第5話 西部戦線。

 西部戦線は苛烈を極めていた。

 西部戦線二日目。

 玲奈の活躍もあり、この前線はかなり好調で推し進めている。だが、敵は誘い込むような動きを見せており、前進しては後退を繰り返している。

「敵をいぶり出したいな」

 俺の一言は、その場にいる誰もが思っていたこと。

 敵兵士の残存勢力をいぶりだし、各個撃破が目的である。

 その作戦の立案を今、しているのだ。

 わかりきった考え、誰もが思っていること。

「そうですな。だが、それを話し合うためにこうして集まっているのです」

 少尉くらいの男がつぶらな瞳をこちらに向ける。

 佐々木ささき少尉といったか。

 彼は部下からの信頼は厚い。今次作戦においても、副官の任を与えられるほどだ。

「北と南から挟撃をする。部隊をみっつに割り、小次郎、龍馬の部隊と佐々木の分隊を三方向からの銃撃により制圧。退路を断て」

「そんな! こんなジャングルの中じゃ、味方を撃ってしまう可能性だって――」

「そんなへまをやらかす奴はうちの隊にはいない。だろ?」

「へ。言ってくれるじゃないか。おれだって味方は撃たないさ」

 鼻をこすりながら了解する小次郎。

「ふむ。ならヘルメットにマークでもいれておくか」

「お! それサンセー」

「お互いの認識ができればいい。なるほど、メットに細工か。それで味方と見分けがつくんだな?」

 慎重な佐々木少尉。確認の意をとる。

「ああ。それで奴らを叩く!」

 俺はそううなずき、勝ち誇った顔で地図をみやる。

 ジャングル地帯での戦争。

 土地勘のある者が有利だ。

 だが、そんな奴はここにはいない。

 やっていけるのか? この作戦。

 地の利はあちらにある。不利な戦いになるだろう。

「俺も、玲奈も前線に出る。覚悟しておけよ」

「アイアイサー!」

「葵伍長ごちょう。メットに細工するのを手伝ってやれ」

「は、はい!」

 慌てた様子でキャンプを出る葵。

 こちらの世界でも俺の後輩にあたる。

 しかし、五分前の記憶があるのはどうしてだ。俺は平々凡々な男だ。それに幼なじみの理彩、同級生の玲奈、後輩の葵はセットでついてくる。それはどんなときも、どんな時代背景でもだ。

 今回の戦時下の状況でも一緒らしい。それが俺に不安を誘う。

 神と呼ぶべき者に操られ同じようなことを繰り返している。じゃあ、俺の生きている価値はどこにある?

「三時間後、作戦を開始する、一二○○ひとふたまるまる

「了解!」

 佐々木少尉が敬礼するのを見届け、俺はキャンプを出る。

 外の空気を吸い、緊張をほぐす。

 そして俺は近くの川に立ち寄る。

「なんだ? ついてきたりして」

「いや、あんたの勘を信じるよ、私は」

「玲奈……」

 抱きしめたくなる気持ちを抑え込み、その肩に手をおく。

「次の作戦ですべてが終わる。当分の間は冷戦状態になる。これで最後の戦いだ」

「そうね。そのあとの平和を守るのが仕事になっていきそうね」

 どこか顔色の悪い玲奈。

 なにかあったのだろうか。

 部下のメンタルは俺にとっての生命線になる。

 聴いてみる必要もある。

「なんだ? 不安か?」

「そうじゃないけど。半間くんが、怪しい顔をしていたから」

「……そうだな。俺は時々思う。なんで生きているんだろう? って」

「それは……!」

「分かっている。こんなんじゃ、部下に示しがつかないよな。死に急いでいるわけずじゃないんだ。ただ俺は……」

 生きているのに意味を問うのは間違っているのだろうか? 少なくとも死を連装させる問いは戦場では場違いなのかもしれない。

 だから、俺は……。俺は?

 俺は何を求めていたのだろうか?

 なんで俺は五分前の記憶を持っている? なんのために?

