その6

 およそ10分、いや、8分ちょうどで、俺は15階に着いた。

 普通なら20分はかかるだろう。

 おまけに息も切らしていない。俺の体力もまんざらじゃないな。自分で自分を褒めてやりたくなった。

 部屋番号は分かっている。

 俺は懐のM1917を確認し、足音を忍ばせ、部屋に近づく。

 モニターカメラの死角に立ち、俺は呼び鈴のボタンに手を伸ばす。

”どなた?”

 中から女性の声が返って来た。

『探偵の乾宗十郎です。沖田百合子さんにお話があってきました』

 1分ほど間を置き、ドアが開く。

 ドアチェーンを掛けたまま、沖田百合子が訝し気な表情でこちらを覗き込んでいる。

『何の御用ですの?貴方とはもう話すことなんかありませんわ』

 そう言ってドアをまた閉めようとした。

『そっちになくても、こっちにはあるんです。別件で富田三郎さん・・・・貴方の元の従業員にお話を伺っていたんですが、その富田さんを尾行していたら、このマンションに入って行かれたものですからね』

『そんな人物は来ていません』

 彼女はまたドアをしめようとするが、俺は隙間に靴先を突っ込んで防いだ。

『無駄ですよ。私の靴には爪先に特殊な金属が仕込まれてましてね。4t車までなら、トラックに踏まれてもびくともしないんです』

 舌を鳴らす音が、俺の耳に届いた。

『どうぞ・・・・』

 薄いピンク色のマニュキアを施した指が、チェーンを外す。

 俺は部屋に入った。

 かなり広いマンションである。

 恐らく3LDKと言ったところだろうか。

『富田さんはどこです?』

 俺の言葉を聞き終わる前に、彼女は黙って、広い居間を仕切っているアコーディオンカーテンを開けた。

 隣の部屋のソファには、男・・・・当然だが、富田三郎が白目をむき、口を大きく開け、両肘を背もたれに載せるようにして座っていた。

 いや、彼はもうこと切れていたのである。

『驚かないの?』

 沖田百合子はそう言って俺を見た。手には銀色に光る、モーゼルのHSCが握られていた。

『何を驚くことがある?あんたなら当然こうするだろうと思っていたよ』

 俺の言葉に、彼女はまた笑った。

『こいつ、すっかりおじけづいちゃってね。だから殺したのよ』

 最初逢った時とは全く様子が違っている。

 目が吊り上がり、口元に酷薄そうな笑みが浮かんでいた。

『あなた、何時から私や彼に目を付けていたの?探偵さん』

 俺はモーゼルの銃口をものともせずに、ソファにもたれている富田三郎の上着のポケットに手を突っ込み、小型の発信機を掴みだした。

『盗聴なんて姑息な真似は嫌いだがね。時にはこういう真似だってするのさ。』

 耳に嵌めていたイヤホンを取り、発信機を床に落とすと足で踏んづけた。

『さあ、今度はこっちが聴く番だ。予め断っておくが、あんたとの会話は今までのものも含めて、全部録音させて貰っている。証拠能力があるかどうかは別として、人殺しがあった以上、警察おまわりにも通報せにゃならんからね。』

 俺はポケットからわざとらしくICレコーダーを出すと、彼女の方に向けてマイクを突き付けた。

 


 

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