第8話 プール②

「この辺でいいかな」

「そうですね」


無事プールに入場した俺とメイドさんは、テントを立てる場所を物色していた。

ここ、東京サマーパークは、大まかに屋外エリア、屋内エリアに分かれていて、テントが使えるのは屋外エリアだけらしい。

それを知った俺らは、日に焼けまいと爆速でテントを立て始めた。少し時間はかかったが、昨日組み立てる練習をやったおかげで、無事テントを立てられ一安心。

とりあえずテントの中へと避難し、一息つく。テントを組み上げただけだが、既にじんわりと汗をかいていた。

メイドさんも暑いようで、手でパタパタと仰いでいた。かわいい。

というか、あれだな。思ったより近いな。

大きめのテントを購入したはずだが、俺とメイドさんの距離は三〇センチも離れていない。ドキドキしてさらに汗が出る。

余計なことを打ち消すために、日焼け止めを塗ることにした。色白を目指しているわけでも肌に気を使っているわけでもないが、日焼けは痛いので嫌だ。それを見て思い出したかのように、メイドさんも日焼け止めを塗り始める。


「……」

「……」


テントで美少女と二人、日焼け止めをそれぞれが無言で塗っている状態、控えめに言ってやばい絵面だな……。

 手が届く範囲は塗り終わり、残すは背中。親父とプール行った時は気軽に頼めたけど、メイドさん相手だとどうも頼みづらい。


「どうしたんですか?」

「え?ああ、背中届かないからどうしようかと……」

「塗りましょうか?」

「へ!?」


 思わぬ提案に変な声を出してしまう。というか、気を遣わせてしまったみたいで申し訳ないな……。メイドさんじゃなくても、あの場面だったら誰でもその提案するか……。

 申し訳なさを抱えつつも、メイドさんの優しさに甘えることにした。


「じゃあ、お願いします……」


 そう言って日焼け止めをメイドさんに渡し、後ろを向いた。なんかドキドキするな……。


「塗りますね」


 メイドさんの華奢な指が、俺の背中に触れる。


「おぅ」

「……変な声出さないでください」

「すみません……」


 だって!思ってたよりも柔らかくてくすぐったかったから!女子に背中触られるとか経験ねえから!不可抗力ですから!

 そんな誰に対してかわからない気持ち悪い言い訳を脳内でしつつ、メイドさんが塗り終わるのを待っていた。

 メイドさんの指を堪能しようとも思ったが、さすがに自制心が勝った。それでもいろんなところが元気になりそうで困る。よし、心を無にしよう。そしたらなんも考えずに済む。心頭滅却心頭滅却……。

 頭の中で必死にそう唱え、目を瞑る。


「はい、終わりました」


 ようやく聞こえたその声に安堵し、ふうと息をつく。


「ありがとう日和さん」

「はい。では私の背中もお願いします」

「え!?」

「まさか自分だけ塗らせてメイドには塗らないつもりだったんですかメイドだから焼けてもいいだろとか思ってたんですか最低ですね」

「待って待って。そんなこと一ミリも思ってないし謝るから一気に捲し立てるのはやめて?」


 突然ヤンデレ化したけど、目、完全に据わってたな……。深淵だったよ、こっちも覗かれちゃってたよ。

 というかもう、俺で遊んでるまであるな……。ま、振り回されるのも好きですけどね!


