第4話 グレイロビー

 総距離一万キロを超えるハイウェイにたった二箇所しかないジャンクションに、差し掛かった。

 タチバナロードは静かだった。ルーキーを置き去りにしてからここまで、キャリアのタイヤが起こすロードノイズしか聞こえてこなかった。

 ジャンクションのゲートをくぐると、速度制限が掛かり減速する。このまま直進すればグレイロビーへ向かい、右へ向かえば、いずれ終点に辿り着く。

 ここだけ天井が高いせいで、少し薄暗く感じる。監視はされているはずだが警備の姿はなく、あまり多くはない通行客がたままた取り掛かることがなければ、ここには誰もいない。何事もなくジャンクションを抜け、グレイロビーへの道に乗った。

 

 しばらく進むと、「ここからグレイロビー」と表示された天井からぶら下げられたインフォメーションパネルが迫り、あっという間に頭上を通り過ぎていく。間もなく前方に広大な空間が現れ、黄昏時の赤く染まった四番街の街並みが、そこに広がる。人々の暮らしが生み出す香りが漂い、街が奏でる騒音も聞こえはじめる。

 地球の夕焼けを再現しようとして街を赤い照明で照らしているが、本物を見た者がほとんど居ないムーニーたちにとって、どれほど再現できているかは分からない。だが、そうすることには十分な価値があると信じ、大いに満足していた。

 

 レイスはヘルメットを脱ぎ緊張を解くと、ゆっくり流れる四番街の街並を見下ろしながら「ちょっと違うけどな。赤すぎる」と、ひとり言をこぼした。この景色は嫌いじゃなかった。

 

 再びトンネルに入り、タチバナロードとは違う柔らかい照明が降り注ぐ。すぐに道が別れ、右へ向かうと、グレイロビーの四番街を示すG4と書いてある隔壁があり、待っていたように開きレイスを迎え入れた。そこには、ギルドの所有するルナティックの基地があった。

 ギルドの基地は月に何箇所かあり、ギルドに所属することになったパイロットたちはそのどこかで機体を受領する。そして、そこから出撃し、生き残れれば帰還し、次の出撃に備えることになる。

 所属する基地以外に帰還することは許されず、整備や修理をすることすらも許可されていない。必ず所属する基地に帰還しなければならない。

 自力での帰還が不可能な機体は民間の回収屋が回収し、所定の場所に移送された後、必要があればギルドが引き取る。

 

 奥に向かって緩やかに右へ曲がっていく通路は、キャリアが二台擦れ違うことが出来る。通路の右側にはルナティックを休めるハンガーが並び、メンテナンスカートがその前を行き交う。出撃予定のない機体が数機、静かに佇み孤独に耐えていた。

 左側にはコンテナが積まれ、天井からはアームとインフォメーションパネルがぶら下がり、パネルにはブレイキングニュースが映され、アームは、今はすべて静止している。


 見たことのない代物を積積んだキャリアが、そろそろと進んでいくと、暇なメカニックたちがそれに気付き、興味に駆られ着いてきた。

 九番のハンガーの前までやって来たレイスは、集まったギャラリーを踏み潰さないようにルナティックをキャリアから降ろし、ハンガーまで歩き固定させる。

 ルナティックが人を踏み潰さない機械だと知っているギャラリーたちは、頭上を巨大な足の裏が通り過ぎるのを、一切気にしない。 

 ルナティックの足元の台座が回転して通路側に正面を向けると、頭部ユニットが後方にスライドし跳ね上げられ、コクピットハッチが露出する。レイスはすぐには降りず、メンテナンスモードを起動し機体のチェックを始めた。メインモニターとスクリーンに機体各部のパラメータが表示された。

 

 各パラメータをチェックする。装甲が何箇所か破損。武器を紛失。ハイブリットロケットの交換は必要なさそうで、燃料を再充填すればまだ使用可能。関節もマニュピレーターも問題なし。戦闘データの破損もない。三枚のモニターもスクリーンも良好で、応答遅れもノイズもなく、カメラの破損もない。

