7, 師の心、生徒知らず



〈〈


彼の時は、少しだけ遡る。




三月の昼下がり、淡い青空。

霜にやられた芝生の中庭で、教師、雨宮 ナイトは庭のベンチを独り占めしながら煙草の煙をなびかせていた。


「っあー、寒っ!」


冷たい風に当たり続けて赤らんだ彼の顔。

しかし眼鏡の奥の目元の赤さをみると、寒さだけがその理由じゃないことが窺える。



今日は退魔学園の卒業式だった。

彼はついさっき担任していた魔法学部 魔法専攻学科の生徒たちを送り出し、二年間という任期を終えたばかりだった。


雨宮はぼんやりと空に浮かぶ薄い雲を眺める。

今日までの二年間、いろんな事があったのだろう。

彼は空を仰ぎながら一入の思いと共に白い煙を吐き出した。


「ふぅー……めんどくせー奴らだったなぁマジで」


空に消えていく悪態。

どんな事を思い出して発した一言かは分からないが、憎らしさから出る声とは違うものだった。


彼には教職を務める上で一つの教訓があった。


人間、個性があって然るべき。

みんな違って、みんな良し悪し。


それは彼が今までの教師人生で身につけ、掴み取った教訓だ。

彼が所属する魔法学部は、法典学部と並び優秀な生徒が集うとされる退魔学園の二大巨塔。

入学当初から競争意識と自己主張が異様に高い生徒が多いことで頭を悩ます教師も多い。


そのご多分に漏れず、雨宮も毎回最初の半年くらいはそれはそれは苦労してきた。


まあそれも、終わってみれば清々しいような、悔しいような、寂しいような思いがあるようで。

そんな思いの発露が彼の目尻に残っていた。


「はぁ毎度毎度、こんなんいつまで続くのかねぇ」


彼は、今まで見送ってきたクラスのことを思い出しながら一本、また一本と煙草をふかす。

まだ寒い灰がかった青空に消えていく白煙を追って、彼はぼーっと空を見上げる。



「さて、と………」


苦労しつつも幸せだったような気がする煙草三本分の思い出を消化して、彼は煙草の箱を懐に仕舞った。


そして、雨宮は次の教育者人生を歩むため、傍らに置いていた大判の分厚い茶封筒をビリビリと開ける。


「次はどこに向かわされるやら、だ」


そう言って茶封筒から取り出した一枚の紙。

彼は眼鏡をくいっと押し上げて物々しくも簡素な文面を指でなぞっていく。



         辞令


雨宮 ナイト 殿

             国立退魔学園

             運営委員会長



次学期より、以下の学部への配属を命ずる。


  退魔除染学部  魔除科(四年制)




                 以上



……とのこと。


「は、魔除科ぁ? え……魔除科かよ」


魔除科といえば、魔物の捕縛、保護。魔力の除染と環境保全などを学ぶマイナー学部。

ちなみに退魔学園にある八つの学部のうち、最も偏差値が低いことでも有名だ。


指導免許は持っているものの、魔法学専門の彼にとってこれは意外過ぎる采配だった。

しかも長期の専門学科。


「うげぇ何でだ。これはマジで専門外だぞ」


そして彼は若干手を震わせながら茶封筒の中に別綴じされていた新しい生徒の情報にかじりつく。


……今度の生徒たちの願書の内容と入試成績を見る限り、頭はそこそこ、素行も悪くない。

悪くない、が。


「どうして、こうなった」


と、雨宮は頭を抱えた。


魔除学部の教師不足という話は聞いていない。

むしろ二つ隣のクラスだった女教師が、来月から出産育児のために長期休暇を取ると言っていた。ならば魔法学部に人手がいるはず。

普通こんな状況で専門職を飛ばすか?


