第7話 兵站線の分断

今回アンジェリカが、協力―――“お手伝い”させられようとしている事こそ、一見すると何の変哲もない『道路工事』なのでした。

しかしアンジェリカよりも以前に“お手伝い”をしていたコーデリアから言われるのには、この『道路工事』にこそ『ある意図』が隠されている―――としたのです。


「『ある意図』―――って?」 「それはまず、この『道路工事』をしている現場がそうでありましょうな。」


その、『道路工事』をしている現場こそ、マナカクリム北東10Km地点にある場所でした。 しかしコーデリアが言うのには、『この場所』こそが最大のミソだと言うのです。


「この場所―――って、確か……」 「魔王軍拠点『ガルガ』と『ブナセラ』を結ぶ『兵站線』―――私も今回はドワーフを選択しましたが、まさかこんな結果になろうとは……いやはや。」

「(!)それじゃ―――あのエルフの王女……」 「さて、それはどうですかな。 その役割は別の者が担っていたようでしたが―――私がドワーフであると知るや、自ら率先するとは。」


街道を整備―――しているというのに、邪魔立てをして中々終わらせない……それをまさかエルフの王族が率先して妨害しようとは。 しかし実はその妨害役は既に設定されていたようでしたが、そこはそれ―――種属間の仲の悪さたるや伝統的……と言う処に抗い切れず、エルフがドワーフの邪魔ばかりしていた……とこう言う事だったのです。

それに―――この工事現場こそが、軍事的に重要な“線”……『兵站線』だった、そこを整備するなどして今代の魔王の心証を良くするもの―――かと思っていたのでしたが??


        * * * * * * * * * * *


「フゥ~どうにか期日には間に合いましたね。」 「ま、違った意味での“肉体労働”―――って思えばいいのかな。」 「そう言えばあなたは少しばかり(筋)肉付きが良くなりましたね。」 「あらあら、ウフフ。 『見よ゛!この上腕二頭筋!!』ですわあ~。」


「あ~~のぉ~~~」


「ハッハッハーーーまあ期日に間に合い、何より何より。」 「だ~どもーーーあんのエルフどうにかしろ、だっぺやぁ。 オラが行く先々でぇ妨害なんぞしてくれてえ~~」


「あ~~~の~~~!」


「なんだ―――うるっせぇなぁ。」 「皆さん平然としちゃっていますけど、現実直視みましょうよねえ?」 「現……実? ハハハーーー何を仰られているのやら。」 「雰囲気くうき読みませんよねえーーーあの女…」

「(えええ~~~?私……批判される流れじゃないと思うんだけどなあ?)あのさあ、見かけの上では見れるようにはなっているけど―――明らかにコレ、以前よりひどくなっちゃってるからね??」 「(……)ま、見てくれが良ければよかろう―――なのだ。」(遠ひ目)


「(ああ~~~っ、こいつ今完全に現実逃避しやがったなあ? と言うよりどうすんのよ、コレ―――路面にはつぶては散乱して、馬車や牛車での輸送は困難だろうし。 河を渡る橋についてはぐらついてて今にも落ちそうだし―――そりゃあね?判るよ?判るけども~~…こんなあからさまな仕様で苦情クレーム来ないのが不思議と言うか―――)」


アンジェリカには、なぜニルヴァーナ達が畑違いも甚だしい『道路工事』を請けおったかの理由はコーデリアを介して知ったつもりではいましたが、それにしてもやり様はあるだろう―――ともしていたのです。

けれどもニルヴァーナが率いる一行は、全員が全員現実を直視せず、どこか上の空を見ているかのようだった……それに気になる事と言えば、互いに彼女達の目的を知っている―――


「―――ちょっとウリエル!」 「なんですか一体……それに、口を慎んでいただきたい。」

「ああそれはどうも!! それよりあなたどう言うつもり?」 「『どういうつもり』―――とは?」

「あんなのを施工主に見せて、OKが出るとでも思っているの?」 「思いませんが?全く。」

「だったらどうして……」 「公主、あなた気は確かか? この件は依頼を『失敗』させるのが前提となっているのですよ。 そこはあのオーガもその一行も、判った上で今件を受けている……なのにあなた様は、現在の魔王軍の優位に働くようにしたいと?」

「そう言う……つもりでは―――」 「ならば、この様な結果に収まった事に、寧ろ手を叩いて喜ぶべきでしょう。 それに今件に関して言えば、で終わりではありません―――この『失敗』もいずれの布石となるでありましょうな。」

「『いずれの布石』?」 「こんなモノ……ずぶの素人から見ても不出来なものだと言う事は判ります。 ならば“次”は? 別の何者かがこの現場を完璧に整備するでしょう。 ですが……です―――(今回の工期中を仕込んでいたとしたら……?私は関与はしていませんが、あの忍の獣人はを仕掛けていましたよ。 フフフ……何に利用するのか―――手並みの拝見といこうではありませんか。)」


