第7話 プール①

 九月に入ったというのに、外は信じられないくらい暑かった。天気キャスターのお姉さんによれば今日の最高気温は三十五度らしい。

 普段ならそんな気温で外に出ようとは思わないが、今日の目的地は暑いくらいがちょうどいい。

 練馬から車で二時間弱。俺とメイドさんはあきる野市にある東京サマーパークに来ていた。世間一般では夏休みが終わっているはずだが、それを感じさせないほどの混み具合だ。大学生が多く見受けられる。暇なんだろうな、こいつら。人のことは言えないが。

 呼び方を変えたのが二日前。昨日は準備をしつつダラダラ過ごし、今日に至る。呼び方を変えたといえどもすぐに慣れるわけでなく、脳内では変わらずメイドさん呼びだ。実際に話す時だけ日和さんと呼んでいる。

 だってそんなすぐ脳内呼称なんて変えられないでしょ。だって、ねえ?理由はわかんないけど。

 脳内ですら取り繕えないでいると、メイドさんに声をかけられる。


「なにぼーっとしてるんですか」

「あ、はい、ごめんなさい」

「私がこれ持つので、恵人さんはこっち持ってください」

「はい、持ちます」


 彼女はテキパキと車から荷物を出し、相変わらずの口調で俺に指示を出す。従わない理由もないので大人しく言うことを聞いておく。というか従いたいまである。

 車の中から全て荷物を運び出すと、二人の手は荷物でいっぱいになっていた。二人しかいないのになぜこんなに荷物が多くなってしまったかというと、単純に張り切り過ぎてしまったからである。

 だってほら、家に何もなかったし。こんな日差しの中日を避けるところがない場所でこんな美少女を座らせるわけにはいかないからテントは必要だったし。テントだけじゃ座る時硬くて痛いから厚めのレジャーシートも必要だったし。熱中症になってほしくないからクーラーボックスとかも必要だったし。

 そういえば一昨日、爆買いする俺をメイドさんが怪訝な目で見ていた気がしなくもないけど、それは気にしないようにしよう、うん。


「ほら、早く行きますよ」


 メイドさんに急かされ、入口に出来ている列に並ぶ。すでにかなりの人数が並んでいるが、入口で荷物検査を行っているためこれくらいは一般的らしい。

 前を行くメイドさんに目をやると、なんだか足取りが軽やかに見える。何かいいことでもあったのだろうか。

 ……もしかして。いや、さすがにないか……。うーん、でも気になるな。

 そう思って一か八か、メイドさんに聞いてみることにした。


「あの、日和さん」


 そう声をかけると、彼女はいつも見せている真面目な顔で振り向いた。


「なんでしょうか」

「間違ってたらごめんなんだけど……もしかして楽しみにしてる?」


 その言葉を聞いた途端、メイドさんの顔を強張り頬はみるみる赤くなっていった。

 そして恥ずかしそうに目線を下げ少し拗ねたような声で、


「……楽しみにしてちゃダメですか」


 そう言った。

 俺はそのセリフの可愛さに思わず黙ってしまう。

 何この可愛い生き物。その顔でそのセリフはあかんでしょ……。言葉遣いも普段より砕けてるし、何これ、もしかして夢?

 そう思ってしまうほど、目の前の光景は非現実的だった。


「あ、いや、ダメじゃないです……」


 我ながらあまりにも気の利かない返答をしてしまったが、これは仕方がない。メイドさんが可愛すぎるのが悪い。間違いない。

 最低の責任転嫁を脳内でしていると、メイドさんはプイッと元の向きに戻り歩き始めてしまった。


「あ、待って!」


 そんなやりとりを終えた後でさえも楽しそうに歩くメイドさんの後ろ姿を、俺は追いかけた。

 突然決まったプールだが、この機会を逃すわけにはいかない。今日一日でなんとか距離を縮めるぞ。頑張れ俺!えいえいむん!