と、彼の頭の中は異議ありありの遺憾の意で湧き上がっていた。

しかし、どれだけ考えても、異論があろうと、選考過程を教師が知ることはできない。

どうして彼が魔除科に配属されるのかは運営委員会のみが知ることなのだ。


彼はがっくりと肩を落とし、書類を膝で均すと茶封筒に入れ込んだ。


「このまえ法典専攻と具術専攻やっただろうがよぉー。俺は魔法科一本でいいのに」


ぐちぐちと文句を垂れながら、再び辞令を確認するが、残念ながら何度読み返しても間違いはなかった。


「はぁ、マジかぁ……」


雨宮は辞令を座面に置くと深呼吸をするように背もたれに背中を預けて伸びをした。

その瞬間、

背後からの無音の衝撃に彼の頭がガクッと前に倒れ込む。


「ふぐっ!」

「ナーイト! 次の赴任先は決まったのかな?」

「ぐえ、英山……このやろ」


背後から突進してきたのはヘロヘロでボサボサの痩せた男。

調伏科 二年担当教師、英山えいざんタレガ。

彼は首を抑える雨宮をにこにこと見下ろし、痛がる雨宮を押しのけてベンチに無理やり腰かけると座面に置かれていた辞令をひょいと取りあげる。


「えぇ! ナイト次は魔除科なの? 新境地じゃないか」

「返せよ。紙が曲がるだろうが」

「うわぁ、あっちこっちなんて僕にはマネ出来ないなぁ。ナイトは器用と言うか、いっそ不器用と言うか……色々回されて大変だねぇ」


痛む首に手を当てながら辞令を取り返そうとする雨宮。

しかし英山は辞令を持った腕をいっぱいに伸ばして後輩教師を憐れんだ。


「万年調伏科のお前には分からん苦悩だろ、返せ!」

「はいどーぞ。じゃあ次の子たちの経歴書見せて」

「おい、やめろって。紙バラバラにすんなよ!」


雨宮の話に耳を貸さず、英山は入学願書の束を強奪すると楽しそうにそれを眺める。

雨宮は願書の奪取を諦めて痛む首をさすりながら英山を忌々しそうに睨んだ。


「はぁー若ぁい。いいなあ、十六歳って」

「若いって、お前んところの生徒も似たり寄ったりの齢だろう」

「我が身を懐かしんでるんだよ。あの頃は肩こりとか知らなかったじゃないか」


英山は中年の憂いを帯びた目で在りし日とやらを懐かしむ。

雨宮は何度か指を折り返して何やら数を数え、英山に向かってげんなりとした顔をしてみせた。


「そっか、お前もう四十路か」

「月日が経つのは早いよねぇ。それにしても、初めての魔除科はどんな子達かと思ったら、利口そうな子ばっかりで良かったじゃないか」

「英山のトコのひねくれ問題児に比べればな」

「いやいや、慣れてきたら僕の生徒も可愛いものだよ。ま、調伏科だから問題は尽きないけどね。聞いてよ、この前なんかさぁ……」


突如始まった英山の苦労話。

雨宮はだらりと椅子に腰掛け、彼の話を右から左にしながら煙草を咥えた。


「……してたんだよ。って、ナイト煙草は……ああそっか」


何かを察した英山は微笑んで彼の咥える煙草にふっと息を吹きかける。

すると煙草の先端にポッと小さな火が点いた。


「……こりゃどーも」


雨宮はぶっきらぼうな礼を口の端で呟いた。


「いやいや、偶の気遣いだよ。あの頃が懐かしいね」


英山は目を細めてそう呟くと、雨宮に温かな眼差しを向ける。


「………………」


しかし雨宮が特に語ろうとしないと察すると、英山は「でさぁ…」と何も無かったかのように苦労話を再開する。

やがてその話は待っていた願書の写真や内容に脱線していく。


「いやー、この子はどっちかな。あ、女の子かぁ。かっこいい子だね、ほらぁー」

「はいはい」

「この子はちょっとツンツンしてそうだけど可愛いね」

「はいはい」



そろそろ昼休みも終わる頃。

だが英山はまだ生徒たちの願書を面白そうに眺めている。それを横目に、雨宮は煙を燻らせながら無言で時が経つのを待った。


「うわこれ見てよ、字が雑で得意属性が火なのか水なのかよく分からな……ん?」


煙を吐いてぼんやりしている雨宮の隣で英山が忙しなく願書の束を捲りだす。


「……あれ? あれれ。ねえナイト!」

「ん、なんだよ」

「……君、運営に喧嘩でも売った?」

「はぁ? どういうことだよ」


英山は生徒たちの願書にある志望動機の欄を指さした。

書いてあるのは志望動機によくある文面。

しかし注意深く読み進めてみると、そこにはとんでもないことが記載されていた。



・環境大臣として働く父の仕事を見て……

・○○組の組長の息子として御校の……

・実家の不動産事務所継ぐために必要な知識と……

・伝説のマタギと呼ばれた父の背を追って……

