4.みこ様は告白がしたい♡

 ボクが目を覚ました時にはすでにお社の中は暗かった。

 周囲を見渡しても、姫巫女の姿はなかった。

 お社の障子はすべてが閉ざされていた。きっと、彼女がしたのだろう。

 人気ひとけのないお社の舞台は寂しさを極めていた。

 ただ、外から月明かりが障子に当たり、ほのかな光が差し込んでいる。


(そっか…。今日は満月だったんだ…)


 ボクは、ゆっくりと立ち上がると、その月明かりに誘われるようにお社の外へと導かれる。

 障子を開けると、爽やかな風が吹き込む。

 と、同時に彼は目を大きく見開いた。

 大きく綺麗な満月が煌々こうこうと当たりを照らしていた。


「綺麗であろう…」


 ボクの横から彼女の声がする。

 左を見下ろすと、軒下の部分に腰かけ、姫巫女が月見を楽しんでいた。

 彼女がいることが出来て何だか、ホッとした自分がいた。何だろうこの感覚…。


「ここの神社が月見堂と言われる由縁じゃ…。いつの季節に見ても綺麗な月が見える…。幾度と月を見てきたが、今日の月はまた格別なものじゃ…」


 姫巫女はスクッと立ち上がり、ボクの目の前に立つ。


「先ほどは済まなかった…。雄一は…その女性経験が乏しいようじゃの…」

「ムッ! そうだよ、彼女いない歴=年齢の男だよ!」

「そ、そう怒るな…。わらわが見た感じでは、お主ほど芯の強い人間はこれまであまり見てきたことがない…。それだけの強い思いがあるのに、どうして女子おなごと関係を持てぬのだ…」

「うーん…。たぶん、根暗っぽいからなじゃないかな。休みの日に都市に出かけるでもなく、神社や寺院の参拝や登山ばかりだからな…」

「しかし、キャンプも出来るのは男としては、生きる力を持っているように見えてカッコいいと思うのだがなぁ…」

「あはは。一時期、アニメでキャンプも流行ったけど、どうだろうなぁ…。そもそも面倒くさいことの方がキャンプとかは多いからね。不自由さが楽しいんだけど、そういうのを好まない方が多いし…。今どきの女の子たちって」

「そうなのか? 逆につまらん人生じゃの…それは」

「うーん。ボクもそう思う。自然からって色々と学べることが多いし、苦労するから成長もできるんだって考えるようになった…。一度や二度つまづいたところで、きっちりと修正をすることで、望んだものよりもさらに良い結果に繋げることもできる。ボクはキャンプをしたり、登山をしたりすることで、自然からそういうことを学ばせてもらえているよ…。だから、そんなボクには女の子は興味を惹いてくれないみたい。まあ、自業自得だけどね」


 姫巫女は胸がギュッと締め付けられるような気持ちでいっぱいになった。

 彼女はボクの左手をそっと両手で包み込む。

 先ほどお礼を言われた時よりもその手は温もりがあった。

 どちらにしても、ボクがドキドキするのに違いはない。

 姫巫女は、フッと微笑むと、


「お社をここまで綺麗にしてくれたお礼として、ひとつ私にお礼をさえてくれ…」

「え…。別にそんな…」

「いや、妾がお礼をしたいのじゃ…。お主の却下は受け付けぬ!」

「あ、はい…」


 姫巫女の圧に気圧けおされるボク。

 彼女は手を包み込みながら、ボクの瞳をしっかりと見て、


「妾をお主の…か、カノジョにしてはくれまいか?」

「―――――――え?」


 ボクは一瞬で、目が点になった。


(えっと…彼女は何と言ったんだろうか…。ボクの聞き間違いなのだろうか…?)


 静まり返る空気。

 姫巫女はワナワナと震えながら、


「恥ずかしいセリフを二度も言わせんな――――――――っ!」


 バシィィィッ!!