 その疑問に応えはないのかもしれない。

「分かりました。隊長、今次作戦までゆっくりと休んでください」

 敬礼をし、そそくさと帰る玲奈。

 その態度は同僚ではなく、兵士のそれだった。

「どうですかな。川のせせらぎは癒やされるでしょう?」

 佐々木少尉がここまで下ってきたようだ。

「ええ。もう少しここにいようと思います」

「そうだろう。若いのに無理をしている。責任を感じるのも無理はない」

「はい」

 一日目で戦死者は20人を超える。

 とはいえ、この規模の戦争なら抑えられている方ではあるのだ。それでも敵を1000から500まで押さえ込んだのは優秀と言えよう。

 前任の佐々木少尉の活躍あってのこと。

 だから俺は素直に佐々木の言うことを聞ける。

「お陰さまでなんとか死者は押さえ込むことができました。ですが、今次作戦では、もっとひどい……」

「分かっている。確かに無理のある強攻策と言えよう。だが、他に勝ち目のある戦いもない。半間大尉はうまくやっておる。自信を持て」

「ありがとうございます」

 歯がゆい気持ちが拭えたわけじゃない。彼の言うことも、半分は俺のメンタルを保つために言っているのだと、気づかされる。

「情けない上司で悪いな」

「いえいえ。誰しもが人間です。それは変わりない」

「誰しもが人間か……。それもそうだな」

「とにもかくにも、今はゆっくりなされ。上官がそうではついていくのが不安になる部下も多い」

「そうですね。少し仮眠をとろうと思います」

 佐々木は後ろ手に手を振りながら帰っていく。

 俺はそんな佐々木を見届けてから、本部に戻り仮眠をとることにした。


 タイマーが鳴るより先に起き、自分の身体を確かめる。

 俺は軍事国家の大尉。西部戦線三日目に突入しようとしている。その認識を改め、ベッドから這い起きる。

 隣で寝ていた玲奈に気づかれない――。

「って! ええ!」

「どうしたの? 半間くん?」

 乱れた衣服を着た玲奈に驚きを隠せない。

「な、ななんでお前がここにいるんだよ?」

「えっと。えへへへ……」

「笑ってごまかすな!」

 俺はデコピンをすると、「いったー」とおでこをさする玲奈。

「一緒に仮眠しようと思って」

 乱れた衣服を整える玲奈。

「たく。どうしているんだか」

 見張りは何をしていたんだ?

「私たちの関係はもう怪しまれているよ。だから通してくれたの」

「ああ。そうかい」

 憤慨にも似た熱を感じ、俺はすぐに上着を着る。

「そろそろ作戦の開始時間だぞ。悠長なことはしてられん」

「分かっていますって。これでも優秀な部下なんだから」

「そうだな。そうだったな」

 なんでこいつはこうも自信満々なんだ。

 どうせ五分前に作られた記憶だと言うのに。

 しかし、今回の五分は長いな。体感一週間はあるぞ。まあ、実際そうなのかもしれないが……。

 実体験が〝記憶〟に変わってしまえば、それは五分前に作れたのと同じになってしまう。だから分からなくなり、不信感が生まれてしまう。

 だが、今は作戦前だ。余計なことは考えるな。

 生き伸びることだけを優先しよう。

 生きてさえいれば、世界は変わるのだから。

 俺は司令部のキャンプに入ると、佐々木と小次郎、龍馬を見渡す。

「よし。作戦開始!」

「作戦開始! 小次郎隊は南から、龍馬隊は北から、そして我ら佐々木隊は正面からの警戒を厳とせよ!」

「了解」「アイアイサー!」

 みんながちりぢりになると、俺と玲奈は正面佐々木部隊についていく。

「しかし、司令部である半間大尉がついてくるとは」

 困惑した顔の佐々木。

「司令部の椅子に座るだけが仕事ではないし、それじゃ部下に示しがつかないからな」

「そうですな。ワタシも、心強く感じます」

 佐々木が伸びたひげを触り、嬉しげに目を細める。

「ともに戦おう。そして生き延びよう」

「我らが祖国のために!」

「あ、ああ。祖国のために!」

 士気を挙げるためにそう言ったものの、祖国のためと思ったことはない。

 理彩、葵、それに玲奈の顔がちらつく。

 そうだ。彼女たちのために生きるのだ。俺はそれでいい。

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