第8話 不遇の実態

『内密に話したい事がある』―――からと、“なにがし”からの通達を受け、場所と時間を竜人族側で調整し、いざ会ってみると―――そのばには、例の“なにがし”からの意向を受け継いだと見られるハルピュイアだけがいるのでした。

しかし当初は、『獣人如きが…』と侮ってはいたものの、紡がれた言葉を聞いていく内に、今まさに自分達が不遇をかこっている現状を知られている事に、そのやる方ない憤懣の行き場を探っている事も見透かされていた……

だからつい、竜人族側の交渉の窓口である―――


「いかがされたかな?ク・オシム殿。」 「……いや、いささか考えさせられた事がありましてな。」

「『考えさせられた』……」 「うむ―――ミカ殿と仰せられたか。 そなたも仰せられたように我等が竜人ドラゴンニュートは大いに魔王軍の発展や増強に寄与してきた。 それは鬼人オーガにも優るとも劣らない―――と言った様にな。 それに我等が領袖りょうしゅうであるプ・レイズ様も、魔王軍部内に於いてはそれなりの発言力もあったのだ。 それなのに……っ!」


「(聞いていた通りだったか―――いやはや、彼女の慧眼には恐れをなすところだ……)」


       * * * * * * * * * *


ミカは、この交渉に及ぶ以前カルブンクリスから以下の事を伝えられていました。


「ミカ……いやミカエル様。 今回は少しばかりあなた様に協力をお願いしたいのですが。」 「なんだい?ボクに出来る事があれば何だってするよ。 まあーーーその分料金は弾んでもらうけれどね。」

「ははは、では一体何がご所望なのでしょうか。」 「贅沢は言わないよ、ただまあ、今巷で流行っていると言う『カラコルム・スペリアル』なるものを味わってみたくてね。」

「それでよろしいのですか、お安いご用ですよ―――こちらがになります。」 「このカクテル……って、君の制作なの?手広くやっているなあ~~~――――と、それより、本題を聞こうか。」


ニルヴァーナが結成をしているクランの一員でもある『吟遊詩人ミカ』の本来の姿をカルブンクリスは知っていました。

今現在では鳥人の獣人である『ハルピュイア』に扮してはいるものの、その正体こそは〖神人〗は天使族の長【大天使長】ミカエルその人だったのです。

しかしカルブンクリスと盟約を結んでいる友人の仲間に組み入っているとなると、そこを利用しない手はない―――しかしながら立場は自分よりも上である人物に対して、他人の見えない処ではうやうやしくするしかないのです。

―――ともあれ、カルブンクリスはミカに協力を仰いで貰う為、現在自分が握っている『ある情報』を開示したのです。


「実はあなた様もご存知なのでしょうが―――これまで魔王軍内に於いては鬼人オーガとその勢力を二分していた竜人ドラゴンニュートに関しての事なのです。」 「ああ―――確か、軍の幹部……主に将軍位に就いていた者の多くが罷免を申し渡された“あの件”の事か…。」

「そこまで承知なら説明は大幅に省かれます。 そうなのです…50年も前、ルベリウス様は何故かご自分の軍隊を弱体化させる選択をした。 これを私は軍縮傾向にあるものか―――と思っていたのですが、真相はそうではなかったのです。」 「ふむ……ボクもあの時期、軍部の縮小をするのはいかがなものか―――と思っていたのだが?」

「今現在、竜人ドラゴンニュート領袖りょうしゅうであるプ・レイズ様がどのような境遇に置かれているか、ご存知ですか。」 「―――何かあったのか。」

「『閉門蟄居』……だそうです。」 「な、なんだと??! いや……まさか、竜人ドラゴンニュートの幹部の大量罷免とは―――もしかすると???」

「いわずもがな……でしょう。 そこで私も気になり、調査をしていたのです。 その過程で知り得た事実として、プ・レイズ様が閉門蟄居を命ぜられる前日、軍の派遣についてルベリウス様と激しくやり合ったようです。」 「なんと!? 軍の派遣??一体どこへ……」

「(……)―――そこまでは判りませんでした。 ですが不要な軍の出動は民衆に不安を与えます、そこでプ・レイズ様も意見を具申したのでしょう。 以前のルベリウス様ならばその事をよく汲んで頂いたものだったのに……今の魔王様は明らかに違う。 一時いっときは食い違い過ぎる意見ゆえ、ただならない緊張が迸ったとも。」 「(~~~~)――――――…。」

