10月は Blood Moon.

今までに、これほど自分の誕生日が楽しみだったことがあっただろうか?いや、多分その時々で楽しみにしていたとは思うけれど、今回はスペシャル過ぎる。渚と過ごす誕生日。僕は本当に一日千秋の思いで誕生日を待った。何なら誕生日を9月25日と偽っておけば良かったとさえ思った。そうすれば1週間早く渚に会えたのに。

誕生日など無意味に感じるようになったおっさんになり果てていたが、ようやく生きてきた「意味」を知ることが出来た。相変わらず仕事は単調だったり、若干忙しい現場に出ることはあっても、人生に追い風が吹く。いや、穏やかな凪、稀に優しく追い風が吹くといったところか?とにかく人生が楽しい。僕は「未来」だけを見て生きることが出来るのだ。そもそも過去はとっくに捨てたようなものなので、渚との出会いは衝撃的でさえあった。「誕生日デート」に備えて、新しい下着を買った。僕にはポリシーがあって、ソレは「下着と腕時計はカノジョに買ってもらう」と言うモノだった。流石に腕時計ともなると高価になりがちなので、カノジョにお金を渡して、時計売り場でそのお金を払ってもらう。そのくらい「こだわり」があったのだが、下着ぐらい自分で買ってもいいだろう。渚とベッドインする時、僕は「コソっと」脱いでズボンの下に隠していた。汚れてはいないが、くたびれたトランクスを見せるのも恥ずかしい。渚の下着はどんなものだろうと考えてみれば、穿いてる姿が目に焼き付いているので問題無しだ。いつか匂いくらいは嗅いでみたい。白とか淡い色の下着を愛用しているようだ。いわゆる「勝負下着」等ではない。


僕は不思議に思うのだが、女性は「何と勝負」してるのだろうか?今まで付き合ってきた女性の多くは「勝負下着」を穿いてくることがあった。確かに「綺麗な人がえっちな下着を穿いている」と言うシチュエーション萌えはありそうだが、所詮は「人の子」である。渚レベルじゃあるまいし、「勝負もへったくれも無い」と思う。最悪だったのは、可愛いのは顔だけで、プロポーションと言うのもおこがましい女の子さんが穿いてきた、スケスケで真っ赤なレースふりふりの勝負下着。もう「醜悪」としか言えないその光景(神よっ!陰毛まで透けて見えてるんですっ!)に、僕のこかんのM-16あさるとらいふるも萎えたものだ。


誕生日当日もいい天気だった。もう秋も本番と言った感じで過ごしやすい。待ち合わせはいつもの時間いつもの場所。10分前に着いてみれば、また渚が改札前に立っている。ベックスにいるかと思った。僕はもう早足で渚に近づいたりしない程度には、交際に慣れていた。しかし、渚は僕を見ると、千切れんばかりに見えないしっぽを振っている。

「誕生日おめでとう」と言われた。この人生で何回目だろうかと指折り数えてみれば指が余る。そのくらい貴重な一言を美しい人からもらった。これだけでお腹いっぱいである。

「ごめん、待たせちゃった?」

「今来たとこ」

「ゆっくりお茶でも飲んでればよかったのに」

と、僕はすぐ左手にあるベックスを見た。

「誕生日でしょ、私が待ちたかったの」

この生き物は男心をくすぐってくるのが上手い。ふと持ち物を見ると、いつもの大き目のショルダーバッグだけ。今日は「フォトデート」はお休みらしい。そう言えば、前回の「お家デート」から一切のメールが無かったので、僕もカメラを持って行かなかった。自分のカメラが無くとも、渚のカメラがあれば教えることは出来る。渚は特に何かを持ってきたわけではないようだ。では、僕への誕生日プレゼントはあのバッグに入る大きさのモノだろうか?


「洋ちゃん、何が欲しい?」

「何がって、誕生日プレゼントのこと?」

「そうよ、何がいい?」

僕はまた意味深に渚を見詰めてみた。

「ソレはあとで」

あ、デレた。渚も意外と「好きもの」であることを知った。とは言え、物欲の無い僕に「欲しいモノ」は無い。強いて言えばカメラとかレンズだが、出会って間もない人におねだり出来るような価格ではない。

「特にない、かな?」

「ん-、もうっ!考えておきなさいよ」

「考えておけと言われて無かった」

「じゃ、今考えて」

「そうだなー、街中を一緒に歩いて探すって言うのはどう?」

「それでいいの?」

「うん。今日の予定を考えてなかったし」

コレでデートプランは完成である。街中をぶらぶら歩いて、ランチタイムが終わる頃にどこかの店で食事をする。あとはホテルに入るまでの暇つぶしだ。駅前で待ち合わせて、渚を我が家に連れて帰るのは時間が惜しい。往復で1時間は軽くかかるから。今日はまた渚が右半歩後ろを歩く。何となく「買い物」をするのが目的で、ソレは「僕が欲しいと思う物」なので、当然だろう。「渚が贈りたい物」では無いのだ。そう言われても本当に欲しい物が無い。