 どこから取り出したか、彼女はハリセンでボクの頭を叩いてた。


「はぁはぁはぁ…。も、もう一度しか言わぬぞ…」

「は、はひっ…」


 ボクはゴクリと唾を飲み込み、彼女の正面に立った。

 姫巫女はうっすらを頬を赤らめながら、


「お主が女性経験を積んでが出来るまで、妾が『限定カノジョ』としてカノジョになってやる…と言ったんだ…」

「………はい………」

「なんじゃ、その返事は…。妾がカノジョじゃ嫌か? まあ、確かに年齢は1500年ほどじゃから、お前にとってはお婆さんの扱いなのか?」

「い、いや…違うんだ…。そういうんじゃない…」

「じゃあ、お主からも返事を妾に寄越せ…」

「ほ、本当にいいの? ボクみたいな根暗な男で…」

「さっきも言ったじゃろうが、お主みたいな芯の強い男が妾は…その…す、好きじゃ……」


 姫巫女はその白い肌をピンクに染め上がりながら、答えた。


「とにかく、お主がを作るために妾と付き合うのじゃ! いいな?」

「う…。分かったよ! これから、よろしくお願いします!」

「よーっし! これで妾とお主は、カレシカノジョの関係になったんじゃな? お主も妾にいっぱい甘えてもいいんじゃぞ!」

「え!? いきなり過ぎない?」

「もちろん、妾との関係は『限定カノジョ』――。あくまでも本気の恋愛をしてはならぬ。なぜなら、妾は稲荷大社に仕える姫巫女じゃからな…。本気の恋愛はご法度じゃ…」

「そういうもんなんだね…」

「うむ。しかし、これで妾もお主の通っている高校とやらに一緒に通学することが出来るわい!」

「え? どうやって行くの? ここからじゃそこそこ通いにくいよ…」

「何を言っておる…。お主と一緒に住むのじゃ!」

「え―――――――――――っ!? いきなり同棲するの!?」

「付き合っている者同士が同じ部屋に暮らすのは何も変なことでは無かろうに…。そもそもお主はこのお社で妾と一緒に過ごしておったではないか!」

「いや、さすがにあの時は姫巫女の存在しらなかったし…。こんな可愛い子と一緒だったら、普通焦るって」

「うふふ…妾のことをついにババアではなく、可愛い乙女と認めよったの…。嬉しすぎるぞ」


 姫巫女は頬を赤らめながら、目線を合わせずに照れる。

 身体をクネクネして恥じらっている様子が可愛い。


「いや、さすがに見た目は完全にJKが巫女さんの衣装をコスプレしているようにしか見えないもん…」

「これはコスプレではない! 本物の衣装だ…。いわば妾の正装だぞ! そのような卑下ひげたものと一緒にするでない」

「と、とにかく、休暇明けからボクの家に住むんですね…?」

「うむ。ああ、そうじゃ、そのために……」


 そういうと、姫巫女はお社の中にスルスルと入っていく。

 そして、神棚にある例のお稲荷様が咥えている宝玉を取り出し、持ってくる。


「お主、手を差し出すがよい」


 言われるがままに雄一は手を差し出す。

 すると、姫巫女はその宝玉を手渡す。

 よくよく見ると、少し大きめのビー玉のようなサイズだ。


「それは妾のご神体じゃ…。これが一緒でなければ、妾は行動が出来ぬのじゃ…。ある程度の距離までは離れることが出来るのじゃが、離れすぎるとそこから動けぬようになる。だから、お主と一緒に生活をするのならば、この宝玉を肌身離さず持っておいてほしいのじゃ…」

「この宝玉がキミそのもの…?」

「まあ、そういうことじゃの…。だから、割ってもならぬぞ。さすがに割られたら泣くぞ」

「でも、そんな大事なものならば、自分で持ち歩いた方が…」

「それはできぬ。今の短時間だから持てたが、見てみろ」


 そういって、姫巫女は左手をボクに見せる。

 掌が軽い火傷のような感じになっている。


「自分で持ち歩くことそのものがリスクになるのか…」

「ま、そういうことじゃ…。『限定カノジョ』になるための条件といったところかの…。だから、大事に扱うんじゃぞ!」


 姫巫女は上目遣いでボクを脅す。

 脅しているんだけど、上目遣いだから可愛い。


(いやいや、これがご神体ならば割れちゃった時点で姫巫女が死んじゃうんじゃないのか?)


