第12話 歴史の道標(みちしるべ) ~叛乱の決起~

『賢君』から『暴君』へと豹変してしまった、時の魔王ルベリウスをいさめる為、行動を起こしてきたカルブンクリスではありましたが、実際の行動を起こしたとしても中々考えを改めて貰えなかった…そこでカルブンクリスはもう一段階上の行動を起こす事を決める事にしたのです。


「いよいよ、決起する事にしたのか。」 「そうこなくっちゃあなあ!」 「しかし思い切った事をしたものです。 今までは叛意あるを知られまいと陰ながらしてきた事なのに―――」 「とは言え、これは良き機会だと思われます。 我々の行動によって己に非ある処を認めようとはせず、また改めなかったのですから。」

「ああ、その事は哀しむべき処だが致し方が無い。 『魔王軍偵察隊の壊滅』や『兵站線の破壊』でもご自身の体制に抗う意志があるを認められなかったのだ。 ならばここは一つ段階を上げて反乱勢がいる事を認めて貰わねば……」

「しかし、良いので?は小競り合いの様なもの―――大々的に重要拠点の一つを奪うような事にでもなれば、それこそわたくし達を『叛乱軍』と認め、鎮圧する為の軍編成が為されるかもしれませんわよ?」

「ああ―――判っている。」

「それに、このわたくしもあなた方に関わっている事が知られれば、故国エヴァグリムも叛乱軍の烙印を押されてしまいますよねぇ…」

「―――ローリエ殿…」

「いいんだ、ニル―――その事に関しては申し訳次第もない、係る国の王女であるあなた様には―――」

「わたくしは、あなた様から謝罪を求めているわけではありません。 それでも謝罪をすると言うのならば丁寧に“のし”でもつけて返させて頂きますわ。 わたくしがなぜこのような嫌味めいた事を申し述べるのかと言いますと、現政権に反抗すると言うその意志―――“余興”なのか“本気”なのか…そこが知りたいまで。 まあもっとも、は本気度の程度が伺われましたから協力をしてきました、ですが…今のあなた様には以前ほどの覇気がない―――もしそのような浮ついた気分でするようならば、わたくしにも考えがございますのよ。」


そう―――それが『決起』。 いわゆる現政権に対して抗う姿勢……『叛乱』を起こすまでに至ったのです。 その為の『決起集会』(のようなモノ)をカルブンクリスの庵で行ったものでしたが、当のカルブンクリスは表情に暗い影を落としていた―――そこでローリエが“喝”を入れる為に敢えての苦言を呈したのです。


「もし…怖気おじけづいてしまいましたのでしたら、を魔王ルベリウス様にご奏上致します―――」

「(!)おのれ―――エルフめが!」 「よしな、ホホヅキ。」

「ですがリリア―――」 「王女サンの発言には、私も賛成だ。 ここまであんたを信じてついて来たってのに、直前になって『ハイ、ヤメマス』ってか? 私とホホヅキはヒト族なもんでな、あんたら魔族みたく長い時間は紡げないんだぜ。」


それが―――このまま現政権に盾突く事に畏れを為してしまった場合、これまでにも何があったかを魔王に奏上するとローリエが言い出したのです。 それにこの事にはリリアも賛同をした―――確かにリリアとホホヅキの2人はヒト族なのですから魔族である彼女達よりも短命―――もしここで本当にカルブンクリスが初志を曲げてしまう様なら、これまで力を貸してきた自分達は何だったのか……その事にカルブンクリスは。


「申し訳ない―――一時いっときの気の迷いで大事だいじを見失う処だった。 幸い今の私の周りには私の考えに同調してくれている同志達がいる、今ここで私の信念が挫けてしまえばそうした者達の思いも蹂躙ふみにじってしまっていた事だろう。 だからもう私は迷わない……後世の歴史に何と記されるかは興味の対象となる処だが、ここが歴史の岐路ターニング・ポイントだとするなら、ここで私は現政権に対して叛旗を翻す!!」