・魔物愛護団体会長をしている母の影響で……

・国家退魔師として活躍した父のような……

・三界貿易を私の代で衰退させないよう……

・母が聖西歌劇団に所属していたのですが……

・両親が花屋で……



「うげ、な、なんだ、この厄介そうな面子」


雨宮は願書を奪って読み飛ばしていた志望動機を読み漁る。

たしかに退魔学園はこの国有数の有名校、七光りや御曹司がいてもおかしくはない。

しかしこの偏りはあまりに不自然だ。

雨宮は跳ね返った髪をわしわしと掻いて顔を顰める。


「あんのタヌキ共、どんな選び方したらこうなるんだ」

「いやホント。魔除科は四クラスもあるのに、よくこんな極端に固めたねぇ。花屋の子がかわいく見えちゃうよ」

「いや、この分だと花屋ってのもヤバい花屋なんじゃないか?」

「ははは、疑心暗鬼になっちゃって」


何かの間違いじゃないかと何度も願書を捲る雨宮。

しかし見れば見るほど御家間でのバチバチした相関図が見える気がして、彼はそっと心の目を閉じた。



「英山、何で気付いた……俺は知りたくなかった」

「ごめんついつい。でもさ、ナイトの専門外で、このクラス編成で、四年間って、僕でも悪意を感じるレベルだよこれ。ホント、何かしなかった?」

「いやいや何も。確かに授業が雑だとか宿題が多いとか言われたりするけど、こんな面倒ごと押し付けられるほど尖ったことはしてねーよ」


英山は「ふぅーん」と疑いの目で雨宮を横目に見る。心当たりのない雨宮はうーむと頭を捻る。

そんな様子を見て、英山は一転、ぱっと笑って見せた。


「じゃあ、きっと学園は君に期待されてるんだよ」

「いやいや、そんなプラスに解釈されてもマイナス面しか見えてこねーって」


雨宮は書類を整えて茶封筒の中に直すと、まるで封印するかのように何度も封筒の口を塞ぎ直した。

普段からクールを装う雨宮の取り乱す姿を見て英山は体を揺らすほどなの大笑いした。


「ぶっはは、あー楽しみだよ、来年度からナイトのてんてこ舞いが見られそうだ」

「この、英山、面白がるな!」


雨宮は英山の胸倉を掴んでぐらぐら振ってみたが、英山は「はははー」とのんきに笑っている。

その時キーンコーンと昼休み終了の鐘が鳴り、英山はベンチから立ち上がる。


「はぁーもうこんな時間。さて、俺はそろそろ次の授業の準備に行こうかな。ナイトも新学期まで休暇を楽しんでおきなよー」

「うっせぇ。こんな面倒くさいもん背負って休めるか!」


雨宮の文句を背に、英山はひらひらと手を振って去っていった。




「あぁ………」

まるで嵐にもみくちゃにされた木のように雨宮はがっくりと肩を落とす。

そしてまたタバコを咥え、ふうっと息を吐く。溜息のようなその長い息に煙草の先端は激しく燃え上がり、雨宮は「あちち」と慌てて手で魔力を散らす。


「ふぅ落ち着け俺。大人になれ、クールだクール」


そして一呼吸。二呼吸……

煙草のイケない成分が体中を巡り、雨宮は落ち着くような気だるい感じに陶酔した。


「あーあ。いい加減、俺も落ち着いた人生歩みてぇよ」


雨宮はそう呟くと、淡い青空に最後の白煙を吐き出して煙草の火を消した。

そして、空箱をぐしゃりと握りつぶすとベンチの横のごみ箱に放り込んで、どっこいしょっと立ち上がる。


「はぁー満喫満喫、また四年後のお楽しみだな」


そして教師、雨宮 ナイトは、霜枯れた芝を一歩一歩踏みながら、新しい道を気だるげに進んでいった。








〉〉

そして月日は経ち、

とある三限目の捕縛実習のこと。



体操着と軍手を装着し、学園の中庭でぐるっと円形に座る生徒たち。

青々とした芝生の中心には子供が水遊びするくらいの小さなプールに、紫色の可憐な花が浮かんでいた。

まるで夏季休暇中のセレブのような佇まいで日光浴を楽しむその紫の花をまじまじと見つめる生徒たち。


「はーい、じゃあこの花の説明、分かるやつー、挙手―」


白衣に麦わら帽子、首にタオルを巻いて軍手を装着した雨宮ナイトはたも網を持って生徒たちを見回した。

間髪入れずに手を挙げたのは黒髪の美少女、木尾アンナ。

雨宮は「へーぃ木尾らっしゃーい」と低めた声で指名する。


「はい、この妖精の名称はベンテンアオイ。天界の妖精園から観賞用に輸入された水棲妖精です。生息地は流れが緩やかな河川や湖沼。肉厚の三枚の葉が養分を吸収する浮袋となっており、その上に花状の妖精体が鎮座しています。繁殖期は夏で、舞い踊る姿が美しいとされますが、「紫の悪魔」という異名を持つほど性根が悪く、競合して人界の水草を排除することから要注意外界種に指定されています」

