第19話 エルフの王女の 死

竜吉公主が監禁されている例の村に着いたノエルは、この村が『一村落』にしては厳戒態勢が引かれている事に疑いを持ちました。 しかも、その中でも肋家あばらやな小屋に異様なまでの厳重な警備が―――


「(恐らくはここが“当たり《ビンゴ》”でしょう、それにしても判らない―――この私をも撒いた程の者が、こんなにも判り易い目印を…)」


「おいそこの、貴様何をしておる!」 「え、あ、わ、私は生活に必要なものを買いに外へ……」

「ほおーう、それにして怪しいな、この村には我等が着くまでに不要な外出は禁止する―――との触れを出していたはずなのだがあ?」


少しばかり苦しい言い訳だったか、その触れ自体はノエルも知った所でした。 なのに―――程度の言い訳も出来なかった…『魔王軍総参謀』の恐るべし智謀―――と言うべきか、しかし今はこの疑いの目をどう逸らせるべきか…にあるのですが。


「益々以て怪しいヤツ、まさか貴様最近チョロチョロしておる叛乱軍の鼠か!」 「い、いえ…ですから私は、本当に生活に必要なものを―――」

「出会えい!曲者ぞ―――我等の秘密知ったからには生かして帰すな!」


何故この村が厳戒態勢になっていたか―――その理由は誰も知りませんでした。 しかしここにいる魔王軍の兵士は皆ベサリウスの配下、とくれば総参謀から何かしらの言い含めがあったのかもしれない。

例えば―――『ここは一村落には視えても今後の展開上重要な拠点にも成り得る』と…けれど真相は、ここにさある高貴な身分の方が移檻されていたとしたら? つまりベサリウスは自分の配下の兵士にすらその事実は隠していたのです。

とは言え、軍の機密を探りに来た鼠をこのまま逃すわけにもいかない―――だとてリノエルもこのまま易々と囚われるわけにもいかない…


「そっちに逃げたぞ、追えーーー追え~~~!」 「ちいぃぃ絶対奴を逃してはならんぞぉぉ…奴め、逃げる隙に暗器を投げ付けてくれるとは―――」


窮地に陥ったノエルが取った手段とは、最早“逃げ”の一手しかありませんでした。 見つかった時に見つけられた相手をすぐさま殺してしまえば良かったものの、その判断の逡巡が命取りとなり次々と増援を呼び込んでしまう始末、そこで最終的に取った手段とは、苦し紛れに投げつけた苦無―――それが最初に見つけた相手に命中し、現場が狼狽うろたえる中にまんまと逃走を図ることが出来た…しかし思っていたよりも以上にここの魔王軍は連携が取れていたものと見え、村の出口にあと一歩と言う処で塞がれてしまったのです。


進退窮まった鼠に猫は容赦はしない―――あとは嬲る様に甚振いたぶるだけ…


「う゛あ゛あ゛っ!くうぅぅっ―――…」


「ぐへへへ、ちょこまかと逃げおおせる厄介な足を奪われては、さすがの貴様もどうする事も出来まい。 さあーーー話せ…貴様は叛乱軍の一味なのだろう?」


実状を述べるとするならその通りだったのですが、だとてその事実を明らかにするわけにもいかない―――今ここで自分が生命惜しさにその事を喋れば、自分は助かるかもしれないけれども残りの仲間に迷惑となる……


「(ここまで―――ですか…すみません皆、私はあなた達と一緒に行けそうにありません。 それに我が主…目立った働きもないままに散り逝くこの身を、どうかお赦しに―――…)」


“悔恨”―――それはノエルが、自分の失態で自分の生命が終える事を自覚したから産みでた感情でした。 本来ならこんな失態などなく、気の合った仲間達と魔界の平和を取り戻す―――そのはずでした…それに一番悔やむべきは、自分が一番に認められたかった存在…今では【緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン】の通り名を欲しい儘にしているノエル自身が認めた主……



「ノエルぅーーーーー!」



誰かが私を呼ぶ声がした―――しかしその声はこの場所にいないはずの声。 それもそのはず、その存在は私達の仲間とは言えど『エヴァグリム』と言うエルフの王国の王女様だったのだから……だから、危険な場所には細心の注意を払って近づかせないようにさせていた―――そのはずなのに…。