魔王ルベリウスが政権を発足させて1200余年、圧政に苦しむ民衆の為にカルブンクリスは蜂起たちあがりました。 今はまだ5人しかいない仲間達でしたが、現状いまに満足していない同志達はいくらでもいる。 それにやはり叛乱軍を興すなら不平不満を持っている領主等に話しを持ちかけるのが一番だろうと、そうした交渉役に抜擢されたのは一国の王女であり外交の経験も多々ある……


「お久しぶりにございます―――辺境伯様。」 「これはローリエ殿、我輩に何か御用ですかな。」

「ええ、実はわたくし常々思っておりましたの。 有能で知られた辺境伯様ほどの方が魔王様の癇気かんきれ、辺境この地に左遷されてしまった…わたくしとしましても能のある家臣を放逐してしまうのは現政権の地盤を揺るがしかねないもの……と、そう思っている次第ですの。」

「判って頂けるか―――ローリエ殿…この身の不遇の所在を。 我輩も口煩くちうるさくはしたくなかったのだが、明らかに現場を度外視したなされ様につい、な…。」

「そこで―――です……」


ローリエは王族でしたから宮中での由無よしなし事に精通していました。 それに清廉な印象イメージがついてまわるエルフだとて宮中と言う場所は他とさして変わりありませんでした。 そう…自分の身の栄達の為ならば他人を容赦なく蹴落とす―――いわゆる『魔窟』の様なモノ、この時ローリエと接触した辺境伯も元をただせば魔王城内に於いてかくたる地位を築き上げていた人物だったのです。 それがふとした事で諫言かんげんを行った際にうとましく思われてしまい、辺境へと左遷されてしまった―――それにローリエも“誰”も“彼”もを見境なくはしなかった、未だ過去の身の栄達に未練が残っていそうな者に狙いを定めていたのです。


「ローリエ……あなたは彼があのような返事をするものと―――」 「ええ、見越していたからこそ声をかけたのです。 贅沢な暮らしと言うものは一度味を占めてしまえば忘れられなくなるモノ…わたくしは諸国を巡って行く内に次第にる目が備わってしまいましてね。」


この時ローリエの交渉の場に一緒にいたのはノエルでした。

{*この事は完全にローリエの趣味ではないか―――と、一様に勘繰りたくなるのですが、ノエルの出自は“忍”、仕える主家のめい一つで“暗殺”も行えばこうした“情報収集”にはまさに適任。 今回籠絡おとした辺境伯のここ最近の動向を徹底的に探り、交渉の場で優位に持って行く事が出来たのはノエルの面目躍如と言った処ではないだろうか。}

それにノエルにしてみればこの交渉の場でのローリエに固唾を呑むしかなかった……一国の王女と言えば日頃両親や家臣達から誉めそやされ、“蝶”よ“華”よと甘やかされて育てられたものと解釈していたのに、相手の弱味を握っているからか自分達に協力をしてもらえるようにするその言葉の一つ一つに“圧”があった…しかも恐るべきは相手にだとは気付かせない誘導の数々に―――


「(私も彼女の事は少し舐めてかかっていました。 まさか彼女の能力がこれ程のモノとは―――…)」


ノエルも時には交渉をする場面もありましたが、それでも所詮相手は一般人か“元”同じ稼業(盗賊)だった…領主や王族など身分の高い者達とは当然のことながら『なかった』のです。 しかも今のローリエを見ていても判ったように“駆け引き”も幾分か高度なモノでもあったのです。

{*この事は後にノエル自身が『ギルド・マスター』となった時に活用される事となる。}


         * * * * * * * * * *


こうして次々に有力な地方豪族・領主達を籠絡し、味方を増やしたその一方で―――


「そう、いよいよ腹を括ったわけね。」 「とは言え我らが“表”立って協力してやれるのはまでだな。」

「そんな!ではアンジェリカやコーデリアは…」 「まあーーー落ち着けよ。 この人達も元を糺せば身分のある人達だ、さっきも言ってた通り“表”立って目立っちまえばいずれ〖聖霊〗や〖神人〗までも巻き添えになっちまうかもしれない。」


