3.月見堂の乙女な女狐様――。

 ボクは神社のお社の中の清掃を進めていた。

 時刻は昼の2時――。

 あまりにも作業が上手く進んでいるから、鼻歌交じりだったりする。


「それにしても、神社の管理に関してあんなに信頼していただけたのは嬉しいなぁ…」


 ボクは午前中に自治会に赴いた。神社の管理を自分に任せてもらうために――。

 これにも驚きの展開があった。

 八伏山の稲荷大社に関して、最初に伺った麓の住民の方が自治会長だったのだ。

 自治会長は二つ返事で了承してくれた。

 また、何かあれば協力をしてくれるとのことで、携帯電話番号の交換もした。

 さらに自治会長のお宅で昼食まで頂けてしまった。

 一応、信用してもらうために、昨日行った草刈りとお社の清掃の結果を写真に撮ってあったので、それを見てもらった。

 周囲にいた自治会の人たちからもこれには感嘆の声が上がった。

 ボクの本気度合いが伝わったようだ。

 自治会でも、ボクが『宮守みやもり』として登録されることとなった。

 もちろん、住民として住んでいるわけではないので、自治会費は払わなくても良いそうだ。

 程よい筋肉痛が来てるけど、自分の好きなことをやっているので、辛いとは全く思わない。

 むしろ、嬉しくなる。


「さてと、あとはお稲荷様のみだな」


 胸の前に手を合わせて、


「掃除をさせていただきます。お手に触れることをお許しください」


 本来、綺麗にするのだから、そんなことをする必要はないと思うけど、ボクは敢えて毎回している。

 やはり神様が宿っているのだから、いい加減に扱うことは許されない。

 神棚になっている部分を丁寧に拭き上げていく。

 ここはカビが生えては困るので、乾拭きで行う。

 うっすらと載った埃をひとつひとつ拭き取っていくと、綺麗な元の姿に戻っていく。


「よし、ここもこれで大丈夫だろう!」


 ここのお稲荷様は口に宝玉を咥えている。なかなか変わったデザインだ。

 最後にそれを磨いて、清掃完了だ。



 次は、障子の紙もボロボロになっていたので、今朝、麓に降りたときに防水使用のものを購入してきた。

 もともと糊も付いているタイプで、張り替えがとても容易なタイプだ。

 元々の障子の紙にうっすらと水を塗り付け、綺麗に剥がしていく。

 順番に進めていく間に、障子のさんが乾くので、そこに買ってきた新しい障子の紙を貼り付けていく。

 真新しい障子が出来上がっていく。

 すべて出来上がったものを、それぞれ設置していく。

 ここでひとつポイント。昔の障子などを取り外す際は、どこに使用してあるものかをきちんとわかるようにどこかにメモを残しておいた方がいい。

 昔の建物は立て付けが悪いことが多く、障子の場所が変わると、開け閉めができないなんてことがあるから。

 ボクは障子の目立たない場所に『北1』『北2』『西1』などのように目印を入れてあるので、迷うことはない。

 それと今回は障子の開け閉めがしやすくなるように、溝に滑りやすくなる効果のある商品があったのでそれを使っておいた。

 結果としては、これも良い方向に繋がった。

 障子が、スーッ…、スッ! とゆっくりでも早くでも動かしやすくなる。


「もう、新品同様の状態になったな…。自分でもメチャクチャ満足!」


 とはいえ、さすがに少し疲れた。

 朝早くから自治会長を会うという神経を使う仕事…。

 午後からは神棚の清掃とこちらも神経を使う仕事、そして障子の紙の張り替え…。

 少し無理もあったかもしれない。

 睡魔が襲ってきていた。それにここは山の頂上にある神社だ。

 涼しげな風が障子を開ければ、吹き込んでくる。


「少しだけ仮眠を取るか…」

 蚊帳の中に入ると、彼はタオルシーツを敷いた場所に大の字で寝ころんだ。

 サラサラとしたタオルシーツの感触、爽やかな涼しい風…。

 ボクは睡魔とともに一気に深い眠いに飛び込んでいった。



 神棚の後ろから、ヒョッコリと顔を出して、外の様子を伺う少女がいた。

 少女は巫女装束の服装であった。ロングの艶やかな黒髪は後ろで束ねてあるが、腰よりも長い。

 少女は綺麗になった神棚、そして神事を行う舞台、障子が開け放たれて見える外の景色に嬉々とした表情をする。

 管理をされていたころのあの姿に戻った――。

 それにしても、今、目の前の蚊帳の中で寝ているのは誰だろうか…。

 彼女は恐る恐る覗き込んでみる。

 背丈は自分とよく似た少年だった。

 少年のすぐ横にしゃがみ込み、少年の顔を注意深く見入る。


「死んではおらぬようじゃ…。寝息を立てておる…」


 少女は周囲を見回して、少年以外に誰もいないことを知る。

 少女には少年に対して少し興味がわいてきた。

 

「この少年が綺麗にしてくれたのじゃろうか…。それにしても変わった少年じゃな…」


 少女は蚊帳の中に入り、少年の横に正座をする。

 


