第二章 サイコ粒子

第7話 いちゃいちゃ大作戦。

「こっちじゃ。ここの食堂はおいしくないが、安さと満腹感はある」

「そうですか……」

 おいしくないならオススメしないで欲しい。

「というか、それしか食べる場所がないがのう。ホホホ」

「マジですか」

 これくらいしか食べるものがないというのに驚きを隠せない。

 食に関心の強い方ではないが、娯楽としての意味合いがある食に、マズいものじゃ、元気もでないというもの。

「ここは地球とは違う。静止衛星軌道上に位置するコロニーG1いち-わんと呼ばれる衛星スペースコロニーじゃ。と言っても、規模は五千人程度じゃが」

「スペースコロニーというと、あの巨大な?」

 宇宙用の居住区。円柱上の、三枚の鏡があるイメージがわく。

 アニメや漫画でしか見たことがないが、それもこっちの世界では実現できているのか?

「そうじゃ。半間くんの世界には何度も登場させている、筒状の居住区を回転させることで疑似重力を発生させている宇宙で人類が暮らすために作った建造物」

「もしかして、この世界の文明はさらに進んでいるのですか?」

 先ほどの会話から察してはいたが、確かめずにはいられない。

「そうじゃ。といっても地球は宇宙人に乗っ取られ、今では干上がった大地となっておる。それを奪還するのがおぬしの役目じゃ」

 大それたことを言っているが、俺には無理だ。

「そんな! 俺はただの人間ですよ?」

 ただの人間に背負わせるほど、バカではないと信じたいが……。

「しかし固有のサイコ粒子を持っておる。調べてもいいが〝スペシャルDNA〟の持ち主かもしれん」

 なんだよ。〝スペシャルDNA〟って。

 そんな特殊なものを持っていて、なんで普通にしていられるんだ。

「なんじゃ、不服そうじゃな」

「そんなの信じられませんよ。それになんですか? サイコ粒子だのスペシャルDNAだの。俺をからかっているんですか?」

「そうじゃな。文明が進みすぎて、まだ知識としては蓄えていなかったか」

 どうやら根っこからサイコ粒子だの、スペシャルDNAなどというものを信じているらしい。

 一種の宗教だな。

「それに俺はどうしてあんなカプセルの中に閉じ込められていたんですか? あの世界、五分ほどで消えてしまうのは何故です?」

「質問攻めじゃな。詳しくは隣の休憩室で話そうじゃないか」

「それにスペースコロニーというのも納得できません」

「そうじゃろうて。今は柔軟に、そしてあるがままを受け入れるのがよかろう」

 今にも老いで死にそうな保はコロコロと笑う。

 休憩室に入り、中でコーヒーを二杯買う保。

 俺は砂糖とミルクを追加し、コーヒーを飲み下す。

「砂糖も高いんじゃぞ」

「それよりも、あのカプセルはなんです?」

「そうじゃな。〝人類革新計画〟のための一歩じゃ」

「〝人類革新計画〟?」

 聞き覚えのない言葉に耳を疑う。

「あれに入り、実際にあった出来事や経験を蓄積し、そこから人の揺れ動く感情を数値化し、データをとる。過去に起きた出来事を子細漏らさず原子一個の動きに至るまで分析することで、未来を完全に予測できる。その第一歩の計画じゃ」

「ラプラスの悪魔……」

「そう。ラプラスが提言した悪魔の計画じゃ。すでにそれは始まっておる。過去を理解するため、よりバイタリティの高い人物を選出し、あのカプセルで育てる。そうして積み上げてきたデータがより良い未来を作っていく……はずじゃった」

「つまり、天気予報と同じように過去から未来予測を立てたわけだ。で、それでは終わらなかったんだな? どうしてだ?」

「選出された人物の中に、サイコ粒子を強く持つ者がいた。それはやがて他の人々にも影響を及ぼし、設定した記憶から逸脱するようになっていった」

 いとも簡単に《設定した記憶》と言ったが、非人道的と思うのは俺だけだろうか。

「記憶の上書きがうまくいかずに、引き継がれていく。そのような者はすでに脳が進化したと考えられておる。他の者よりも数倍早い思考回路、状況判断能力、空間把握能力などなど、様々なところで軒並み外れた力を発揮するじゃろうて」