自慢の足を大きく傷付けられ、最早今までの様な敏捷な動きは出来ない、あまつさえ斬られた箇所からは大量の出血が認められた―――次々と流れゆくノエルの血液、思ったよりも以上に大量に失ってしまったために一時的に気を失いかけた事もありました。 けれどここはどうにか気力で繋いで敵の隙を伺わなくては―――けれどノエルの視界には有り得ないものを視認していたのでした。

それこそがローリエ、この時代の『エヴァグリム』の…エルフの王女様―――その方がまたどう言う訳か自分の窮地に駆け付けてきた。 “なぜ?”“どうして?”と言う疑問よりも前に、ノエルは……



「ダメです、ここに来てはなり―――」



『なりません』…その言葉が言い終わらない内に信じ難い光景がノエルの眼に飛び込んできました。

状況としてはまさにこの村に配された魔王軍(ベサリウス配下)が、一匹の鼠―――もしかするとここ最近で魔王軍の邪魔立てばかりしている叛乱軍一味の女を、動けないようにした上で更に暴虐を加えようとしていた。 しかもノエルを最初に怪しんだ者は大鉈を大きく振りかぶってさえもいた―――そんな処に、素性も判らぬ一人の……エルフ?!



「ローリエ……ローリエ? ローリエえええーーーー!」



既にその時には大きく振りかぶられた大鉈は、叛乱軍の一味と思われる女の身の下に振り下ろされる最中さなかでした。 そこへ―――何処いずこから駆け付けた素性の分からぬエルフがその身を覆い被せてきたのです。


中止とまらない…中止とめられようもない、確実に仕留める為にと力任せに振り下ろされる大鉈、例え中止とめられたとしても力の慣性は制止する事すら適わず…


エルフの王女の身体は―――大きく分断わかたれた…


飛び散る血の飛沫しぶき―――おびただしくも大量に流される血潮…凄惨むごたらしく覗いて見える臓腑。 幸いだったのは、ローリエの最期の表情が俯伏うつぶせになったことで判らなかった事くらいだったでしょうか。


それにノエルは―――ノエルは、その前身を非情な盗賊団首魁として数多くの生命をその手にかけてきました。 或いは罪もない老人や女性、子供だとて自分達の邪魔をするようならば否応なく殺して来た前歴がありました。 そのノエルが、ここ数年来自分に纏わりつき鬱陶しさを感じていた一人のエルフの死を前に―――…


「(嘘…ですよね、嘘…なんですよね、お願いだから嘘だと言って下さいよ―――それもあなたの得意な魔法でそう見せているだけなんですよ……ね?)頼むから、嘘だと言って下さい―――ローーーリエーーーー!」



ローリエと言うエルフは―――エルフの王女様は、私が以前何をやって生計を立てていたか判っていないようでした。 他人の財産を奪う為なら例え老人、女、子供と言えど容赦なく殺してしまえる非情の盗賊―――その首魁…けれど、ローリエと言うエルフは―――エルフの王女様は、『そんな事は知った事ではない』とでも言ったように私の黒豹の耳や尻尾を触って来たものでした。

最初は、あまりに突然だったのでビックリとしてしまい、私の敏感な部分でもあったので嫌な気しかしませんでした―――が…“慣れ”と言うのは恐ろしいもので、近頃ではリリアやホホヅキ辺りと一緒になって触って来るのが気持ち善かったりもしたものです。 それに…ローリエは―――ローリエと言うエルフの王女様は、毛繕い《グルーミング》が大変上手だった…癖のある私の髪をくしけずるのにしたって、櫛に髪が引っ掛からないようにしてくれていたものだった……今思えばあれは相当気持ちが良かったです、あのあなたの技術テクニックがあれば好きなだけ私の耳や尻尾を触らせても良かったのにぃ~~~

「だから…目を覚まして―――起き上がって…そしていつもの様に鬱陶しいくらいに私に抱き付いて下さいよう~~~」


けれど、その願いは成就する《叶う》事はない―――なぜなら、常識的には死んだ者が生き返る事はないのです。

だとした処でノエルの九死は去ったわけではありませんでした、魔王軍の彼らにしてみれば叛乱軍と疑わしき一人の獣人の女を処断する時に突如として乱入してきた正体不明のエルフの女性を殺しただけ…ただ、今はもう違う、ノエルがその死に際しエルフの女性の個人名を連呼したお蔭で『正体不明』だったはずのエルフの女性の正体が―――