 ボクはうめき声を上げて、目を覚ます。

 目を覚ますと目の前に巫女装束を着飾った美少女がいた。

 美少女は「ひゃっ!?」と声を上げると、4、5歩、後退あとずさる。

 ボクは眠気眼ねむけまなこを擦りながら、身体を起こす。

 二人の間に、沈黙だけの時間が襲う。

 沈黙を破ったのはボクであった。


「て、いうか誰!?」

「わ、わらわのことか!?」

「そう。君のこと…。て、あ、そうか。ボクが名乗らないと名乗りにくいか。あ、まずは自己紹介をしなくちゃね…。ボクは、御手洗雄一。○○県立氷山高校の1年生、16歳なんだ」

「わ、わらわは、月見堂稲荷姫巫女つきみどういなりひめみこと申す。このお社に祀られたお稲荷様じゃ。歳など気にしてはおらんかったが、ここができたのが、720年のことじゃから、1500歳くらいになるのか…」

「えっ!? 1500歳!? メッチャお婆ちゃんじゃん!」

「だ、誰がお婆ちゃんじゃ! 失礼なガキじゃのぉ…。この姿を見て、どうしてお婆ちゃん扱いできるのじゃ!?」

「ああ、ゴメンゴメン。年齢だけでいうと、すごくお歳を召している方だなぁ…と感じちゃったから…」

「なかなか酷い奴じゃな…。して、改めて問いたいのじゃが、わらわのこの容姿じゃと、どのくらいの歳になるのじゃ?」

「話し方を無視して、本当に容姿だけを見てみると、ボクとほぼ同い年…16歳くらいに見えますよ」


 ボクがそう答えると、姫巫女は嬉々とした表情で、


「ほうほう! 16歳とな! やはり、この姿は受けがよいのぅ…」


 と、自身のスタイルにうっとりと惚れ惚れしているようだった。

 ボクは、姫巫女を喜怒哀楽の激しいヤツとだけしかまだ掴めていない。

 当然、距離感も物理的にもそんなに近づけていない。

 そりゃそうだ。

 突如、自分自身から「このお稲荷さんのお社に祀られている」と言われても実感など湧くわけがない。

 近所の高校生に騙されているのではないかと、逆に不安になる。


「あと、もうひとつ聞きたいのじゃが、周辺の草刈りやお社の修復は雄一、お主がやったのか?」

「え? ああ、これ? これは昨日と今日でボク一人でやったよ。結構骨の折れる仕事だったけど、綺麗になったでしょ?」


 ボクがそういうと、姫巫女は雄一の前までゆっくりと近づく。

 身長の差から少し下向き加減の姫巫女の表情は雄一には掴めない。


「妾はとっても喜んでおる! このように綺麗にしてくれよったのは、何年ぶりじゃろうか!」


 姫巫女は満面の笑みを浮かべながら、ボクの手を握って、喜びを表した。

 ボクも姫巫女に喜んでもらえて嬉しいが、違う意味でドキドキしていた。

 実年齢は1500歳というお婆さんだけど、目の前にいるのは同い年くらいの女の子…。

 異性と手を握ることもそんなになかった雄一にとっては、女の子と手を握るだけでもドキドキの対象になる。まあ、ボクはいわゆる初心うぶなんだよ。


「ああ、それとこれからの管理はボクが行うことになったんだ…。そ、そのよろしくね」

「本当か!? お主のような心の綺麗な人間に管理をしてもらえるのは嬉しいことじゃ! 雄一、これからも一緒にいてほしいぞ!」


 そういうと、彼女はそのまま雄一に抱きついた。

 それはごく自然な流れでそうなったのだが、ボクは女の子に抱きつかれたことがない。

 さらに、抱きつかれた拍子に、彼女の巫女装束からは分からなかった胸が押し付けられて、フニョンと柔らかさが伝わってくる。


(う…。や、柔らかいものが……)


 雄一は真っ赤になり、そのまま姫巫女に押し倒されるように後ろに倒れ込む。

 姫巫女はどうして倒れたのかわからない。

 この程度の力で抱きついたところで、普通ならば姫巫女の体重であれば支えられるだろう。


「ええっ!? 雄一!? いかん! 鼻血を出しておる! ぶつけた場所が悪かったのではないか!? おーーーーい!」


 ボクはそのまま気を失ってしまった。

 柔らかい膨らみを押し付けられたまま…。



 雄一という名の少年は女の子との接触の経験がない分、やや刺激が強かったのだが、姫巫女にはそのようなことは分からなかった。

 彼女はおろおろと落ち着きのない動きをしつつ、彼の鼻血を止めるために膝枕をして頭を高くした。


「もしかして、こやつ…、初心うぶすぎるのではないか!? 女性経験が乏しすぎるとか…。仕方がない…。お社の管理もやってくれるといっておるしな…。ここは妾がひと肌脱いでやるか…」


 彼女は雄一の女性経験のなさを即座に見抜き、困った表情をしつつ、頬をポリポリと掻いた。


「妾が、お主の『限定カノジョ』になってやろう」


 気を失っている彼の頭を撫でながら、彼女はそうささやいた。

 姫巫女はそう言いながら、やは恥ずかしくなり、少し顔を赤らめた。

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