第29話 後日譚② 迫害された英雄

元々リリアとホホヅキはヒト族でヒト族の国『サライ』の出身でした。

この魔界せかいでのヒト族は身体能力は他の魔族達より劣る反面とても器用で、この魔界せかいに産まれ落ちた存在達がその瞬間から持っているとされている『能力スキル』『固有能力ユニークスキル』に真摯に向き合い付き合って来た…だからヒト族は他の魔族からバカにされてもそれなりに生き残ってこられたのです。

それに、2人が故郷から離れたこんな処マナカクリムにいると言うのもそれなりの事情と言うものがあり―――…


「それよりお前達はどうするのだ。」 「私達か―――…そうだ、な。 なら私達も一度帰ってみるかサライへ。」 「『サライ』…ですか、あそこはヒト族が作った独自の国、しかも法も他の魔族の国にはない独自のモノを敷いているといいます。 その法の中には―――『鎖国的』な事もちらほら。」

「さすが、未来の『ギルドマスター』様だ事、だけどノエルの言うようにそれが本当の事―――“ある事件”の重犯罪人を取り逃がしてからそれはもう以前まえ以上に厳しくなったもんでね。」 「私の掴んでいる情報によると特に入出国管理が厳しいのだとか…それに鎖国なのですから入る事に関しては出る以上に厳しい監視体制が敷かれている様なのですよね。」 「そこまで掴んでるとはな、いやはや新魔王様も目を付けるわけだ。」 「それよりリリア―――サライがそうなっていると言う事は…」

「ああ、そう言う事さ。 ホホヅキが起こした一件がまだ尾を引いている―――てとこかな。」 「しかしーーー以前聞いた話しによるとその事件はもう10年近くにもなると言うではありませんか、そんなの―――」 「“時効”になってくれればいい―――それに私達には叛乱軍としてあんた達と共に闘った経歴こともある…まあなんとかなるさ。」


リリアが言った“ある事件”―――とは、ホホヅキの辻斬りの事でした。 神職にして神に仕える巫女の身分でありながら、人肉を斬る事に快楽を覚え人を斬る事に愉しみを見い出してしまった―――しかもその原因の一つとしては他人に教える許可を得ないままにホホヅキに剣の所作を教えてしまったリリアにもあった、しかもリリア自身の師でもある実の父に疑われた時、身の潔白の証しとして辻斬りの下手人を自ら手を下すとまで言い切った―――なのに、リリアは下手人に心当たりがあったから直接確かめたところで共に逃亡を図った…これがリリアとホホヅキがサライにいないと言う事の顛末なのです。(勿論ここまでの事は仲間内で共有できている)


         * * * * * * * * * *


こうして彼女達はそれぞれの将来の為に各地へと散りました、そしての話しはリリアとホホヅキの『その後』―――


後ろめたい気持ちで故郷の地を踏んだリリアとホホヅキが、まずは越えなければならない関門―――それは入国をする為の手続きでした。 重犯罪を犯した者が再び現場に戻る心境とはいかなるものか…魔界では有名人だけれどこのこの地サライは魔界にあって魔界ではないような場所、なまじ有名になったからとて気を抜いたらご破算と成ってしまう―――そう思いリリアはノエルに2人分の偽の証明書を造ってもらい『商人』としてサライへと入国しました。


「(はあ…さすがに緊張するなあ、それにしてもこの偽造証明書……まあ私が“私”であると判っちゃうとまずいからなあ、それはホホヅキにしても同じだけど―――それにしてもノエルには借りを作っちゃったかな。)」


「すみません……リリア、私の為に……。」 「いいよ、別に。 それにお父さんに申し訳ない事をしたしね、これから帰ってお説教受けなくちゃ。」


リリアとホホヅキは同年代にして同性の幼馴染み、だから2人は仲好しでした―――が、ある転機をして2人はサライから出奔でて行かざるを得なくなりました、それが『辻斬り』の一件―――そしてその原因を作り出したのは他ならぬリリアでもあったのです。 それにリリアはこの辻斬りの一件を知った時、余りに手口が自分達の流派に似通っていた事もあり即座にホホヅキの事を疑ってかかりました―――が…同年代で同性の幼馴染みを訴える事は出来なかった…そうした甘えもあり、その甘さ故に現場を取り押さえたリリアが取った行動とは『サライから出国する』…つまりこの現実から逃避にげることでした。 その事を慕う幼馴染みの口からわれた時、ホホヅキはどんなにか嬉しかった事だろうか―――これからは一時いっときとて、片時とて離れ離れになる事はない…これからリリアを永遠に自分の物に出来る……そう思っていたのに、出国をした時点から良家育ちの好い言葉ではなくちまたにて跋扈ばっこする汚い言葉―――でも、それでもホホヅキはそれでもいいと思っていました。 なによりこれまで知らなかった彼女リリアと言うものがそこにいるのですから。