「じゃあ、お願いします」

「はい、塗らせていただきます」


 他に類を見ないほど気持ち悪い宣言をし、日焼け止めを手に出して伸ばしていく。メイドさんは背中をこちらに向け、塗り待ち状態だ。

 遠目で見ても綺麗だと思っていたが、こうして近くで見るメイドさんの肌は抜群に綺麗だった。本当に透けそうなほど白い。っていうか毛穴どこだよ……。ロシアとのハーフって毛穴ないんですか?ないんですね。


「恵人さん?」

「あ、ごめん。失礼します」


 思わぬうちに見惚れてしまっていたらしく、急いで塗り始める。

 メイドさんの肩に手を乗せ、ムラができないように塗っていく。その華奢な肩は思ったより薄く、今にも折れてしまいそうだった。

悪いことは一切していないのに、妙な背徳感がある。塗られている時よりもはるかに心臓に悪い。


「背中から腰にかけてもお願いします」

「え、あ、うん」


当然そこも含まれることは分かっていたことだが、いざ頼まれると気が引ける。だって腰だよ!?ダメじゃん!?(語彙力)

そんな風に宣っても解決するわけではないので、大人しく日焼け止めを手に出して伸ばしていく。


「失礼します……」


ええいもうどうにでもなれ!と半ば投げやり気味にメイドさんの腰に手を伸ばす。

触れてしまった、と思うと同時に、メイドさんの体温が手に伝わってくる。なんとなく、冷たくて寂しい感じがした。


「はい、終わったよ」

「ありがとうございます」


ようやく天国だか地獄だかわからないイベントを終え、謎の緊張感から解放される。


「じゃあ、行きましょうか」

「うん、そうだね」


メイドさんはすっと立ち、テントから出て行く。

開始30分でこんなドキドキしてたら、この後持たない気がするな……。


◆ ◆ ◆


「なにから行く?」

「どれでも」

「ですよねー」


いつもの塩対応に戻ったメイドさんの返答になぜか安堵しつつ、人混みの中を歩いていると、流れるプールが見えた。


「じゃああそこにしよう」

「かしこまりました」


 無事に行き先は決まった。が。

 ……なんか堅いんだよなあ。プールで「かしこまりました」って言ってる人聞いたことないし。なんならすれ違った人にえ?って目で見られてたし。

 そもそもこんな美少女が歩いている時点で目立つのだ。そこにさらに目立つ要素なぞ加えたくない。


「あの、日和さん」

「なんでしょう」

「敬語、どうにかなりませんか」

「無理です」


 即答。もうちょっと考えてくれてもよくない?ねえ?


「なんで無理か聞いても……?」


 恐る恐る聞くと、メイドさんは仕方ないですねと言わんばかりにため息をついた。

 あれ、俺一応雇用主だよね?なんで煙たがられてるのかな?

 メイドさんは狼狽えている俺を無視して話し始めた。


「恵人さんに仕えることが決まっていたので幼い頃からメイドになるための教育を受けていました。その一環で両親にも敬語でした。365日敬語だったので、もう抜けないんです。メイドの英才教育です」

「メイドの英才教育」


 あまりも聞き慣れない単語に一瞬たじろいだが、無理矢理消化する。

 突っ込みたいところは腐るほどあるが、メイドさんにとってはそれが日常だったのだ。詳しく聞くようなことはしたくない。いやでも気になるな……。今度聞くか……。別に日和ったわけでもびびったわけでもないから。空気読んだだけだから。

 というか、いくら助けたとはいえ一人の少女の人生をかなり歪めた親父はかなり罪なのでは……?そしてそれを受け入れてしまってる俺も同罪では……?


「好きでやってることですから。気にしないでください」


俺の心の葛藤を見抜いたかのように、メイドさんはいつもより優しい声音でそう言った。言うのを渋ったのも、俺がこう思うことを見越してのことだったのかもしれない。


「そう言ってくれると、ありがたいけど……」


それで「じゃあいっか!」と思えるほど単純ではない。だが同時に、どうすればいいのかもわからなかった。

だからせめて今は、メイドさんが少しでも気分良く過ごせるようにしようと思う。


「じゃあ敬語はそのままで大丈夫だから、今日は雇用関係忘れて楽しんでよ」


メイドさんは一瞬迷った様子を見せたが、


「……はい、わかりました」


そう言って微笑んだ。
















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メイドさんは今日も塩対応 結城ユウキ @yukiyuki0816

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