そもそもの話しをすると、ニルヴァーナが“なにがし”かの意図を汲んで動いている事は周知のことでした。 それに恐らくは―――この依頼に関しても、事前にその“なにがし”に程度の説明を求めたのだろう……


       * * * * * * * * * * 


「……判りませんな、なぜ私達が『失敗』などという汚名を敢えて被る必要性が?」 「まあ君の言い分ももっともだ。 だが、今件に関しては失敗をしてもらわないと困るのだよ。」

「……せませんな―――」 「今回―――君達に赴いてもらう場所の事は、私からの説明が無くても判っているね。 そう、拠点と拠点を結ぶ“線”―――『兵站線』だ。 この“線”を破壊する事により、一つの拠点の物資の“流れ”と言うものは停滞とまり、やがて備蓄していたモノも枯渇する……そうする事で俄然陥落おちやすくなるものだ。 ただ―――あらかさまに破壊してしまうのではまずい。 まあ…少々道にはつぶてが散乱し、橋がグラついてはいても―――しかし施工主からしてみれば、報酬を支払うまでもない……これが『失敗』の定義だ。 そこで次に施工主は新たな募集をかけ、今度ばかりは“しっかり”とした業者に頼むのだろう。」

「しかし……それでは単に手間を増やすだけでは―――」 「ああ―――ならね。 それにね、施工主としてもこうしたものは安上がりて済ませたいものだ。 君達の様な“ずぶの素人”と“その筋の業者”とでは明らかに技術スキルが違う。 なのにこの工事には素人の参加も可能だった―――なにしろ“その道の業者”に頼み込むには、君達に提示された報酬額の数百倍が相場だからね。」

「数百倍?? では―――」 「それよりニル、君の仲間の中には忍のすべを極めた者がいると聞いた。 その時私はこの策の成功率が飛躍的に高くなったと確信したのだよ。」 「それで―――でしたか、この私が呼ばれたのは。」

「君には『工作』の心得があると、そう聞かされている。 『厚化粧を施した醜女しこめの様に』……また『上っ面だけが好い官僚の様に』、表面だけは見栄えがいいがその実中身は悪い―――と言う事は出来るだろうか?」 「雑作もない事―――所望とあれば、日時を指定して発動させることも可能ですが?」

「それは重畳の至り―――ではこちらに示してある日時に破綻が訪れるようにしておいて頂きたい…」


今回ニルヴァーナ達が受けた依頼は、期日にこそ間に合いはしても施工主からしてみれば評価は最低も最低の『E』でした。 とは言え程度の報酬は支払わなければならない―――の、ですが……


「は?何でしょうか?は。」 「報酬ですよ。 今回の、工事の…」

「あんのクソドワーフのお蔭で勘定していたよりも少ないじゃあ~~りませんかっ!! このわたくしが大人しいエルフだからって、ナメくさっとんのんじゃねえ~ですわっ!!」(中指おっ立て)


「あの……ローリエ―――どの??」 「フッ、一皮剥けてしまえばエルフの王族とて所詮はこんなモノですよね。」 「しっかし、最初に出会った時は淑やかそ~に見えたのになあ。 付き合い長くなると、あの王女サン―――私が知ってる『親分サン』とそう違わないぜ。」


“元”からそうなのか―――それとも下々の色に染まってしまったのか。 エルフの王女のまた違った一面を見て、ニルヴァーナ達も現実を受け入れ難かったようです。

それはそれでいいのですが、今回の主目的は拠点と拠点を繋ぐ兵站線の分断が主であり、ニルヴァーナ達は仲間以外の者達に気取られぬよう失敗仕込みをする必要があった―――では一体を仕込ませたのでしょうか。


「まあ端的に申し上げますと、“ひずみ”を仕込ませたのです。」 「“ひずみ”??」

「“物”には『耐用度』というモノがある事を知っていますか? 私の短刀やリリアの長剣もそうですが、使用すればしただけ刃はこぼれますしびついても来ます。」 「まあそうならない為にもと手入れは欠かさないんだが?」

「だとしても……です。 手入れして見た目だけは好くはなっていても、刀身や剣身の内部は細やかなきず……まあこれが“ひずみ”と言う事なのです。 つまりはこれと同じ様な事を今回の工事に仕込ませておいたのですよ。」

「けどさあ……私らの後にはしっかりとした業者を呼んだんだろう?そんなの見つけられて一緒に治されるんじゃ―――…」 「そう、とは限りませんよ。」

「は?なんでそう言う事が言える。」 「あなた達は『庶民』……ですから、そうした専門の職業のすることは“確か”―――と、そう思いたいのでしょうが。 『王族』たるわたくしから言わせてもらえば、それは違うのです。」 「何を仰りたいのです。」