「それが……俺?」

 あまり飲み込めてはいないが、俺の話だと分かる。

「そうじゃ。実際には勝ち目のない戦いでも、どうにかしてしまった。お陰でデータの書き換えが大変じゃった」

「西部戦線ですか」

「そうじゃ。あれは実際に起きた戦いをベースにしたのじゃがな」

「記憶、だけということは、彼女は生きているんですか?」

 玲奈は生きているのか。それはずっと疑問だった。

 俺が最後に確認したとき、死んでしまった。だが、あれは作れてた世界の偽物なのだ。なら――

「無理じゃな、今のところ最優先で回復させているが、脳にかかった負荷が大きすぎた」

「なっ! それはどういうことだよ! じいちゃん」

 俺はつかみかかり、壁際まで追い詰める。

「カプセルの中で起きた世界は、実際の肉体にも影響を与える……というよりも、実際の脳に負荷がかかるのじゃ」

「そ、そんな……」

 バカな。ありえない。あの玲奈が死ぬはずはない。まだ16だぞ。死ぬわけがない。

「言ったろう。今はまだ生きている、と」

「なぜ。そんなことが分かる」

 胸ぐらをつかむ手が降りる。

 実際の肉体にも影響がでる――恐らく死を経験した脳は自分が死んだものと処理してしまうのだろう。その結果、肉体にも影響がでる、と。

「博士! 来てください!」

 看護師らしき女性が息を切らしながら、汗を垂らしている。それで察したのか、保は重い口を開く。

「玲奈さんはまだ生きている。生きようとしている。それを助けられるのは君しかいない、半間博人くん」

「お、俺……? 確かに医学の知識はあるが……」

 それは五分前の世界で手に入れた医学知識だ。記憶を操作できるような時代に、昔の技術が勝てるわけがない。

「何を言っておる。半間くんの、その頭脳こそが一種のヒーリング効果を生む。彼女とイチャイチャして助けてやれ!」

「は? どういう意味だ?」

 え。は? え? いちゃつけと言ったよな? なぜそうなる?

「じゃから、お主のサイコ粒子は人を回復させる力がある。行け、そして救ってこい」

「……分からないが、救ってくる! 俺は誰一人として欠けるわけにはいかないんだ」

 俺には大切な仲間が、友がいる。

 彼女らを助けるまでここから離れるわけにはいかない。

 その看護師さんについていき、再びカプセルに戻る。破損したガラスはすでに取り替えが終了しており、俺はパンツ一枚でカプセルの中に寝る。

 頭の横から薄緑色の液体が押し寄せてくる。

 この液体は身体の調子を整えるらしい。

 カプセル内にいるだけで様々なデータがとれると言っていた。

 俺のサイコ粒子とやらのデータもとってあるらしい。

 そして俺は今、自分の意思でカプセルに入った。

「いいか。そのカプセルから二度と出られなく可能性もある。それでもいいんだな?」

「ああ。知れたこと」

「人類存亡よりも、玲奈さんか……。悪くない回答だ」

「そりゃどうも」

「お話もこれまでだ。救ってこい、彼女を」

「言われるまでもない」

 なんとなく、あっちの世界なら自信を持てる気がする。

 今までうまくいっていたのだ。

 なんとかなるはずだ。

 やってみてから、後悔しよう。

 やってみてから、挫折しよう。

 俺はまだ諦めちゃいない。

 ゴボゴボと俺は溺れる感覚に陥る。


 頭に激痛が走る。

 視界がぼやけてくる。

 あの世界に戻っていくんだ。

 浮遊感が俺を襲う。

 情報が滝のように襲い、俺の頭の中に入ってくる。

 そうか、新しい世界の情報が頭痛の原因か。

 得心いくと、俺は見慣れた教室に一人立っている少女を見つける。

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