「(お、おい―――今この獣人の女、何だって言った?)」 「(『ローリエ』って言ってたよな…けどその名前って―――)」 「(ああ…永世中立国のエルフの王国『エヴァグリム』の第一王女……)」 「(そ…そんな方がどうして―――)」


「(いや、待て待て―――そうじゃないだろう!あのローリエ王女エルフの女は、叛乱軍と疑わしき獣人の女を庇ったんだぜ?!)」 「(だ…だとすると何か?“永世中立”であるはずのエヴァグリムが、叛乱軍に―――?)」


ローリエの死は、余りにも沢山の情報が満載つめこみすぎていました。 ローリエの死…それは一個人の死とは程遠い―――そんなに勢力はないにしても1国の王女が“死亡”すると言うのは様々な憶測が付いて回るモノなのです。 況してや今回は突発的だった―――まさかここにいる誰もがエルフの王国の王女様がこんな処に居ると言う事を知らないでいた事でしょう。 それはノエルも―――ノエルとその仲間達はどう言った経緯でローリエが自分達に助勢してくれているのかを知っていました、知っていたからこそローリエの扱いには慎重を期していたのです。 ―――今回の事態の予測までは出来なかった…まさか自分の為にローリエ自身が犠牲になろうなどとは―――


しかしそれでも状況は刻一刻と差し迫ってくる。 例えエルフの国の王女様を殺したとあっても未だ叛乱軍と疑わしき獣人の女は生きているのですから。


「まあいい、その詮索は後回しだ!今はこの女を…」 「ああ、そう、だな―――ここはこいつを手土産に…」


しかしそれ以降、ノエルが傷付く事はありませんでした―――そう全く…


               ナゼナラバ……


「ふ、う…どうも今日は血生臭いようですね、そこかしこで好い流血の沙汰があると言った処です。」


「お、お前は何者―――?」 「そ…そのお顔、もしや吸血鬼ヴァンパイアの―――」


「おや、これは申し遅れましたか…はい、その通り―――私こそが『侯爵』者……その頃には『エルメロイ』を名乗っておりました。 ですが今はそうではありません―――今は、の走狗に過ぎませんのです。」


〖昂魔〗の中でも過去に名声を為した一族に『爵位』を与えていた事例がありました。 『爵位持ち』…いわゆる『魔貴族』と言われた中に燦然さんぜんと輝くある一族がありました、それこそが『吸血鬼族ヴァンパイア』…『大公爵』を筆頭に『公爵』『侯爵』『伯爵』『子爵』『男爵』を授かりし者達。 ただ、そんな一族をしても敵わずに血肉とされてしまった事案があった。


そしてこの場に到来したのは、その中でも『侯爵』の序列を持つ者―――ではありませんでした。


「エルメロイ、報告を―――何がありました。」

「おおこれは…私の―――いえ、私の偉大なる主よ、ご機嫌麗しく。」

「そんな事を聞いているのではない、何があったのか話せ。」

「はっ…実は先程、かぐわしき生命の花が一輪散り逝くのを感じまして……」

「そう言う事か―――判った…。 全く今日と言う日は、これで2度目だ……おい魔王軍、聞いているのか―――お前達の所為せいで私の友人が2度も!生死の境を彷徨さまよう事になるとは…しかも―――ローリエ、あなたが尊い犠牲になろうとは…。」


「(え…)ヘレナ?何があったって言うんです?一体何が―――…」

「つい先程、リリアさんとホホヅキさんが死にかけました。」

「(え…)リリア―――や、ホホヅキまでも?」

「はい、ですが幸い私が駆けつけたことにより九死に一生は得ました。 しかも日を同じくして今度はあなたまでも―――そして、終にはローリエまでもが…!」


『侯爵』エルメロイの外に、彼をサーヴァント《従者》としたヘレナも到来していました。 そして知ってしまう…今日と言う同じ日に、彼女の友人が2度死にかけている事を。 けれどどうにか主要の3人は無事ではいましたが、中には尊い犠牲となってしまった者もいた、それこそがエヴァグリム王女ローリエ……リリアにホホヅキはまだ死んではいませんでしたから強制的な手段を使ってでもその生を繋ぎ止める事はできてはいましたが…ローリエはそうは行かなかった。 上半身と下半身はかけ離れ、凄惨むごたらしく覗いて見える臓腑、最早輸血したとて手遅れなまでの失血量……いくら吸血鬼ヴァンパイアと言えども完全に死んだ者を甦らせる事などできはしない……だから、こそ―――