出会った当初から自分達とよく合同くんで“クエスト”等をこなしてくれたアンジェリカとコーデリアの2人。 実はこの2人は〖聖霊〗の神仙族の重鎮である竜吉公主と、〖神人〗の天使族の重鎮であるウリエルだったのです。 その2人もカルブンクリス達がいよいよ決起するとなると“表”立っては協力できない(してやれない)とした―――のですが…


「(フ・フ…)―――“表”立っては…」 「えっ―――」 「そう言う事だ。 飽くまで“表”立ってしてやることは出来ないが、見えぬ“裏”と言う事では……な。」 「頼りにしてるぜ―――とは言えもっともあんた達を頼ってばかりいる様じゃ先が思いやられるけどな。 またしばらくは手のかかる(眷属の)子だが、よろしく頼むとするよ。」


やはり現政権の余りにもの変貌かわりばえ様に疑問があった2人は『これまでどおり』とまでは行かないまでも陰ながらの支援をすると約束してくれたのです。


これで一応は叛旗を翻す態勢は整えられました。 整えられたのですが―――


「どうした、やはり決心は鈍るのか。」 「ニル……やはり私はどうあってもあの方を弑さねばならないのか…。」

「必要とあらば―――」

「私はな、ニル―――あの方に“こがれ”を抱いていた。 あの方のまつりごとの向き方に―――あの方の民の向き方に―――そして私はやがてあの方に召し抱えられ、行く行くはこの胸の内にある恋慕の情を打ち明け、あの方の妻となる事こそが私の野望ユメだった―――しかし現実はどうだ、変わり果てて……変わって、果ててしまった且つての憧れの対象に刃を向ける。 なぜあの方が変貌かわられたのか判らない、だからこそ一刻でも早く目を覚まして頂こうと合図サインを送り続けてきてもこの様だ。

ニル―――私は死んだのだ……かつて魔王ルベリウスを至高の王と崇めていた頃のカルブンクリスは今ここに死んだのだ。」

「知っている―――知っているよ、盟友が“何”で思い悩んでいたかなど。 なのに揺るがぬ決意であった事を知らずに訊いてしまった私の不明をどうか許してくれ。 そして盟友よ―――終の一撃はお前に譲るとしよう。」


自分達の仲間の前では揺るぎない決意を述べたと思ったものでしたが、決起の日が近くなるにつれてどことなく暗い表情をするカルブンクリス…そこでニルヴァーナは最後の心情を訊くことにしてみたのです。 そこで返って来た答えと言うのがこれまでにも語られた事のあるカルブンクリス自身の人生設計―――と共に以前語った固い決意よりもさらに固い決意を聞いた時、ニルヴァーナも盟友の為に最大の助力となるよう決意を露わにしたのです。


          ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


こうして現政権に旗は翻されたのでしたが―――ここで注目すべきは現政権側にもある恐るべき存在が控えていたと言う事。 そう……魔王軍参謀ベサリウス―――

この彼こそは実は〖聖霊〗の竜吉公主がその実力や才能を見込んで私財を投じる程の入れ込みようで、行く行くは自分の下に取り立てようとしたまでだったのですが…その計画がどこでどう狂ったのか、ベサリウスが公主より修学するよう示された『士官学校』で優れた成績を取っている事が魔王の耳にも入り、やがて彼は『あしながさん《竜吉公主》』よりも魔王軍の方を選択してしまった…その事を当の竜吉公主は『自分のモノが(クソ)魔王に取られた』事に怨みを抱き、が魔王に叛旗を翻す事を固く誓わせていたのです。

{*ここでもう少しばかり詳しく述べさせてもらうと、この事は『公主個人で』―――と言う事、つまり『神仙族』はもとより〖聖霊〗全体の総意ではない事を示唆している。}

{*それともう一つ、ではなぜ『横取りされた』事を公主は強く主張しなかったのか…と言うより結論的には『出来なかった』のである。 それというのもベサリウスを自分の下に囲おうとしていたのも、いずれある『叛乱』に際しての事だったし、しかもその事を神仙族…してや〖聖霊〗でも立場や身分のある公主自らが率先して行っていたと知られれば、一気に身内にまで危害が及ぶことを恐れていたから。 だからその悔しさの余りに涙で枕を濡らさない日はなかったのだとか…}


