2.稲荷大社復活大作戦!

 翌日―――。

 天気予報通りの晴天となった。

 ボクは、登山用のリュックに1週間宿泊できるようにキャンプ道具(最悪必要なものがあれば、麓のコンビニエンスストアやスーパー、ホームセンターで購入する予定だ)、草刈り鎌やハンマーなどの補修道具なども入れている。これもあくまでもしもお社の補修などが必要な時に使うために、だ。


「よし、これで準備OK。行くか…」


 リュックを背負い、登山用の靴を履き、部屋を後にする。

 愛機に乗り込み、八伏山に向かって出発した。



 八伏山のふもとに近づいたときに、ボクはキャンプ関係の必要物資を購入するついでで、集落の人たちに八伏山の稲荷大社について色々と話を伺った。

 が、それほど有益な情報が得られたわけではなかった。

 有益な情報というよりも、そもそも頂上に稲荷大社があるということそのものを知らない人の方が多かった。


「八伏山には、最近、めっきり登山する人も居なくなっちゃってなぁ…。果たして神社なんかあったかすら、記憶にも残っとらんのぉ…」

「んだんだ。昔は村で管理する人もおったんじゃが、その方もとうの昔に亡くなられてしもうてのぉ…。それ以来、頂上には行っとらんのぉ…」

「たまに有志で草刈りをしてるくらいだなぁ…」


 と、まあ、こんな感じだ――。


「これは前途多難だなぁ…」


 登山口まで来て、そこの駐輪場に愛機を停め、ロックを掛け、車両カバーを被せる。

 リュックを背負い直し、気合いを入れ直して、登り始める。

 ボクは冬から春にかけての登山が好きだ。

 もちろん、雪の積もっている場所を登るのはかなりの危険度があるので、専門家の意見を聞いたりもしている。何よりも、夏や秋に比べて虫が少ないのが助かる。

 夏になるとブヨなどの蚊が多く繁殖して、刺されることがある。これに刺されると大変だ。刺されたところが真っ赤に晴れ上がり、カンカンに熱を持ち始める。挙句の果てには、動かそうと思っても痛みを伴って行動がしにくくなる。万能薬である『キンカン』を彼は常備しているが、刺されないにこしたことはないので、極力季節を選んで登山を楽しんでいる。



 八伏山はそれほど大きな山ではない。標高も683メートルと山の中では、低めの山だ。

 ただ、作業をして上り下りをするには、やや骨が折れる。だから、お社などをお借りしてそこで夜を明かす予定にしている。



 そんなこんなで息を少し弾ませながら、登っていると石階段が見えてくる。

 古めかしい朱色の鳥居があり、そのうえが神社となっているのが分かる。

 神社となっているのが分かるのだが、そこから神社に近づくのが一苦労であった。

 管理者が昔に亡くなられて以来、国も地方自治体も放置した場所だ。

 草刈りも有志でされているご様子だったので、もしかしてと思ったが、そのもしかしてを上回るくらいの雑草の量だった。

 リュックを鳥居の横に下ろし、軍手と草刈り鎌を取り出す。

 石畳はそれほど長いものではなく、ものの20段ほど――。

 一気にやってしまえる量だ。

 中腰になると、ザッザッと草刈り鎌で雑草を刈り取っていく。

 刈り取った後には、石畳限定で除草剤を撒く。これで半年くらいは石畳が雑草でおおわれることを防ぐことはできるだろう。



 朱色の鳥居をくぐろうとして、さらに驚いた。

 境内は物凄い量の草に覆われていて、そもそもお社に近づくことすら許されない。


「これは自然とボクとの闘いだな…。一息ついたら、まずはお社への道を開けるぞ!」


 耐熱性の良い水筒に冷たい水を持ってきた。ある程度、を予想して来ていたので、クールダウンは必要だと思ってもいたから。


「ふーっ! よし! やるか!」


 時計(G-SHOCK)を見ると、時刻は午前11時少し回ったところ。


(まだ、1時間くらいあればある程度の草は刈れるかな…)


 中腰になると腰にもきついので、膝当てを付けて、膝を地面に着く。

 やることはさっきの石階段と同じだ。

 刈っては除草剤を撒く。その繰り返し、とはいえ、神社の境内は様々な植物が植わっていることがあるので、使う除草剤にも気を遣う。石階段には『非農地用』の強力なタイプを使用したが、境内は『農地用』というタイプを使う。

 すっごく地道な作業を繰り返すこと、1時間――。

 境内までの道筋だけは出来上がった。


「よしっ! 午前中までの仕事としては、順調、順調!」


 ある意味、ボクは自分に言い聞かせるような感じで呟いた。

 そうでもしなければ、見渡す限り『雑草』の場所だ。

 モチベーションも下がってしまう。


(とにかく、初日は雑草の処理だな…。そうすれば、夜になると厄介な虫が発生しにくくなる…。ま、最悪、蚊帳かやも持ってきているから、それを吊らせていただこう…)