けれど紆余曲折を経て『仲間』と言うものが出来ました、まずホホヅキが不満に思っていたのがリリアが殊の外可愛がって仕方がないと言う黒豹人族の忍―――ノエルでした、それにどうやら可愛がられるのはノエルの方とて不満だったらしく(参考までにノエルはこの2人より100歳は年上である)、そうする仕草をする度にリリアの手に爪を立てていた、それを快く思っていなかったホホヅキは当初ノエルの事を嫌ってさえいました、けれど―――魔王を討伐たおす為…この一念の下に結束を固め見事大業は果たされたのです。


そして―――それは『暴君』たる魔王を討伐った後のお話し…


『暴君』である魔王を討ち果たしたのだから魔界では叛乱軍の中心的な役割を担っていたカルブンクリスやニルヴァーナ達は賞賛の嵐の只中にいました。 ここサライは違っていた―――サライが違っていたのです。

リリアも当初は『魔王討伐この事』を引き合いに出せば10年前のの事は許されるだろうと思っていた…


なのに―――…


「ただ今戻りましたお父さん、リリアです。」


普通に帰宅したのだからその挨拶は間違ってはいませんでした、この家こそがリリアの生家でありこの家で今のリリアは育まれてきた―――


なのに…


「なに?リリア―――誰だその者は。」 「お忘れですかお父さん、あなたの娘の名前です。」

「リリア―――そう言えばいたな、この家にそんな名前の娘が。」 「(え…)お父……さん?」

「あれは10年前の事だった、その時分にこの界隈で人斬りが横行してな、その始末を視野に置いて我が娘が直接手を下しに行ったのだが……あの馬鹿めが、返り討ちにされおって…お蔭で我が家は武術指南のお役を御免となる処だったが幸いにして新たな領主様のお蔭もありお家は取り潰されずに済んだのだ…。」


「(そんな―――事が…私が知らない間にこんなに大事おおごとになっていただなんて、私の考えが浅かった…本当ならここに帰って来ちゃダメだったんだ。)」


「おお、済まんなお客人、お客人に対しつまらぬ事をつい話し込んでしまった―――我が家の恥を聞かせてしもうて申し訳次第もない…。」


その時の私の目には、あんなに威厳のあった父の背はもうなかった、代わりに心労によって痩せ細り小さくなってしまったその背に、私はなんて親不孝をしてしまったのだろうと慙愧ざんきの念に堪えなかった。

確かに『暴君』である魔王を討ち果たした事は魔界全体に対して褒められた事なのだろう、だけどこの国は『鎖国』を敷いている、その事はホホヅキと入国を果たした時から敏感に感じ取っていた。 私の知っているこの国は規律を守りその中で自由を謳歌できる国だったのに…『辻斬り』の所為で―――いや、私が教える資格もないのに剣の所作法を教えたためにあの子が道を踏み外してしまった…その中には国の高官も含まれていた為立ち待ちの内に騒動の一報は広まり、このままではまずいと思った私はホホヅキと共にこの国から出奔する事にした―――


それから10年―――あれから10年―――時間と言うものが解決してくれると思っていた私の考えは相当甘かった…


「いえ、こちらこそ―――立ち入った話をさせて申し訳ありませんでした、もう二度とこの家の…この国の敷居を跨ぐ事なんてないでしょう。 娘さんの事…お悔やみを申し上げます。」


私には―――そう言うしかなかった…すると私がきびすを返した途端、まるで吐き棄てるかのように…


「馬鹿が―――…」


その一言で私はもう、この国の人間ではない事を覚った。 ならば一刻も早くこの国を出国でないと…けれどホホヅキの事はどうしよう―――と思っていた時に。


「リリア―――その様子ではあなたの処も…」 「ホホヅキ、と言う事はあんたの処でも?」 「はい…私はもう10年前に死んだことになっていまして―――けれどそれはとと様なりの配慮だったと思うしかなかった次第であります。」 「そうか―――なんだか申し訳ない事しちゃったね。」 「いえ、そもそもはあなたから教わった剣の手解てほどきを私の快楽の為に悪用してしまった私自身が悪いのです。 ならば…ここで詰め腹を召してあなたにお詫びするしか!」 「止めて!今それをしたって何にもならない、それに私達はもう死んだんだ…公主様奪還の時に―――そして…もう私達はこの国利人間じゃないんだよ、だからこの国に留まるのは不利益でしかない。」 「では―――ではこれからどうすると言うの?!」 「(…)まずはこの国から出国でることだ、その先の事はこれから決めよう。」


