第33話 後日譚⑥ とあるエルフの不審な死

さきの叛乱より前政権から政権を奪取して約10年余り、魔界の安定を見守るかのように一世一代の英雄は逝きました、そのことに魔王自身が哀悼の意を込めて慰霊を行い―――しかしそのお蔭もあってか今代の魔王の政権も安定期に入ってきたのです。


けれども“幸”あるところには“不幸”も必ずありき―――また数日とも経たない間にある不幸が魔王城に舞い込んできたのです。


「(うん?『エヴァグリム王国王后ヒルデガルドご逝去のお報せ』…?)」


一体何の―――“悪い”冗談かと思いました、この自分よりも要領が好くヤリ手の彼女が、一体何をどうしたら死ぬものだろうかと、しかし知らない間柄でもないので取り敢えずは弔問に訪れた処…


「わああ~~お母様ぁーーーお母様ぁーーー」


王后の棺にすがりつき泣きわめく一人の少女、それは自分とは切っても切れないなかの『忘れ形見』…


「あの子は?」

「王后様の一人娘『シェラザード』とそう聞いています。」


自分とは切っても切れない縁―――その忘れ形見が愛する母親の死に声を上げて泣いていた、その場面を見ただけで弔問に訪れていた者達の涙を誘うものでしたが…


「(何もいたむばかりのものだけではない―――中にはその死を喜んでいるものもあるな、つまり彼女には“敵”も多かったと言う事か…それも“外”ではなく“内”に。)」


カルブンクリスもあわよくば王后の死を声を上げて泣いてまで悲しがっている『王女』に寄り添いたかったには違いない、しかし周囲の“目”の事を考えて敢えてそこは自重をしました、それになぜエヴァグリムが政権交代時の事変に『中立』を決め込んだのか判った気がした…彼の王国の王は優柔不断で他人の意見には耳を貸さない、それどころか真に国の事を憂いて諫言かんげんしてくれる者も信用していない、彼の国王『セシル』は自身の後見となってくれている伯爵の言い成りであり、彼が信用しているのも自分におもねった者だけ…その報告を『執事』から聞かされた時に小物の処分など後回しにし、現在となってはカルブンクリス自身の意見を反映しやすい政権の樹立が急務となっていた―――だからこそ魔王カルブンクリスは王女シェラザードの下に慰めの言葉を掛けずにいたのです。


        * * * * * * * * * *


それに―――今回の訃報の件と言いカルブンクリスも『妙だ』とは思っていました、それは彼女が王后ヒルデガルドの事をよく知っていたから、だからカルブンクリスは―――俗な言い方をすれば『彼女は殺しても死ぬような存在ではない』事を知っていたのです、それが何をもって『ご逝去のお報せ』だったものか…だからこそせめてヒルデガルドの死に顔を見せて貰いたい―――と喪主のセシルに頼んだのです。


「そ……それは―――出来ません。」

「なぜ?私は彼女とは旧くからの知り合いでもある、故にせめて知己の死に顔でも看取ってあげたいのだ。」

「い―――いえ…それが……」

「こうした場であまり使いたくないのだがね…使のだよ、『魔王としての特権』を。」

「あ―――あの…それは……」


エヴァグリム国王セシルは、まさか自分の妻の葬儀に思いもよらない大人物が訪れてくるなど―――してや妻の死に顔を看取りたいだのと詰め寄ってくるなど思いも寄りませんでした、何故なら自分の国は『小国』…同じエルフ種のダーク・エルフの王国『ネガ・バウム王国』とは違いその武力によって領土を拡張してこなかった、そこも起因としてはあるのですが何よりセシルには“自信”と言うものがなかった…いま自分は『国王』を冠してはいるものの、『小国』であるエヴァグリムが国として成り立っていたのは総てが王后の手腕―――そんな“他国”から、“隣国”から軽んじられる事があるから…魔王が妻の葬儀に出向いてくるなんて?