「渋い顔をするのは判りますが、一応プ・レイズ様が大人の対応を見せ、速やかに魔王城を後にしたそうですが……」 「やれやれ―――それと同時に『大将軍』の地位の剥奪か……。 恐らく閉門蟄居と言うのも―――」

「はい。 プ・レイズ様自らがそうなされた事で魔王様の溜飲も下げられたものと。」 「かなりな重症だなあ……それに領袖りょうしゅう自らがそうしたとしても、他の竜人ドラゴンニュートの魔王への不信感は募るばかりか。 ―――それで?ボクになにをしろと。」

「一応、こちらの話しを聞いてもらえそうな者に意向を伝えてあります。 そこであなた様には―――」


        * * * * * * * * * *


既に“火種”となりそうなものはそこにあった―――あとはくすぶる火をおこしてやるだけ。 現にミカの目の前のク・オシムなる者は、カルブンクリスの思惑通りにやる方ない憤懣を撒き散らしていたのですから。

しかし、に付け入る隙がある―――と言うならば?


「確かに君の言い分の様に、さぞかし無念、お辛いことでありましょうなあ。」 「申し訳ない―――愚痴めいた事を……自分も武人の端くれなのだか、つい……な。」

「そこで……なのだか―――その不満のぶつけ処、ボクの方から提じたとするなら、君達はどう受け取るかなあ?」 「うん?何のことを言っているのだ。」

「ボクも依頼人からの意向を伺っているものでね、そこを述べさせてもらうとするよ。 拠点ガルガを陥落してもらいたい―――それだけの事なのだよ。」


「(な……何を言っているのだ?この者は―――拠点ガルガは魔王様が所有する拠点の一つ、そこを……竜人族我々が??いや、言っている意味が解らない―――そんな事をしてしまえば今度こそ完全に竜人族我々魔王様に弓引く者叛意ある者となってしまうのでは??)」


そう、このク・オシムなる者も罷免されるまでは魔王軍の要職に就いていました。 けれど現在では……? 多くの疑義が残るものの、その要職を免ぜられた事に変わりはない……そこに、誘われる『勧誘いざない』の言葉。


「(あれ程までに忠義を尽くした―――……この仕打ち。 お館様にも説明を求めたものの、黙して語らず。 それが巡り巡ってこのハルピュイアを介して焚き付けられてしまった―――)判りました、そなたからの申し出―――委細承知。 係る上はこのク・オシム、竜人の汚名を返上させてみせましょうぞ!」



自分が何をしているのか―――何をしようとしているのか、判っている。 自分の主君でもある“領袖りょうしゅう”の意見も聞かずに、“領袖りょうしゅう”への不当の事実を知ってしまった自分が独断と専行を以て外部からの誘いにて動こうとしている。

自分は抑えられないでいる―――抑えきれないでいる。 正しきを行ったはずの“領袖りょうしゅう”に対しての不当の為され様に、そして多くの要職に就いていた同胞達の無念さの在り様に……それに思えば、今現在の自分は栄誉ある将軍の一人ではない。 ただの―――普通の、誇り高き武人。

迷いはない―――とは言い切れない。 この一件が表沙汰となり、責任を問われた時は……この自分が詰め腹を切ればいいだけの話し。

プ・レイズ―――あなたと共にまた戦場を駆けたいとは思っていたが、それはもう……叶わぬ願いのようだ。



竜人ドラゴンニュートは、人型を形成してはいましたが、その身には“竜鱗”と言うものか付いていました。 鉱物ではない―――金属の塊でもないのに剣や槍の刃を通さず、生体の一部ながらも“最硬”を誇れる優れもの。 それを持っているがゆえに竜人ドラゴンニュートは甲冑などを着込まなくても十分すぎるほどの防御能力を既に持っていたのです。

{*しかも『甲冑要らず』とは、その分だけでも軍の経費は節約出来ることに繋がるとは思うのではあるが…}


だからこそ竜人ドラゴンニュートは魔王軍に於いても鬼人オーガとその勢力を二分できていた……の、でしたが、50年前の経緯もあり事実上竜人ドラゴンニュートの幹部は現在いない―――(ただ、兵士はいるようですが) 早い話し魔王軍の幹部は鬼人オーガで占められていたのです。