こうして彼女達は産まれた国を再び棄てる事となりました。 けれど今回はもう二度と生まれ故郷に戻ってこない事を誓わざるを得なくなった…もうこの国に自分達の居場所はない―――だから早急に出国する為の手続きを踏まないといけないのですが。


         * * * * * * * * * *


その日の遅く、この国の境の関門が閉まる刻限に、足早にこの国から出国でていく者達がいた―――この国に入る為…ならまだ判るにしても、この国から出国でていく―――それはこの関門を預かる門番にしてみれば相当に怪しい行為でした…


「待て、そこの―――なぜこの国から出ようとしている。」 「あ、あの私達は急用でこの国から出国して行かないといけないのです。」 「なに?急用―――なら身分証を見せてみろ、ほう…『商人』、それにしては荷が少ないな。」 「へへ…商品は全部片付いたんで帰りは手ぶらなんですよ。 あの…これ、ほんのお気持ちですが―――」 「ん?むうう~~~仕方がないな。」


昔はしなかった行為を幼馴染みがしているのを見てホホヅキは愕然としました。 愕然とはしましたが現状として何も出来ない…ホホヅキはこの時ほど自分の無力さを呪った事でしょう、けれどどうする事も出来ない、ただこの状況を見送っている事でしか―――


「うん…?お前、どこか見た顔だな。」 「い、いいえ―――わ、私の顔などはどこにでもある様なもので…」 「あっ!こいつ、治部少輔様を斬り殺したヤツだ!」 「なに?何故そんな事を知っている。」 「だっておいら、あの時治部少様とご一緒に供周りをしてたから―――それにしても、10年経つと言うのにのこのこと帰ってきやがって…」


『まずい事』―――と言えば、辻斬りの“一件”の当事者がこの国の関門の門番をしていた事、それに10年経つと言うのにあの時の事を鮮明に覚えたと言う事、それはまさしくリリアにホホヅキにとっては不運のなにものでもなく……


「なに?あの時の下手人が―――?だと言う事はお前も…」 「ちいいぃバレちゃ仕方ない、逃げるよ」


             ―――ホホヅキ―――


「そうだ、思い出した…お前八幡神社の神主の処の娘だな?!だと言う事は…」 「皆、出会え出会ええーーー狼藉だ、関破りだ!」


状況は、悪い方ばかりに進んでいく…自分が発した不用意な言のお蔭で下手人の―――幼馴染みの身元まで割れてしまう、そしてそれは自分の身も。 今やリリアとホホヅキはお尋ね者、辻斬りの下手人に関門を破ろうとした事も加味にされて大罪人となってしまった…とは言えこのまま縛につくわけにもいかない、ついてしまえば実家に迷惑がかからないとも限らない…だから已む無く。


「強行突破を図るよッ―――なぁに、魔王軍を相手にしてた時にはこんな窮地はザラにあったからね。」 「な、なに?叛乱軍!と言う事はお前達は『暴君』を討ち鎮めたと言う―――」 「何を馬鹿な事を言ってんすか!そんな英雄がこんな罪を働くなんて事はない、それより罪人をこの国から出国させる事の方が重要でしょう!」

「はは―――全くだ、小僧お前の言うとおりだよ、英雄が…こんな馬鹿な真似をするはずもない。 だが、こんな処でお縄を頂戴するわけにも行かないもんでね、押し通らせてもらう!」


『英雄』だのに英雄だとは言えないそのもどかしさ、自分が馬鹿な真似をしてしまった事のツケが今払わされようとしている、それに今まで歴戦を重ねてきた経験もあるからか刀を手に取り応戦してしまう。 とは言え多勢に無勢か、今やリリアとホホヅキの相手は門番だけではなく関門に勤めている全衛兵―――総勢50名、この数は魔王軍と戦っていた時にはそう苦にはならないでいたのでしたが、相手が同じヒト族ともなると腕の冴えも多少は鈍ると言うモノ…けれどそれがまたまずかった、今のリリアやホホヅキはヒト族ではない、九死に一生を得んがためにと鬼人の血をその身に受け入れていた……事も、あり―――


「な、なんだこいつら―――斬った所から見る見るうちに傷が塞がって行きやがる…」 「うわ、それにあいつの目―――鬼の目…鬼眸だ!」


もう、そこには、ヒト族の女性ではなくヒト族の姿を借りた鬼人族オーガ―――と言う様な見方が広まり、それが味方の内に見る見るうちに広まって行くとそこに隙を見い出したリリアは一点突破を図りこの窮地を脱したのです。 けれどそれはもう二度とこの地を踏む事はない―――許されない事を物語っており、これからの2人の行く先を暗示していたのです。




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