「はーい上等。じゃあ木尾以外で誰かこいつを捕まえてみろ……隣の花枝ぇ」

「えっ、あ、はい!」


指名された花枝マリアが慌てて立ち上がり、及び腰でベンテンアオイに近づいた。


「マリアん、腰が引けてるよー」

「だ、だって、どうやって捕まえれば……ねえリリ、これ暴れない? 噛みつかない?」

「わかんなーい! カワイイから潰さないでねー」


春野リリはピンクの軍手をひらひら振って花枝を応援する。


「えぇ、そんな……ええい!」

『( *´艸`)サラバスティ―♪』


ベンテンアオイは花枝の手をすり抜けて、花びらを羽ばたかせながらひらりと飛び上がった。そして花枝の鼻先をけんっと蹴りつけて飛んでいく。


「い、いったぁー!」

「はーい、ご覧の通りベンテンアオイは捕まえようとすると、葉から離脱して飛びます」

「ええっ! そんな大事なこと、早く言ってくださいよ! あぁ飛んでくー」

『( *´艸`)サラバスティ―♪』


花枝は取り逃がしたベンテンアオイを追いかけようと走り出す。

走り回る彼女を背後に、雨宮は粛々と授業を続ける。


「ベンテンアオイはいったん飛ぶとしばらく水場に戻らないので、冷気で弱らせて網で捕まえてください。ちなみに凍らせると腐って暴れるから気を付けて。では山甲(みさき)くん。やってみたまえ」

「はぁ? 誰がこんな小物の相手するかって」

「いいからやりなさーい」


体操着をとび職みたいな恰好にカスタムしてイキっている山田オルフェウスは、ばさばさとはためくニッカボッカを捌きながら飛び回っているベンテンアオイのもとに進み出る。


「ちっ、どけ花枝。いつまでも追いかけっこしてんじゃねーよ」

「え、岬くん待って待って――」


魔法を構える山田を見て花枝が慌てふためく。


「速攻で終わらせてやる。くらえ! 氷点!」 「ひゃぁ!


周囲の空気がキンと凍る。

花枝は霜ですっ転び、ベンテンアオイは地面に落ちてみるみる黒ずんでいく。


「はっ、他愛もねぇ」


山田がどや顔で背を向けた瞬間、黒化したベンテンアオイがわなわなと震えだす。


『(#≧皿≦)/ティ―!!!!』「ぐえっ!


山田の腰をえぐるようにベンテンアオイが突進してきた。

雨宮はぎゅんぎゅん飛び狂うベンテンアオイを手で払いながら山田に白い眼を向ける。


「おいこらヤンキー。先生凍らせちゃいけませんって言いましたよねー。めんどくせーな、七生ぉ、れっつごー」

「困ったな、僕、氷冷魔法は苦手なんですけど……」


指定の赤白の運動帽を被りこなす七生ハジュン。

彼は雨宮からたも網を受け取ると、ベンテンアオイにどつき回されている山田にうんざりとした目を向ける。


「おい、退けヘタクソ」

「ああん? 何だってぐへっ! ああ!畜生うぜぇ!」


山田のセットされた頭をベンテンアオイがげしげしと踏みつけにする。

七生はその光景をしばらく眺め、見飽きたころにたも網を構えた。


「ふふ、山甲(ミサキ)君。逃げないでくださいね」「な、やめろ

「荒め 木枯らし」

『( ゜Д゜)サラバ……』


ヒュォォォと容赦のない冷気がベンテンアオイの動きを止める。

その隙に七生はたも網を振り下ろした。

ぼさぼさの山田の頭とともに捕獲されたベンテンアオイ。

周囲の生徒から拍手が起きる。


「はじゅるんスゴーイ!」

「ハジュン! 次オレ! オレがやる!」


春野と麻倉が嬉しそうに跳ね回るのをブリーダーのように手で制す雨宮。


「はーい、お手本のような風魔法をありがとう。とっても良い模範演習でした。じゃあ次は、三班に分かれてベンテンアオイの捕縛をしてもらいまーす。難しいようならチームで協力してもいいが、一回は自分で捕まえるように」

