第18話 青くっさ

 ゴリさんたちが入部したバレー部は、3年生が引退すると、2年生が3人と、ゴリさんたち1年生が4人だけになったという。そして、新チームになった最初の日、全くといっていいほど部活に顔をださなかった顧問が、突然現れたというのだ。


「先生があの時俺たちに聞いたよな。今年はどうしたいかって。今まで同様適当に楽しくやりたいか、それとも、きつくても本気でやりたいかって」


 ノッポさんはゴリさんの声にも振り返らず背を向けたままだ。


「俺はすぐに3年生の顔が浮かんだよ。最後の試合で負けても、バカっ話をしながら、笑って帰っていく姿を見て、この人たちにとって2年半の部活はなんだったんだろうって思ったよ。俺は、こんなんじゃ嫌だ、って真っ先に、本気でやりたいです、って答えたよ」


 振り返ったノッポさんが、ゴリさんを見つめている。


「俺があんなことを言ったばっかしに、みんなを巻き込んじまって、ほんと申し訳ないとは思ってんだけどな」


 ゴリさんの横顔に苦笑いが浮かび、ノッポさんにも微かな笑みが見える。


「ほんと地獄の始まりだったよ。あのおっさん、あの日から人が変わったように毎日部活に顔をだして、怒鳴りまくっていたからなあ。妥協って言葉を知らないし、厳しいわ、恐ろしいわで、たまったもんじゃない。だけど、40も半ばのおっさんが、大汗かきながら歯をくいしばって、俺らと同じことしてんだから、文句なんか言えたもんじゃないよな」


 ノッポさんの言葉に、ゴリさんは何度もうなずき、「俺らが、本気でやりたいって言った時、先生がなんて言ったか覚えているか」

「勿論。お前ら全員泣かしてやる、だろ。もう毎日のように泣かされたから忘れるはずないよ」


 どこか楽しげに微笑んでいる。そこにいた者だけが分かち合える何か。それがある気がする。


「次の年、先輩たちが最後の試合で負けた時、先輩も俺たちも大号泣したよな」


 ゴリさんの言葉に、ノッポさんはうなずき、


「あの時、おっさんの言葉の本当の意味が分かったよ。(部活を)本気でやっていたから、俺たちバカみたいに泣いてたもんな」


 ゴリさんが一歩、二歩とノッポさんに近づいていく。


「先生はあの言葉を言った時から、いつでも俺らを真直ぐに見つめていたろ」


 ノッポさんの目の前で立ち止まった。


「いつしか、俺たちだって、先生を真直ぐ見てたよな」


 ゴリさんはノッポさんを見つめている。


「トシヤ。真直ぐ見つめる先には夢もへったくれもねえ。そこにあるのは本気だよ」ゴリさんが一瞬振り返り、「あの子たちは本気だよ」


 ノッポさんの視線が向かってくる。僕は思いを込めて、その目を見つめ返した。


 また、雨が強くなり始めているのだろうか。雨音だけが耳の中へと流れ込んでくる。


 視線が離れていく。


 ノッポさんは大きな溜息をつき、手を団扇のようにしてあおいでいる。


「暑い、暑い。蒸し暑くてしょうがねえ。特にこの辺は妙に暑苦しい」


 ゴリさんの横を抜けて、僕らのほうへと近づいてくる。


「いやだねえ。ほんと、どいつもこいつも青臭くて嫌になるよ。ああ、臭い臭い」


 僕らの目の前で足を止めた。


「大丈夫かな?」自分の体に鼻を寄せ、「俺も臭ってる?」


 ノッポさんは、にこりと微笑んだ。そして、「悪いけど、もう一度詳しく話してくれるか」






 ノッポさんは腕を組んで思案している。


「となると、場所は公民館でいいとして、移動をどう進めるかだな。とりあえず、本部(体育館にある準備室)に行って話してくるよ」

「じゃあ、俺も」


 そう言ったゴリさんに対し、ノッポさんは真顔で、


「言っとくけど。本部には当然、校長もいるからな」


 あっ、と口を開いたゴリさんが固まっている。その姿にノッポさんはにんまりしている。


「ゴリと一緒に、君たちはここで待っていてもらえるか」


 僕らは、はい、と言葉を返したが、ゴリさんは足早に去って行く姿を見つめたまま固まり続けている。

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