第3話 夏がはじまるよ

 すっかり快晴になり濡れた地面を乾かす勢いで太陽が笑い始める。

 水滴が滲む腕を横っ腹で拭き序でにスマホを取り出して連絡先交換。

 聖良乃のプロフィールを確認するとアイコンに映る動物に目がいった。


「犬飼ってるの?」

「ええ、しかも二匹」

「へぇー今度見に行ってもいい??」

 それは純粋な興味本位からくるアレで、決して下心はない。

 しかし彼女にとって旭の行動は未知そのものであり心を読むこともできない故に長考。


「いや別に深い意味はなくてね!?犬飼ってないから聞いただけ!」

「時々いるのよ、神宮寺聖良乃の家に行ったって勲章が欲しくて言いふらしちゃう子」

「考えていることもその・・・」

 白磁の頬が段々と桜色に染まってゆく。


「あー・・・それは、キツイね」

 女子はまだしも男子高校生なんて性欲の化身、行動理念は常にエロに基づき行われているわけで。

 特に彼女は美少女であると同時にスタイルも煽情的で垂涎の逸品、あらぬ妄想を抱かれるのも無理はない。

 そんなのを四六時中垂れ流され取り繕った笑顔を張りかせて会話してるんだから精神が病んでもおかしくない。


「あとカースト上位の子に多いのが」

 腕を組み顎を指先に乗せ考え込んでいるがホント絵になるなぁ。


「私がカースト下位の子と秘密裏に付き合ってたり、脅されてよからぬ間柄になっている妄想をよくしてるわ。あれはどういう思考なわけ?」

 僕にその手の性癖はないし聞かれても上級者向けだと答えるしかない。

 しかし直接的に表現するのも憚れるのでマイルドに濁す。


「・・・いや、まだこの話は早いと思います」

 駄目だ、上手い例えというか考えが浮かばなかった。


「ふーん、ところでだけど普段は名字で呼んで?二人きりの時は名前でいいわよ」

「マジすか?」

「私はそんな気にしないの、彼らが勝手に意識してるだけ」

「ホント面倒臭い能力だね」

「助けられたことだって何度もあるけどね」

 聖良乃は誇らしそうな笑みを浮かべ後ろ髪に手を伸ばすと、結いを解く。

 そして暑くなってきたからか口にヘアゴムを咥え、うなじを見せつけながらまとめあげた。


「こうやって髪型を変えるだけでも、皆の反応がうるさいの」

 唆る視線でやだやだと愚痴るが、彼女の思惑通り僕も生唾を飲み込んでしまう。

 自分の武器を理解していて最大限に使える女子高生、神宮寺聖良乃。



(恐ろしい子・・・!)