彼個人の武勇はそれほど(とは言っても魔族としては“並”)ではありましたが、とにかく彼は頭がキレた…この表現が的確でないとしたら『悪知恵が働く』『悪賢い』と言った方が妥当だったか……公主も彼のを見込んで自分の下に囲おうとしていたのでしたが、現実的には悪いことに彼は“敵”。 『これが味方だったら―――』と後に公主は非情に残念がったそうですが、ではなぜベサリウスの“智”はそれほどまでに畏れられたのでしょうか。


        * * * * * * * * * *


 現政権に対しての叛旗が翻されてからと言うものは、叛乱軍側の連戦連勝―――魔界のそれも魔王直属の正規軍である『魔王軍』の歯応えの無さに疑問を抱く者もいたようでしたが……

{*斯く言うニルヴァーナやリリア等は、かつて魔王軍に就職しようとしていた事もあったからか、魔王軍の精強さについては“何をかいわんや”だったようである。}

それにしても少し“当てた”だけで崩れて遁走するなど“有り得ない”と見ていただけに、程度は警戒してはいた様なのです。


「(ほほう―――あのヤラレザマを見て深追いしてつられてこないとは…どうやら向うサン側にもよっぽど腕のいい軍師辺りがついているのか…はたまたは経験豊富な将でもいるのか……)」


 そう―――この魔王軍敗走劇(偽退)は彼が仕組んだ事。 彼は知っている……いくさの本質と言うモノを……『“真”の勝利とはではなく、程よく勝つ』―――と言う事を。

『完勝』と言うのは敵を完膚なきまでに叩きのめし、戦後の処理でもこちら側に有利な条件を無理にでも押し通させる事が出来る―――しかし実際的にはそうであってはならないのです。 その戦争が“統一”を決める一戦ならまだ判らなくもないのですが、それでも何も敵国の全員―――つまり敵国にいる住民や国の官吏、王族と言った諸々の者達をにでもしない限りするべきではない。

なぜならそこに生き残りがいたとしたなら、(戦後の処理のヤリ様もあるが)まずは好い印象は持たない、持たれない……だからこそ程よく勝って交渉に臨み、わだかまりなく済ませるのが『真の勝利』なのです。


けれど今回ベサリウスはを逆手に取った……(偽りの)勝利に酔わせ、遁走する魔王軍を深追いさせ、そこで伏兵をして一気に叩く。 それに現在のベサリウスの主とは魔王ルベリウスなのですから、部下に過ぎない彼が主君である魔王からの下知―――


『余に歯向かう愚か者共はことごとくに殲滅させよ』


「(その理屈……判らなくはない―――ですが魔王サン、あんたの言う通りにしたら聞くものも聞かなくなっちまいますよ。 とは言っても…叛乱軍が逆らってるのも本当だ―――ま、ここは魔王サンの体面たいめんに泥を塗らない程度に“お灸を据える”……ってとこですかねえ。)」


彼の練った策略の絶妙な処は、まさににあった。 やり過ぎな様に見えてやり過ぎていない、とは言えやり過ぎていない事が判ってしまえばベサリウスも魔王からの査問の対象にもなり兼ねない……


「(ヤレヤレ―――魔王サンあんた判ってんですかい?オレ達が今相手してんのは、“敵”とは言いながらもなかば国民と同じ事だ。 そいつらを殲滅―――って、それでもって割と重めの罪を課すなら…恨まれかねませんぜ。)」


ベサリウスは内政の事までは判らなくても、いくさの―――“戦前”での準備や“戦中”での軍略の立て方、そして“戦後”の処理の事がよく理解わかっていた。 よく理解わかっていたからこそ彼が参謀と言う立場にあった時期は、それほど魔王軍に対しての悪い印象は立たなかったのです。



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