しかし―――…


「良いではありませんか、国王陛下…」

「おお―――シュタインマイヤー伯爵、そうだ…そうだ、な。」


思わぬ処で強権を発動させようとしているカルブンクリスに対し、国王に成り代わり『許可』を言い渡したのは『伯爵』―――シュタインマイヤーなる者でした。

『なるほど彼が…』外見みためも雰囲気もひと癖もふた癖もありそうな、そんな人物―――けれど判りかけてきた事がありました、ヒルデガルドが自分の叛乱劇に首を突っ込んでこなかったのか…彼女の性格をよく知っているカルブンクリスは『万が一』の為にヒルデガルドが首を突っ込もう関与しようとしてきた事を考慮して対策を練っていました、けれど結果的には首を突っ込んで関与してくる事無く叛乱は成功したのですが…それが判って来るかのようだった、そうつまりヒルデガルドはカルブンクリスのしている事に首を突っ込もうとするどころの話しではなかったのです、その原因の一つがシュタインマイヤーを筆頭とする不正貴族達への対処…カルブンクリスのしている事(叛乱)目の前の面白そうな事に飛びついた―――そうカルブンクリスは判断しました、それに意中の人物からの許可も得た事だし棺の中を覗き込んで見ると―――


「(やはり……)」


「いかがでしょうか、魔王様―――。」

―――、セシル殿愛妻の死に際し心よりの哀悼の言葉を述べさせていただく。」


』―――カルブンクリスは知らない間柄ではない知己が亡くなった事に実に懐疑かいぎ的でした、それは喩えでも言い現わしていたように『殺しても死ぬような存在ではない』ことを熟知しっていたから、だからある推測を立てたのです、そしてその推測を確立する為に亡くなったとされている王后の死に顔を見せてくれるようにこの国の王に頼んだ―――しかしセシルからは明確な返事は貰えず、代わって彼を裏で操っていると見られている黒幕フィクサーからの『許可』…カルブンクリスは感じていました、を―――だからこそ伯爵の芝居に一度は乗った、遺体もないのに『ある』かのように演じてみせた…だから伯爵に『今代の魔王は御しやすい』と思わせる様にしたのです。


         * * * * * * * * * *


とは言え、この問題をそのままにしておくつもりもありませんでした、『遺体もないのに葬儀をする』―――その事の意味合いは王后には死んでいてもらわないと困るから、ではなぜ『死体もないのに死亡認定』なのか…なのですが、その事を確かめる為にもある知己を頼りました、“元”英雄と組んで自分と一緒に闘った事のある仲間…現『ギルドマスター』にして“忍”の―――


「何か私にご用件でしょうか、盟主様。」

「実は忍である君にたっての願いがあるんだけどね、ノエル。」

「『ギルドマスター』ではなく『忍』である“私”に―――ですか…判りました、それで何を調べるのですか。」

「エヴァグリム王后ヒルデガルドの訃報は君も知っていると思う、そして事も…その詳細を調べて貰いたいのだ。」

「承知いたしました、彼の国とは私とも浅からぬ因縁がありますからね…」

「まだ、彼女の事を気にしているとでも。」

「ローリエが王后様の『複製クローン』だと言う事には驚きはしましたが…その彼女にこの命を救われたのは動かぬ事実ですからね。」

「(…)この一件はヒルデガルドの遺体もないのに葬儀を執行した事からも判る様に、彼女と一部の貴族の間で確執があった事を表すものだ、それを今回は…まあ『動かぬ証拠』をこちらで握っておく必要があるものと思ってね。」

「不覚は取りませんよ、それにギルドマスター職も主には事務仕事ですからね、たまには体を動かせて“勘”を鈍らせないまでにしておきたい、そう言った意味では『渡りに船』とでも申しておきましょうか。」


『忍』は情報収集やその攪乱かくらん、更には暗殺も請け負ったりもする『諜報』に長けた職でした、だからカルブンクリスはヒルデガルドの死の真相を知る為の調査依頼に適任だとしたのです、それにノエル自身も言っていたようにノエルとエヴァグリム王国…いや、ノエルと王后には浅からぬ因縁がありました、それが自分達のPTの一員でもあったローリエの存在…エヴァグリム王家の出身ながら自らが進んで叛乱軍に加担する等なかなかに肝の据わった王女様のようでもありましたが、彼の叛乱の折窮地に陥ったノエルの生命を自分の身を賭して救った―――その事はノエルのココロに確かに刻み込まれ、かつての自分の不祥を取り戻すべくかつての盟主からの依頼を受けたのです。


「それよりノエル―――彼女に…ヒルデガルドに忘れ形見がいるのを知っているかい。」

「『忘れ形見』―――息子さんか娘さんですか。」

「私が彼女の葬儀に参列した時に自分の母親の遺体がない棺にすがりついて泣いていた少女がいた…『複製ローリエ』ではない彼女自身の本当の娘だ、彼女が大きく成長した時によろしくお願いしておきたい。」