 改めてどうしてこうなったとドッキリを疑うが、大雨の中カメラ班を待機させていたのなら申し訳ない。


「ふぅ」

「髪長いと大変そう」

「慣れるわよ。それに大変な分お洒落するのは楽しいし」

 そう言うと聖良乃は眉間に皺を寄せ睨んできた。


「・・・別に犬見に来てもいいけど、身嗜みはしっかりしてね?」

「いいの!?」

「これはね、ある意味で男性に対する免疫向上トレーニングの一環でもあるの」

 更に眉を寄せ上げ垂れた横の髪を耳にかける。


「幸い貴男は人畜無害そうだし、変な気を起こされても対処できると思う」

「うっ」

 確かに僕は平均的な男子に比べてもヒョロヒョロで血色も良くないと思う。

 一目見れば外に出てないというのが丸分かりだ。


「そういう意味でもお互いウィンウィンな関係が築ければいいわね」

「せっかくこの私と交遊できる機会があるんだから、少しは異性に気に入られるような努力をしなさい」

「一人が好きだといっても他人に良く見られようとする努力は悪いことではないし、自分磨きをしておくことに越したことはないわ」


「肝に銘じます」

 的を得る指摘に心がヒュンとなるが、今まで誰も家族にさえも言われなかったことだからか嬉しさが勝る。

 彼女の言う通り、どうせならもう少し身嗜みを気に掛けようと思った。


 ♦♦♦♦


「それで、このあとは?」

「私は予定があるし、一人で帰れば?」

「冷たいですね・・・」

「そう?放課後の大部分の時間を使って主従関係まで結んだんだから感謝してほしいくらい」

「はいはい」

 どちらにしても一度教室に戻らないといけないのだがここで一つ疑問が湧く。


「何で体育館裏にいたの?」

「言ったでしょ?告白されてたって、あんな大雨のタイミングでね」

 聖良乃は体育館の陰から周囲を注意深く窺うと、


「私が先に出るから、貴男は五分後ぐらいに出なさい」


 と忠告しそのまま校庭に躍り出た。


「あっ」

 伸ばす手はまるで陽射しに遮られるよう暗い影の端までしか伸びず、手を引いて思い悩んだ。


「・・・頑張るか」


 今迄さんざ甘い蜜を啜り楽な道に逃げ込んでいたんだ。

 これからちょっとづつ変わればいい。



 少年は夏空の下、あの雲に想いを馳せる。



 ♦♦♦♦


「それにしても暑い、フェーン現象バンザイ」


 なんてことをぶつくさ呟き滝のように噴き出る汗にウンザリ。

 体育館は渡り廊下が備わっているのでそこを抜ければすぐ校舎内に足を踏み入れられる。

 雨上がりにねっとり絡みつく湿度を振り払うべく足早に冷房の効く教室に向かった。


「いやいやこれからどんだけ暑くなるんだ」


 夏は好きで嫌いだ。


 大体のアニメや漫画は夏が舞台になっているし時期的に始まりを予感させるシチュが盛りだくさん。

 例を挙げれば夏祭りに花火に海に山にキリがない。

 だけど友達のいない陰キャには関係のない次第で、現実は唯々暑くて蚊と蝉とゴキブリが湧くばかり、自分は創作上でしか夏が好きじゃないんだなと納得した。


(さらば愛しの幼馴染、さらば愛しの浴衣姿)


 斜陽射し込む廊下を歩きながらネチネチネチネチ思い出してしまう。


(女々しくて辛いよ)


 誰か励ましてくれ、この痛みを共有させてくれなんてちょっぴり寂しくなる時もあるが、大抵は自分一人で傷を舐めなんとかなってきた。


(聖良乃は・・・駄目だよなぁ)


 多分こういう相談は出来ないだろうし、メッセージを送ると面倒臭いと思われて取り合ってもらえず評価が下がるかもしれない。


 まだ掴み辛い距離感にどうするべきなのか困惑しつつ、とりあえずは普段通りに振舞うことにした。


 ♦♦♦♦


(げっ)


 自分の教室に戻ると僕の席はオタクに優しいか分からないギャルに占領されていた。


「・・・」ソソソソ


 何で女子は放課後居残りするんだ?


 正統派文学少女の住処が図書室なのは周知の事実だが、彼女達の居場所は変幻自在、故に自由。


(だからといってそこに座らないでほしい)


 ミニスカ白ギャルは旭の机の上に座り近くのギャルと駄弁っている。

 通気性を重視しているのか大きく張った胸元は大胆に露出され、ブラウス越しから下着の色鮮やかさも垣間見える。

 そしてあの太ももの臨場感よ。


(見せてんのか?)


 間違いなく痴女だろうという推察は置いておき、だらりと肩にかかったクリームイエローの一つ結びと、耳につけられた控えめなピアスのコントラストに息を呑む。

 いや、息を呑んだのは彼女達に忍び寄り机横のカバンを取るからという理由であり、可愛いとか思ってない。



「スマセン・・・」



 悲しいかな。

 陰キャは目立つ行動をとるのを非常に嫌う。

 聖良乃と普通に喋れていたのはの状態だからであり、何より必死だった。



 今はどうだ?



 カースト上位のグループに立ち向かうので精一杯なんだ。


 声をかけられたギャルはどうでる?



「んっ、あごめんここ君の席?」



 やっと気が付いてくれたのか、明らか不審者な立ち回りで呼吸を早くする旭に対し白ギャルは寛大な態度をとる。


「イヤイイデスヨ」コーホー


「ん、悪いね」


 短いやりとりを終え彼女はまた前を向いた。

 黒ギャル達はまるで僕に興味を持とうとせず雑談に耽ているよう。





「てかさ、アンタ誰?」





 やっとの思いでカバンに手を伸ばした瞬間、白ギャルは眼光鋭く尋ねてきた。

 周りの黒ギャルはなんだなんだと二人の様子を眺め始める。



(えぇ)



 萎縮する身体。

 怪訝な顔つきの彼女は怖かった。





 そして僕は、悲しい疑いをかけられるのだった。





 ♦♦♦♦


 今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。

 ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。


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