第18話 先輩、もしかして

 先輩の一言に虚を突かれ、僕は言葉を失った。

「冗談ですよね?」

 どうにか絞り出して尋ねるが、先輩は静かに目を閉じて、天を仰ぐだけだ。

「だって、童貞喰いって」

「触ってみる? ホントに、ドキドキしてんだから」

 その鼓動は、パイ拓、んなもんじゃわからない。

 緊張した先輩は、いつもより幼く、僕の手の届く存在に見えた。

 この人とは繋がれないと、僕は諦めていた。

 でも、もしかして?


 パッパッパ。


 先輩と僕は同時に外を見る。

 空気の読めない、短いクラクション。ざざざ、と駐車場の砂利を踏む音が聞こえる。

 入ってきたタクシーの窓が開く。

「たーつーるくん! あっそびましょー!」

 鞘師。追いかけてきてたのか……。

「樹ぅ、まだやってないよなぁ!」

「……どうでしょね」

 タクシーから降りた鞘師と、トラビスが駆けてくる。

 鞘師は車の窓から体を半身乗り出し、車内を観察し、ガッツポーズする。

「してないんだな! っしゃぁ!」

 嬉しそうにはしゃぐ姿、かわいいやつ。目にはうっすら涙さえ浮かんでいる。怒りを通り越して、分類できないおかしな笑顔が漏れてしまう。

「鞘師。どうしてそんなにはしゃいでいるんだ?」

 トラビスが鞘師を観察しながら、ぼそりと訊く。すると鞘師はびくっと体を強張らせる。

「……裏切り者が出なかったから喜んでいるだけだよ」

 確かに、作戦では「簡単に童貞を捧げない、男の尊厳云々」という話ではあったが、ここまではしゃがんでも。

 いや、あんなフェイクの作戦のことを考えても仕方ないか。

「鞘師にもかわいいとこあんじゃん。な、トラビス?」

 僕は厭味たっぷりにトラビスに言うが、

「……んあ?」

 彼は気もそぞろというように、鞘師を眺めているだけだった。

 二人は目が合うが、鞘師はすぐさま顔を背けてしまう。

「桜、見に行こっか」

 先輩はさっきまで何もなかったかのように振舞い、車にエンジンをかけた。

 道中、車内は静まり返っていた。

 会話はブツ切れ、鞘師が深くため息をついて終わってしまう。

 いっそ僕のことを笑い飛ばしてくれた方がマシなくらいだ。

 なんだよ、これ?

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