 今回の切り札だったマルチセンサーの感度がやや低下している。交換が必要かも知れない。コントロールスティックを少し乱暴に動かしてみる。心地いい手応えがたまらない。

 一通りのチェックを済ませれば、後は担当のメカニックに任せる。この作業は出撃前にも再び行われる。

 

 レイスが耐Gシートに埋まっていた体を引き抜き、天井のハッチに手を伸ばすと、近付いてくるメンテナンスカートがスクリーンにズームアップされた。レイスの機体を担当するイシムラが乗っている。戦利品の試作ライフルを横目に見ながら、スピーカーを通して話しかけてきた。

 「軍とやりあってまで、持ち帰る価値はあったんだろうな」

 状況を見抜いているイシムラに嘘を着いても仕方がないので、本当のことをありのまま話した。

 「ぶつかったら落としたんです。それを拾ってきました。手ぶらだったんで、ついでに持ってきました」

 試作ライフルの誘惑に負けたイシムラは、レイスの機体のメンテナンスを後回しにしてキャリアのよじ登り、すでに試作ライフルに取り付いていた何人かに混じってあちこちを調べ始めた。「なんて不格好なんだ」そう呟いたように聞こえた。

 

 試作ライフルの影の見えないところから、イシムラが諭すような口調で話しかけてきた。

 「軽々しく軍とやり合うな。おまえは多分マークされてる。面倒なことになりたくないだろう・・・。ところで、会えたのか?」

 「会えましたよ。戦闘データを確認してください。バッチリ映ってるはずです。堕とせませんでしたが」

 ライフルの下にもぐり込んでいたイシムラが飛び出してきた。

 「本当か!?映像をパネルに映してみろ!」

 レイスは構わずにコクピットを出た。「許可しますから、そっちでやってください。俺は休ませてもらいます」と言って、乗降用のタラップを呼ばずにルナティックから飛び降りた。

 「あと、そのライフル、弾残ってます。暴発に気をつけて」

 イシムラが「弾残ってるぞ!」と叫ぶと、銃口付近に集まっていたギャラリーが瞬時に散った。

 イシムラは、メンテナンス用のタブレットを操作し、天井からぶら下がるインフォメーションパネルに、レイスのルナティックが記録した映像データを転送した。ニュースを見ていた一部のメカニックが「見てたんだよ!」と声を荒げた。

 

 そこへ、新たなキャリアがやって来た。ギャラリーを押しのけ進み、レイスの乗ってきたキャリアに横付けして止まった。荷台には真っ白なルナティックが片膝を付いて佇む。

 キャビンから降りてきた男は、高い地位にある者の正装でもある、暗殺防止用の強化服に見を包んでいる。耐刃性と耐弾性を高めつつも薄くしなやかな金属質のスーツは、時折きらめいてギャラリーの視線を集めては跳ねのけた。 


 男は荷台に佇むルナティックに「そのまま待機」の合図をした。

真っ白にペイントされた機体が、ギルドの親衛隊所属であることをここに居る全員が知っている。白い機体を従えて現れたということはすなわち、男がギルドの幹部であることを証明している。

 ここに幹部が現れることは滅多になく、何事が起きるのかと、集まっているメカニックや暇なパイロットたちに緊張感が漂う。幹部はそんな空気を気にもせず「レイスはどこだ?ネム・レイスは?」と言いながら、視線をあちこちに送った。レイスは無視して立ち去ろうとしたが、目が合ってしまい「君だな?」と問い詰められた所で名乗り出た。

 「俺のことだと思いますが、幹部殿、何事です?」

  強化服の男は名乗らずに「あれを回収させてもらう」そう言ってキャリアの上を指差した。試作ライフルにご執心のようだ。

 レイスは試作ライフルを自ら使うつもりはない。重たいものを振り回すのは性に合わないからだ。そもそも、あれは、傍に置きたくないと思わせる危険な香りがぷんぷんしている。