「おい、仕事だ下僕サーヴァント共―――いつも腹を空かせている吸血鬼ヴァンパイア共よ…餌の時間だ―――ここいる魔王軍の血を、すすり尽くせ!」


この村に展開していた魔王軍、総数1000余名の生命の等価は、『大公爵』を始めとする6名もの『爵位持ち』の手により生命の簒奪に遭った……

しかしそれでも気は晴れない、自分が親しいとする友人が生命の危きに晒されてしまったと言う事実―――それだけでヘレナの腹の虫は収まるはずもありませんでした。


は、もっと後に取っておきたかったけれど―――気が変わった…仕事だ下僕サーヴァント共、疾く目を覚ませ!」


「あ、あ―――あなたは!」


ヘレナが招聘よびだした従者サーヴァントの顔を、ノエルは知っていました。 一人はリリアが良く語ってくれていた圃人ホビットの中でも“最強”を冠する事を許されし者―――もう一人は、やはりリリアから聞かされていた悪逆非道で知られるある傭兵の事でした。 しかもその2名が揃いも揃って?


「ああーーーっ、くそっ…最悪だよ全く、さっき血肉と成った《喰われた》ばかりだって言うのによぉ。」 「ああ―――けど、どちらにしろワシらにゃ関係のねえ話しのようだ。 それでえ?聞こうじゃないか…ワシらは何をすればいい。」


「判った事を聞くな、ここら界隈を徘徊ちょろついている魔王軍を襲え。 襲ったあとは好きにして構わない…お前達の血肉にしようが、おかし殺そうが…私の知った事ではない。」


その命令に一時従者サーヴァントの2人は唖然口も塞がらないと言った状況でしたが、程なく理解すると“ぬたり”と微笑わらいながら『主のの下に』とうそぶくと早速仕事にとりかかったのです。


          * * * * * * * * * *


この事によってシャングリラ方面の戦線に―――果たして影響が出てきました。 折からの神仙達の抵抗もありましたが、そこにここ最近勇名を馳せさせてきた【緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン】が助勢に加われば例え精強さで知られる魔王軍とて一溜まりもなかった事でしょう。 しかも当初ベサリウスが当てにしていた自分の手勢が何者かの手によって壊滅させられるなど……


「な、に―――?オレの手勢の3万が…壊滅?一体何があってそうなった!」

「いえ…それが全く―――」


「(うーーーむ…こいつはとんだ誤算だな。 虎の子としておいたオレの手勢が無くなってしまうとなるとこちら方面での戦線の維持も出来なくなる…しかし、考えてみればいい機会なんだよな? 今まで魔王軍こちらは勝ち程に勝ち過ぎていた、だからオレでも着地点を模索していたんだが……それがどこかのお節介焼きさんのおかげでトントンとなりそうだ―――これでようやく神仙の女媧殿と話し合うテーブルに着けるって訳だ。 それに…気になる処と言えば―――)」


ベサリウスにとっては何故自分の手勢2万もの兵士が壊滅したのか、理由の程が判りませんでしたが……それでも彼は、ようやく魔王軍にも順当な被害を出した事で〖聖霊〗の神仙族との講和の席がもうけられるだろうとしたのです。

元々彼は今回のシャングリラ攻略に関しては乗り気ではありませんでした、これが〖聖霊〗や…また別の“三柱みつはしら”に関わる一国程度だったら違ったかもしれませんが、今回は“三柱みつはしら”の1つの代表格を担う一族を攻め立てると言うのです、これが後にどう言う事になるのか……種属間はもとよりこの魔界せかいに与える影響としてはどうなってくるのか―――それはベサリウスの予測では測りかねない部分があったのです。 それに―――今まで魔王軍は勝ち過ぎてしまった…戦争で勝ち過ぎると言うのは、得をするのは武人だけの事であって政治的には損ばかりが目立ってきてしまう…勝ち過ぎる―――と言う事は、その講和の場で提示するのは敗残者あいてにとって不利な条件を提示しなければならない……それが例え不当な請求だったとしても。 もしかすると『勝ち過ぎての講和』だったとしたら、神仙を潰す事になるのかもしれない―――もしそうした場合、神仙が潰れた後の〖聖霊〗の代表格の後釜は? もし後釜も見つからなかったとすると、行く行くは〖聖霊〗も消滅―――?だとしたら“三柱みつはしら”の定義はどこに? などなど―――…