◆ ◆ ◆


「それじゃあ、またここで」

「はい」


 無事荷物検査を終えて入場した俺とメイドさんは、着替えるためにそれぞれの更衣室へと向かった。

 男子更衣室野エリアに入ると、すでに人でごった返していた。どこを見ても人。思わず「うわあ」という声が漏れてしまう。

 というか、昔からプールの更衣室苦手なんだよなあ……。学校はもちろん、こういう遊園地のプールの更衣室が特に。

男しかいない空間だけならまだしも、男の香りと塩素の香りが混ざり合った形容し難い臭いに、じめっとした空気。毎度毎度プールに入る前に嫌な気分にさせられる。

1秒でも早く出ようと空きロッカーを探すが、中々見つからない。これもめんどくせえんだよな……。

ぐちぐちと悪態を吐きたい思いをグッと堪え、なんとか空きロッカーを見つけて荷物を放り込む。すぐさま水着を取り出し、着ていた服を脱いで着替える。

一昨日買った水着は至ってシンプルで、黒一色だ。ロゴもマークも何も入っていない。

というか、黒ってマジで万能だよな。とりあえず黒着ておけばなんとかなるし誰が着ても似合う。黒万歳。

着替えに要した時間はわずか3分。つくづく男は楽だなと思う。

貴重品や必要なものを持ち、ロッカーを閉めて鍵のついたバンドを腕にはめる。日焼け止め塗らないとここだけ変な跡つくからマジで厄介だよね。

更衣室を逃げるように出て 待ち合わせ場所に戻ったが、メイドさんの姿はなかった。


「ま、さすがにな……」


メイドさんのことだから当たり前のようにいる可能性もあると踏んでいたが、どうやら考えすぎだったらしい。準備に時間がかからない女の子などいないのだ。まあ、彼女いたことないから知らんけど。

 まだ来る気配はなかったため、スマホを取り出して天気予報アプリを開く。天候気温ともにまさにプールもってこいの環境だったが、「ゲリラ豪雨に注意」の文字が。

 プールだし濡れてもいいか、とは思いつつも、雷はやばいのでさすがに避難するしかない。そういえば地下にもなんかあるらしいからそこ行けばいいか。

 下を向いてそんなことを考えていると、未だに聞き慣れない澄んだ声音で声をかけられた。


「すみません、お待たせしました」

「ああいや、全然待ってな……」


 そう言いながら顔を上げたが、そのセリフを最後まで言うことはできなかった。水着姿のメイドさんに、目を奪われてしまったからだ。

 メイドさんの水着はオフショルダーのセパレートタイプで、下は短いスカートのようになっている。色は黒。オフショルダーにはフレアがあしらわれており、女性らしさをより一層際立たせている。

 ……いやいやいや、似合いすぎだろ。なんだこれ。この水着メイドさんのために作られたの?もしかして特注品?

 おそらく世の中に腐るほど出回っているだろう水着のはずなのに、メイドさんが着るだけで世界に一着しかない物のように思えてくる。

 っていうか、ほっそ。脚も腕もウエストもほっそ。スタイルもいいのかよこの子……。

 胸はそんなに大きくないが、その華奢な体つきにピッタリ合っている大きさで、それがスタイルをさらに良く見せている。

 だめだ可愛すぎる……。人間としてのレベルが違いすぎるだろ……。

 

「……あの」

「え!?あ、ごめん行こっか」


 どうやら時間の経過を忘れるほど見入ってしまったらしい。気を取り直してプールがあるエリアへ行こうとすると、メイドさんが下を向いて頬を赤らめ何か言いたそうにしていた。


「どうしたの?」

「……水着の感想はないんですか」


 ちょっと待て。可愛すぎか。

 恥ずかしそうにプイッと顔を背けながら放たれたそのセリフに、俺は思わず尊死するところだった。

 破壊力抜群すぎる……。え、この子素でこれやってんの?俺を殺す気なの?

 

「いや、あの、めっちゃ似合ってて、可愛いです……」


 相変わらず辿々しい言い方しかできない自分に腹を立てながら、なんとか言い切った。

 するとメイドさんはいつもの調子を取り戻したかのように、


「そうですか。じゃあ行きましょう」

「え、ちょ、待って!」


 そう言ってスタスタと俺の横を通り過ぎてしまった。

 よくわかんないな……。でももっと知りたいな、メイドさんのこと。

 相変わらず彼女のことは知らないことだらけだ。ここ数日で距離が近づいたのも気のせいかもしれない。

 だが、通り過ぎた彼女が満足そうな笑みを浮かべていたのは、気のせいじゃないはずだ。









———————

 

 めちゃめちゃ久しぶりです。二ヶ月書いてませんでした。二ヶ月早すぎん?

 こっちもぼちぼち書いていきます。

 これからも頑張って書くので少しでもいいなとか続き気になるなとか思ったらいいねやフォロー、レビューなどお待ちしております!反応があればあるほどやる気が出ますので!何卒!

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