 ふさわしい報酬を用意する依頼もなく、あったとしても、マニアがおもちゃにできる代物ではない。

 持ち帰りはしたものの、どうするかは考えもしなかった。何故か惹きつけられ持ち帰ってしまった。

 そんな厄介な代物を、ギルドに引き取らせるのはいいアイデアだと、冷静なった今、レイスは思い至った。

 

 ギルドは、すべての所属するルナティックの動向を完全に把握している。だから、こんなにも早く引き取りにやってくるのは驚ことではない。しかし、幹部が直々にやって来たことには驚いた。

 仕組まれた何かがあるのかも知れないが、それを明らかにすることは多分不可能なことで、それなら、ギルドに任せてしまうのが得策だ。 

 「どうぞご自由に。どうせ拒否できないんでしょう」

 「拒否は出来る。我々は、君たちの戦利品を強制的に没収することはしない。しかし、今回だけは拒否しないでくれ」

 二人が話していると、いつの間にか、試作ライフルからパネルに映る映像に興味を移していたギャラリーたちが、歓声を上げた。

 

 映像は、レイスの攻撃を受け機体のカモフラージュを停止した黒いルナティックが映っていた。

 優位に立ち続けるレイスの戦いぶりに興奮が高まっていく。幹部も興味を示し映像に見入った。すぐに、その映像が重要な価値を含んでいることに気付いた。再び現れた黒いルナティックを映した始めての映像だ。

 「あれも君か?君はこのライフルを軍から奪ってきただけじゃなく黒いルナティックとも交戦したのか!?」

 レイスは正直に話した。

 「タレコミがあったんです。アイツがそこに現れるって」

 「なるほどな、そういうことか。あの映像もミロクが吸い上げる前にアーカイブに登録しておけ」

 幹部は急に冷めてしまい、黙り込んで映像から目を離した。

 「それでは、君の戦利品を引き取らせてもらう。構わないな」

 「どうぞ、ご自由に。俺は興味ありません」

 幹部は「持っていけ」と親衛隊に指示をだすと、親衛隊のルナティックが手際よく、試作ライフルを幹部のキャリアに載せ替えた。

 白いルナティックは、レイスのルナティックとカラーリング以外の性能に差はないはずだが、その所作に重厚な雰囲気を醸す。教育の仕方が違うのだろう。

 

 レイスは幹部に名前を聞いてみた。不意に目が合ってしまい、手持ちぶたさから思わず聞いてしまった。

 「あの、名前は?」

 「ん?私の名前か?私の名はアゼルだ。覚えておけ。なにか話があるのなら支部を通せ」

 まさか、名前を聞けただけでなくコネも得られたことに驚いた。報酬の代わりということだろうか。このコネは有効に使わせてもらおうと、レイスは思った。

 アゼルは去り際、「何事も程々にしておけ」と言い残した。その言葉は、幾つかの意味に捉えることが出来た。

 

 いつのまにか、映像はレイスに翻弄される軍用機を映し出していて、ギャラリーがいっそう沸き立った。「いいザマだ!」「お前ら太り過ぎだ!」「税金泥棒!」などと叫んでいる。

 アゼルはその喧騒を意にかえさず、キャリアに乗り込み去っていった。入って来た方向とは逆の、奥のほうへ進んでいくと、普段は開くことのない重厚な隔壁がゆっくりと開き、キャリアを迎え入れる。キャリアが奥に消えるのを待って、ゆっくりと閉じた。

 

 グレイロビーを構成する幾つもの地下空間に造られた街は、ハイウェイと、シャトルが通るチューブで繋がる。

 ギルドの本部は中枢区画にあり、正確な場所は秘匿扱いだが、そこへ繋がる通路は各区画にある。アゼルを載せたキャリアはその通路に消えた。

 グレイロビーの頭上には、月最大の宇宙港がある。他の都市と違い現在も活発な拡張と開発が続き、その証である、ルナコンクリートを積み上げて立てられたビル群が宇宙港を取り囲む。

 そのビル群に影を残しながら、白く優雅な船が、緩やかに舞い降りてくる。乗っているのは、三十八万キロの旅を終えた、地球からの観光客だ。  

 

 

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