第17話 緊張するね

「え?」『え?』

 先輩と鞘師の声がハモる。

『ちょ、樹?』

「お先、トラビス」

 電話を切り、携帯の電源を落とした。

 僕は決めたんだ。

 今日を、人生を変える一日にする、と。

「さてさてさて?」

 彼女は窺うように、声を三度下げる。

 おどけてはいるけど、緊張が感じられた。

「嫌なら、もちろん嫌って言って下さい。でも、どうにか、どうにか! お願いします!」

 僕は頭を下げる。車のシートをなめんばかりに土下座。

 しかし、さっきからおかしいことが起きている。下半身はかつてないくらい熱く滾ろうとしているのに、頭にはまったく脈絡のないことがふと浮かび、それを邪魔しようとする。

 電話越しに聞いたトラビスの不気味な笑い声や、留年が決まった科目の教授の、偉そうな鼻息とヤニで汚れた歯とか。

 今考えるべきではない順に、物事が浮かぶのだ。僕が、僕の望みを妨げる。

「どうしたの?」

「あ、いや」

「あー、たたないんでしょ?」

「んなことありますか! ありません! さぁさぁ、先輩もぐしょぐしょでしょうよ」

「えっと」

「……やっぱり、嫌ですか?」

「バーカ、確認すんなよ、童貞」先輩はくすりと笑い、「目、閉じてて」としっとり呟く。

「……」僕は従順に目を閉じる。

「私も緊張してるよ。ドキドキする」

「緊張って」

 思わず目を開ける。先輩は自らの左胸に触れた。

「私もね、セックスしたことないんだ」

 彼女はぽつりと言った。

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