それにク・オシムは想いを馳せさせていました。 主君である“領袖りょうしゅう”と自分達の不遇に、それだけで己の内に流れる竜の血が熱くたぎるのを感じました。 その本来なら『凍竜とうりゅう』と呼ばれる自分に流れる血は、氷よりも冷たいとは言われながらも……。


そして決行の日―――ク・オシムは有り得べからざる光景をその双眸に焼き付けていました。


「プ・レイズ?!あなた……」 「昨晩こちらのハルピュイアが訪れてね、今回の事を聞かせてもらいました。」

「しかし―――今回の件に関しましては……」 「ク・オシム―――あなただけに重責は負わせられない……あなたは今回の件が発覚をすれば、責任を取る為に詰め腹を召すつもりだったのでしょう。」

「あ……あうぅ……」 「ほら、何も言えなくなった。 あなた昔からそうだものね、図星を衝かれてしまうと途端に何も言えなくなる……だけど、だからと言ってそれはあんまりじゃない!あなたは私を置き去りにして一人で逝ってしまうと言うの?あなたはそれでいいかもしれないけれど……残された私はどうすればいいと言うの!?」


言葉が、なかった……言葉が、出なかった。 完全に、見透かされてしまった自分の想い―――自分の想い。

確かに言われた、その通りだった。 自分は、自分が死んで……この方一人を残して、何をしようとしていたのだろうか。 今回の罰当たりな事の責任を自分一人で背負い込み、責任と共に果てる……自分にはそれが満足だった、主君である“領袖りょうしゅう”にまで及びかねない不祥の出来事を、自分一人で抑える事で悦に浸れることが出来ていた……。 だが、残された者は―――?今以上に嘆き悲しみ、もう再び戦士として立ち上がる事なんてできなかっただろう。 自分は“領袖りょうしゅう”に忠義を尽くしたつもりだったが、実は逆に不忠を働いていたのではないのか……


「申し訳ございません。 どうやら自分の考えの至らなさというものが……」 「いえ、でも反面は嬉しくありました。 あなたは私の事を思い―――そして一族の事も思ってくれた、だからからこそこの行動に及んでくれたのよね。 その事は判る―――理解は出来たけれど、『自分一人で』……と言う考えはもうしないで?お願い…」


竜人ドラゴンニュートの中でも見目麗しの美貌を持ち、尚且つ武芸・武力共に一番を誇れたからこそプ・レイズは竜人ドラゴンニュート領袖りょうしゅうに足りえていました。 それにその思想も一本の鋼の筋と言うべきものが通っており、だからこそ魔王の言い分に不適切があるものだと反抗的な態度を見せたのです。 しかも分別もわきまえていたものとみえ、激しく魔王と意見を交わした当時から、魔王から幾度にも亘る挑発めいた言動にも動じず大人の対応でその場から下がった……その後の顛末は以前にも申し述べた通りなのですが―――そんな折に1人のハルピュイアから魔王が擁する拠点の一つを陥落おとすよう依頼があった――――


「(くだんのハルビュイアが―――ハルピュイアの背後にいる何者か、何の意図をもっての依頼を申し出ているのかは判らない……が、しかし、くだんの不遇をかこって後、我々は手に職を失った。 係る上は我等の腕を見込んでの依頼、是非とも雇い主によく視て頂かなくては!!)」


現在、竜人ドラゴンニュートの多くは失職中でした。 そんな中での『依頼』―――…なにがしからの依頼によって、その成功の実績の可否を以て報酬が支払われる、それが『傭兵』なのです。

本来ならば武人―――いや軍人なら忌むべき矜持ではありましたが、職を失ってしまったとなっては? 背に腹は代えられない……ただこの『依頼』は自分達だけか―――と思いきや。


「お前は―――鬼人オーガ?」 「いえ、それにしては角が無い。 聞いた事があります、近年鬼人オーガの中に産まれついて角の無い者がいると……。」

「フッ、我が醜聞遠く竜人ドラゴンニュートにまで届いていようとはな……まあそう言う事だが、それが何か問題でも?」


自分の恥部をさわられ不快感を露わにする角の無い鬼人オーガ女性にょしょう

そう、ニルヴァーナは仲間達とは別行動を……しかもそれもくだんの『依頼』を発注した者の指示の下、竜人達との合同で彼の拠点を陥落おとそうとしていたのです。




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