 神社のお社の軒下に腰を掛け、持ってきたおにぎりを頬張る。


(それにしても、誰も管理しないとなると、どんどんすたれていくんだろうなぁ…。でも、ここは小さくても稲荷大社だ…。誰か管理する人いないんだったら、ボクが管理しちゃいけないのかな…)


 そもそも、神社の管理は『宮守みやもり』という役を担っている自治会の人たちがすることが多い。

 と、なるとこの自治会の人たちの代わりに管理をさせてもらうことは可能なはずだ。


「あとで、麓の自治会の人たちに相談してみようかな…」


 すでにボクは麓の人たちと神社のことについて、話をしているから顔は見知っている。


(自治会の人たちも高齢になってきて、自分たちで管理するのは大変だと言っていたし、替わりがいないなら、ボクでもさせてもらえるかな…)


 おにぎりを二つ、ペロリと食べきって、冷たい水をクイッと一飲みする。


「さあ、日が高いうちに雑草を刈り取って、暮れるまでに野宿の準備だな…」


 日が高いうちは気温が上がるけれど、神社の周りには樹々が茂っていて、程よい影が作られている。

 それに心地よい風の動きもある。

 ボクは草刈り鎌と除草剤を用いて、無下に生え揃った草を無くしていく。



 物事に集中すると時間があった言う間に立つ。

 ボクにとっては、まさにそれを体現した午後だった。

 草刈りは2時間ほどで終了した。次は夜を明かすために、神社のお社の清掃作業だ。

 蝙蝠こうもり住処すみかになっていては、元も子もないので、煙を炊き、そこにミントの香りも混ぜる。

 どちらも蝙蝠こうもりの苦手なものだ。

 この稲荷大社のお社は、神事などが行えるように部屋の空間があり、そこにお稲荷様が祀られていた。


「正直、これは助かるな…。雨宿りも可能なのは1週間過ごさせてもらうのに持って来いだな」


 とはいえ、床板も壁も煤埃すすぼこりでいっぱいだ。

 まずは、埃を払って床の水拭きをしなければならない。

 その点も問題なし。床板が剝がれているなどの想定以上のことが起こっていれば大幅に時間を取られたかもしれないが、想定内の状況だったので、清掃に取り掛かる。

 そして、神事を行う広い部屋の場所に蚊帳を準備する。


「よし、こんなもんだろ!」


 煤埃やクモの巣が取り除かれ、床板はクイックルワイパーで見違えるような輝きだ。

 もう、裸足で歩いても足の裏が真っ黒に汚れることもないレベルだ。

 屋内で作業をしていて、少しずつ部屋が暗くなってきているのを感じる。


(そろそろ夕暮れ時なのかな…)


 外に出てみると、オレンジ色の日差しが麓の村を照らしている。

 夕方だ。

 ボクはリュックからコッフェルとアルミ製の鍋を取り出す。

 水を入れて数分待ち、湯気が出始めてから、インスタント麺をボロボロと崩しながら、入れる。敢えて、火の通りをよくするためだ。

 コッフェルも有限のものだから、使用量は節約しなければならない。

 そこに卵をポトンと落す。


(動物性たんぱく質も取れて良き良き……)


 それにまだ5月――。夜ともなると少し肌寒くなる。

 太陽光で充電できるLEDランタンを灯しながら、食事をとる。


(やっぱり、外で食うインスタント麺は格別だ…)


 明日は、朝から一度山を下りて、神社の管理に関して自治会の方々に提案をしなければならない。

 半日仕事になるだろうから、明日は早く戻ってこれて、お社内の清掃を続けることくらいしかできない。


(今日はたくさん身体を動かしたから、栄養補給をしたらすぐにでも寝袋に包まって、身体を休めないとな)


 ボクは計画を立てながら、インスタント麺を最後の汁の一滴まで飲み切った。

 身体があったまり、よく寝れそうだ。


(おっと、その前に汗をかいたから身体を清潔にしておかなくては…)


 キャンプや登山では、お風呂に入れない時もあるのでそういう時用のドライシャンプーや身体の汗などを拭きとる道具がある。もちろん、ボクも標準装備だ。

 身体を綺麗にすると、服を着替える。

 その頃にはあたりは真っ暗になっていた。かろうじて、神社の境内に設置された蛍光灯がふんわりと境内を照らしている。

 中学の頃から一人暮らしをしているから、静かな夜は慣れている。

 それに各地の山や神社にも行って野宿もしているからかもしれない。

 ボクは明日やることを考えつつ、眠りについた。

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