第39話 憧れの先輩のカサブタを、はがす

「先輩、僕と共犯関係を結びましょう」

 僕は、彼女にストレートに「好きだ」と伝えることはできない。

 先輩の過去の話を聞き、言いづらかったのもある。

 でも何より、先輩に対して、僕のなりの精いっぱいの「面白い告白」をしたかった。

 好きだ、なんて言葉は、僕らにはきっと合わないから。

「共犯?」

「ええ。タイムリープから抜け出すのを諦めるんです。一緒にこの循環に、堕落に身を浸す。世界のことになんか見向きもしない」

 今はそれしか思いつかない。

 現実から目を背け、人生に向き合わないという、最大の罪。

 その罪を、僕は先輩と犯し続ける。

 罪を犯し続ける僕らは、ずっと檻の中。

「ありがとう」

 先輩はずっと突っ込んでいた左手を、ポケットから出した。

「じゃあ、時間が戻る儀式をやってくれるかな? 今日の最初に戻ろ?」

 そして、その手で僕の手首を掴む。

「えっ」

 そのまま、こちらの手をジャージのポケット内へ導いた。

「!」

 指先に、先輩の冷たい肌が触れる。ポケットの底に穴が開いていて、直接太ももへと繋がっていたのだ。思わぬ出来事に硬直する。

「ほら、触って?」

 ま、まさか「儀式」って。

 ……セッ

「は、はひ」

 導かれるがまま、太ももをまさぐった。

「っつ」

 先輩は痛みに顔をしかめる。僕は思わず手を止めた。

「続けて」と彼女は顔をしかめながら促した。

 そこは、ベトベトと濡れている。それは残念ながら、先輩の秘部ではない。

 爪の先で、凸凹を感じた。

 これは……カサブタ?

「私ね、大学卒業したときにできたこのかさぶた、ずーっといじってはがしちゃうんだよね。やめられないの」

「儀式って?」

「これをはがすと、時間が戻るんだ」

 カサブタは傷をいやし、正しい皮膚を作る準備段階……モラトリアムだ。

「はがしたいでしょ? ずっとずっと、私と一緒にいられるよ?」

 それをはがすのは、彼女が傷をいやし、成長して前に進むのを阻んでいるようだ。

 僕は頷いた。

 カサブタの端を爪でひっかき――。

 そっと、めくっていく。

 先輩はいやらしく――童貞喰いのように微笑もうとしたのだろう。

 だが、できていなかった。Hなお姉さんなんて存在とは程遠い、不安そうな女の子の表情でしかなかった。

 瞳が濡れているようにも見えたが、それを見て見ぬふりをした。

 どうにか笑い返した。それがどんな笑顔なのか、自分ではわからない。

 ポイントなんか関係ない、二人きりの世界にしてしまいたかった。

 僕は先輩にとって、心強い共犯者になれるだろうか?

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