第6話 新人類。

一二○○ひとふたまるまる。作戦開始。オペレーションデイブレイク開始」

 小型無線機から鳴り響く声に従い、目の前の敵を撃ち始める部隊。

 それは俺と玲奈も一緒で、目の前に見えた敵を撃つ。

 戦場では余計なことは考える必要はない。ただ目の前の敵を滅ぼすことに集中すべきなのだ。

 ただ――。

 俺は敵の足を狙う。

 我ながら姑息な真似をすると思っている。だが、これが一番の制圧方法なのだ。

 足を撃たれ戦意を失った兵士はその場で崩れ落ちるだけ。その味方を助けようと、別の兵士が必死で助けようとする。そこに隙が生まれる。

 助けようと、手を伸ばす敵を撃ち殺す。残酷かもしれないが、これも兵法の一つ。

 そして味方を助けるためにも撃つ敵は滅ぼすしかないのだ。

 撃たなければ撃たれる、とはよく言ったもの。

 だが戦場に絶対はない。

 ジャングル内を進行中。

 俺の目の前で敵が凍り付いたように固まる。

 撃たれる――そう思った俺はとっさに頭をガードしていた。

 だが撃たれなかった。

 英語で話しているので、聞き取れないが、引き金トリガーに指はかけられていない。

 不思議に思い、俺も引き金から指を離す。

 と、横合いから銃撃、その兵士は頭と心臓を貫かれ、その場に崩れ落ちる。

「半間隊長! ご無事で!」

 味方だ。

 だが、本当に敵だったのか――? 彼らが撃ったのは。

「助かった」

 罪悪感を消すように呟いたが、心がのってはいなかった。彼はなぜ、俺を殺さなかった。その気持ちが抜けきれなかったのだ。

「危ない伏せて!」

 玲奈が叫び、俺の頭を地面へとこすりつける。

 と、背中を銃弾がかすめていく。

「玲奈。ありが――」

 ふと顔を上げると、玲奈の顔に風穴が開いている。

「あぁぁぁぁぁぁぁっぁぁあぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁ!」

 言葉にならない悲鳴をあげ、俺は手にしたマシンガンの引き金を引き、敵兵力に突っ込んでいく。

「貴様らがっ――!」

 敵の銃弾が左腕を、太ももを貫く。

 それでも前進する。

「こんなもの!」

 叫びわめき、喉がかれるまで叫び続ける。


 と。


 ザザザッ。


 激しい頭痛がする。

 五分前の世界が終わる。そして新しい世界が始まる。


 パリン、とガラスが割れる音がする。

 俺はそのまま立ち上がると、俺を包んでいた暖かな液体が砕けたガラスとともに排出されていく。

「やった。やったんだよ! 必死に! その結果がこれか!」

 なんのために努力したのか、それさえも分からずに、また新しい世界が始まる。

 叫び、目の前に広がる光景に思考が止まった。

 立ち並んだモニターには人体の脈拍や心音、脳の活動などが事細かに羅列されているのだ。

 そしてその後ろ――たくさんの筐体がある。恐らくはパソコンだろう。それにしても薄い。さらに奥に驚いた職員らしき人物が立っている。その隣にも研究員らしき人物が目を丸くしている。

「た、保所長を! 新人類の誕生だと!」

 職員が研究者に発破をかける。

「は、はい!」

 そうとう慌てたのか、ドアに一回、頭をぶつけた。

 研究員はドアの隣にあるタッチパネルみたいなものに手をかざし、認証させる。

 とドアが開き、中に消えていく。

「自分は仄日ほのか。ここの研究員の一人よ」

「ここはどこだ?」

「ユグドラシルよ。といっても仮の名前だけど……」

「俺は何をしていた。お前らは神か? それともマッドサイエンティストか?」

「半分正解。自分たちは神ではないわ。マッドサイエンティストと言われれば否定はしないわ。こんなの狂っているって、分かっているんだから」

 目を伏せ、反省の意を見せる仄日。

「また、おかしな世界につれてきたもんだな。この世界はどんなところだ?」

 ふと思い至る。ここにいる前の記憶がないのだ。五分前なら確実に植え付けられた記憶がある――だがそれがここにはない。

「どういうことだ?」

「ここは人間のエボリューションルーム。あなたたちのようなサイコ粒子の強い者たちが新人類に至るお手伝いをするのが目的よ」

 聞き慣れない言葉が羅列されている。

 エボリューション――確か〝進化〟という意味か。それに加えて〝サイコ粒子〟――翻訳すれば精神サイコ粒子という意味になる。何を表す粒子だ?