 とにかく、ボクにとっては姫巫女の命を預かったようなものだ。

 大事に扱うに越したことはない。


「でも、転入手続きとかどうするの? それに名前だって…」

「そうじゃな…。お主の遠く離れた親戚ってことにしておけばよかろう。そうすれば、付き合っていても問題はなかろう…。それに転入手続きは、妾のほうで上手くやっておく…」

「でも、同棲問題はどうするの!?」

「そんなもの、田舎から出て来たのだから、宿泊費がもったいないからってことにしておけ!」

「名前はどうしようかな…。ボクも『姫巫女』って勝手に呼んでるけど、さすがに人前では言えないよ…」

「そうじゃのう…。何かいいものはないか…」


 月明かりに照らされたお社でボクたちはほんの少し悩んだ。


「あ! そうだ。月見堂だ! 『月見堂みこ』ってどう?」

「『月見堂みこ』かぁ…。何だか可愛い名前じゃのぉ。妾にぴったりじゃな! これから妾は『月見堂みこ』としてお主と一緒に生活しよう」

「あ、あと最後に!」

「ん? まだ決めねばならぬことがあるのか?」

「そ、そのボクの気持ちの問題は!?」

「そんなもの元よりいらぬ!」

「え―――っ!? ひどい!!」

「そもそもその女子おなごに対して、軟弱な状態を治すことに主目的があるのじゃ! だから、妾とともに寝食をともにして、学校でもイチャイチャしておけば良いのじゃよ…」


 みこ様、何を考えているのかわかりませんが、何か悪いことを考えている目をしていますよ…。


「何だか、ゴールデンウィーク明けからボクが突如として陽キャに変わったかのような捉えられ方しちゃうだろうね…それ」

「そうか? 妾は早くお主とともに高校とやらに行ってみたくて仕方がないぞ!」

「あ、そう…。ボクはむしろ学校が始まるのが怖いよ…」


 ゲンナリとする雄一に対して、みこはワクワクが隠せないでいる。

 そもそもは、月見堂稲荷の姫巫女様だ。

 ここ一帯から外に出たことがない。外界を知らない彼女にとっては、興味が湧かないわけがない。


(ここは予定を変更して、ゴールデンウィーク中に制服や教材の準備をしてあげなきゃいけないのではないか!?)


 ありがたいことに月見堂稲荷の清掃や修復は終えた。

 だから、早めに切り上げて、自宅に戻って準備をすることはやぶさかでない。


「み、みこさん!」

「ん? みこで良いぞ」

「じゃあ、みこ。高校への編入の準備とかしないといけないから、早めに切り上げて家に向かおうと思うんだけど、どうする?」

「おお! 妾とお主との愛の巣か!?」


 ぶばっ!

 ボクは咳き込んでしまった。


(ええ…。ちょっと表現間違ってなくない? なんで愛の巣? みこってたまに表現がおかしい時があるんだよなぁ…)


「妾も出来れば、新居に慣れたいとも思っておったからな。それでも構わんぞ」

「じゃあ、明日の朝、片づけを終えたら出るとしましょう…。あ、でもロードバイクの二人乗りは警察に捕まっちゃうから、無難にバスを使って帰ろうか…」


 みこはうんうんと頷く。心から同棲を楽しもうという意思が見えてくる。

 でも、わくわくしている美少女の顔は、とても可愛かった。

 明日からは彼女、月見堂みこと一緒の同棲生活が始まる。


(ああ…前途多難だな……)


 鼻歌交じりに気分良く、足をパタパタさせているみこをボクは見ながら、明日からの生活を不安視した。

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