第38話 先輩を救うための脱線

「……君はこのタイムリープのことを知っても、私を止めないの?」

 先輩は言った。

「どういうことですか?」

 怖いけど、先輩に近づいているような気がして、高揚してくる。

 僕程度の人間が「どういうことですか?」と思うことを次々と言ってくれるのが、嬉しかった。

「こういう企みは、阻止したり、脱出しようとするのが筋だ。モラトリアムから抜け出し、現実と向き合う。ふつう、そうする。外崎みたいに」

「先輩の嫌いな普通、ですね」

 タイムリープはモラトリアムの暗喩に思える。永遠に続くような気がしている「今このとき」を示すとともに、閉じた循環は、いずれその日常が終わることが同時に匂っている。

 進まない日々から脱出したとき、その登場人物は成長する。その成長を繰り返し、皆、大人になる。

 モラトリアムから脱し、大人になるのは、いわば正しい人生のルートだ。

 正しいものを正しいというのは簡単だ。みんなが正しいと思う真面目なことをするのは、何より楽だ。

 留年して、僕は怯えていた。人生の足踏みに対してじゃない。

 周囲に置いていかれることだ。

 いくら意地になって努力や真剣になることから目を背けても、僕は結局、普通からこぼれ落ちることに恐怖していたのだ。いつまでも、モラトリアムに囚われていてはいけないと。

 僕たちには僕たちの生き方がある。それでも、この世界がそうするべきだというように、振る舞わなければいけないのだろうか。

「僕は先輩に普通になんかなってほしくないですよ」

 染まらないでいて欲しい。

 手堅い仕事を見つけ、働きながら夢を目指せ。「普通」ならそんなアドバイスをするかもしれない。

 そんなつまらないこと、僕は言いたくない。

 先輩には、僕みたいにつまらないことばかり考えて生きて欲しくないから。

「じゃあ、どうしたらいいの? 誰がこんな状況許してくれるの?」

「僕が許します」

「樹くんが許したからどうなるの?」

「そうですね……」

 かといって、夢を追い続けてほしいなんて偽善も言いたくない。

 ただ、もう一度会いたいのだ。

 あの日、つまらない世界に対し、啖呵を切った先輩に。逸脱こそが何よりカッコイイと思っている、青くさすぎる先輩に。

 僕が一目ぼれした、先輩に。

 普通を捨てる。世界の当たり前に歯向かう。

 染まらないでいて欲しいどころか、むしろ染まることさえできない僕たち。

 誰かと共鳴したいのに響き合えず、孤独な彼女を救う。

 そのためには、どうしたらいい?

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