「そう難しい話しをしているわけではありません。 まあ確かに、専門の職業に就いている者は“ずぶの素人わたくしたち”よりはその仕事は確か―――と、そう言えましょう。 …が、しかし、逆にその事が慢心を呼び“手を抜く”と言う事が横行しているのですよ。 とは言っても、“手を抜いて”も“それなり”は“それなり”―――ずぶの素人よりは良いものであると言わざるを得ません。 まあもっともノエル様の仕込みの部分も、ある程度の職人から見れば『何ともへたくそな工事を』と思うかもしれませんが……それに万が一気付いたとしても、総ての“ひずみ”を手直ししていれば定められた期日に終わらせるのも難しい―――ここまでの思考に辿り着いたならこちらの“勝ち”です。 なにより施工主が専門の業者を入れたとなると、恐らくそこには『談合』『癒着』があるものと見受けられます。 それに『街道の整備』はその字面じづらの見かけよりも喫緊きっきんの課題であるはず。 不慣れなずぶの素人の目に見える部分だけを補修し、大元の原因は放置―――行く行くはわたくし達よりも高額の報酬を得て、よりその業者の懐を潤すのでしょう。 いつその道の真ん中に空洞が生じて陥没しようが―――幾度もの使用により橋脚きょうきゃくが耐え切れなくなり崩落しようが、わたくしたちには関係のない事なのでございますよ。」


ローリエは、王族だからこそ業者と政権の結びつきによる“腐敗”の実態をよく知っていました。 だから当然カルブンクリスの狙いも判っていたのです。

パーティーの仲間内では、なぜニルヴァーナが道路工事こんな事を請けて来るのかが判りませんでしたが、いまもって目立つ行為に行動は差し控えなければならなかった……その為の“工作”が、この道路工事に含まされていたのです。


そして―――予想通り…かの工事が終わってから数か月後、『道路の陥没』と『橋脚きょうきゃくの崩落』が立て続けに起こってしまった。 以前の政権ならば、なぜこの事故が起こったのかの原因究明の為の調査が徹底的に行われ、行く行くはニルヴァーナ―――果てはカルブンクリスまで疑惑が及ぶことも不思議ではなかった……が―――今はそうではない。 しかもなにがしかの漏洩により現政権の所管庁と例の業者との関係性癒着などが疑われ、ロクな調査もないままに官僚は総ての過失を業者側に擦り付けたのです。


「それにしても怖いものですね。 まさか私達の失敗がこんなにも大事おおごとになるだなんて……」 「アラアラウフフ~~~♪ なんともまあ可愛らしいことを♡ しかしながらそこが“学”を積み上げてきた者とそうでない者との差ではあるのでしょうね。」(なでくりなでくり)

「おーーーーいノエル、お前もう騒がないのか。」 「ガッチリと“ホールド”されているので、騒ぐに騒げない―――逃げるに逃げれないんですよぉ~~」(泣き言)

「しかし―――今回はどうもモノ足らぬような……」 「ンフフフフ……あらあ~?わたくしまだ、『終わった』とは一言も申し上げておりませんですわよぉ?」

「(え?)それってどう言う事ですか??」 「ノエル様…あなた様はあの場で聞いていたのではありませんか?この計画の総てを―――今回知れ渡った事に関しては行程上の1/3を消化したにすぎません。 行く行くは魔王軍の拠点の一つ『ガルガ』への物資の流れが滞り、備蓄の物資もやがては枯渇するでしょう。」 「お、おい……ちょっと待て? 私はそこまで聞いちゃいないぞ?」 「まあ…あの場は、私とニルヴァーナ殿しかいませんでしたからね。 しかしそんな私でもそれ以上の事は…」 「あの拠点を陥落させる役目は私達ではありません。 ですがそこはもう折り合いはついているのでしょうね。」


クランハウス内では、ローリエ・ノエル・リリア・ホホヅキが今回の件の事に関しての流れを、ローリエから説明してもらっている処でした。

しかかしそう、現在クランハウスにはこの4人のみ、リーダーであるニルヴァーナは? それとまたミカは??


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それは―――概ね兵站線が事故によって分断される数日前の事。


吟遊詩人であるミカは竜人族ドラゴンニュートの街である『ヴェルドラリオン』に来ていました。


「君が交渉の窓口と見ていいのかな?」 「お前は……ハルピュイアか、一応話しは伺ってはいるが……」

「君達竜人族ドラゴンニュートの経緯は聞き及んでいるよ。 主に魔王軍を構成する鬼人オーガ―――に次いで、多く採用されている竜人ドラゴンニュート、獣人であるオークやミノタウロス、ゴブリン等は主に雑用としてその任に多く当たっている。」 「―――…。」

「だがこの50年間、君達の領袖りょうしゅうと魔王様との間に軋轢あつれきが生じ、君達の領袖りょうしゅう閉門蟄居へいもんちっきょ、軍の幹部に就いていた者も多くを解雇された。 ボクもある者から事情を聞かされた時、さすがに気の毒に思ったよ―――これまでにも永きに亘って魔王軍に貢献、寄与してきたと言うのに……こんなにも不遇をかこつなんて、ね。」



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