「洋ちゃんはどんな物がいいの?」

「そうだなー、いつも見るものとかそう言った物がいいな」

「そう?」

「見るたびに今日を思い出せるから」

「バッカ・・・」

 渚がまたデレた。遠目に見ればツンデレで、その比率はツン9割デレ1割と言った感じだが、実はデレである。ただ周囲はそうと思わないだけだ。確かにちょっと離れたところから見ると、美し過ぎて近寄りがたい雰囲気がある。僕は渚のことを知っているから臆することなく接してるだけだ。デレるし。僕は渚の気配を右後ろに感じながら歩いた。あちこち見て歩いたけれど、やはり欲しい物が思い浮かばない。洋服屋も見て回ったが、僕はファッションに興味が無い。二人で目的も無くぶらぶら歩くのも悪くないものだ。暑くも寒くもない天気で、渚がバテることも無い。ふと、思い当たったことがあった。僕はこの日初めて「目的をもって」歩き出した。

「洋ちゃん、どこ行くの?」

「あっちにいい店がある」

「あ、欲しい物、あった?」

「ああ。そこの路地に入ると店があるから」

「うん」

僕は「いつでも持って歩く物」が欲しかった。ソレは渚の分身のようなものだから。そして、「ソレ」を扱う専門店があるのだ。

「ジッポ?」

「うん、ジッポのライターなら毎日持ち歩くから」

「いいよ、どれにする?」

 専門店だけあって、とにかく凄い品ぞろえである。店の広さは大したことは無いが、それでも8畳間ほどの広さの店内にびっしりと飾られたジッポ。定番モデルからカスタムモデル、限定モデルまで多種多様だ。ジッポならそんなに高額でもないし、ねだりやすい。通常モデルなら2千円ほど。ただ僕はあのステンレス製のジッポは苦手だった。開閉する時の音は割と好きだが、意外と滑るので落としやすい。ここは「真鍮製のモデル」を買ってもらおう。渚は店内のカスタムモデルを見ていた。結構「キャラクターもの」があるのだ。他、ポップアートを刻印したものから、龍なんぞの立体ものまで。この辺になると価格も立派だが、定番の「真鍮製モデル」なら3千円ちょっとだ。なお、僕が最も好きな「定番もの」はスターリングシルバーのジッポだが、高過ぎる。ショーケースの中、真鍮製のモノを探す。余計な意匠は不要だ。真鍮製のジッポは手に馴染むと滑らない。そんなショーケースの中にかなり「いいな」と思わせる物を発見した。「銅製のモデル」だ。朧げな記憶を辿る。確か、ベトナム戦争時にステンレスや鉄が不足しそうになって、急遽製造されたのが「Copper」(銅)だったはずだ。なのでショーケースの中にあるのは復刻品だろう。一切の飾りの無い地味なモデルだが色がいい。早い話が「ピカピカの10円玉の色」だ。コレは数年もすればいい感じに「使い込まれた10円玉の色」になりそうで、育てることも楽しめるだろう。お値段はやや高めの6千8百円。ちょっと高いかと思ったので、店の人に銅製の物と真鍮製の物を出してもらった。値札付きである。


「コレ?」

「うん、ちょっと高いかな?」

「え~、こんなのでいいの?もっといいのがありそうだよ」

「高いじゃんか。俺はこのジッポがいいの」

「じゃ、高い方にしなよ」

渚は太っ腹だ。いや、お腹はぺったんこのDカップだけど。

「いいの?結構高いよ」

「もっと、なんかこう・・・お金がかかると思ってた」

と言うわけで、渚のリクエストもあって、その「Copperモデル」は豪華な箱に入れられて、赤いリボンまで付いてきた。

「はい。誕生日プレゼントっ!」

「ありがとう。本当に嬉しいよ」

「うふ、喜んでもらえて良かった」

「大事にするから。でも持ち歩くから傷とか付きそう」

「その方が嬉しい」

 普通に付属する「黒くて小さなケース」ではなく、大きな箱に収められたジッポには、ライターオイルと石のセットが一緒に入る。その大き目の箱を手提げの紙袋に入れてもらった。僕はバッグの類は持ち歩かないので、手提げ袋は必須だった。嬉しくて嬉しくて、僕はその手提げ袋の重みを確かめながら歩いた。


「ねぇ、ケーキは?誕生日ケーキ」

「そうか、誕生日にはケーキなんだな」

「洋ちゃん、大丈夫?」

「何が?」

「プレゼントとケーキはセットなんだよ」

「大きくて丸いやつ?」

「んー、ホールケーキはちょっと無理かぁ」

「だな。食べきれないし、どこかのカフェで食べる?」

「洋ちゃん、カフェって言いにくそう」(笑)