「「「はーい」」」


雨宮が手を叩くと、生徒たちは庭に点在する小さなプールめがけて散らばっていった。



ぎゃあぎゃあと元気そうに走り回る生徒たちをぼーっと眺める雨宮。

その足元にするすると細い茨が伸びてくる。


『みなさん楽しそうですね、先生』

「おー、鮮花。隠れててくれてありがとな」

『いいえ。私のせいで妖精が逃げたと言われても困りますから』


雨宮が声の主を探して足元を見るとタンポポのような小さなバラがぽっと咲いた。雨宮は鮮花ベトニアチェルの姿を確認すると、その場にどっこいしょと腰を下ろす。


「せっかくだから鮮花も一緒に授業できればいいんだけどな」

『あら楽しそうですね。それなら私、次の授業で一役買ってもよろしいですよ』

「いやいや、あんな妖精に手を焼いてる奴らが鮮花の捕縛なんて無理だろ。卒業試験でも荷が勝ちすぎる」


雨宮が冗談とばかりにベトニアチェルの提案を笑い飛ばした。

鮮花が異議ありと言わんばかりにゆらゆらと揺れて見せる。


『役は心得ております。皆様にはちゃんと花を持たせて差し上げますよ』

「有難い申し出だが、もしそんな授業が出来たとしても八百長は要らねえよ。手加減はお互いの為にならないからな」

『ふふ、先生は私も甘やかしてくださるのですね』

「普通だろ。俺は鮮花にもクラスの一部になってほしいだけさ」


雨宮の言葉に鮮花は小さな花を傾げてみせた。


『私、悪魔でしてよ?』

「だからだよ。悪魔だから悪い、天使だから善いってのは大戦の時に根付いた考えだ。今を生きる奴らが何百年前の因縁に捕らわれてたらきっと損をする。俺は鮮花を通して、生徒たちに悪魔とは何ぞやって考えてもらいたいんだよ」

『……さようですの』

「むしろお前より俺の方が悪者かもしれねーぞ。ここぞとばかりに鮮花を利用しようとしてるんだからな」


雨宮はそう言って鮮花ににやっと笑って見せる。

鮮花はしばらく雨宮の方にじいっと花を向けていたが、はっとしたように俯いた。


『そういう考え方が特別なのですよ』


鮮花はそう言い残すと、すぽんと地面に埋まってしまった。


「ん? おーい鮮花ぁ」


呼びかけても鮮花は応えない。

代わりに、辺りに甘酸っぱいバラの香りが立ち込めた。


心地よい風、晴天の下。

雨宮は生徒たちの様子を眺める。


そつなく捕獲をこなす者

そつなく授業をさぼる者

頭がいいのに動きがカタい者

感性のままに動き回る者

キレて空回る者

夏休みの少年と化した者

カワイイ〜と言って妖精を鑑賞しだす者

素敵だね、と言って妖精をたらし込む者

妖精に髪を引っ張られて「いたたた!」と騒ぐ者



「……いや、さっき捕まえるの見ただろ。どうしてそうなる」


難航する捕獲訓練。

雨宮はため息をつき、わんぱくな生徒たちに向けて愚痴をこぼす。


もう一度指導した方がいいのだろうかと雨宮が考えていると、てんでバラバラな生徒たちの行動が次第に結果的に向かって行く。


ある班は、模範通りに捕獲する方法を教え合い、ある班は実力(体力、気力)で捕獲。

そしてある班は和解(おだて、口説き、泣き落とす)して捕獲に成功していく。


「いやいや、マジか。どうしてそうなる」


平時の授業でもそうだが、このクラスの生徒たちは一つの問いにいくつもの解をぶつけてくる。

既存の解にない正解にたどり着くことは素晴らしいことかもしれないが、教師としては採点に苦労するパターンだ。


「あー多分こいつら、教科書通りとか手本を真似るとか嫌いなタイプだな」


典型的な学習法が通用しない。

それは雨宮が今まで受け持ってきたクラスにない性格と雰囲気だった。


「一筋縄じゃいかねぇ訳アリどもと四年間ねぇ……面倒っくせぇな」


面倒くさいと言いながらその顔は面白そうに笑っている。

雨宮は麦わら帽子を被りなおすとどっこらしょと立ち上がった。


「はーい、一人一回捕まえられたな。じゃあ捕獲後の保護の仕方を教えるのでひとまず集合ぉ」



そして雨宮ナイトは生徒たちの元へと歩んでいった。

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この花、何に見えますか? 実は、教科書に載ってるあの悪魔です。 すうさん. @suuudot

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