それから一口二口食べる。
「へーにんじんを短冊切りにするとは斬新だな。まあ、でもそこまで悪くはないか。他の家庭でも短冊切りにしている人がいると思うし」
「それ、みじん切りにするつもりでやった」
寒風(かんぷう)が我が家を通り抜ける。
どこから突っ込めばいいのか
こめかみを指で押さえて呻く(うめく)と、美亜が慌てたように言った。
「え!?え!?カレーにみじん切りはいけなかったの!?」
「いやね」
呆れ(あきれ)気味に僕は教えた。
「みじん切りは普通チャーハンとかにするものであって、カレーの場合はこのような短冊切りや半月切りがスタンダートなの。それにこれみじん切りになっていないし!」
それに美亜はしょんぼりした。
「いや、気にすることないよ。半月切りのやり方教えてあげるから、そんなにしょんぼりしなくていいよ」
「うん。教えて」
「ああ、またな」
俺は一拍置いてからいった。
「まあでも」
「ん?」
「カレーは美味しいよ」
それに美亜の瞳がパーッと輝く。
「本当!」
「本当、本当。嫁にいつ出しても恥ずかしくはない、と言うのは言い過ぎだけど、家事ができる旦那さんだったら別に美亜の家事能力だったらいいと思う」
「やったー!嬉しい(うれしい)なー」
そんなホクホク顔の美亜の笑顔を見ながら俺はカレーを食べていった。
ガチャリ。
その時扉が開いてお母さんが入ってきた。
『おかえり』
「ただいま」
俺たちの挨拶にお母さんも挨拶して手洗いをしてくる。
「お母さん!待っていて!今、カレーの用意するから!」
「ああ、ありがとう」
そして、お母さんが座布団に座った時に美亜はお母さんにカレーを用意した。
「はい。召し上がれ」
「どうも、ありがとう」
そして、それを口にするお母さん。そして、その時美亜はハッと何かに気づいた。
「あ!いけない!『爆発組』がやっている!見なきゃ!」
急いでテレビのチャンネルを変える美亜。それに俺は渋い(しぶい)表情をする。
「また、あの低俗な番組か?」
それに美亜はむすっとした表情をする。
「何が、低俗な番組、よ!面白いんだから!」
「あの笑いのセンスについていけれない。人を馬鹿にしたようなツッコミばかりして何が面白いんだ?」
また、美亜はむすっとした表情をした。
「じゃあ俺は部屋でカレーを食べるわ。テレビ見たくないし」
「ちょ!やめてよ!部屋にカレーの匂いがつくじゃない!」
それに俺はかなりムッとしたが、抑えて(おさえて)言った。
「じゃあ、部屋に行って勉強でもしている。テレビが終わったら言ってきて。食べるから」
そう言うと俺は立ち上がりリビングを出て行った。
慶次はリビングから出て行った。後に残された美亜が面白くなさそうにテレビを見ている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
美亜の横顔は見るまでもなく不満タラタラだ。その、美亜に話しかける。
「美亜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そう、怒ってはいけないよ」
「・・・・・・でも・・・・・」
美亜は唇を尖らせた(とがらせた)。
「私、お兄ちゃんと一緒に食事したかったのに・・・・・・・・・・・」
「美亜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どんな好きな人にだってね、分かり合えないことがあるの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あなたはそれを理解しないとダメよ」
「・・・・・・・・・・・でも・・・・・・・・」
美亜は画面を見たままだ。
「なんで、こんな面白いものがわからないのかな?」
私は座布団から立って美亜を抱きしめた。
「お母さん?」
「世の中そう言うものですよ。あなたは何も悪くないわ。慶次だって悪くない。でも悪くない同士だって理解できるとは限らないの」
「・・・・・・・うん・・・・・」
美亜は少しわからなさげにうなずいた。
この子はまだ高一。こう言うことはわからないよね。
私は美亜の正面に行き、目を見て言った。
「でも、これだけは気を付けて欲しいんだけど、お兄ちゃんを嫌いにならないで。彼だって悪意があって言っているわけじゃないんだから」
「・・・・・・・・うん」
美亜は、小さくうなずいた。
どうかこの兄妹が仲良くなりますように。
私は無神論者だが、そう願わずにはいられなかった。
化学の勉強をしていると、部屋から美亜がこっそり顔を出した。
「お兄ちゃん、テレビ終わったよ」
「わかった」
部屋を出ようとする際に美亜に話しかける。
「なあ」
「ん?」
美亜はどんぐりの表情をしていた。
「悪かったよ。出て行ったりして」
そうしたら美亜はニパーっと笑った。
「気にしない、気にしない。そうだ!悪いと思うんだったら今度の日曜日付き合ってよ!それで帳消し(ちょうけし)にしてあげる」
そう小動物の笑顔で美亜は言った。俺も頷く(うなずく)。
「いいよ」
「やったー!お兄ちゃんとお買い物だー!」
「何か買うものあるのか?」
それに美亜は少し黙り込む。
「うーん。特にないかな?とりあえず見るだけ」
俺は美亜の頭を撫でた。
「わかったよ。見て回ろう」
「うん!」
それから食事を済ませた俺は風呂に入った。もうすでに美亜はお風呂に行って、食器の洗い物は遅く帰ってきたお父さんがしてくれた。お母さんは洗濯物を畳んで(たたんで)、俺はゆっくり寛ぎ(くつろぎ)ながら風呂に入り、そして出て、子供部屋に向かった。そして・・・・・・・
・・・・・・・ちゃん
・・・・・・・・・・・
「お兄ちゃん!」
それで俺はハタと目を覚ました
「ああ、ごめん、ちょっと寝落ちしていた」
「もう、ちゃんと私が勝ったのに寝ているなんてずるいよ」
ふとスマホの画面を見る。そこには You loseと書かれてあった。
「負けたな、ふぁぁあーあっ」
思わずあくびが出る。美亜が心配そうに覗き込む。
「大丈夫?もう寝る?」
「ああ、寝よう。美亜は寝てもいいのか?」
何せ部屋は共同で使っているのだから、俺は美亜に明かりを消していいか聞いた。
「うん。まだ眠たくはないけど、お兄ちゃんが明かり消したいののなら寝るよ」
「お前、いいやつだな」
そして、布団に潜る。
「済まないが明かりを消してくれ」
「うん」
ぱち。
照明が切れて辺りが真っ暗になった。
俺はうつらうつらしながらこれだけは言いたかった。
「美亜」
「何?」
「ありがとう。お前が妹でよかったよ」
見たわけでもないのに、美亜が歯並びの良い歯を見せて笑っている情景を心の中で思い描けた。
「こちらこそ、お兄ちゃん」
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