 そして最後の《新人類》。これを意味するところは?

「――っ」

 軽い頭痛がする。立ちくらみを覚える。

 俺は立っていられなくなり、その場にしゃがむ。ふとみるとカプセル状の中にいたえらしい。薄緑色の液体がこぼれ落ちている。

 背後を見渡すと、そのカプセルが五千とある。

「な、なんだよ。これ……」

 そのカプセルを見やると、中には人間がいる。

「ひっ。生きて、いるのか……?」

「ええ。最新の技術で、自分たちで作った夢の世界で生きているの」

「夢の世界? 作った? は?」

 威圧するつもりで、放った言葉は弱々しい。全身の筋肉が衰えているのか、すぐに疲れる。

「夢の中で様々な分野の、反応やデータを集めてサイコ粒子の活性化を促しているの」

「だからサイコ粒子ってのはなんだ?」

「それは思考する粒子のことじゃよ」

 しわがれた、だが重みのある声色が耳朶を打つ。

 声のした方、ドアの付近を見つめると、そこには白衣を着た老人が一人。

「失礼。この研究員の所長・一条いちじょうたもつだ」

「あんたが親玉か。思考する粒子ってなんだよ?」

「おぬしは知らぬか? 思考をしているときに発せられる粒子のことじゃよ。君は特段、サイコ粒子の量が多かった。じゃから夢の切り替えに支障がでた。そうじゃな?」

「夢の切り替え?」

「なんじゃまだ説明していなかったのか?」

「す、すいません!」

 先ほどの仄日が保の一言でビシッとした。

「夢と言っておるが、君たち被験者にとってはあれがリアルじゃろうて」

「まさか、俺がずっと経験してきたのは夢だったのか?」

「そうじゃ。といっても五感も、友人関係も、すべては共有されておる。人口の記憶を使って、のう」

 その夢で俺が何度悩んだのか、神はひどいことをするとさえ思った。

「君は特別、意思が強かったせいか、過去のデータを消すことなく、引き継がれていたようじゃな」

「ええ! そんなことありませんよ! ここの記憶抹消装置は完璧です」

 仄日がキーボードを叩き、データを映す。

「それは旧人類だからじゃ。彼は立派な新人類じゃよ。思考領域が通常の1.5倍。記憶容量も3倍はあるじゃろうて」

「は? 俺はそんなことないだろ」

「じゃあ、なんで記憶を引き継いでいるのかな?」

 俺のあらゆる思考回路をふるにして考えるが、その可能性が高いという結果に落ち着く。

「本来なら一人分のコップには一人分の液体記憶しか入らない。じゃが、それ超える存在が君じゃ。分かってもらえたかな」

「……こっちの世界のことを教えてくれ」

「察しがいいな。飲み込みも早い。どうやら本当に新人類のようじゃ。これは報告が楽しみよのう」

 カタカタと一生懸命にキーボードを叩く研究員が三人。何をやっているのだろう。

「じゃあ、玲奈は生きているんですか?」

「ああ。もちろんじゃとも。君のガールフレンドたちは大切にしおるわい」

「あなたの過去、それに起因するデータから夢を再構築したのよ」

 仄日が当たり前のように言うが、俺には難しいことをやっているくらいの認識しかなかった。

「とりあえずは衣服からじゃな」

「そ、そうでした! すいません!」

 仄日が慌てて立ち上がり、研究員用の白衣を取り出す。

「まずはこれを着て!」

 手渡された白衣では心許ない。だが、それしかないというなら着るしかない。

 俺、こいつらにいいようにあしらわれているだけじゃないか?

 本当に俺が新人類なのか?

 尽きない疑問を持ち、俺は保についていくことにした。

 まずは行動してみる。そして思考する。知らないことばかりだからな。

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