「それは今回の依頼と一緒と考えても。」

「いや、“別件”で頼みたい…」


そして最後にヒルデガルドに実の娘がいる事が話された、それがエヴァグリム王国第一王女『シェラザード』…後の世には『破戒王女』として魔界にその名を轟かせる事になる“英雄”の一人―――その出発となるモノが既にこの当時に話し合われていた事を……


         ―――次元世界せかいはまだ知らない―――


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それはそれとして魔界の王直々に依頼をされた事からノエルは事前準備にも余念がありませんでした、彼女としてはその忍としての忠義を“真の主”に尽くしたかった―――なのに、尽くそうとする前に不慮の死により尽くせなくなった…あんなにも誓いを立てておきながら気が付けば出来なかった事にノエルは意気消沈していました、それにそれからは何も手が着かない…ギルドの職員や冒険者達とも交流をしてもどこか“上の空”、かつては『盗賊団の首魁』として恐れられた実績はあったものの今となっては縁側でのんびりと余暇を過ごす猫のようでもあった…そんな時に、自分達を主導していた盟主カルブンクリスより調査の依頼が入ったのです、内容としては自身にも因縁浅からぬ王后の事に関してのものでした、現ギルドマスターであるノエルだから魔界各地で起こった事件などの詳細はすぐにでも伝わって来る、それはもちろん王后ヒルデガルドの死に関してもそうでした、けれどその死に関して不審な事がある―――とかつての盟主から頼まれ、そしてノエルもその死の流布を辿って行くとある事実に突き当たったのです。


「(ふむ、ふむ―――どうやらヒルデガルド様がお亡くなりになる前に森で狩猟をしていた事までは突き止めることが出来ましたか…それにしても魔王様が言われた通りにこの死に関しては不審な点が多すぎる、ヒルデガルド様の死がおおやけに公表されたのは狩猟の為に森に入られてから1週間後…それに遺体が発見されていない事からもしかしたら『行方不明』に?だとしたら辻褄が合わない…小国と言えど一国の王の后が行方不明になったとあっては国を挙げての大々的な捜索隊を組織するはず…なのに程度を組織しただけで捜索もそんな行われていない、なのに王国は王后を『死んだ事』にしたかった―――これだと『遺体のない葬儀』の理屈は合いますが…取り敢えず一次報告はこれで出しておきましょうか。)」


そう、エヴァグリム王后ヒルデガルドは死んではおらず行方不明…しかも捜索隊を組織しても5日とかからず打ち切っている事から王国は王后の行方などに興味がない事に気付かされてきたのです、そしてこのノエルからの一次報告に目を通したカルブンクリスも…


「(やはりな…そう言う事か、彼らはヒルデガルドに生きて貰っていては困る―――だからヒルデガルドが森で行方不明となってくれた事に喜んだのだろう、だから捜索隊を組織してみせても短期間で打ち切っている、これは対外的に体裁を見繕う為のものだと言う事も判って来た、しかしなんだ―――この“引っ掛かり”は…)」


ヒルデガルドは森での狩猟の最中に何らかの要因で行方不明―――この事で『遺体なき棺』に『遺体のない葬儀』の理屈は解明できました、それに王国が王后を死んだことにしたかったのも大凡おおよその見当がついていた、カルブンクリス自身が前代の政権を打倒していた時彼女もまたこの王国でひとつの闘争をしていた事を、それが不正貴族との闘い―――(これはまこともって皮肉だが、それは“現在”でも尚続いている)

国を食い物にする『獅子身中の虫』は国王すらも取り込んだものの残る王后には手を焼かされていたようで、そんな彼らの目にはヒルデガルドは邪魔な『目の上のたんこぶ』だったに違いはない…とはしても暴力チカラを以て排除しようとも逆に暴力チカラによって抑えつけられてしまえば手も足も出ない、だからこそ彼らは待つ事にしたのです、僅かな…本当に僅かな針の穴の様な確率を、蜘蛛の糸の様な細やかな希望を、そしては訪れた―――しかしなぜ、どうして、どうやってなったかは知らない…けれど行方不明となっていたのは事実だし、この上は体裁だけでも取り繕うようにして程度の組織隊を組織し早々に引き揚げさせそれをもって『王后死亡』“説”を唱えればいい、これで自分達の身の栄達を邪魔する者は―――もう…いない。