「だって、喫茶店は”サテン”じゃんか」

「どうする?」

「買っていくのはどうかな?」「・・・」


またデレた。ケーキを買って「ホテルに」行くのはどうかなと言う僕の言いたいことを一瞬で理解したみたいだ。

「買ってく・・・」

「あっちに不二家がある。あと、ケンタッキーでも買おうか?」

「あ、私ケンタ大好きっ!」


これで食欲も性欲も満たせる。しかもプレゼントまで買ってもらえた。なんなら渚が頭にリボンを付けて「私がプレゼントよ」でも良かったぐらいだ。ケーキは4個買った。僕は苺ショートとモンブラン。渚はレアチーズケーキと果物がいっぱい乗ったタルト。

ケンタッキーは僕も渚も「オリジナルチキン原理主義者」だったので、4ピースとコールスローサラダを2つ。ラブホテルは原則「持ち込みOK」である。それでも大荷物になったけど。時計を見ればまだ15:00にもなっていない。これならかなり長時間楽しめそうだ。もちろん、食事のことである。ケンタッキー・フライド・チキンを食べて、ケーキを食べる。今日は僕の誕生日だから。


噓八百である。


そもそも、セックス前に腹を満たすのは好きじゃない。食欲が満たされると性欲が減退するのだ。渚もきっとそうだろう。先にセックスをしてから食事して、あとは腕枕をしながらのトークで甘い時間を過ごすのだ。多分だけどそうなのだ。

いつものホテルは空いている。平日の昼間だから当然で、部屋は選び放題である。しかし、また前回と同じ部屋(だと思う)を選んだ。清潔で余計な装飾の無い部屋。明るくていい部屋だった。僕はタッチパネルの下から出てきた鍵を手にして、渚を連れてエレベーターに向かった。渚は無言でついてくる。このシーンでわちゃわちゃと喋る女の子さんは苦手だ。


部屋に入ると、渚は僕の前に回り込んで背伸びしてきた。「キスをしなさい」と言う命令だ。僕は従者のように従うしかない。キスをすると、渚は室内に進んで、羽織っていたシャツを脱いだ。下には長袖のTシャツ。いい匂いのするやつ。僕も荷物を置いて渚に近づく。


「あ、またっ!駄目ったら駄目っ!」

「匂いが好きなんだ」

「駄目ってば、恥ずかしいから駄目っ!」

そのまま押し倒した。

「匂いを嗅ぐなぁっ!」

 渚は抵抗する。コレが「前戯」レベルになると抵抗は止むのだが、まだ「えろ娘モード」には入っていないから「恥じらう乙女」なのである。しかし、シャワーを浴びられてしまうと、この匂いも消えてしまうので仕方が無いことだ。

「ケーキ食べよっ?ね、洋ちゃんもケーキ食べよっ?」

そうだ、モンブランを買ったんだった。

「モンブラン」

「分かった、今お皿を用意するから」

しかし紙皿すら買っていない。渚はちょっと考えて、コーヒーカップのソーサーを僕に見せて首を傾げた。本当に可愛い。

「その皿でいいよね。大きさもいい感じだし」

「いい?」

「いいよー」

渚はソーサーにケーキを慎重に乗せて、冷蔵庫からお茶のペットボトルを出した。

「紅茶が無いけど、洋ちゃんはビールの方がいい?」

「お茶でいいよ。酒はあまり飲まないんだ」

「そうなの?結構飲みそうだけど」


流石にセックス前は飲まないとか言えない。


「誕生日おめでとう」

今日は何回この言葉を聞いただろうか。素直に嬉しい。

「ありがとう。今日はいい日だな」

「でしょ?一緒にいれて良かったね」

「ああ。本当に良かった」

何かと駄弁りながらケーキを食べて、そろそろえっちな時間の始まりだ。ケンタッキーはあとで食べよう。ラブホテルには電子レンジもあることだし。

「シャワー、浴びてくる」

渚が立ち上がった。もう完全に「そう言う関係」なのだ。なんだこの奇跡は。服を着たままバスルームに消えていく。いつもジーンズを穿いているので、匂いを嗅ぎたいが今日は無理だろう。いや、恥ずかしがって拒否されるだろうし、それでも嗅ごうとしたら鉄拳制裁を受けるに決まってる。「恥じらう乙女」とはそう言うモノなのだ。過去に何回も殴られてきた。無理強いをすると高確率で殴られる。本当の話だ。


ベッドの端に置かれたプレゼントと渚の大きなバッグ。


僕はそんな光景を見て幸せに浸っていた。これからセックスだし、既に僕のこかんのにるヴぁーじゅはやや膨らんでいる。


いつまでも続く安穏の日々。

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