第7話美亜仕事帰り

 ガチャリ。

「ただいまーっ、と」


 そうは言っても誰も帰っていないことは明白だった。両親はバイト。美亜も今日はバイト。がらんとした部屋だけが俺を迎えてくれる。


「さて」

 俺はさっさと着替える。今は6時。あれから帰り道にスーパーに行って夕食の食材を買ってきた。この藤木家の決まりとして料理するものが食材を買ってくると言う暗黙の了解(あんもくのりょうかい)があった。


「チャチャっとやりますか」

 今日のメニューはバンバンジーと麻婆豆腐。麻婆豆腐は後にして、まず、中鍋に水を入れ鶏肉のささみを入れる。そして、きゅうり、トマトを切る。


 ささみが火を通ったら半径上の調理器具にささみを入れ、水に浸す(みずにひたす)。そして、ささみを取り除いた中鍋にもやしをいれる。


 それでキュウリとトマトを四人分の皿に均等に分け、ささみが熱を冷ました(さました)ことを確認しつつ(とは言っても表面と内面ではだいぶ暑さが違うので注意しなければならなかった)そして、皿に均等に分け、加熱してすぐとまらせた、モヤシをその上に乗っける。


 ガチャリ。

「おかえり」


「うー、ただいまー」

 くたくたになった美亜が帰ってくる。珍しい光景だった。いつもファミレスのバイトを楽しそうにやっている美亜がこんなにもくたくたなのは珍しい。


「どうした?何かあったか?」

 グデーとなっている美亜を見て、とりあえずセクハラとか受けた様子はない、と俺は判断した。

 美亜はバガっと起きた。


「お兄ちゃーん!聞いてよー!」

「うん、聞くから。座布団を用意するよ」

 うちの家にリビングにソファーやテーブルなどと言うものは存在しない。


 あるのは座布団と四人分に囲める巨大なちゃぶ台のみ。そして、悲しいかな。夜になると、ここは両親の寝床になるのだ。


 俺たちの部屋は異性同士だが、もう一つ空いた部屋が俺たちの部屋だ。当然お互いの着替えをしなければならないわけだが、その時は違い言葉を発することもなくどちらが出ていく。だが、家庭の事情もあり、そこに対しては俺も美亜も文句は言わなかった。


 その座布団とちゃぶ台を置いて、美亜はちゃぶ台を叩いて行った。

「私が一つ注文を間違えただけなのに、あのクソジジイ、私に対して説教したんだよ。いや長さはそんなにもなかったんだけどね、ネチネチネチ、言い方が陰湿(いんしつ)だと言うのあの腐れ根暗(ドン!)ほんとにムカつくー」

「そう言う人いるよね」

 それに美亜は大きく高速に頭をふった。


「ほんとそー。ちょっと間違えただけじゃない!いや、私が悪いと言うのはわかっているんだけどね。言い方がね。とにかくとても陰湿で過去のことを遡って(さかのぼって)ネチネチネチネチ説教し始めやがって。お前は女かっつーの!」


「女の子の方が明るい人多いよね」


「そうよね!そうよね!やっぱり女性の方がしっかりしていると思うよね!それが、なんか東大出か知らないけど、ネチネチネチネチ、陰湿でとても手に終えたものじゃないわ!」


 本来の美亜はそんなに仕事上の愚痴(ぐち)は言わない。本人は疲れているけれど、楽しそうだった。


 それがこんなんになるのは、よほど日々の鬱憤(うっぷん)がたまっているのだろう。多分、こう言うのは、女性の同僚に言っているんだろうと思うが、察する(さっする)に今日は仲の良い人がいなかったんだと思う。


 こう言う日はたまにある。だから、俺は美亜の最終兵器のアレを出した。


「ほら、美亜」

 美亜はけだるげにこっちの方を見る。だが、すぐに目を輝かせた。


「コーラ!」

「これ、飲んで、元気出せ」

「うん!」

 そう言って美亜はコーラをちびちび飲み始める。


「うわー、ほんっと!生き返るわ、これ」

 美亜の素直さは、率直(そっちょく)に言って、一緒にいると楽しくなる。こんなにキビキビ動ける妹がいて本当に良かった心の底から思える。


「あれするか。『バトルフィールド』」

 それに美亜はふくろうの表情をした。

「いや、私はいいんだけどさ、お兄ちゃんは料理、大丈夫なの?」

 美亜はこう言うことは異常に嗅覚(きゅうかく)が効いていて、ちゃんと心配りができる子なのだ。


「いいの、いいの。あとは麻婆豆腐だけだから、それはすぐにできるし。一戦やろうよ。憂さ晴らし(うさばらし)にちょうどいいだろう?」

 それに美亜はうなずいた。


「わかった、やろう。言っておくけど、手加減はしないから」 

「よし、そうしよう」

 俺はちょっと編成を変え、美亜と勝負した。


「ありゃ?」

 美亜が声を上げる。

「今回はオーバーロードはいないね」


「まあ、ちょっとした実験さ」

 そうは言いつつ、本当は美亜に対して手加減したのだが、対する美亜は・・・・


「ふーん」

 神妙(しんみょう)な顔で頷いていた。

 そして、対戦が始まり、勝負はついた。


「へへーん」

「負けました」

 俺の予想通りに俺の負けだった。


「じゃあ、俺は夕食に・・・・・・」

「もう一戦!」

 戻るわ、と言うのを遮って美亜は言葉を被せた。


「・・・・・・・・わかった、やろう」

「やったー!」

 同じ編成で行き、また負けた。美亜ももうわかっていたのか、再戦は申し込まずに俺は料理を再開した。



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