その7
彼女は俺に銃口を向けたまま、片手でテーブルの上のハンドバッグを器用に開け、中から銀色のシガレットケースを出し、細く長いフランス煙草を指で摘み、火を点けた。
『驚いたな』
『何が?』
『いや、あんたが煙草を喫うとは思ってもいなかった。どう見たって貞淑で真面目な奥さんにして、宝石デザイナーがさ』
彼女は匂いのきつい煙を空中に吐き出し、声を立てて笑った。
明らかにこっちを嘲っているような、そんな調子だった。
『探偵の癖に、女の本性を見抜けないなんて、それで良く商売がしてられるわね。』
俺の思った通りだった。
佐久田始を間島に殺させたのも、そして今、間島三郎を殺したのも自分だとはっきり認めた。
佐久田始は、『女の武器』を使って、夫殺しを唆した。
しかし彼は思った以上に真面目で、それどころか彼女に本気で惚れて来た。
鬱陶しくなった彼女は、間島三郎に依頼して、佐久田を殺させた。
新しい道具が出来た。
彼女はその時そう思い、今度は間島を利用して、夫殺しを唆した。
男というのは彼女にとってその程度の存在しかなかった。
片手で煙草を灰皿にねじ付け、また高笑いをする。
『私にとって男なんて、利用価値がある間だけ使って、いらなくなったら捨てる。その程度の都合のいい存在でしかないのよ』
彼女はそう言って俺の眉間に狙いを定める。
当り前だが、向こうは犯罪のプロを気取っているつもりかもしれないが、拳銃にかけちゃ、こっちはプロ中のプロだ。
俺は椅子を蹴倒し、横っ飛びに飛ぶと、M1917を抜き撃ちした。
一発目が彼女の肩に食い込み、モーゼルが手から落ちた。
表情を歪めて膝をつくと、俺は床に落ちたそいつを部屋の端に蹴り、彼女に馬乗りになると、銃口を額にねじ付けた。
『俺は差別はしないんだ。男だろうと、女だろうと、拳銃を向けられれば容赦はせん。さあ、どうするね?』
『勝手になさい』
彼女は唇を噛み、吐き捨てるように低い声で言い、忌々しそうに睨んだ。
俺は立ち上がって拳銃をホルスターに収めると、携帯で110番に通報した。
それから10分もせずに、警察がすっ飛んできた。
俺の説明を聞くと、
『またお前か』と苦虫を噛み潰す。
しかしその場の状況を確認すると、流石に向こうもそれ以上嫌味は言わず、
”報告書だけは所轄に出しとけ”
とだけ言い、一通り調べを済ませると、彼女を引っ立ててマンションを出て行った。
以上の通りだ。
え?
(後日談は無しか)だって?
そんなもん、無いに決まってるだろ。
彼女は間島三郎殺害の事実を認めたし、佐久田始を使っての殺人教唆も認めた。
その点では度胸が据わっているというべきだろう。
つまらん事件だろ?
当り前だ。
現実の探偵なんて、いつもこんなもんだ。
悪しからず。
終わり
*)この物語はフィクションです。
登場する人物、そして事件は全て作者の想像の産物であります。
昏(くら)い誘惑(わな) 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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