彼女の秘密

「実は私には永遠の命があるの」


彼女は少し声のトーンを下げて言った。

僕は電話を反対側の耳に持ち替えて続きを待つ。


「でもそれだけじゃ、あなたもつまらないでしょ?だから今日はあなたにも永遠の命を手に入れる方法を教えてあげる。それで構わないかしら?」


構わないと僕は答える。彼女に永遠の命があることも、永遠の命が手に入ることも信じてはいない。けど、あのアルタミラの絵を見てしまってから、僕の心は彼女に取り憑かれてしまったようだった。彼女の言葉を息を呑んで待った。


「私は何万年も前に洞窟の中で永遠の命を手に入れた。ある方法を使って。その方法を今からあなたに教える」


僕はまた電話を反対側に持ち替える。

電話からは彼女の深呼吸が聞こえる。


「私のことをよく見て。横顔ではなく真正面から私を見て。スタバで見た私のことを真正面から頭に描いて」


僕は言われた通りにする。

スタバで真正面から向かい合った時、僕が真っ先に目を奪われたのは彼女のホクロだった。首の付け根あたりにポツリとついた黒い点。透明感のある白い肌の中で、その存在感は際立っていた。


僕の頭の中は、そのホクロに支配される。

真っ黒な点がどんどん大きくなり、僕は暗闇の中に取り込まれる。

その暗闇から逃れようと意識の中で必死にもがく。バタ脚をして手をぐるぐるさせる。


少しずつ暗闇から離れることができる。

離れたところから黒い点の方に振り返ると、黒い点の周りには火が燃えていた。黒い点を取り囲むように大きな炎が立ち込めている。


「それは太陽なの」と彼女の声が聞こえる。

太陽…そう思っていたら炎が僕の方に飛んでくる。僕は炎に包まれてしまう。


「まずは今の自分を浄化するのよ」

「太陽の火が全てをリセットしてくれる」


僕の身体が炎で燃えている。

そんな光景が意識の中で繰り広げられていると、現実の僕はノドがカラカラに渇いてしまう。水だ、水を飲まなくては!


そんなとき水の音が聞こえる。

水が流れる清涼な音がする。

僕はその音の出所を血眼て探す。

その音はクローゼットの中からだった。

クローゼットを開けると、水がフローリングの床から湧き出していた。


僕はその水をわき目も振らずに口に入れる。

口で思いっきり水を吸い込み、身体中に水を行き渡らせる。必死に必死にノドの渇きを癒す。


「私の時は洞窟の岩の間に水が流れてたの。あなたはアパートの狭いクローゼットの床下なのね。それだけ時が経ったのね」


意識の中で僕は炎に焼かれる。

現実の中で僕は水に潤される。


「おめでとう。これであなたは永遠の命を手に入れたわ。私の同じね」

そう言って、彼女は少し声をあげて笑った。


「ありがとう。最後にさ、君の名前を教えてくれないかな」僕は口元を拭き息を整えて質問する。


「美しい月と書いて『みづき』よ」

美月…僕はその名前を反芻する。


「またあのスターバックスで会いましょう」そう言って美月は電話を切ってしまう。


アパートのワンルームの中で、僕は永遠の命を手に入れた。

焼きかけのホットケーキたちと、アルタミラの牛たちが僕を見つめていた。

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お水取り Kitsuny_Story @Kitsuny_Story

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