第17話 救世主

「いやいや、すげえ、すげえ」


 顔を上げると、びしょ濡れの姿がそこにある。


「おいおい。かわいいお譲ちゃんを泣かした悪もんはどこのどいつだ」にやりと口元を歪め、「なるほど。悪もんはひょろひょろ野郎か」


「ゴリ、お前……」振り返ったノッポさんから声が漏れている。「帰ったんじゃ……」


「いやねえ、久しぶりに学校に来たら、なんていうか、ほら、懐かしくなっちゃたっていうか、なんていうか、まあ、そんな感じだよ」


 照れ隠しのように苦笑いを浮かべるゴリさん。その姿に温かなものが込み上げてくる。避けていたはずの学校に戻ってきてくれた。きっと、僕らのために。


「おいおい、どうした、どうした。ヒーロー君まで泣いちゃってるじゃないか」


 それまで、おちゃらけていたような言い方だったゴリさんが、


「おいっ、トシヤ」刃先のように声を尖らせ、「この子たちの話しを、ちゃんと聞いてやったんだろうな」

「ああ、話しは聞いたよ」

「それで、どうするつもりだ」

「どうするもこうするも、何もする気はない」


 完全否定するようにきっぱりと言い切った。


「何もしないって、お前。荒手山が地滑りを起こし、土砂が押し寄せてくるんだぞ」


 溜息が聞こえてくる。ノッポさんが呆れたような顔をゴリさんに向けている。


「お前は本気で信じているのか。夢の話しだと言っているんだぞ。夢の」

「そうだよ」


 それがどうしたとばかりに、ノッポさんに詰め寄った。


「じゃあ、お前はどこかに移れとでもいうのか」

「当然だよ。ほら、公民館なら歩いても10分くらいでいけるだろ」


 ゴリさんが横を向き、あそこなら大丈夫だろ、と僕に聞いてきた。

 土砂の通り道はこの中学校一帯なので、学校と周辺の何軒か以外は被害がなかったはずだ。僕はうなずきで意思を伝えた。


「歩いて10分?」ノッポさんは鼻で笑い、「いいか。ここには小さな子どもいれば、お年寄りもいるんだぞ。歩行が困難な人だっている。それなのに、こんな雨の中、悪路を移動することが、どんなに危険か、お前だって想像がつくだろ」


 ゴリさんは黙りこんでしまった。だがすぐに、


「そこを補助するのがお前らの役目だろ。もちろん、俺だって手伝わせてもらうつもりだ」

「それはそれは有難うございます。何かあったら、その時はお願いします」


 気持ちのこもっていない言葉に、皮肉たっぷりの会釈。向きを変えたノッポさんが一歩、二歩と遠ざかっていく。


「おいっ!」


 ゴリさんが呼び止めた。ノッポさんの足は止まらない。


「トシヤ。真直ぐ見つめる先に何がある」


 ゴリさんの問いかけに、足がピタリと止まった。だが、振り返らない。


「覚えているか? 新チームになって初めて、あの人が体育館に現れた日のことを」


 ゴリさんが背中へと語りかけていく。

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