ただ一つ、ベサリウスが懸念としていた案件と言うのが。


「(そう言えばヘレナってお人、無事公主様まで辿り着けたんだろうか……)」


      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


彼、ベサリウスにはただ一つ気がかりになっていた事がありました。 それが先頃自分が誤って虜囚としてしまった彼自身の大恩人―――竜吉公主の去就きょしゅう

それにベサリウスはたった一度、最近の竜吉公主の事について他人に明かしたことがありました。 その相手こそヘレナ―――


「これからオレが話す事はオレの独り言……って事にしちゃくれませんかね―――ええと…」 「ヘレナ―――で、いい。」


「そうですか―――ヘレナさん…ではヘレナさん、実はオレは魔王軍総参謀になる以前はそこら辺にいる三下と同じ事をしていました…日々を生きるにしても確たる目標も抱かず、その日ばかりを過ごせてりゃいい―――学生時分の頃にゃそれでも良かったんですが、成人ともなるとそうは行かなくなるみたいでしてね…気の合った好い連中も手に職をけてオレの下を去って行ったもんです。 けれど―――オレはそうは行かなかった…付け焼刃で職場の面接を受けても受かるはずもなく、とうとう仕舞いには当時でも仲の好かった友人の下に転がり込んで食わせてもらってた次第です。 その友人てのが女性でね、彼女はお役所勤めの割りと優秀な部類エリートでしたよ…そう、オレはね彼女の“ヒモ”だったんです。 ただオレは…そんな彼女を一人の女として見てやれなかった、ただ昔からの付き合いで世話をよく焼いてくれる気の好いお姉さんでしかなかった。 そんな彼女が…役所の上司から執拗に肉体の関係を迫られ、断ったんですが―――そのお蔭で陰湿な行為があったらしくて自殺してしまいました…あんな気のいい人が、自殺なんか絶対ありない―――そう思ったオレは独自に捜査した処、彼女の死は自殺を装った他殺…ええそうですよ、例の上司がやったんだ―――それも自分の手を汚さず掃除屋を雇ったりしてね。 けどね…誰がこんなやさぐれた男の証言いってる事を信用できます?挙句警察は『お前がやったんだろう』てな始末で…だから、オレが殺ったんだ―――その上司つって野郎を。 まあ、オレの悪事は瞬くの間に警察の知れ渡る処と成りましてね、順当に行きゃあブタ箱行きだ―――ただ…そんな処をあの方に見られたんでしょうね、オレが服役してる最中オレ自身の罪はなかった事にしてくれて、けれども条件として軍の士官学校で『学を学べ』とのお達しがありましてね―――こっちは何が何やらさっぱり判らんちんでしたが『あしながさん』…まあ今となっちゃ公主様だったんですが、その恩に報いる為に一所懸命に努力したってもんですよ。 そしてやがては『あしながさん』の為に……そう思ってたところにルベリウスの旦那が今度は目を付けたらしくってね、それが今の『魔王軍総参謀』って立場だったんですが……あん時ゃオレはどうかしてたんだ―――ルベリウスの旦那からの誘いをってりゃ、今時分は本来恩を返さなきゃならない公主様の役に立ってたんだろうに…それが何の間違いか―――叛乱軍の一将校を囚えてみりゃ大恩ある人だったなんて……」


「ベサリウス―――あなたそれ程までに…」


「勘違いしちゃいけない、ヘレナさん―――オレみたいな下衆が竜吉公主様みたいな方を好いたなどと…」


『彼は―――何も判っていない…』そうヘレナは解釈していました。 と言うのも、今のベサリウスの独白を聞いた以上、彼の想いがどこにあるのか明確だったはず―――なのに、また同じ過ちを繰り返そうとしている…ただそれを今言った処で堂々巡り、彼自身が彼自身の想いに気付けなければ、ただの悲劇にして悲恋なのだと……。




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