        * * * * * * * * * * 


けれどこの『行方不明』に関しても疑義を唱える者がいました、それが―――


「あのーーー…」

「私の事は気にしないでもらいたい。」

「(いやそうは言っても気にしますがな…)一応あなた様から直々に依頼をされた身としましてはですね、依頼主が同道と言うのはないと思うのですよ。」

「うん、知ってるよ―――だから『気にしないでいい』と言ったはずだが。」


『他人の話しを聞いちゃいない』…ノエルとしましては魔王直々に自分に依頼をしてきた事には感謝をしていました、なのに次の行動に移ろうとした時に一緒にいる―――それに依頼主は余程の事がない限り依頼をした冒険者に同道する事はなかったのです、寧ろそう言う事をする依頼主は冒険者の事を信用していないと言う事にも繋がる…その事にノエルは異議を申し立てたのですが…


「ノエルからの一次報告には目を通したよ、素晴らしい出来だ―――ただ、その事に関して私なりに疑問が湧いてきてね。」

「(…)それは『どうして行方不明になったのか』ですか。」

「的を射ていて何よりだ、そう――― 一般的に行方不明となる時の状況を色々考察してみたんだよ、『何かの罠にかかってしまって脱出できなくなってしまった』のか、『手強い獲物に出くわし為す術もないままに食われてしまった』のか…などとね、しかし後者を例として挙げるのならばこの現場は恐ろしく大人しい、時間が経っているとはいえ彼女が喰われたとあってはいささかの痕跡も認められるだろう、それに前者としてもやはり罠の気配もない―――罠の気配を感知していたとすれば忍である君も気付くはずだしね。」

「(…)そこまでお見立てとは―――それではもうこの捜索は打ち切りますか。」

「それには及ばない、それに状況としては“あと一つ”残されている……」

「へえ―――では何か心当たりがあると。」

「“それ”をこれから探す、ノエル難しい注文だが“違和”を探してはくれないか。」

「“違和”を?なんですかそれは…」

「“いつも”とは違う感覚―――そうしたモノだ、この一見森の様に視えている処から感じる“違和”を探してもらいたい。」


全くもって『判った』か『判らない』様な注文を突き付けられてしまった、それが“違和”…普段日常を暮している上でどこかが“違”うものを探す―――それはまさに抽象的で口頭で説明しただけでは判り難いものでした、それにここは森の中…木々や下草、小石や落ち葉、苔などが鬱蒼うっそうとしている中で“違和”を探すなどと―――


「(さすがに見つからないか…とは言っても私の知り得る状況の中では“アレ”が一番該当する、罠や魔獣に襲われたのであったらどこかしらに何かの痕跡は存在するものだがが見つからないとするならば―――…)」


当てもなく、ただ鬱蒼うっそうとした現場を手探りで探す……それにカルブンクリスも未だ推論の域を越えないものなので詳しく説明するわけにはいかない、そうした無駄な時間と思えるものが浪費されていた時―――


「(あった!)見つけた…」

「えっ、何を―――何ですかそれは。」

「これは『ポータル』と呼ばれる古代の魔道具のようなものだよ、その別の呼び方として“クヴェル”と呼ばれる事もある。」

「そんなものがどうして?」

「いいかいノエル、これは完全に口外してはならない事実だ―――その事を約束してくれるなら事の真相を話してあげよう。」

「(……)判りました、そこは信用してください。」

「これは―――『転送』だよ。」

「『転送』?転送と言うと、ある場所から目的の場所まで物体を移動させると言う……あれですか?」

「そうだ、正確には今回ヒルデガルドが行方不明となったのは『次元転送』だけれどね。」

「『次元転送』―――…」

「俗に言う『神隠し』的なアレさ、その事が原因ならば痕跡がないのも説明がつく。」

「しかし―――それでは?」

「元の世界、つまり魔界に戻って来る保証は限りなくゼロに近い…まあ彼らがこぞって死亡説を流布するのも間違ってはいないと言った処だけれどね、だとしても彼らは自分達の慾のために今回の事を利用した。」

「ならばどうされますか。」

「どうも?しないよ―――これは“彼女”の問題だ、魔王が口を出すまでもない。」

「ヒルデガルド様の実の娘…『シェラザード』―――それで事の真相を知ってしまった私はどうしろと。」

「幸いエヴァグリムは小国だ、魔界全体に及ぼす影響は小さいだろう、彼女が立つまで待つんだ、彼女がその母親と同じ様に彼らから真っ向に向き合った時、私達は少なからずの手助けをする…取り敢えず君はギルドのマスターなのだから彼女が冒険者になりたいと言ってきた時には温かく迎えてあげるといい。」

「なるほど、それは判りました…それで不正貴族の方はどうします。」

「“無駄”だろうね―――彼らは一度叩いただけでは滅びはしない、“今”は『伯爵』と言うのが牛耳ってはいるがまた世代が代われば新しい者が頭角を表してくるものさ。」


気の遠くなる時間…絶望と言うものが蔓延し始めてきた時に奇蹟的に見つけ出したのは何かしらの道具のようなものでした、そこでカルブンクリスは知っている事実の一部を公表し、彼女が行方不明となった原因もなにがしからの作用により『次元転送』に遭ってしまった…そう結論付けたのです。


      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それでは、当時この現場で起こった事とは―――?


「へへへ…『ブルータル・ビースト』か、丁度いい―――こちとらバカ大臣やクソ貴族共と暗闘を続けてるもんだからね溜まるモンが溜っててしゃあない、悪いとは思うけれど“憂さ”を晴らさせてもらうよ…まあ怨むんならシュタインマイヤーってヤツを怨む事だね。」


エヴァグリム王后ヒルデガルドは国の大臣や不正貴族達と宮廷闘争を繰り広げていく内に心身ともに疲れ果て、その疲れを癒すために近くの森で狩猟をしている最中でした、そして運悪くか機嫌がすこぶる悪い彼女の前に一匹の獰猛な魔獣が現れてしまった…ヒルデガルドの知己であるカルブンクリスがその可能性を示したように、この獰猛な魔獣は冒険者達が対処できる相手ではありませんでした、対処するなら冒険者を100人以上集め国の軍隊も協力させてでないと出来はしない―――そんな相手だったのです、それをヒルデガルドはたった1人で対処をしようとしていた?憐れ王后は獰猛な魔獣の腹に収まる運命なのか―――


「ヤア~レヤレ…つまんない―――あんたもさあー冒険者やうちんとこの兵士…更には『ヴィルゲルム』(当時のネガ・バウム王)のとこのヤツらまで喰ってたって言われてたじゃん、だあーから丁度憂さ晴らしになるものかと思ってたのにさあーつまんねえ…。」


王后は傷一つ負う事無くくだんの獰猛な魔獣『ブルータル・ビースト』を血祭りにあげてしまっていたのです、だからそう―――つまりカルブンクリスの推測は就中なかんずく当たっていた…ということになるのですが―――急に…“風”が“空気”が悪くなったと感じ始めた……


「(なんだ?これは…嫌な気分だ、それに周りの魔素の流れが好くない―――)」


多勢の冒険者や国の軍隊すらも物怖じせず自分の糧とする獰猛な魔獣―――それすらも苦にする事無く葬り去るヒルデガルドこそ『絶対に敵対してはならない存在』の一人でした、しかしそんな彼女すらも警戒させてしまえるほどの“異状”が地域限定ながらも発生してしまった、魔力の流れはその一因として『龍脈』の流れも考えられる…けれど不変不動のはずの龍脈の流れが一時的としても変わるものなのか?普通ならば考えられない…とするならば普通ではない事がそこで起こった―――明らかな外的要因もあり不変不動のはずの龍脈の流れに“異状”を来たし、ヒルデガルドはその姿諸共この魔界より消え失せてしまったのです。


        * * * * * * * * * *


そう、これが今回の事の真相、カルブンクリスが明らかなる証拠を掴んだお蔭で『推論』から『確証』へと至れた、ヒルデガルドは死んだわけではない―――外的要因…明らかに何者かによる示唆によって異世界へと飛ばされた、だからこそ『彼女自身』がいるわけではない―――死体が残っているわけではない、ただ伯爵としては自分に抵抗する目の上のたんこぶがいなくなった事で我が世の春を謳歌し、自分の国を食い物に出来る…しかし、ヒルデガルドの“魂”は無くなったわけではありませんでした、不正を憎むその清らかなココロ―――それは愛娘である『シェラザード』に…そしての血を色濃く受け継ぐ『シェラフィーヤ』へと継承していくのです。








               ――=Fin=――




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『緋鮮の記憶』 天宮丹生都 @nirvana_2020

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